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てんやわんやの新たな日常
一か月後:Younger sister
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死之行進から早一ヶ月ちょっとが経った。収穫祭もあと一週間後に始まるだろう。
けど、今年は収穫祭をやる意味がないのではと思ってしまう。だって、ここ一か月間ずっと祭り状態だからだ。
仕事はキチンとしているらしいが、町人たちはもちろん、冒険者や果てには事後処理でまだ残っている騎士団の人たちも日中も含めてどんちゃん騒ぎをしている。
ぶっちゃけ、事後処理の方が死之行進自体よりも忙しく、ロイス父さんたちはてんてこ舞いだ。
「きょうもパパには会えないね」
「……う?」
アテナ母さんが事前に絞っていたミルクを上げ、曖気を確認し、おむつを取り替え、少しだけ疲れた俺がゆっくりと語りかけると、可愛らしい声が響く。俺の言葉の意味は分かっていないけど、反応しているのだろう。
……可愛い。
俺の人差し指を離さないブラウを見て、俺はデレデレとする。
一ヶ月前。死之行進の最終日に産まれたブラウローゼ――ブラウは、すくすくと成長している。
薄く柔らかい薄緑色の髪の毛。今はまだ産毛だからハッキリしないけど、青みがかった緑になるのだろう。
瞳は優しい青。ちょっと灰色がかっている気もするが、たぶんそれは生後一か月だからだろう。
頬はぷっくりとしていて、手も小さくて可愛い。可愛すぎる!
顔立ちは……今のところアテナ母さんに似ている。これから成長すれば、骨格も変わるし、ハッキリ言えないけど、たぶん成長してもアテナ母さんと同じような美人さんになるのだろう。
……嫌だな。いずれ嫁に行くのか。
「……うぅ……っぅ、うわぁっっっっ~~~~~~!」
「ああ、ごめんね。ごめんね」
思わず殺気を出してしまったらしい。ブラウが大声で泣く。
俺は慌ててチャラチャラと鈴が付いた玩具やぬいぐるみであやすが一向に泣き止まない。
……ここ最近は全然泣き止んでくれない。色々と町のおばさま方に聞きまわり、子育て等々を聞いたのだが、全く役に立たない。
……いや、ここで諦めてどうする。
今、アテナ母さんは寝ている。昼間だが、出産の弱体化に加え、出産時に多大な魔力を奪われたことにより、衰弱している。
それでもブラウと一緒にいようと無理している。
だから、少しでもその負担を減らしたい。
「確か……いけるかな」
台に乗っている俺は身体強化をする。ベビーベッドの柵を下げ、ついでに魔力を実体化させ、手を少しだけ延長する。
「ああ、よしよし。よしよし」
「うぇ……うぅ……ひぐっ……」
「よしよし、よしよし」
どうにか手を延長したことで、ブラウを抱きかかえられた。首が座ってないから、首を支えるのも必要だし、俺の四歳児の体では抱きかかえるのは物凄い大変だけど、うん、練習した甲斐がある。
すると、泣いていたブラウが落ち着く。俺は、アテナ母さんやレモンにならったリズムで体を揺らし、また呼吸に合わせてゆっくり背中を撫でる。
呼吸に合わせて背中を撫でるととても落ち着く。それは、難しいけど、うん、上手くいったみたいだ。
一応、“解析者”を使ってお腹が減ってないか、おむつを変えるべきかを瞬時に判断し問題ないなと思ったので、ベビーベッドに戻す。
柵を上げる。
「ふぅ。怖がらせてごめんね」
「……ぅ……うぃっ」
ブラウはクリクリと目を動かし、直ぐに微笑みを顔に貼り付ける。生理的微笑だ。けど、しばらくするとクークーと寝入ってしまう。
直ぐに寝て短時間で起きる。感覚的には一時間でそのサイクルが繰り返される。
死之行進の事後処理と収穫祭というか、主に収穫物の高の勘定や輸出調整、商売人等々の相手でレモンやユナもそっちにかかりきりだ。
もちろん、レモンはできる限り、というか不寝番でブラウを見ている。ユナやマリーさんもだ。
けど、それでも忙しいのだ。
…………!
