月が導く異世界道中

あずみ 圭

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六章 アイオン落日編

ショー開幕

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「若、やはりお越しになったんですな」

「? 昨夜行くって伝えただろ?」

 あからさまに来ちゃったよ、的な反応をする巴。
 そりゃ来るよ。
 予定通りですよ。
 ツィーゲでも珍しい部類に入る建築が見られるって事でレンブラントさんも時間を作って見物に来るっていうから。
 そりゃクズノハ商会側としても僕が行かなきゃまずいって。
 他に用事があったりツィーゲにいない時ならともかく、今はそんな事もない。
 ロッツガルドに行くのはもう少し後で良いだろ、黄昏街の方は蘇生させたアイオン王国の密偵がまともに受け答えできるまで一時停止。
 リオウについては……場合によっては順番も前後させて先に対処しなきゃまずいかもしれないけど備えはしてある。
 だから今日は他の予定も入れずにウェイツ孤児院の改築、もはや新築に近いような気は凄くするけど、それに立ち会うのは自然といえば自然だ。
 巴にも昨夜ちゃんと伝えた。
 その時もなーんか歯切れが悪かったけど、まあ温泉とかはちゃんと却下したと断言してた事だし無茶な事にはならないだろう。
 商会店舗に次ぐ建築案件だからクズノハ商会の仕事として見られるものにする、とエルドワが張り切って四階建てにし周囲の開発もある程度商会でリードでしていくらしい。
 これもロッツガルドの経験を活かして試し試しながら気合は十分、なんだとか。

「おお、巴様」

『っ!!??』

 院内から出てきた小屋が喋った。
 喋る小屋なんて商会にもナイヨ?
 と思ったらタラバだった。
 ツィーゲでもあの怪異なボディは慣れている人が少ないらしく、見物人の大概が引き、子どもは泣くか言葉を失っているのが大半。
 にしても凄いな。
 二本のハサミで小屋を
 うん。
 実際に目で見ても中々信じ難い光景だけど、間違いない。
 二本のハサミは閉じられたまま、尖った先端二つだけで小屋を支えている。
 その上で人と同じ形をした右手でこちらに手を振ってきている。
 小屋は微動だにしていない。
 澪のあのスキルもだけど、こっちも軽くホラーの領域だな。
 曲芸というには現実離れし過ぎていた。
 小屋が、いやタラバがこちらに近づいてくる。

「若様も! お久しぶりでございます!」

「ハナサキ、久しぶり。外に出てくるなんて珍しいね」

 海王はあまり亜空の外に出たいという欲求が無いらしく、僕の供回りだったり能力的に余程向いているとかでなければ外の仕事に立候補する事も少ない。
 セル鯨だけはある程度積極的に自分たちの事を僕に知っておいて欲しいからか、種族の代表としての責任感からか様々な場面で同行を希望したりする。
 人が少なそうな仕事なら同行してもらったりもするんだけど、街中だと断ってしまう事も多い。
 この通り容姿も能力も非凡だから、好奇の目に晒されるんじゃないかと、つい僕の方が気にしてしまう。
 なんてったってタラバガニに人の手足が生えてるからね。
 まあ杞憂だったみたい。
 少なくともツィーゲではクズノハ商会の、と頭につければ問題もないやもしれんね。
 降りかかる火の粉はタラバタックルとタラバインパクトで大抵消し飛ぶだろう、ハハハ。

「聞けば商会の華の外仕事だとドワーフ達が酒場で盛り上がっておりまして。ついついその席に混ざったところ荷物持ちにも仕事があると言ってくれた。ならばこの身一つ、お役立て頂こうかと思い立ちました」

「実際にハナサキが荷物持ちしてるとこは初めて見たよ。凄いね。思ってたよりかなり凄い」

「なんのなんの! 蟹の血の賜物に過ぎません! このところツナの奴が随分と街で活動しているようで、つい意地を張りました! 力仕事しか出来ませんが、それでも若様と巴様にご覧頂いていると思うとこれはこれでみなぎってくるものです。それでは!」

