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第3章 お師匠さまの秘密を知ってしまいました
禁忌の術 2
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相手が小さな身体の子どもだということも忘れ、力の限り抱きしめたことに気づき、イェンはほんの少し腕を緩める。
そんなこと、と言ったが、ツェツイにとって、そうではないこともわかっている。
アリーセがツェツイのために選んで買った服も、双子たちがあげた、少々くたびれかけたくまのぬいぐるみも、ツェツイは心から嬉しそうに笑って大切にすると喜んでいた。
「おまえに万が一のことがあったとしても、俺には、もう……どうすることもできないんだよ!」
ツェツイをきつく抱きしめるイェンの手が震えていた。
何かがひっかかったのか、ツェツイはもう? と小さな声でイェンの言葉を繰り返した。
それはどういう意味なのかと。
「だけど、とにかくおまえが無事でいてくれてよかった」
イェンは煤で汚れたツェツイの顔を手で拭う。が、その時、みしりという嫌な音が天井に響いた。
視線を上げたツェツイが悲鳴を上げる。焼けた柱が二人めがけて崩れ、倒れてきたのだ。
「お師匠様!」
イェンは崩れた柱を支える。
けれど、人ひとりで支えるには重すぎる柱にイェンは顔を歪めその場に片膝をついて崩れる。
それでも、わずかにできた隙間のおかげでツェツイが柱の下敷きにならずに済んだ。
「お師匠様……っ!」
悲痛な声を上げるツェツイに、イェンは俺は大丈夫だというように笑ってみせた。
焼けた柱を背中と肩と、片方の手だけで支えているのだ。
ありえない。
それに、笑っていられるほど大丈夫なはずがない。
ただ、目の前のツェツイに怪我ひとつさせるわけにはいかない、守ってみせるという、イェンの強い意志によるものであった。
それでも、イェンはツェツイに心配をさせまいと、笑みを崩さなかった。
「怪我はないか?」
柱を支え、折り曲げたイェンの身体の下にできた空間にぺたりと座り込んでいるツェツイは、顔を青ざめさせ唇を震わせた。
崩れた柱によって傷ついたのだろう。
イェンのこめかみから流れる血が一つ二つとツェツイの頬に落ちる。
ツェツイは唇を引き結び、涙を手の甲で拭う。
その瞳には強い決意。
「すぐに怪我を治します! あたしに任せてください!」
咄嗟にツェツイはイェンの顔に小さな手を添えた。
つい先ほどまで、怖くて詠唱のひとつも思い浮かばなかったと泣いていたツェツイの顔は真剣そのものであった。
ツェツイの口から治癒魔術の詠唱が唱えられる。
柔らかく暖かい光がイェンの頬を包むツェツイの手のひらからぽうっと放たれた。しかし、イェンはむだだと言わんばかりに首を振った。
「お師匠様、動かないでください!」
だが、ツェツイはイェンが首を振った理由をすぐに知る。
「どうして治癒魔術が効かないの……どうして? あたしの力が足りないから!」
ツェツイは呆然とした顔で自分の両手を見つめ、再度試みようとまた手を伸ばしてきた。
「何度やっても、むだなんだ」
「むだ? いいえ、もう一度! ……こんな時に詠唱を唱えなければ魔術が使えないなんてもどかしい!」
「だろ?」
イェンは、はは、とこの場にはそぐわない明るい笑いをこぼす。けれど、その顔はどこか青ざめていた。
「このままではお師匠様が」
「ツェツイ、俺はわけあって回復系の魔術が効かない身体だ。前にも話しただろ? 俺は罪を犯して魔術を奪われた。その時にそうされた。だから、おまえがどんなに治癒の魔術を唱えようとしても、むだなんだ」
「そんなことって!」
その時、再びみしりという音をたてた天井に、ツェツイは顔を上げた。
柱が倒れたことにより天井が抜け落ちようとしているのだ。
炎が爆ぜる。
周りは火の海。もはや一歩も動けず逃げ場はない。
この家もすぐに崩れ落ちる。
それは時間の問題であった。
このままでは二人とも落ちた屋根の下敷きとなり、炎に巻き込まれる。
いや、その心配はおそらく無用だ。
イェンの詠唱なしの空間移動で外へと出るという手段がある。それならば、一瞬でこの場から脱出することは可能だ。
「早く……早くお師匠様の術で外に! 背中のやけども顔の傷も、あたしなら傷跡ひとつ残さずきれいに完璧に治せます! 回復系の魔術はあたしの得意分野です!」
言ってすぐにツェツイははっとなって口元を両手で押さえた。
たった今、イェンが自分で回復系の魔術は自分には効かないと言ったばかりだということに気づいたからだ。
「回復系は得意か。やっぱり、おまえは俺の弟子だな」
「あたし、あたし……どうすれば……」
「心配すんな」
「だって!」
ツェツイは悔しそうに涙をこぼし、握った手で自分の膝を叩く。
「泣くな、ツェツイ」
イェンの片方の手がツェツイの頬に触れた。
指先でこぼれ落ちる涙を拭う。
「そんな顔するな」
「お師匠様……」
「いいから聞け。俺はここで死ぬつもりも、おまえを死なせるつもりもさらさらない。ここはおまえの大切な居場所。そして、大事なものがいっぱいつまった家なんだろ。だったら、おまえが大切だと思うものすべて、俺が取り戻してやる」