ブラウが寝ている事を確認し、ブランケットを掛けなおした後、俺は慌てて部屋の扉を開ける。
「アテナ母さんっ!」
ブラウを起こさない様に小さな声で、それでも語気を強くする。
「ブラウは、大丈夫?」
「大丈夫だから。全然寝てないじゃん。顔青白いから」
「……でも、やっぱり近くにいないと」
俺は部屋にあった椅子にアテナ母さん座らせる。
今のアテナ母さんは、全然違う。やつれているし、艶やかだった緑がかった金髪もくすんでいる。エメラルドの瞳もだ。
衰弱しているのにあまり寝てないし、本当に様子が酷いから別室で寝かせているが、それでもブラウが泣くたびにどんなにぐっすり寝ていても、防音処理を施しても、直ぐに起き上がって来てしまうのだ。
そんなに心配ならと、一緒の部屋に入れたのだが、そうすると全く寝なくなる。衰弱した状態なのに、つねにピリピリとしているというか、警戒しているというか。
……たぶん、子供を産んだ後の狼に似ている。いや、多くの動物の母親もそうだが、攻撃性が増して、体を酷使する。
出産後のホルモンバランス……
いや、そんな事はどうでもいい。どうでもよくないけど、そんな理屈っぽいことを考えるのは後だ。
俺は迷わず“宝物袋”からベッドを取り出す。
「アテナ母さん、ほら、こっちで寝て。大丈夫、一緒の部屋にいるし、何かあったら直ぐに起こすから」
「でもっ」
「……ちょっと待ってて」
俺は今出したベッドをしまい、つい昨日完成したベッドを取り出し、ブラウが寝ているベビーベッドの隣に置く。もちろん、ゆっくり静かにだ。
それは通常のベッドよりも高い、つまりベビーベッドの高さと同等のベッドだ。耐久性や、アテナ母さんが寝返りを打っても落ちないようにするのに苦労した。
あとは。
「……よし。アテナ母さん、腰を掛けて」
「……昇降するの?」
ベビーベッドは高い。結構高い。だから、普通のベッドをその高さにすると上がるのが大変だ。特に体力や筋力も衰えたアテナ母さんでは。
なので、ベッドの高さ自体を調整できるようにした。
足の方は魔道具であり、スライド式で魔力によって上下するようにしてある。耐久性や振動抑制、静音性を高めるために苦労した。。
アテナ母さんが低く下げたベッドに腰を掛けたことを確認した後、ベッドの足は音を立てずスライドしていく、ゆっくりと上昇する。
操作は俺が行っている。ホントは、スイッチ一つで上げ下げできればいいが、まだそこまでいってない。
けど、うん。上出来だ。
音を立ててないからブラウは起きないし、アテナ母さんも安心そうな顔をしている。ガコンガコンと上がるのではなく、なるべく滑らかさを意識したからな。不快感が少なくてよかった。
まぁそれでも要調整かな。
それはいいとして、ベッドとベビーベッドの高さが同じになる。
「ありがと、セオ」
「うん。だからゆっくり寝てて。何かあったら直ぐに起こすから。ほら、柵を下げておくから、直ぐに手で触れられるでしょう?」
「ええ、ありがとう」
横になったアテナ母さんの頭の位置にブラウがくるように置いたから、アテナ母さんは直ぐにブラウを見ることができる。
それと、柵も下げておく。
アテナ母さんが寝ているベッドには他にも仕掛けがあり、ブラウがアテナ母さんの方に来たら、自動で俺に教えてくれるのだ。
もちろん設定すれば、他の人にも知らせてくれる。
アテナ母さんは安心したようにブラウの方を見て、ゆっくり目を閉じた。
……いつもなら、それでも目を開いていたけど、よほど疲れているのだろう。
そう思いながら、俺は扉の方に移動する。
「もういいよ。二人とも寝た」
すると、ゆっくりと扉が開きライン兄さんとユリシア姉さんが入ってくる。そろーり、そろーりだ。
「母さん、大丈夫かしら」
「分からない。けど、もし何かあればレモンが分かるはずだから。なんか、知らないけど変な契約しているらしいし」
「そう」
ユリシア姉さんは抜き足差し足でアテナ母さんとブラウをこっそり眺める。何度かきつく言ったから、騒ぐこともない。
まぁきつく言わなくても、あんまり騒がなかったけど。
