平成寄宿舎ものがたり

藤沢 南

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パーティ当日

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 パーティ当日。諸岡は、浴衣姿で。光村くんは和装のサムライ姿で参加した。土屋くんの姿はなかった。
「ミツ!グレイト!カタナ!サムラーイ!」
光村くんの横で嬉しそうにしている女の子が、彼が誘った子だった。コンスタンツ、愛称コニーの愛らしい美少女だった。確か女子学生寮の1階にいた子だ。
「ユーリ、可愛いよ。ソー キュート ジャパニーズガール!」
今更だったが、ジェレミーに言われて悪い気はしなかった。彼の隣にいる子が、彼の意中の女の子、女子学生寮2階のナオミさんだった。
「こんにちは、ユーリ。」
「こんにちは、ナオミ。」
諸岡はこの子とは打ち解けられなかった。彼女は、諸岡の前からジェレミーを連れ去って行った。そして2人はステージの前で良い席を確保したようだった。諸岡はその2人の姿を目で追っていたが、声をかけられてすぐ我に帰った。
「ユーリ、僕のこと覚えている?」
「ええ。」
その少年は、学生寮のキャンプに誘ってくれた少年だった。この彼も、ガールフレンドが既にいた。今日はその彼女と一緒にダンスパーティーに参加している。
『ふふ、私は所詮セカンドの女かしら。』
諸岡はそのダンスパーティーでも何人かの相手のいない男子生徒と踊ったが、みんな同じ顔に見えてしまい、誰が誰だかまったく印象に残らなかった。
「ええ、皆さん、楽しんでいますか?今日は日本のサイタマからはるばる来てくれた、仲間のフェアウエルパーティです。」
MCを務める男子学生寮の寮長、マックレガー先輩の軽快な語り口に、一同どよめきが起こった。
「では、今夜の主役である、日本のフレンズ達に、ステージに上がってもらいましょう。」

諸岡は身を固くした。ちょっと恥ずかしい気持ちになった。ステージに上がるときに私の隣には誰もいない。光村くんはちゃんとコニーがいるし、土屋くんは、…あ、そうか、ダンスパーティーにはいないんだっけ。
「ミスター、光村!」
「イヤァ!」
ドリンクの入ったグラスを高く掲げ、ミツ君はステージに上がった。手を繋いだままコニーも上がっていた。
「ネクスト、ミス、諸岡!」
「…はい。!」
ちょっと気圧されたものの、自分だって県費留学生なのだ。胸を張って堂々としていよう。
「ユーリ!」
ステージ目の前の椅子に座っている、ジェレミーとナオミが手を振ってくれた。諸岡は左手を控えめにひらひらさせて答えた。
「ユーリ、可愛いわね。」
ナオミさんがちょっと余裕を見せて褒めことばをくれた気がする。諸岡はステージに上がり、ペコンとお辞儀をした。隣にいる光村くんは満面の笑顔だった。そりゃそうだ。コニーなんて可愛い女の子を横に連れているんだから。

「ラスト、ミスター土屋!!」
「…!?」「!!」
光村くんも私も振り返った。あいつ、参加していないはずなのに。

「ドゥンドゥンドゥンドゥン…」
ステージの奥から、ベース音を響かせて、土屋くんが現れた。3人目の日本人の彼は、新撰組の法被姿でベースギターをドルゥンドゥルン響かせてステージ上で、1フレーズを弾き終えた。
「ツッチー、素敵!エクセレント!!」
コニーは光村くんと繋いだ手のまま、土屋くんに可愛い笑顔を見せていた。
「今日はなんと、ツッチーから、日本でもカナダでも有名なこの曲をプレゼントしていただきました。皆さん、一緒に歌いましょう!」
土屋くんは彼と仲良くなった音楽仲間とともに、北米でも日本でも大ヒットしたタイムスリップ映画のラストシーンで主人公が演奏する曲を弾ききった。諸岡もマイク片手に、その曲を歌い、光村くんとコニーは一本のスタンドマイクで仲良く歌っていた。
「なんて素敵な時間なんだろう…。」
諸岡は、浴衣姿を上気させて、その曲の終わった後に、光村くんとコニー、土屋くんと軽くハグを交わした。中学生時代の諸岡からは考えられないサービス、いや、大胆な行動だった。ステージ下の男子寮生、女子寮生からはやんやの喝采。もう少し、この人達と同じ時間を過ごしたい。もう少し、この人たちと一緒に勉強してみたい。有意義な高1の夏休みの1ヶ月だったが、諸岡にとっては物足りなかった。
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