月が導く異世界道中

あずみ 圭

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六章 アイオン落日編

ライドウ式恋バナ対策

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「おーいユーノ。ちょっといいか」

 僕としては無茶苦茶久しぶりな気がするロッツガルド。
 ツィーゲもここも、クズノハ商会が根を下ろした街では僕の知名度はそれなりに高い。
 ロッツガルドでは思わぬ戦火の飛び火から大勢の生き死にが出た事件があったばかりで、クズノハ商会も僕もそこで一気に名前を知られるようになったと思う。
 大きな災害、嵐や地震、火事なんかに見舞われて大きな被害が出た一か月から二か月後。
 普通ならまだ街は痛ましい姿を晒したままだし、避難した人だって仮の住まいのままだっておかしくない。
 でもここではもう殆ど再興済み。
 事件の元凶たちの鎮圧、復興資材と住民への支援、土木建築にも参加と。
 八面六臂の活躍をしたクズノハ商会の面々は、一応代表ってことでおこぼれで僕も、好感度が急上昇という訳だ。
 反面、学園祭のシーズンで大国の来賓も多数来ていた事情から、事件後僕は大国周りをする事になった。
 そっちの成果は……まあ、そこそこに。
 ローレル連邦第二の都市、カンナオイの領主一族の覚えが良くなったのが一番の成果だと思われる。
 予定では行く予定がなかった国ですけど。

「美味しっ! 先生、これどこのお店ですか!?」

 どことなく珍獣を見る様な数多の視線(一部には親愛や感謝のそれもあった。あったから)を感じながら学園に到着した僕は、前もって識から聞いていた学生らの動向からまずはレンブラント姉妹の妹の方、ユーノに接触した。
 講義を担当している臨時講師からの呼び出しはごく自然な事のはずだけど、他の生徒たちの視線は好奇心に満ちていた。
 今ならミスラと付き合いはじめだろうし、別に僕がどうこうなんて方向に話はいかない……はず。
 祈るしかない。
 さて、臨時講師としての僕の部屋は何と個室に変更されている。
 正確には識と二人、もっと正確に言うと利用頻度も識のが高い。
 そして取り出したるはデザート。
 女の子には甘い物。
 話を聞く時にもこれは有効だ。
 根拠は母と姉と妹、それに高校の弓道部。
 レンブラント姉妹のどちらも甘い物は好きだから、澪に頼んで多めに用意してもらっていた逸品である。

「澪の手製」

「……うわ、超高価な貴重品。ああ、食べた事ない味なのに美味しすぎるよー! 澪様! 天才!」

「伝えとくよ。機嫌が良ければまた差し入れを用意してくれるかもしれん」

「絶対! お伝えください! はぁ……クリーミーなのにさっぱりして、独特の香りが素敵……」

 うん。
 美味しいとは、思う。
 だけど恍惚とする程だろうか、とも思う。
 甘さというものは男女で効能が違うんだろうか。
 本日のお品書きは「抹茶のババロアほうじ茶ゼリー添え、二種の豆をアクセントに」です。
 僕らが食べたのは白い器だったけど、持ってきたのは透明なガラス製。
 ロッツガルドで目にしてもおかしくない容器で用意してくれたんだろう。
 ……。
 完全にローレルの影響を受けまくっている最近の澪である。
 緑茶とウーロン茶は大分買い込んでいたし、日々亜空で相当消費されている。
 料理だけでは飽き足らず製菓にも取り入れ始めたみたい。
 豆は黒豆を練習がてら甘くしたり塩味にしたり。
 大豆や小豆、えんどう豆らしきもので相性を調べていると言っていた。
 正直ね、僕としてはあんみつなんてのが出来てきたらゴールで良かったんだ。
 でも下手に僕が最高とか口にしたら澪の路線が一気に限定されていく。
 アレも美味しい、コレも美味しいが今の澪には最適解じゃないかなと思ってたりする。
 派生で出来た塩豆大福は相当美味しかったし巴も気に入っていた。
 ちなみに識は今日のだとババロアが好きですよ。ええ、クリーム。
 そしてまあ、皆一番とは言わなかった名脇役のほうじ茶ゼリーについては、環が私はこれが好きですね、と胡散臭い通常運転。