「ライン兄さんはいいの?」
「うん。ちょっと様子が気になったから」
そういいながら、ライン兄さんは腰に下げていた魔法袋からスケッチブックを取り出す。
「僕はこれを描く。〝再起〟の写真もいいけど、絵もいいと思うから」
「確かに、うん」
よいしょっと椅子に座り、ライン兄さんは鉛筆モドキを使って窓から差し込む日差しに照らされたアテナ母さんたちを描き始めた。
けど、今年は収穫祭をやる意味がないのではと思ってしまう。だって、ここ一か月間ずっと祭り状態だからだ。
仕事はキチンとしているらしいが、町人たちはもちろん、冒険者や果てには事後処理でまだ残っている騎士団の人たちも日中も含めてどんちゃん騒ぎをしている。
ぶっちゃけ、事後処理の方が死之行進自体よりも忙しく、ロイス父さんたちはてんてこ舞いだ。
「きょうもパパには会えないね」
「……う?」
アテナ母さんが事前に絞っていたミルクを上げ、曖気を確認し、おむつを取り替え、少しだけ疲れた俺がゆっくりと語りかけると、可愛らしい声が響く。俺の言葉の意味は分かっていないけど、反応しているのだろう。
……可愛い。
俺の人差し指を離さないブラウを見て、俺はデレデレとする。
一ヶ月前。死之行進の最終日に産まれたブラウローゼ――ブラウは、すくすくと成長している。
薄く柔らかい薄緑色の髪の毛。今はまだ産毛だからハッキリしないけど、青みがかった緑になるのだろう。
瞳は優しい青。ちょっと灰色がかっている気もするが、たぶんそれは生後一か月だからだろう。
頬はぷっくりとしていて、手も小さくて可愛い。可愛すぎる!
顔立ちは……今のところアテナ母さんに似ている。これから成長すれば、骨格も変わるし、ハッキリ言えないけど、たぶん成長してもアテナ母さんと同じような美人さんになるのだろう。
……嫌だな。いずれ嫁に行くのか。
「……うぅ……っぅ、うわぁっっっっ~~~~~~!」
「ああ、ごめんね。ごめんね」
思わず殺気を出してしまったらしい。ブラウが大声で泣く。
俺は慌ててチャラチャラと鈴が付いた玩具やぬいぐるみであやすが一向に泣き止まない。
……ここ最近は全然泣き止んでくれない。色々と町のおばさま方に聞きまわり、子育て等々を聞いたのだが、全く役に立たない。
……いや、ここで諦めてどうする。
今、アテナ母さんは寝ている。昼間だが、出産の弱体化に加え、出産時に多大な魔力を奪われたことにより、衰弱している。
それでもブラウと一緒にいようと無理している。
だから、少しでもその負担を減らしたい。
「確か……いけるかな」
台に乗っている俺は身体強化をする。ベビーベッドの柵を下げ、ついでに魔力を実体化させ、手を少しだけ延長する。
「ああ、よしよし。よしよし」
「うぇ……うぅ……ひぐっ……」
「よしよし、よしよし」
どうにか手を延長したことで、ブラウを抱きかかえられた。首が座ってないから、首を支えるのも必要だし、俺の四歳児の体では抱きかかえるのは物凄い大変だけど、うん、練習した甲斐がある。
すると、泣いていたブラウが落ち着く。俺は、アテナ母さんやレモンにならったリズムで体を揺らし、また呼吸に合わせてゆっくり背中を撫でる。
呼吸に合わせて背中を撫でるととても落ち着く。それは、難しいけど、うん、上手くいったみたいだ。
一応、“解析者”を使ってお腹が減ってないか、おむつを変えるべきかを瞬時に判断し問題ないなと思ったので、ベビーベッドに戻す。
柵を上げる。
「ふぅ。怖がらせてごめんね」
「……ぅ……うぃっ」
ブラウはクリクリと目を動かし、直ぐに微笑みを顔に貼り付ける。生理的微笑だ。けど、しばらくするとクークーと寝入ってしまう。
直ぐに寝て短時間で起きる。感覚的には一時間でそのサイクルが繰り返される。
死之行進の事後処理と収穫祭というか、主に収穫物の高の勘定や輸出調整、商売人等々の相手でレモンやユナもそっちにかかりきりだ。
もちろん、レモンはできる限り、というか不寝番でブラウを見ている。ユナやマリーさんもだ。
けど、それでも忙しいのだ。
…………!
