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第一章 浅草十二階バラバラ殺人事件

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 ニスの匂いで現実に戻される。

 昇降機乗り場の近くで鈴木巡査が喚いていた。

「小波津が殺人を犯していない証拠でもあるのですか」

 長兄は冷静に対応した。

「逆に、犯人である証拠もないだろ」

「ありますよ。現場のハンケチ。二人の関係。言い争っていたのも目撃されてます」

 たしかにそう聞くと、痴情のもつれを連想してしまう。

 しかし長兄は淡白に答えた。

「ハンケチは現場工作。二人は純粋に想い合っていた。言い争いの原因は、小波津の方から別れを切り出した。それだけだ」

「それだけって、どれも根拠が薄いです」

「ではハッキリ言おう。被害者を殺した殺人犯は、ここにはいない。この凌雲閣内にはいないのだよ」

 鈴木巡査は面食らった顔をした。

「じゃあ、小波津、中嶋、大串、この三人の被疑者を集めたのは意味無いじゃないですか。そして犯人がいないなら、これから大串を取り調べるのも無駄じゃないですか」

 鈴木巡査が激昂するのも仕方ない。僕だって頭がこんがらがって長兄から直接聞き出したい気分だ。

 だが、その時。

「兄上。戻ったぜ」

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