「取り戻す?」
「ああ、何ひとつおまえから失わせはしない。だから、そんな顔をするな。いいな?」
わかったな? と、イェンは不敵に笑ってみせた。
そんなこと、と言ったが、ツェツイにとって、そうではないこともわかっている。
アリーセがツェツイのために選んで買った服も、双子たちがあげた、少々くたびれかけたくまのぬいぐるみも、ツェツイは心から嬉しそうに笑って大切にすると喜んでいた。
「おまえに万が一のことがあったとしても、俺には、もう……どうすることもできないんだよ!」
ツェツイをきつく抱きしめるイェンの手が震えていた。
何かがひっかかったのか、ツェツイはもう? と小さな声でイェンの言葉を繰り返した。
それはどういう意味なのかと。
「だけど、とにかくおまえが無事でいてくれてよかった」
イェンは煤で汚れたツェツイの顔を手で拭う。が、その時、みしりという嫌な音が天井に響いた。
視線を上げたツェツイが悲鳴を上げる。焼けた柱が二人めがけて崩れ、倒れてきたのだ。
「お師匠様!」
イェンは崩れた柱を支える。
けれど、人ひとりで支えるには重すぎる柱にイェンは顔を歪めその場に片膝をついて崩れる。
それでも、わずかにできた隙間のおかげでツェツイが柱の下敷きにならずに済んだ。
「お師匠様……っ!」
悲痛な声を上げるツェツイに、イェンは俺は大丈夫だというように笑ってみせた。
焼けた柱を背中と肩と、片方の手だけで支えているのだ。
ありえない。
それに、笑っていられるほど大丈夫なはずがない。
ただ、目の前のツェツイに怪我ひとつさせるわけにはいかない、守ってみせるという、イェンの強い意志によるものであった。
それでも、イェンはツェツイに心配をさせまいと、笑みを崩さなかった。
「怪我はないか?」
柱を支え、折り曲げたイェンの身体の下にできた空間にぺたりと座り込んでいるツェツイは、顔を青ざめさせ唇を震わせた。
崩れた柱によって傷ついたのだろう。
イェンのこめかみから流れる血が一つ二つとツェツイの頬に落ちる。
ツェツイは唇を引き結び、涙を手の甲で拭う。
その瞳には強い決意。
「すぐに怪我を治します! あたしに任せてください!」
咄嗟にツェツイはイェンの顔に小さな手を添えた。
つい先ほどまで、怖くて詠唱のひとつも思い浮かばなかったと泣いていたツェツイの顔は真剣そのものであった。
ツェツイの口から治癒魔術の詠唱が唱えられる。
柔らかく暖かい光がイェンの頬を包むツェツイの手のひらからぽうっと放たれた。しかし、イェンはむだだと言わんばかりに首を振った。
「お師匠様、動かないでください!」
だが、ツェツイはイェンが首を振った理由をすぐに知る。
「どうして治癒魔術が効かないの……どうして? あたしの力が足りないから!」
ツェツイは呆然とした顔で自分の両手を見つめ、再度試みようとまた手を伸ばしてきた。
「何度やっても、むだなんだ」
「むだ? いいえ、もう一度! ……こんな時に詠唱を唱えなければ魔術が使えないなんてもどかしい!」
「だろ?」
イェンは、はは、とこの場にはそぐわない明るい笑いをこぼす。けれど、その顔はどこか青ざめていた。
「このままではお師匠様が」
「ツェツイ、俺はわけあって回復系の魔術が効かない身体だ。前にも話しただろ? 俺は罪を犯して魔術を奪われた。その時にそうされた。だから、おまえがどんなに治癒の魔術を唱えようとしても、むだなんだ」
「そんなことって!」
その時、再びみしりという音をたてた天井に、ツェツイは顔を上げた。
柱が倒れたことにより天井が抜け落ちようとしているのだ。
炎が爆ぜる。
周りは火の海。もはや一歩も動けず逃げ場はない。
この家もすぐに崩れ落ちる。
それは時間の問題であった。
このままでは二人とも落ちた屋根の下敷きとなり、炎に巻き込まれる。
いや、その心配はおそらく無用だ。
イェンの詠唱なしの空間移動で外へと出るという手段がある。それならば、一瞬でこの場から脱出することは可能だ。
「早く……早くお師匠様の術で外に! 背中のやけども顔の傷も、あたしなら傷跡ひとつ残さずきれいに完璧に治せます! 回復系の魔術はあたしの得意分野です!」
言ってすぐにツェツイははっとなって口元を両手で押さえた。
たった今、イェンが自分で回復系の魔術は自分には効かないと言ったばかりだということに気づいたからだ。
「回復系は得意か。やっぱり、おまえは俺の弟子だな」
「あたし、あたし……どうすれば……」
「心配すんな」
「だって!」
ツェツイは悔しそうに涙をこぼし、握った手で自分の膝を叩く。
「泣くな、ツェツイ」
イェンの片方の手がツェツイの頬に触れた。
指先でこぼれ落ちる涙を拭う。
「そんな顔するな」
「お師匠様……」
「いいから聞け。俺はここで死ぬつもりも、おまえを死なせるつもりもさらさらない。ここはおまえの大切な居場所。そして、大事なものがいっぱいつまった家なんだろ。だったら、おまえが大切だと思うものすべて、俺が取り戻してやる」
「取り戻す?」
「ああ、何ひとつおまえから失わせはしない。だから、そんな顔をするな。いいな?」
わかったな? と、イェンは不敵に笑ってみせた。
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