「なんだろ、これ。本当に不思議。凄く親しんでいるようで……でも何だったか出てこない……」

 ユーノが親しんでるって……紅茶か?
 お茶としては同じだけど、風味が全然違うと思うけど。
 根底には共通した味わいがあるのかな。
 だとしたら鋭い。
 だとしなかったら状況によってはワンランクダウンもの。

「で、僕がここにきた理由は大体わかってると思う。ミスラとの事だ。まず、付き合ってるのか?」

「パパ……かっこよく仕事してるってママから聞いてたのに。先生ならすぐ聞きに来させられるからって、ホントすみません」

「いや、御父上の心配ももっとも……でもある。大事な我が子の事だしな。それで?」

「はい、告白してぇこないだオッケーもらいました。ミスラ先輩と付き合ってます」

 無くなるのが惜しいのか、時々スプーンを持つ手が鈍くなりながらスイーツのパワーで滑らかになったユーノの口はスムーズに質問に答えてくれる。
 聞けた答えが誤解だった、という誰もが平和に済むものじゃなかったのは……仕方ない。
 ああスプーンは止まらず、最後のゼリーがユーノの口に運ばれていった。
 ほぼずっと器と口の間をスプーンが行き来していた。
 落ち着きタイムは無かった。

「そうか、付き合ってるのか」

「はい、ラブラブです」

 ら、ラブラブですか。
 バカップルしか言わなそうな言葉だけど、ユーノの場合色々計算した上でこんな態度でいる可能性が高い。
 明るく無邪気に見える、様に振舞っているのが彼女だから。
 結構腹黒いとこもあるんだよなあ。
 ミスラ、宝くじでも当たったのかね、それとも将来性に期待して唾つけとく事にしたとか?

「両想いってのは良いな、楽しそうで何より。しかし、どうしてミスラだったんだ? 同じ講義を受けてる仲間というのも、僕からすると近場過ぎる気がするんだが」

「こないだのローレルが切っ掛けですけど、ミスラ先輩が尊敬できる人だったからですよー」

 ……思ってたより、かなりまともな理由が返ってきた。
 邪推してすみませんでした。

「遊びじゃなくてある程度真剣なのか?」

「勿論です。それから、ある程度じゃなくて全力です。本気ですよ」

「……悪かった。ただ、御父上から真剣に詳細についての報告を頼まれてる。さっきの、もう一個食べるか?」

 手品のごとく、リカバリーなエリクサーを召喚。
 ごめんな、識。
 でも識はもう食べた事あるし、亜空でまた食べられるもんな。

「ずるいなー先生。ここで追加なんてされたら許しちゃいますよ。いただきます!」

「そのミスラだが。あいつは確か神殿関係に就職を希望していた筈だよな? ご両親の意向があるとかで」

「あー、言ってましたね。でも問題ないです。その時が来たらツィーゲに連れて帰りますから」

 ミスラの予定進路はレンブラント商会の御令嬢の交際相手としては微妙だ。
 レンブラントさんがミスラの事を馬の骨だのごろつきだのミジンコだのと言っていたのも多分そこが原因、と思いたい。
 しかしユーノは事もなげにミスラをツィーゲに連れ帰ると言い切った。

「ど、どうやって」

「さっき先輩の事を尊敬してるって言いましたけど」

「ああ」

「あの人の全部を肯定してる訳じゃないです。好きですけど。進路の事は正直、先輩は流されているだけで。なぁなぁでするものじゃないでしょって。何の為にロッツガルドまで来て頑張ってあそこまで辿り着いたのって。だからこれから何度でも話をして、ウチにきてもらう選択肢も含めて考えてもらおっかな、てとこです」

「……」

「いっても私もお姉ちゃんもレンブラント商会の後継者を考えない訳にはいきませんし」

「……」

「先生は明らかに脈無しですもんね。これだけパパに気に入られている男の人ってモリス以外じゃ初めて見るし、私もお姉ちゃんも先生が望んでくれるなら一択でしたけど」

 あ、二杯目空になった。
 しっかし、言葉がない。
 ノリと才能で悠々と学園生活してるのかと思ったら人の進路とかもよく考えてる。
 そしてドライに考えてるなあ、結婚については。
 僕が望むなら一択。
 自分でも姉でもどっちでもって。
 これが超お金持ち的な思考なのかね。

