竜騎士王子のお嫁さん!

林優子

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58.離宮①

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 離宮前には深夜にも関わらず、アラン様の姿があった。
 降り立つと、駆け寄ってくる。
「間に合った?エルシー様は?」
「ここだ」
 答えながら、王子はアラン様にゲルボルグの手綱を渡す。
 ゲルボルグから降りる時にゲルボルグと目が合う。
 じっと金色の目で見つめられた。
 王子と同じ色だ。
 金目は大型の原種に近い竜に多い色だという。

 腕を伸ばすと、ゲルボルグも鼻面を押しつけてきた。
「キュルル」
 と可愛い声で鳴いた。
 王子はそのまま私を担ぎ、離宮に入っていく。




 王子は離宮の中に入っても私を降ろさず、三階の自分の寝室に連れて行く。
 そしてベッドの上に投げ落とされた。
 そのまま王子は私の上に乗っかりキスしようとした。
「ちょっ……」
 そんなの嫌だ。
 何も分からないうちに好き勝手させる気はない。

 だが私が王子に力で敵うはずはなく、抵抗出来ぬまま抱きしめられた。
「どこにもお前がいない。気が狂いそうだった」

 王子は私の顔を両手で挟み、覗き込んでくる。
 相変わらずの美形だが、ちょっとお疲れ気味らしく、痩せて顔色まで悪い。

「しかも侯爵夫人はお前は俺を捨て田舎に行くと言ってきた」
「だってそれは……もう殿下は新しい奥さんと結婚するんだと思って」
「そんなことはしない!」
 王子は大声で私に怒鳴った。
「じゃあ!何だったんですか?教えてくれないと分からないです」
 イラッとして私は怒り返した。

「竜涎香というのを知っているか?」
「りゅうぜんこう?」
「繁殖期の雌の竜の唾液で作られる薬品だ。昔は、竜を操る香として使用されていた。あの女はそれを使った」
 王子の金色の目が爛々と輝いている。
 あの時見せた甘い恋するような目つきじゃなくて、はっきり憎しみを持って王子は『あの女』と言い捨てた。

 竜涎香は、同種の雌の竜の唾液が原料となる。
 ゲルボルグのような大型のグレイトドラゴンは我が国や数カ国の竜の里にしか住んでいないため、貴重なものらしい。

「何の目的で?」
「それを探るためにお前を遠ざけねばならなかった。あの薬は、竜の性欲を刺激するもので、ある程度は竜を手懐けられるが、突き詰めれば媚薬だ。使い方を誤るとむしろ竜を暴走させる。そのため我が国で竜に使用することは禁じられている」
 そう言うと、王子は急に真剣な表情になった。
「道具を用い、竜を操ろうとする国々はことごとく滅んだ。彼らは人間ごときが隷属させられる生き物ではない。ゲルボルグはお前を守ろうとしたのだ」
「私を?めちゃくゃ吠えられた気がしますが……」
「ゲルボルグは雄だ」
「えっ、雄なんですか?」
 驚いて王子に聞くと、王子は呆れた様に私を見た。
「見て、分からないか?」
「素人なので分かりません。男の子でしたか」
「ああ、ちゃんとペニス付いている。見てないのか?」
「そんなところ、見ないもん!知りませんよ」
「ともかく、雄なんだ。まだ子供でつがいになる相手もないから、性欲の対象は竜ではなく、お前だった。お前に反応したゲルボルグは、お前を守ろうとして遠ざけた」
「どうして?」
「あの体にのしかかられて無事に済むと思うか?」
「あっ、はい……そうですね」


「あの女の目的が、分からなかった。竜を狙ったのか、それとも王子妃の座を狙ったのか、個人の犯行なのか、外国は関わっているのか、どうやって入手したのか、突き止める必要があった」
「教えてくれれば良かったのに……」
 王子は私を見て、頬を赤らめた。
 ――あ、あの時の顔。
「竜涎香は人間にとっても媚薬なんだ。前に、アランがお前の匂いの話をしたのを覚えているか?」
「はい。竜が好むちょっといい匂いがするとかいう……」
「繁殖期の雌は鳴き声と匂いで雄を呼び寄せる。竜涎香には、性欲を高める効果と共に嗅覚を鋭敏にする効果があって、エルシーからいつもの何倍も強くあの匂いがした」
 と王子はちょっと私の匂いを嗅いだ。
 そしてぎゅっと私を抱きしめる。

「騎士は訓練で薬に一定の耐性を付けている。一応は踏みとどまったが、竜涎香を嗅いだ竜騎士のほぼ全てがお前に性的欲求を覚えた。エルシーが側に居ては捜査も何もない。だから子爵家で保護して貰うのが安全だと考えた。そして他の竜騎士にもお前との接触は禁じた」
 私のためだったのか。
 でも何だか納得出来ない気もした。
「だからってちょっと伝言くらい下さいよ。ママ様に会ったって聞きましたよ」
「会いたい以外に考えられなかった。だが口に出せば何もかも放りだして会いに行きたくなる。だから言えなかった。夫人は俺にこれをくれた」
 王子は枕の下からハンカチを取り出した。
 私がイニシャルを入れたハンカチだ。
「あっ、ぐしゃぐしゃ」
「ひとり寝が余りに辛く抱きしめて寝ていた」
「ぬいぐるみとかの方が良かったですかね?」
「涙も拭けるのでハンカチで良かった」
 泣いていたのか……。

「なのにエルシーは俺を捨て温泉に行くと言う……」
 と王子は涙目になった。
「いや、だってそれはそう思いますよ、クラリッサ様とお似合いぽかったですし……」
「兄も俺もお前に愛を捧げている。そう言っているだろう」
「ですが、愛は移ろいやすいものと姉様言ってましたし、そもそもゲルボルグが反対なら結婚もなしかなーと。それにそう、陛下ですよ。クラリッサ様と熱愛だって噂ですよ。不潔!浮気者!」

「兄上のあれはお前のためだ」
「私の?」
「お前が俺に与えた猶予は一週間。兄は俺に協力し、あの女から情報を聞き出してくれた。兄はあの女に籠絡されたわけではない。すべてはお前のためだ。兄はお前に俺が近づけない間、お前の心を奪いに行くことも出来た。だがあの女を油断させるために近づき、俺と国に協力してくれたのだ」

 結局、クラリッサ様の家は代々薬師で、竜涎香も伯爵家の倉庫にひっそり眠っていたものらしい。
 クラリッサ様はずっと地方にお住まいで、お父上の後妻に来られた方に冷遇されていたそうだ。そのため全員参加のはずのお妃様選びにも参加出来なかったとか。
 クラリッサ様は宮廷の華やかな生活と美形の竜騎士である王子に強い憧れを抱いていたという。
「……あの、クラリッサ様は今どうしているんですか?まだ王宮にいるんですか?」
「今は牢にいる。あの女がお前に会うことは二度とない」
 王子は凍り付くような冷たい声で断言した。
「あの、結局、クラリッサ様は、王子と結婚したかったってことですか?」
 王子の金色の目が不機嫌そうに細くなる。
「そのようだ。最終的には王太子妃より王妃になりたかったようだがな」
 王子は吐き捨てるようにそう言った。
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