わたしの師匠になってください! ―お師匠さまは落ちこぼれ魔道士?―

島崎 紗都子

文字の大きさ
上 下
41 / 59
第3章 お師匠さまの秘密を知ってしまいました

禁忌の術 2

しおりを挟む
 相手が小さな身体の子どもだということも忘れ、力の限り抱きしめたことに気づき、イェンはほんの少し腕を緩める。
 そんなこと、と言ったが、ツェツイにとって、そうではないこともわかっている。
 アリーセがツェツイのために選んで買った服も、双子たちがあげた、少々くたびれかけたくまのぬいぐるみも、ツェツイは心から嬉しそうに笑って大切にすると喜んでいた。
「おまえに万が一のことがあったとしても、俺には、もう……どうすることもできないんだよ!」
 ツェツイをきつく抱きしめるイェンの手が震えていた。
 何かがひっかかったのか、ツェツイはもう? と小さな声でイェンの言葉を繰り返した。
 それはどういう意味なのかと。
「だけど、とにかくおまえが無事でいてくれてよかった」
 イェンは煤で汚れたツェツイの顔を手で拭う。が、その時、みしりという嫌な音が天井に響いた。
 視線を上げたツェツイが悲鳴を上げる。焼けた柱が二人めがけて崩れ、倒れてきたのだ。
「お師匠様!」
 イェンは崩れた柱を支える。
 けれど、人ひとりで支えるには重すぎる柱にイェンは顔を歪めその場に片膝をついて崩れる。
 それでも、わずかにできた隙間のおかげでツェツイが柱の下敷きにならずに済んだ。
「お師匠様……っ!」
 悲痛な声を上げるツェツイに、イェンは俺は大丈夫だというように笑ってみせた。
 焼けた柱を背中と肩と、片方の手だけで支えているのだ。
 ありえない。
 それに、笑っていられるほど大丈夫なはずがない。
 ただ、目の前のツェツイに怪我ひとつさせるわけにはいかない、守ってみせるという、イェンの強い意志によるものであった。
 それでも、イェンはツェツイに心配をさせまいと、笑みを崩さなかった。
「怪我はないか?」
 柱を支え、折り曲げたイェンの身体の下にできた空間にぺたりと座り込んでいるツェツイは、顔を青ざめさせ唇を震わせた。
 崩れた柱によって傷ついたのだろう。
 イェンのこめかみから流れる血が一つ二つとツェツイの頬に落ちる。
 ツェツイは唇を引き結び、涙を手の甲で拭う。
 その瞳には強い決意。
「すぐに怪我を治します! あたしに任せてください!」
 咄嗟にツェツイはイェンの顔に小さな手を添えた。
 つい先ほどまで、怖くて詠唱のひとつも思い浮かばなかったと泣いていたツェツイの顔は真剣そのものであった。
 ツェツイの口から治癒魔術の詠唱が唱えられる。
 柔らかく暖かい光がイェンの頬を包むツェツイの手のひらからぽうっと放たれた。しかし、イェンはむだだと言わんばかりに首を振った。
「お師匠様、動かないでください!」
 だが、ツェツイはイェンが首を振った理由をすぐに知る。
「どうして治癒魔術が効かないの……どうして? あたしの力が足りないから!」
 ツェツイは呆然とした顔で自分の両手を見つめ、再度試みようとまた手を伸ばしてきた。
「何度やっても、むだなんだ」
「むだ? いいえ、もう一度! ……こんな時に詠唱を唱えなければ魔術が使えないなんてもどかしい!」
「だろ?」
 イェンは、はは、とこの場にはそぐわない明るい笑いをこぼす。けれど、その顔はどこか青ざめていた。
「このままではお師匠様が」
「ツェツイ、俺はわけあって回復系の魔術が効かない身体だ。前にも話しただろ? 俺は罪を犯して魔術を奪われた。その時にそうされた。だから、おまえがどんなに治癒の魔術を唱えようとしても、むだなんだ」
「そんなことって!」
 その時、再びみしりという音をたてた天井に、ツェツイは顔を上げた。
 柱が倒れたことにより天井が抜け落ちようとしているのだ。
 炎が爆ぜる。
 周りは火の海。もはや一歩も動けず逃げ場はない。
 この家もすぐに崩れ落ちる。
 それは時間の問題であった。
 このままでは二人とも落ちた屋根の下敷きとなり、炎に巻き込まれる。
 いや、その心配はおそらく無用だ。
 イェンの詠唱なしの空間移動で外へと出るという手段がある。それならば、一瞬でこの場から脱出することは可能だ。
「早く……早くお師匠様の術で外に! 背中のやけども顔の傷も、あたしなら傷跡ひとつ残さずきれいに完璧に治せます! 回復系の魔術はあたしの得意分野です!」
 言ってすぐにツェツイははっとなって口元を両手で押さえた。
 たった今、イェンが自分で回復系の魔術は自分には効かないと言ったばかりだということに気づいたからだ。
「回復系は得意か。やっぱり、おまえは俺の弟子だな」
「あたし、あたし……どうすれば……」
「心配すんな」
「だって!」
 ツェツイは悔しそうに涙をこぼし、握った手で自分の膝を叩く。
「泣くな、ツェツイ」
 イェンの片方の手がツェツイの頬に触れた。
 指先でこぼれ落ちる涙を拭う。
「そんな顔するな」
「お師匠様……」
「いいから聞け。俺はここで死ぬつもりも、おまえを死なせるつもりもさらさらない。ここはおまえの大切な居場所。そして、大事なものがいっぱいつまった家なんだろ。だったら、おまえが大切だと思うものすべて、俺が取り戻してやる」
「取り戻す?」
「ああ、何ひとつおまえから失わせはしない。だから、そんな顔をするな。いいな?」
 わかったな? と、イェンは不敵に笑ってみせた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

占い探偵 ユーコちゃん!

