42 / 59
第3章 お師匠さまの秘密を知ってしまいました
禁忌の術 3
しおりを挟む
何ひとつ、おまえから失わせはしない。その言葉の意味することは何か。
お師匠様はいったい何をしようとしているのか。
いや、イェンがこれからしようとしていることに、ツェツイは薄々気づいている、という様子であった。
けれど、聞かずにはいられなかった。
「お師匠様は、何をするつもりなのですか……」
ツェツイの不安は拭えない。もし、考えていることがあたっていたとすれば。
「だけど、さすがに大きすぎるな」
「大きすぎる?」
「刻を戻す時間が大きすぎるってことだ」
「と、き……? やっぱり……あの日、試験の時間は過ぎていたんですね。でも、あたしが間に合うように、お師匠様は刻を戻した」
「まあな」
もはや、ここで誤魔化したところで意味はないと、イェンはあっさり認める。
「十一時の鐘が鳴ったのは、あたしの聞き間違いではなかった」
そう、確かに鐘は鳴っていた。
聞き間違えるはずはない。
あの時は、これ以上何も聞くなというイェンの態度に圧力をかけられ黙ったが、やはりそうだったのだ。
「聞き間違いでも何でもねえよ。あの時、試験が始まる直前まで刻を遡った。それより、その話は後だ」
イェンはちっと舌打ちをする。
「今回ばかりはちょっと戻るというわけにはいかないかもな。しかたがねえ、あれの力を借りるか」
まったくもって気が進まねえけどな、とイェンは至極、不愉快そうに眉間にしわを刻み独り言つ。おまけに深いため息までついて。
イェンは右手を前方にかかげた。しかし、持ち上がった腕にツェツイがしがみつく。
「だめです! 刻を戻す魔術は禁じられています。使ってはいけない魔術です! 〝灯〟に知られたら、お師匠様が罰を受けることになってしまいます。それだけは絶対にいやです!」
腕にすがりつき、ツェツイは必死にだめですと首を振る。
「そんなの、ばれなきゃいいんだよ、ばれなきゃ。この間の時だって誰も気づかなかったろ? 〝灯〟の上層部ですら。意外にそんなもんだ」
まあ、俺の腕がよすぎるってこともあるかもな、と戯けた口調でイェンはそうつけ加える。
それは、ツェツイを安心させるための言葉か、あるいは本心からか。
冗談でも何でもないとすれば〝灯〟のみなから落ちこぼれだの、無能だの、仕事もしないで〝灯〟の裏庭で昼寝ばかりしていると、みなから散々な悪口を言われ続けているイェンであったが、実はそうとうな魔術の使い手でさらに、かなりの自信家であるということであった。
「この間はそうでも、今回もそうだとは限りません! お願いです。お師匠様やめてください。あたしのせいで、お師匠様を巻き込んでしまってごめんなさい。もういいんです。今すぐ」
「だから、心配すんな。こういうことはばれないように要領よくやるんだよ。だけどそうだな。たとえ万が一ばれたとしても、俺には強力な後ろ盾がついている。そいつが何とかしてくれるさ。たぶんな、きっと、おそらく……」
その強力な後ろ盾という人物を思い浮かべているのか、イェンはふと遠い眼差しで、はは、と冗談とも本気ともつかない曖昧な笑いをこぼす。
「後ろ盾? それは、お師匠様のお父様……〝灯〟の長のことですか?」
「長? 違うな。長は関係ねえよ。もっとすごい権力を持った奴だ」
言って、やはりイェンは何故かおかしそうに笑う。
長、以上に権力を持つ人。
はたして、その人物はいったい誰なのかとツェツイは考え込む。
しかし、そんな人間など予想もつかないと、ツェツイは首を振った。
そもそも本当にそんな人物がいるのか。
だが、イェンの様子を見る限り、嘘を言っているようにもみえない。
「ちょっと特殊だが、刻を戻すのはこの辺りの空間にして……」
突然、ツェツイが肩をすぼめ悲鳴を上げた。
熱で窓ガラスが音をたてて割れた。
出火元の薪が積み上げられたすぐ隣の居間の壁が派手に崩れる。
食器棚が倒れ、中の食器が床に砕けて散らばり、さらに、支えるものを失った屋根が落ち、居間へと続く扉がふさがれてしまう。
「さすがに急がねえとまずいな」
イェンの顔が苦痛に歪む。
ひたいにじっとりと汗が浮き上がり、こめかみに負った傷の血と混じり流れ落ちる。
柱を支えている自身の体力も、そろそろ限界であった。
それもそうだ。
炎と煙から身を守るために自分たちの周囲に結界を張り、それを維持するため魔力を使い続けているのだ。
それが途絶えてしまえば、すぐさま、たちこめる煙と炎にまかれ、二人ともお終いとなる。
落ちた柱を支える腕が痺れ感覚を失い足が震えた。
一瞬でも気を抜けば、下にいるツェツイとともに柱の下敷きだ。
ツェツイが瞳を揺らして見上げている。
お師匠様はいったい何をしようとしているのか。
いや、イェンがこれからしようとしていることに、ツェツイは薄々気づいている、という様子であった。