「僕にとってもレンブラント氏は恩人だ。二人については恩人の娘、という目線は消えそうにないな」

「みたいですね。だから私も恩人として先生に接してます。困らせたくはないんで」

「気を遣わせた。済まんな」

「いえいえ、素敵なデザートに出会えましたからチャラですよ」

「チャラついでに聞きたいんだが、シフの件、あれはどういう事だ?」

 それがなければ本来はロッツガルドに来るのは二週間ほど後の筈だったのに。

「……あー、そこまで聞いた上でこちらに」

「そういう事」

「あれは……姉から聞いた限りでは」

「ああ」

「っと。流石に姉と父の話を私がバラすのは妹としての立場的にまずいので勘弁してください先生」

「……その心は?」

「無茶苦茶美味しいデザートの話を姉としたいのでお姉ちゃんとも会ってってください」

「……わかった。そうしよう」

「じゃ、お姉ちゃん呼んできまーす! ご馳走様でしたー!」

 姉と対照的な性格を演じる妹、か。
 本来ならそれなりに歪みそうなものだけど、どういう訳かユーノはそれを楽しんでやってるな。
 いや……。
 ジンから聞いた話では、確かレンブラント姉妹が呪病に侵される前はかなり評判が悪いんだったか。
 そうだ、姉妹両方最悪だったと言ってた。
 多感な時期だから歪んで、でも多感な時期に患って変わった。
 病気も呪病も僕は今でも大嫌いだ。
 ただそれさえも活力や成長に変える事が出来る人がいるってのは、素直に凄いと思う。
 
「成長か。僕も、こっちに来てから成長してるのかな。自分じゃ正直どこまでいってもあの時の僕の延長線上って意識があるからわからんもんなんだよなぁ……」

 ふとテーブルに残された二つのガラス容器は目に留まる。
 舐めるような行儀の悪い食べ方をしていた風は無かったのに、まるで隅々まで舐めたかのような綺麗な食べっぷりだ。二つ重なってる。
 あ。
 二つ容器があると、シフも当然おかわり要求するよね。
 僕の分があればあげるけど、あっちで食べちゃったからなあ。
 まあもしもの時は……ミスラ、お前のが無くなるって事で。
 僕は華麗なマジックの実演よろしく、ガラス容器を二つ片付けたのだった。 


◇◆◇◆◇◆◇◆


「つまり、誤解だと」

 内心嬉々としながら極めて冷静にシフに確認する。
 抹茶のババロア以下略はシフにも絶大な効果を発揮した。
 姉の方は「これはまさか、お茶ですか!?」とスイーツの正体を見抜いていた。
 といっても、紅茶じゃない未知のお茶なのだと知ると産地を聞かれ。
 カンナオイに数日いたんだからお前らも飲んだだろうに、と思いながらローレルだと教えた。
 驚かれたね。
 何でも向こうではバタバタしていたし、基本的に外国のお客さんとして扱われていたから食べ物は外国テイストの無難なモノが殆どだったらしい。
 飲み物は紅茶かコーヒー、ジュース類、一回だけお酒だとか。
 なるほど。
 先方が外国から急用で訪れた客人と考えていたならそれもあり得るか。
 元のお茶も飲みたかったと物凄く、今になって、残念がられた。
 知らんがな。

「お父様、私の話を途中まで聞いて、わかった、もういい! とか何とかで全部聞かなかったようなんです。恐らくお父様の手前の方までは正確に内容は伝わっていた筈なんですけど。母には全部伝えたと返信がきましたから、まさかライドウ先生が急遽お越しになるような事態になるだなんて」

「……そうか。内容が内容だっただけに精神を守ろうとなさったかもしれんな。だが安心した。これで気兼ねなく戻れる」

「折角ですから一度か二度、講義にも顔を出して頂けたら。新しい子たちも先生の講義を楽しみにしていますよ?」

「恐々としている、の間違いじゃないか? お前たちの指導でさえひぃひぃ言っていて微笑ましい、と識から聞いているが」

 あ、ミスラ。
 ごめんな。

「ジンとアベリアが気合入りまくっていますからね。意外と今はダエナがブレーキ役をやってくれているんですよ。彼もローレルでは思うところあったみたいです。もちろん、それは私もユーノもですけれど」

