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ちょっとした激動の四か月

セオの時は成長に合わせた靴下が百組でした:アイラ

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 すっかり夜の帳も落ちたころ。とある執務室でオリバーとリーナが向かい合っていた。部屋にはその二人だけである。

「……それでクラリス・ビブリオはどこへ行ったのだ」
「ええっと、その、分かりません」

 リーナはオリバーの問いにしどこもどろに答える。

 というのも、一時間近く泣き続けたアイラが泣き疲れたのか寝てしまい、アイラのベッドに移動させ、戻ったらクラリスが消えていたのだ。

 しかも、その前には、王国魔法士団長が巨大な魔法反応を感じ取ったとして、一時大騒ぎとなった。

 なので、一番事情を知っていそうなリーナが問い詰められているのだ。

「……心当たりはあるのか」
「え、あ、はい。あります」

 いつもの冷淡な仮面を貼り付けていないリーナを疑問に思いながら、オリバーは建設的に問いを進める。

 アイラの件で物凄く動揺していたリーナもようやく冷静を取り戻し、無表情を顔に張り付けて、楚々とした態度で申し上げる。

「ツクル様のところへ行かれたのかと」
「ツクル、だと?」

 オリバーは眉をひそめる。

「あの名無しの魔道具師か?」
「はい。クラリス様と友好関係にある方でございます」
「……ふむ」

 オリバーはそれを聞いて、一度顎に手を当てる。

「経緯を話せ」
「それは……致しかねます」

 リーナは深々と頭を下げる。

「……我の命令でもか」
「命令だからこそでございます。私は陛下からクラリス様とアイラ様の補佐を仰せつかりました。また、その両方の情報を安易に渡してはならないと」
「我、いや私にその情報を渡すのが安易だと?」
「さようでございます」

 そう。リーナはオリバーに報告していない。

 アイラがツクルと手紙のやり取りをしている事や、クラリスとの講義内容。生長具合など。

 クラリスと協議し、決定した情報しか報告していない。

 それそのものが、今後のアイラに大きな意味があるからだ。国王すら知らないという状況そのものに大きな価値が付くからだ。

 オリバーはそれを分かっている。それができる人材だからこそ、リーナをアイラに付けたともいうのだが。

 夕食の席にアイラが出てこなかった事とクラリスが消えた事に関係があることは想像が付く。

 ハティアがわたくしのせい、と少しだけ青ざめていたが、それは関係ないとリーナが否定した。

 リーナが否定したのならば、それは事実だ。

 いつも家族が揃うことのできて、心置きなく会話できる食事時を楽しみにしているアイラが、体調不良以外で欠席するなど今までになかった事態だ。

 だからこそ、オリバーは父として尋ねたのだが、父としても駄目だと。

 オリバーは黙り込みながら、ゆっくりと思案する。リーナは頑固だ。任務に忠実で忠心を果たす。

 その忠心のためなら、国王にすら相手を取る。それは知っている。

「はぁ。いずれ全てを話してもらうぞ」
「承知しております」

 溜息を吐いたオリバーに、リーナは感謝しながらカーテシーをする。そも、リーナが国王であるオリバーにこんな態度を取れるのは、オリバーが寛大だからに過ぎない。

 寛大であり、その寛大さを許すまつりごとを作り上げてきたオリバーだからこそ、リーナは今のリーナであるのだ。それが一番の最良だと思えるから。

 と、執務室の扉が叩かれる。

「ッ」
「……誰だ?」

 リーナは驚き直ぐに戦闘態勢を取り、オリバーはそれを見て顔を顰める。リーナの行動のそれは、扉を叩いた存在の気配をリーナが感じ取れていなかった事を意味する。

 暗殺か、何か。面倒だな、と思いながらオリバーはリーナに扉を開けるように目で命じる。

 リーナは、少し逡巡した後、念のためにオリバーの周囲に結界を張っておく。

 ドアノブに手を掛け、ゆっくりと扉を開ける。いつでもオリバーを守るための魔法を準備しながら。

 そして扉から現れたのは。

「ほれ、土産だの」
「……はい?」

 両手に青薔薇の花びらを抱え、ついでに書類を脇に挟んだクラリスだった。

 頬は紅潮し、今にも鼻歌を歌いそうな程上機嫌なクラリスはずかずかと執務室に入り込もうとする。

「待ってくださいっ!」
「ぬ」

 呆然としていたリーナは、けれど一拍遅れてクラリスの前に立ちふさがる。オリバーに目配せした後、魔法で風の剣を創り出し、クラリスに突き付ける。

「冒険者カードを見せてください」
「ふむ。……まぁ確かに不用心だったの」

 クラリスはそう言いながら、虚空から神聖な光を放つ手のひらサイズの金属カードを取り出し、〝念動〟で操りリーナに渡す。

 リーナは警戒しながらそれを受け取り、真偽を確かめる。一度、魔力を通し、神金特有の絶縁魔力反応を確認したリーナは、風の魔法剣を持っていない方の手の中指と親指を立てる。