ブラウが寝ている事を確認し、ブランケットを掛けなおした後、俺は慌てて部屋の扉を開ける。
「アテナ母さんっ!」
ブラウを起こさない様に小さな声で、それでも語気を強くする。
「ブラウは、大丈夫?」
「大丈夫だから。全然寝てないじゃん。顔青白いから」
「……でも、やっぱり近くにいないと」
俺は部屋にあった椅子にアテナ母さん座らせる。
今のアテナ母さんは、全然違う。やつれているし、艶やかだった緑がかった金髪もくすんでいる。エメラルドの瞳もだ。
衰弱しているのにあまり寝てないし、本当に様子が酷いから別室で寝かせているが、それでもブラウが泣くたびにどんなにぐっすり寝ていても、防音処理を施しても、直ぐに起き上がって来てしまうのだ。
そんなに心配ならと、一緒の部屋に入れたのだが、そうすると全く寝なくなる。衰弱した状態なのに、つねにピリピリとしているというか、警戒しているというか。
……たぶん、子供を産んだ後の狼に似ている。いや、多くの動物の母親もそうだが、攻撃性が増して、体を酷使する。
出産後のホルモンバランス……
いや、そんな事はどうでもいい。どうでもよくないけど、そんな理屈っぽいことを考えるのは後だ。
俺は迷わず“宝物袋”からベッドを取り出す。
「アテナ母さん、ほら、こっちで寝て。大丈夫、一緒の部屋にいるし、何かあったら直ぐに起こすから」
「でもっ」
「……ちょっと待ってて」
俺は今出したベッドをしまい、つい昨日完成したベッドを取り出し、ブラウが寝ているベビーベッドの隣に置く。もちろん、ゆっくり静かにだ。
それは通常のベッドよりも高い、つまりベビーベッドの高さと同等のベッドだ。耐久性や、アテナ母さんが寝返りを打っても落ちないようにするのに苦労した。
あとは。
「……よし。アテナ母さん、腰を掛けて」
「……昇降するの?」
ベビーベッドは高い。結構高い。だから、普通のベッドをその高さにすると上がるのが大変だ。特に体力や筋力も衰えたアテナ母さんでは。
なので、ベッドの高さ自体を調整できるようにした。
足の方は魔道具であり、スライド式で魔力によって上下するようにしてある。耐久性や振動抑制、静音性を高めるために苦労した。。
アテナ母さんが低く下げたベッドに腰を掛けたことを確認した後、ベッドの足は音を立てずスライドしていく、ゆっくりと上昇する。
操作は俺が行っている。ホントは、スイッチ一つで上げ下げできればいいが、まだそこまでいってない。
けど、うん。上出来だ。
音を立ててないからブラウは起きないし、アテナ母さんも安心そうな顔をしている。ガコンガコンと上がるのではなく、なるべく滑らかさを意識したからな。不快感が少なくてよかった。
まぁそれでも要調整かな。
それはいいとして、ベッドとベビーベッドの高さが同じになる。
「ありがと、セオ」
「うん。だからゆっくり寝てて。何かあったら直ぐに起こすから。ほら、柵を下げておくから、直ぐに手で触れられるでしょう?」
「ええ、ありがとう」
横になったアテナ母さんの頭の位置にブラウがくるように置いたから、アテナ母さんは直ぐにブラウを見ることができる。
それと、柵も下げておく。
アテナ母さんが寝ているベッドには他にも仕掛けがあり、ブラウがアテナ母さんの方に来たら、自動で俺に教えてくれるのだ。
もちろん設定すれば、他の人にも知らせてくれる。
アテナ母さんは安心したようにブラウの方を見て、ゆっくり目を閉じた。
……いつもなら、それでも目を開いていたけど、よほど疲れているのだろう。
そう思いながら、俺は扉の方に移動する。
「もういいよ。二人とも寝た」
すると、ゆっくりと扉が開きライン兄さんとユリシア姉さんが入ってくる。そろーり、そろーりだ。
「母さん、大丈夫かしら」
「分からない。けど、もし何かあればレモンが分かるはずだから。なんか、知らないけど変な契約しているらしいし」
「そう」
ユリシア姉さんは抜き足差し足でアテナ母さんとブラウをこっそり眺める。何度かきつく言ったから、騒ぐこともない。
まぁきつく言わなくても、あんまり騒がなかったけど。
「ライン兄さんはいいの?」
「うん。ちょっと様子が気になったから」
そういいながら、ライン兄さんは腰に下げていた魔法袋からスケッチブックを取り出す。
「僕はこれを描く。〝再起〟の写真もいいけど、絵もいいと思うから」
「確かに、うん」
よいしょっと椅子に座り、ライン兄さんは鉛筆モドキを使って窓から差し込む日差しに照らされたアテナ母さんたちを描き始めた。
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