 ……蟹?
 君、ヤドカリに属してるんじゃ……うん、もう蟹の血でいい。
 タラバがドワーフの指示する空き地に小屋を下ろしに行った。
 周辺の土地は買収が済んでいて、既に空き地になっている場所も多い。
 今回の工事に影響しそうな場所は特にそうなっているようだ。
 しかし……やけに細かく作業を進めているような?
 魔術でドーンと大枠を作ってしまうだろうから作業の主体はその後の内装では?
 地属性の魔術でも特に土の操作に分類される魔術が建築に多用される。
 ロッツガルドでも普段日の目を余りみないこの属性の研究者や学生が大活躍していた。
 地味だ戦闘に使い難い地味だ金にならない地味だモテない地味だと。
 以前の扱いは中々酷いものがあった。
 これが回復だったり錬金との掛け持ちだと途端に手のひら返しもあって地属性の闇も中々深い。
 今では凄く見直されて、各国からも専門家を育てたいと学園側に講義や講師の増加要望が絶えないとか。

「おーい、掘削班ー!!」

「くっ、さく?」

 穴を掘ってどうする。
 魔術で一気に進めるんじゃ……。
 一抹の不安が頭をよぎる。

「若、この際だからしっかりお伝えしておきます」

「な、なにを?」

 巴さん?
 貴女昨夜はなーんにもこの件には触れなかったじゃないデスカ?

「エルドワは職人集団です」

「それは最初から知ってるけど」

「皆、気合が入り過ぎておりました。儂も何とか色々とガス抜きをして宥めましたが……入れ込み具合は五十歩百歩。思えばこれは若直々の案件、ケリュネオンの時の事を思えば……お行儀よく済む筈なぞ、無かったのです」

「ちょ!?」

「せめて、外観だけは無難にせよと申し付けてありますゆえ、おそらく外から見た感じはただのでかい建物で済むかと。いや、誠に相すみませぬ」

「……一体、何が出来るんだ」

「魔術とあちらの建築技術のハイブリッド、と胸を張っておりました」

 おりました、じゃないでしょー!!

「おお、まだ始まる前のようだねライドウ君」

「れ、レンブラントさん。ようこそ、お越しいただきありがとうございます」

「この間は済まなかったね、ミスンコ、ははミジンコの事でつい君に冷静を欠いたお願いをしてしまった」

 ミスンコ。
 訂正してミスラになるのかと思ったらミジンコ。
 あれだな、ミスラは茨の道を行く他無しというやつだ。
 一応レンブラントさんは活動可能なレベルに回復した。
 実のところ。
 僕はシフがおっかないって話を夕食の場で皆に話したんだ。
 澪はふーんと頷いて。
 識はそうだったんですか、とババロアをはかなみ。
 巴は少し間を置いて、女子おなごは侮ってはなりませんぞ、と月並みな忠告をくれた。
 そして環が、更に恐ろしくなる事を言ったんだ。
 それって試しただけという事にしたんじゃありません?
 ってね。
 ええ、巴はね。余計な事を言う、って顔をしましたよ。
 どういう事かというと。
 シフはユーノと両想いになっているミスラを誘惑した。
 これは事実。
 だけどその先は何もはっきりしていない。
 理由が僕に言ったものだけとは限らないし本当かどうかもわからない。
 少なくとも僕はシフの答えを魔術で嘘かどうか確かめた訳じゃないのだから、と環は僕を意地悪げな笑みで見てきた。
 ああそうだよ。
 そんなとこで魔術なんて使うかい。
 相手はシフなんだから必要ない、って思うよ。
 つまり、シフが本当にミスラの事をどう想っていたかはわからないし、ユーノに対しても本当に妹を想っての行動だったかなんてわかりはしない。
 環はそう言った。
 ただ、シフは僕に理由はこうだった、と説明した以上今後ミスラを妹の彼氏で自分の友人として扱うだろうし、本当の理由を知る機会は強引に魔術を使わない以上二度と来る事はない。
 もう終わった事ではありますね。
 環はコロコロと笑って、話を〆た。
 ……。
 女は……いや、いいや。
 レンブラントさんにもこればかりはお口チャックしかない。