「右の四番目は?」
「五番目は花咲かる川面を滑るウルアイが、幸運を運ぶとき」

 リーナが尋ね、クラリスはスラスラと答える。

 符丁だ。クラリスを騙る者がいないとは言い切れないし、万が一の時も考えて、四十近くの符丁を考えておいたのだ。

 また、交わす符丁によっては自分の状況を暗に知らせたりすることもできる。主にアイラを人質に取られた場合等々に使うのだ。互いに互いを疑わざるを得ない状況に持ち込まれる可能性もあるので。

 まぁ、本当に万に一つ、いや無限に一つくらいだが。

「先ほどの無礼、申し訳ございません」
「よいよい、決めごとだからの」

 その符丁が正しいことを確認したリーナは、風の魔法剣を消し、クラリスに深々と頭を下げる。

 それを見ていたオリバーは溜息を吐きつつ、クラリスに尋ねる。

「それでし――クラリス殿は無断でどこに外出していた?」
「ここでは師匠でよいぞ」
「……クラリス殿は無断でどこに外出していた?」

 バツが悪そうに頬を引きつらせながら、オリバーは鋭く尋ねる。神金級という一国の王をして警戒せざる負えない存在を目の前に、オリバーは毅然と対応する。

 寂しいのぅ、と唇を尖らせつつ、クラリスは答える。

「マキーナルト領だの。そうそう、第三騎士団団長から書類を預かったぞ」
「……拝見する」

 脇に挟んでいた書類を〝念動〟で渡されてたオリバーは若干眉をひそめつつ、書類を読み進めていく。

 そして安堵にも近い溜息を吐いた。

「今回の死之行進デスマーチも無事に終わったか」
「ホントですかっ!」

 リーナが少し弾んだ声音で確かめる。

「本当だ」

 オリバーは確かに頷いた。他人に伝えたからだろう。ようやくそれを実感したオリバーは、はぁ~~~と先ほどよりも深い溜息を吐き、頬をほころばせる。気を緩ませる。

「公爵に一役買ってもらった甲斐がある。百年の防衛を目指す上にも旗頭が必要だからな」
「儂はともかく、ロイスはその一役に踊らされたのだがの」
「踊ったの間違えだろ。死の英雄殿は国王でも問題ないくらいの政治力があるからな」
「ただの物好きだと思うぞ」

 そんな会話をしつつ、クラリスは執務室のあちこちに青薔薇の花びらを飾る。オリバーは思いっきり顔をしかめる。

「それは何なのだ」
「夢は叶う、だ」
「はぁ?」

 クラリスの返答にオリバーは首を傾げる。リーナはおずおずと尋ねる。

「薔薇、でしょうか?」
「うむ。喰らいの薔薇の変異種のだの」

 クラリスは事もなにげに答える。

「くら――喰らいの薔薇ですかっ!?」
「師匠、なんてもん持ってきてんだ!」

 リーナが慌てて部屋中に飾られつつある青薔薇の花びらを回収し、オリバーは昔の呼び方でクラリスに食いかかる。

「そんな怯えんでもよいぞ。それは悪あがきの呪いみたいなものだし、全てエウ様の力で浄化されておる。ただの薔薇の花びらだ」
「エウ様――神霊様じゃないですかっ!? それをただの薔薇の花びらとは言わないんです!」

 エウ様といえば、神樹の神霊の事。つまり、この花びらは神聖な花びらであり、不用意に触れていいものではない。というか、聖職者が心の底からあがめる物だ。

 それをただの薔薇の花びらと言うクラリスに呆れを通り越して、諦めたリーナは先ほどのクラリスの返答を尋ねる。

 オリバーは俺、もう知らない、と言った感じに外を眺めている。

「……はぁ。クラリス様、先ほどの夢は叶う、とはなんの事でしょうか?」
「願いだ」
「願い、ですか?」

 クラリスは聞いた言葉をなぞらえるように言う。

「多くの人が明日のために積み重ね、今を作った。その今は過去での不可能、夢だった。その夢を叶え、今も叶えようとする地に産まれた子への願い、だそうだ」
「子供、ですか」
「うむ」

 クラリスはぼーっと夜空を見上げているオリバーに向かって言う。

「アテナの事だが、無事に産まれたぞ」

 リーナはそれを聞いて息を飲み、オリバーは再び安堵の溜息を吐く。

「……そうか。母子ともに問題は?」
「ない」
「なら、いつもの通りに処理するか」

 これから情報操作等々で忙しくなる、と思いつつ、祝いの品は何にしようかとオリバーは考える。

 そして三週間後には、マキーナルト家に王家より赤ちゃんの肌に優しい超高級なタオルが百近く贈られた。もちろん非公式にだが。
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