サツキユキオ
児童書・童話
ヒナゲシ学園中等部にはとある噂がある。生徒会室横の第2資料室に探偵がいるというのだ。その噂を頼りにやって来た中等部2年B組のリョウ、彼女が部屋で見たものとは──。

盲目魔女さんに拾われた双子姉妹は恩返しをするそうです。

桐山一茶
児童書・童話
雨が降り注ぐ夜の山に、捨てられてしまった双子の姉妹が居ました。 山の中には恐ろしい魔物が出るので、幼い少女の力では山の中で生きていく事なんか出来ません。 そんな中、双子姉妹の目の前に全身黒ずくめの女の人が現れました。 するとその人は優しい声で言いました。 「私は目が見えません。だから手を繋ぎましょう」 その言葉をきっかけに、3人は仲良く暮らし始めたそうなのですが――。 (この作品はほぼ毎日更新です)

左左左右右左左  ~いらないモノ、売ります~

菱沼あゆ
児童書・童話
 菜乃たちの通う中学校にはあるウワサがあった。 『しとしとと雨が降る十三日の金曜日。  旧校舎の地下にヒミツの購買部があらわれる』  大富豪で負けた菜乃は、ひとりで旧校舎の地下に下りるはめになるが――。

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

あいつは悪魔王子!~悪魔王子召喚!?追いかけ鬼をやっつけろ!~ 

とらんぽりんまる
児童書・童話
【第15回絵本・児童書大賞、奨励賞受賞】ありがとうございました! 主人公の光は、小学校五年生の女の子。 光は魔術や不思議な事が大好きで友達と魔術クラブを作って活動していたが、ある日メンバーの三人がクラブをやめると言い出した。 その日はちょうど、召喚魔法をするのに一番の日だったのに! 一人で裏山に登り、光は召喚魔法を発動! でも、なんにも出て来ない……その時、子ども達の間で噂になってる『追いかけ鬼』に襲われた! それを助けてくれたのは、まさかの悪魔王子!? 人間界へ遊びに来たという悪魔王子は、人間のフリをして光の家から小学校へ!? 追いかけ鬼に命を狙われた光はどうなる!? ※稚拙ながら挿絵あり〼

村から追い出された変わり者の僕は、なぜかみんなの人気者になりました~異種族わちゃわちゃ冒険ものがたり~

めーぷる
児童書・童話
グラム村で変わり者扱いされていた少年フィロは村長の家で小間使いとして、生まれてから10年間馬小屋で暮らしてきた。フィロには生き物たちの言葉が分かるという不思議な力があった。そのせいで同年代の子どもたちにも仲良くしてもらえず、友達は森で助けた赤い鳥のポイと馬小屋の馬と村で飼われている鶏くらいだ。 いつもと変わらない日々を送っていたフィロだったが、ある日村に黒くて大きなドラゴンがやってくる。ドラゴンは怒り村人たちでは歯が立たない。石を投げつけて何とか追い返そうとするが、必死に何かを訴えている. 気になったフィロが村長に申し出てドラゴンの話を聞くと、ドラゴンの巣を荒らした者が村にいることが分かる。ドラゴンは知らぬふりをする村人たちの態度に怒り、炎を噴いて暴れまわる。フィロの必死の説得に漸く耳を傾けて大人しくなるドラゴンだったが、フィロとドラゴンを見た村人たちは、フィロこそドラゴンを招き入れた張本人であり実は魔物の生まれ変わりだったのだと決めつけてフィロを村を追い出してしまう。 途方に暮れるフィロを見たドラゴンは、フィロに謝ってくるのだがその姿がみるみる美しい黒髪の女性へと変化して……。 「ドラゴンがお姉さんになった?」 「フィロ、これから私と一緒に旅をしよう」 変わり者の少年フィロと異種族の仲間たちが繰り広げる、自分探しと人助けの冒険ものがたり。 ・毎日7時投稿予定です。間に合わない場合は別の時間や次の日になる場合もあります。

忠犬ハジッコ

SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。 「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。 ※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、  今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。  お楽しみいただければうれしいです。

【完結】だからウサギは恋をした

東 里胡
児童書・童話
【第2回きずな児童書大賞応募作品】鈴城学園中等部生徒会書記となった一年生の卯依(うい)は、元気印のツインテールが特徴の通称「うさぎちゃん」 入学式の日、生徒会長・相原 愁(あいはら しゅう)に恋をしてから毎日のように「好きです」とアタックしている彼女は「会長大好きうさぎちゃん」として全校生徒に認識されていた。 困惑し塩対応をする会長だったが、うさぎの悲しい過去を知る。 自分の過去と向き合うことになったうさぎを会長が後押ししてくれるが、こんがらがった恋模様が二人を遠ざけて――。 ※これは純度100パーセントなラブコメであり、決してふざけてはおりません!(多分)

処理中です...