「いいえ。それより奥様に娘さんとの念話をしばらく禁止されたそうで。ご愁傷様です」

「なに、ツィーゲが独立するまでの間だけだよ。すぐに、済ますとも」

 突如表に出てくる商人の顔。
 こっちでずっといれば家族にももっと尊敬もされるのでは。
 それともこのレンブラントじゃあ家族さえ顧みない商売の鬼にでもなってしまうんだろうか。
 
「流石です。あと、ウチの噂と黄昏街の件ですが」

「おお、順調な様子だね?」

「ええ、おかげ様で。間もなく落ち着くと思います。噂についてはしばらく残るでしょうが元凶の方は」

「迅速だ、実に」

「それで幾つかお耳に入れておいた方が良い情報も出てきまして」

「あそこから? 信憑性はどれくらいありそうかね」

 よくわかってらっしゃる。

「ウチが拾う情報にガセはありませんよ。特にレンブラントさんに報告する予定の分については」

 ある程度はっきりしてなきゃ報告なんて出来ない。
 恩人ともなれば、尚更ね。

「……ああ、そうだね。ありがとう」

「?」

「いや、では見物を終えたら聞こうか。今日はこれを見る為に一日空けたからね、魔術による世紀のショーでもあるのだから、昼食の用意も万端だよ!」

 一日。
 この人が一日で稼ぐだろう金額を考えるととんでもない事だ。
 モリスさんもいる。
 更にドンだ。

「昼食ですか。でも何もお持ちじゃないようですが」

「後でリサが届けてくれる事になっている。君がロッツガルドに向かった頃だったかな、馴染みのレストランが出前というのを始めてね」

 奥様も来る。
 仕事は大丈夫、なんだろうな。
 ここにいるって事は仕事が回るから、だ。
 人材も豊富なんだよな、レンブラント商会。
 ……クズノハ商会もそこだけは負けてないと内心では思ってるよ。
 ただ、今回みたいにちょっとだけはみ出る巴とか、油断すると限りなくフリーダムになっていくエリスとか。
 肝心の僕とレンブラントさんの差も歴然としてるもんなあ。

「出前、そういうのもあるんですね」

「うむ! アムリという店でね、店を回している男はビルキといってリミア料理に拘っている店なんだ。事前に予約を入れておけば店から食材と食器、調理道具一式を出張させてくれる。味も良い。今日は是非クズノハ商会や孤児院の皆さんと楽しみたいと思って手配したんだよ」

 数日で?
 何か凄く予約が一杯になってそうなイメージがするんですが。
 リミア料理といえば確かに美味しかった印象が強い。
 あの国は豊か過ぎて食材も凄い多彩なんだよな。
 素材の暴力で他の国の料理の殆どを駆逐する勢いがある、王者の料理だ。
 この世界で三大料理を選定するなら絶対に入ってくる。
 謎の入れ替わりをしまくる三番目じゃなくて確実な一番として名が挙がるだろう。
 昼食が凄い豪華になりそう。
 そしてレンブラントさん。
 それはもう出前とかいうレベルじゃなくケータリングという奴だと思います。
 僕も存在を知っているだけの、多分凄い豪華なやつです。
 ウチだけじゃなく孤児院にまで振舞うとは、豪気だ。

「ありがとうございます。皆もきっと喜びます」

「なに、君の払った金額に比べたらほんの雀の涙に過ぎんよ。私も常々孤児院をそのままにしておくのではなく、何か革新的な展望を持たせられないかと考えてはいた。しかし忙しさにかまけ、具体案を考える事もなく。街全体を考える商会でなくてはならんと気持ちを新たにしたばかりだというのに、情けないくらいだ」

「レンブラント商会でも孤児院への支援は幾つもしておられるじゃないですか。今回のウチのが良い前例になれるようなら取り入れて下されば嬉しいですし、失敗なら反面教師として使って頂ければ」

「しゃー!! お前ら、かいたーい!!」

「っと、つい話し込んでしまった。それではまた後程。期待していてくれ――ッ!?」

 レンブラントさんとの話が終わった瞬間。
 ドワーフの掛け声とそれに応える了解の叫び声。
 空っぽになって敷地内に誰もいなくなったウェイツ孤児院が、消えた。

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