「ユーノも? ミスラと付き合ってラブラブ、なんじゃないのか?」

「あ、それなんですよ先生。父の誤解」

「ん?」

 ……。
 アベリア、いやジン。
 すまん。

「私もユーノの事は姉として心配ですから。あの子の本気といっても、あの死と隣り合わせだった戦いの夜が切っ掛けと聞いてしまいましたから。ほら、危険な状況で一緒にいると凡人でも素敵だと勘違いする、そんな詐欺の手法もありますし」

 あるのか吊り橋効果。
 この世界でも認識されていて、しかも詐欺師の技扱いとは。
 少し意外だ。

「で、あの状況なら私も一緒でしたから。確かにミスラは交際相手としてはそこそこ有望だと私も思っていましたし、私もミスラの事好きですよって」

「は?」

 ナンダッテ?
 誤解じゃないのかい。

「好きになったら困りますか? と誘ってみた訳です。一時の勘違いや姉妹を平気で二股かけられるような人なら、私もそれなりに対処しないといけませんから」

 ……。
 性質たち悪っ!

「そうしたら彼、真剣な顔で妹さんと付き合いたいと思ってるから、って」

 まあ、普通かと。
 むしろ困っちゃうよーとか言いながら二股ルートってゲームやドラマ以外であるのか?
 女の子だってそういう場合、刃物とか出しちゃう事もあるんだぜ。
 某ゲーム情報だけど。鉈とかノコギリとか、過激だったけど。
 ……いや。
 懐かしい記憶が蘇る。
 弓道部の友人に、そういうの、いたな。
 恋愛ゲームの主人公というよりは乙女ゲームの攻略キャラみたいな反則男が。
 真顔で俺は困らない、君も困らせない。二人とも大事にする。
 とか言ってのける奴だった。
 二股かけた男が歩道橋で殺されるゲームのシーンでは、なんでこんな雑魚なのに一人で満足しとかねーんだこの馬鹿は、と。
 女の気性くらい先に把握しとけ、とか。
 ああ、そうだな。
 思い返してみても、あの親、悪友よりもジゴロみたいなのにはこの世界でも遭遇してないな。
 精々が歩道橋惨殺クズ男レベルまでだ。
 あいつなら、シフになんていうのかね。
 妹さん思いだね、とか?
 ……違うだろうな。
 僕と同じくタチ悪いとかは間違いなく言わないし、多分僕が思いも付かないような言葉を吐くんだろう。
 なんて昔の懐かしい一幕を思い出した。
 あ。
 ごめんな、アベリア。

「つまり、ミスラの想いを確認する一連の流れだったと」

「はい。お騒がせしました」

「……なあ。もしミスラが乗ってきていたら、どうするつもりだったんだ?」

「……さぁ?」

 さぁ、じゃないよ!
 怖い!
 怖いぞシフ!
 すみませんがレンブラントさん、この娘さんちょっとヤバめです。
 今回はともかく、父親としては数回は泣かされるんじゃないでしょうか。
 珍しく今回は僕は悪くないと思いますので巻き込まないで欲しいです。
 親子水入らずでどうぞ。

「ところで、先生」

「なんでしょ、なんだ?」

「コレ、次の講義の時またお願いできませんか? お代ならお支払いします」

「……澪が色々と試しているものの一つだから、頼んではみるが、違うものになっても良いなら何かしらは用意する」

「では、是非。今度は皆さんの分も一緒に……二十人分ほどお願いします。お金、頑張って用意いたしますので」

 澪の、と聞いて少し顔色が変わり。
 それでも気丈に財布は心配するなと二十人分注文とは。
 胆力があるというか。所詮はスイーツなんですけどね。
 血なのかな。
 うん、ダエナも。
 本当にごめんな皆。
 抹茶ババロア以下略の差し入れはレンブラント姉妹が全滅させてしまったよ。
 次はちゃんと人数分、いや二十人分持っていくから。
 女の子、いやレンブラント姉妹を舐めていたみたいだ。
 それにしても、どっと疲れた。 
 黄昏街の時より疲労感もまだ心地よいのが救いだな。
 ともあれ……講師モード終了!

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