けれど、聞かずにはいられなかった。
「お師匠様は、何をするつもりなのですか……」
ツェツイの不安は拭えない。もし、考えていることがあたっていたとすれば。
「だけど、さすがに大きすぎるな」
「大きすぎる?」
「刻を戻す時間が大きすぎるってことだ」
「と、き……? やっぱり……あの日、試験の時間は過ぎていたんですね。でも、あたしが間に合うように、お師匠様は刻を戻した」
「まあな」
もはや、ここで誤魔化したところで意味はないと、イェンはあっさり認める。
「十一時の鐘が鳴ったのは、あたしの聞き間違いではなかった」
そう、確かに鐘は鳴っていた。
聞き間違えるはずはない。
あの時は、これ以上何も聞くなというイェンの態度に圧力をかけられ黙ったが、やはりそうだったのだ。
「聞き間違いでも何でもねえよ。あの時、試験が始まる直前まで刻を遡った。それより、その話は後だ」
イェンはちっと舌打ちをする。
「今回ばかりはちょっと戻るというわけにはいかないかもな。しかたがねえ、あれの力を借りるか」
まったくもって気が進まねえけどな、とイェンは至極、不愉快そうに眉間にしわを刻み独り言つ。おまけに深いため息までついて。
イェンは右手を前方にかかげた。しかし、持ち上がった腕にツェツイがしがみつく。
「だめです! 刻を戻す魔術は禁じられています。使ってはいけない魔術です! 〝灯〟に知られたら、お師匠様が罰を受けることになってしまいます。それだけは絶対にいやです!」
腕にすがりつき、ツェツイは必死にだめですと首を振る。
「そんなの、ばれなきゃいいんだよ、ばれなきゃ。この間の時だって誰も気づかなかったろ? 〝灯〟の上層部ですら。意外にそんなもんだ」
まあ、俺の腕がよすぎるってこともあるかもな、と戯けた口調でイェンはそうつけ加える。
それは、ツェツイを安心させるための言葉か、あるいは本心からか。
冗談でも何でもないとすれば〝灯〟のみなから落ちこぼれだの、無能だの、仕事もしないで〝灯〟の裏庭で昼寝ばかりしていると、みなから散々な悪口を言われ続けているイェンであったが、実はそうとうな魔術の使い手でさらに、かなりの自信家であるということであった。
「この間はそうでも、今回もそうだとは限りません! お願いです。お師匠様やめてください。あたしのせいで、お師匠様を巻き込んでしまってごめんなさい。もういいんです。今すぐ」
「だから、心配すんな。こういうことはばれないように要領よくやるんだよ。だけどそうだな。たとえ万が一ばれたとしても、俺には強力な後ろ盾がついている。そいつが何とかしてくれるさ。たぶんな、きっと、おそらく……」
その強力な後ろ盾という人物を思い浮かべているのか、イェンはふと遠い眼差しで、はは、と冗談とも本気ともつかない曖昧な笑いをこぼす。
「後ろ盾? それは、お師匠様のお父様……〝灯〟の長のことですか?」
「長? 違うな。長は関係ねえよ。もっとすごい権力を持った奴だ」
言って、やはりイェンは何故かおかしそうに笑う。
長、以上に権力を持つ人。
はたして、その人物はいったい誰なのかとツェツイは考え込む。
しかし、そんな人間など予想もつかないと、ツェツイは首を振った。
そもそも本当にそんな人物がいるのか。
だが、イェンの様子を見る限り、嘘を言っているようにもみえない。
「ちょっと特殊だが、刻を戻すのはこの辺りの空間にして……」
突然、ツェツイが肩をすぼめ悲鳴を上げた。
熱で窓ガラスが音をたてて割れた。
出火元の薪が積み上げられたすぐ隣の居間の壁が派手に崩れる。
食器棚が倒れ、中の食器が床に砕けて散らばり、さらに、支えるものを失った屋根が落ち、居間へと続く扉がふさがれてしまう。
「さすがに急がねえとまずいな」
イェンの顔が苦痛に歪む。
ひたいにじっとりと汗が浮き上がり、こめかみに負った傷の血と混じり流れ落ちる。
柱を支えている自身の体力も、そろそろ限界であった。
それもそうだ。
炎と煙から身を守るために自分たちの周囲に結界を張り、それを維持するため魔力を使い続けているのだ。
それが途絶えてしまえば、すぐさま、たちこめる煙と炎にまかれ、二人ともお終いとなる。
落ちた柱を支える腕が痺れ感覚を失い足が震えた。
一瞬でも気を抜けば、下にいるツェツイとともに柱の下敷きだ。
ツェツイが瞳を揺らして見上げている。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
夫から国外追放を言い渡されました
杉本凪咲
恋愛
夫は冷淡に私を国外追放に処した。
どうやら、私が使用人をいじめたことが原因らしい。
抵抗虚しく兵士によって連れていかれてしまう私。
そんな私に、被害者である使用人は笑いかけていた……
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます
冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。
そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。
しかも相手は妹のレナ。
最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。
夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。
最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。
それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。
「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」
確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。
言われるがままに、隣国へ向かった私。
その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。
ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。
※ざまぁパートは第16話〜です
三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃
紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。
【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。
自殺した妻を幸せにする方法
久留茶
恋愛
平民出身の英雄アトラスと、国一番の高貴な身分の公爵令嬢アリアドネが王命により結婚した。
アリアドネは英雄アトラスのファンであり、この結婚をとても喜んだが、身分差別の強いこの国において、平民出のアトラスは貴族を激しく憎んでおり、結婚式後、妻となったアリアドネに対し、冷たい態度を取り続けていた。
それに対し、傷付き悲しみながらも必死で夫アトラスを支えるアリアドネだったが、ある日、戦にて屋敷を留守にしているアトラスのもとにアリアドネが亡くなったとの報せが届く。
アリアドネの死によって、アトラスは今迄の自分の妻に対する行いを激しく後悔する。
そしてアトラスは亡くなったアリアドネの為にある決意をし、行動を開始するのであった。
*小説家になろうにも掲載しています。
*前半は暗めですが、後半は甘めの展開となっています。
*少し長めの短編となっていますが、最後まで読んで頂けると嬉しいです。
【本編完結】ワケあり事務官?は、堅物騎士団長に徹底的に溺愛されている
卯崎瑛珠
恋愛
頑張る女の子の、シンデレラストーリー。ハッピーエンドです!
私は、メレランド王国の小さな港町リマニで暮らす18歳のキーラ。実は記憶喪失で、10歳ぐらいの時に漁師の老夫婦に拾われ、育てられた。夫婦が亡くなってからは、食堂の住み込みで頑張っていたのに、お金を盗んだ罪を着せられた挙句、警備隊に引き渡されてしまった!しかも「私は無実よ!」と主張したのに、結局牢屋入りに……
途方に暮れていたら、王国騎士団の副団長を名乗る男が「ある条件と引き換えに牢から出してやる」と取引を持ちかけてきた。その条件とは、堅物騎士団長の、専属事務官で……
あれ?「堅物で無口な騎士団長」って脅されてたのに、めちゃくちゃ良い人なんだけど!しかも毎日のように「頑張ってるな」「助かる」「ありがとう」とか言ってくれる。挙句の果てに、「キーラ、可愛い」いえいえ、可愛いのは、貴方です!ちゃんと事務官、勤めたいの。溺愛は、どうか仕事の後にお願いします!
-----------------------------
小説家になろうとカクヨムにも掲載しています。
多産を見込まれて嫁いだ辺境伯家でしたが旦那様が閨に来ません。どうしたらいいのでしょう?
あとさん♪
恋愛
「俺の愛は、期待しないでくれ」
結婚式当日の晩、つまり初夜に、旦那様は私にそう言いました。
それはそれは苦渋に満ち満ちたお顔で。そして呆然とする私を残して、部屋を出て行った旦那様は、私が寝た後に私の上に伸し掛かって来まして。
不器用な年上旦那さまと割と飄々とした年下妻のじれじれラブ(を、目指しました)
※序盤、主人公が大切にされていない表現が続きます。ご気分を害された場合、速やかにブラウザバックして下さい。ご自分のメンタルはご自分で守って下さい。
※小説家になろうにも掲載しております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる