わたしの師匠になってください! ―お師匠さまは落ちこぼれ魔道士?―

島崎 紗都子

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第2章 念願の魔道士になりました!

新しい生活 2

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 ツェツイはゆっくりと顔を上げ周りを見渡した。
 あからさまに敵意を剥き出しにした視線。
 いい気味だと言わんばかりの嘲笑。
 ツェツイを助けるどころか、もっと最悪の状況になることをみな望んでいるのだ。
 ツェツイは握りしめた手を震わせた。
「ほら、遠慮しないでやっちゃいなさいよ」
 先ほどの女性陣のうちのひとりが呟く。
 その言葉はツェツイに向けられたものだ。
 それも悪意がこめられた。
「問題でも起こして早々に〝灯〟から追放されればいい気味よ。あんな子、邪魔だわ」
「あんたも意地悪なこと言うのね」
「あら、そういうあなただって同じこと考えてるくせに。そうでしょう?」
 そうでしょう? と問われた女はまあね、と答える。
「ねえ、もう一押ししてみる?」
「一押し?」
「そう、潰しちゃうのよ」
 ここでツェツイが頭に血がのぼって魔術で相手を傷つけようとしたなら、たとえ、どんな理由であれ厳重な処罰を受けることとなる。
 最悪の場合は魔術を封じられ〝灯〟からの追放だ。
 普通の人たちが持つことのできない魔術という力を得た〝灯〟の魔道士たちには、そういったさまざまな厳しい掟がかせられる。
「潰すってどうやって……」
「あの子が慕うイェンさんの悪口を言えば、間違いなくあの子、キレるわよ」
 女は意地悪く唇を歪める。
「でもそんなことをしたら、私たちも……」
「私たちのせいじゃないわよ。そうなったら、自分の感情を抑えることのできなかったあの子自身の責任よ」
 女たちはごくりと喉を鳴らし、互いに目を見合わせる。
 その顔はやっちゃう? と言っていた。
「なあ、潰すとか一押しとかって何のことだ?」
「もしかして、ツェツイのこと言ってんのか?」
 背後からの声に、女たちは咄嗟に振り返り、ひっと悲鳴を上げる。
 そこにツェツイと年の変わらない双子の男の子がいたからだ。
 誰と訊ねるまでもなく、彼らがイェンの弟たちだということは〝灯〟では誰もが知っていた。
 双子たちはにっこり、無邪気な笑みで女たちを見上げる。
「会話しっかり聞こえてたぞ」
「全部、聞いちゃったからな」
「ち、違っ!」
「何が違うんだ?」
「何慌ててんだ?」
「兄ちゃんの悪口言ってもツェツイはキレたりなんかしないぞ」
「もしキレたとしても、俺たちが必ずツェツイをとめるけどな」
 ノイもアルトも笑ってはいるが、しかし、その目は笑ってはいなかった。
「じ、冗談に決まってるじゃない」
「そうよ! ほんとにそんなことするわけない」
「そうか、冗談か」
「なら、よかった」
「じゃなきゃ、俺たちがお姉さんたちを潰すとこだったぞ」
「〝灯〟から追い出されるのはお姉さんたちだったかもな」
 女性たちの間から、ひっと引きつった悲鳴があがった。
「何なのよこの子たち! 怖い」
 さらに、そこへ。
「何やってんだよ!」
 人集りの中からお師匠様の声を聞く。
 それは、ツェツイにとって救いの声。
 立ち上がったマルセルはツェツイを一瞥し、乱れた服装を整えふん、と鼻を鳴らした。
「行こうぜ」
「で、でも、大丈夫かな、あの子……怪我したみたいだけど」
「怪我? かまうもんか。かすり傷だよ、かすり傷! たいした怪我じゃないし、それに、あの程度の怪我くらい自分で治せるだろ? 魔道士なんだから」
 廊下に座り込むツェツイを見ていたルッツだが、この場にいては自分も何かしらのお咎めをくらうかもしれないと恐れ、そそくさと逃げるようにマルセルの後を追う。
 そんな二人の脇をイェンが駆け足で横切っていく。
 駆けつけたイェンは、廊下にぺたりと座り込んでいるツェツイを見つけ険しい顔をする。
「どうしたんだよおまえ、それに腕! 怪我してるじゃないか」
 どうしたのかと聞かずとも、この状況をみれば何があったのか一目瞭然であった。
 駆けつけたイェンに助け起こされたツェツイは、何でもないと首を振る。だが、身体の震えはおさまらなかった。
 思わず、イェンの腕にぎゅっとしがみつく。
「何よ甘えちゃって、こういう時だけ子どもの振りをしてイェンさんの気をひこうなんて」
「子どもって、そういう小狡いところがあるからね」
「イェンさんもどうかしてる……わ」
 先ほどの女たちが、側にいたノイとアルトの存在に気づき、はっとなって慌てて口を噤む。
 相変わらず双子たちはにこにこ笑っているが、むしろ、その笑顔が怖い。
 あなたたち、あっち行ってよ、という目で双子たちを睨みつけるが、相手が自分よりも階級が上だということを知っているためそれも言えずにいる。
 自分たちがツェツイに何かするのではないかと思い、見張っているのだ。
「私行くわ」
 ツェツイを潰しちゃおうか、と言い出した女が突然、この場からくるりと背を向ける。
「え? 行っちゃうの? これからおもしろくなりそうなのに」
「もうどうでもいいわよ。っていうか、私こんなことしてる場合じゃなかったし」
「なら、私も。だいいち、イェンさんに嫌われたくないしね」
「私も研究課題まとめなきゃいけなかったんだわ」
 そう言って、女たちは去っていく。
 イェンはこの場にいる見物人たちをざっと見る。
「誰がこいつをこんな目にあわせた! 出て来いよ!」
 しかし、この場に居合わせた者たちは互いに目を見合わせ知っているくせにさあ、と惚けた顔をするだけであった。
「いいか、おまえらよく聞け!」
 廊下の隅々までよく通る声に、辺りがしんと静まりかえる。
「こいつに何かしたら俺が許さねえ!」
 そこでもれる失笑。その小馬鹿にしたような笑いのほとんどが、男たちのものであった。
「許さないって、無能な奴にそんなこと言われてもなあ」
「そうそう、おまえこそ落ちこぼれのくせに誰にものを言ってんだよ。まあ、年はおまえの方がだんぜん上だけどな」
 年はね、と男は皮肉を口にのせ、嗤いながら繰り返す。
「いちいち棘のある言い方する奴だな。何だったらやるか?」
「はは、魔術で勝負か? 初級のおまえが僕にかなうわけないだろ? もっとも、やらないけどね」
「あたりまえだ。魔術なんか使うわけねえだろ」
 男はぷっと吹き出した。
「いやいや、おまえの場合、使わないんじゃなくて、使えないんだろ?」
 何言ってんだ、と他の者も腹を抱えて笑い出す。
「魔術じゃなく素手でやりあうんなら〝灯〟の掟に違反することはねえよな。まあ、多少のお咎めは食らうかもだが、俺は処罰を受けようが何されようが、どうでもいいからな」
「冗談じゃない。おまえはどうでもよくても、僕はそうじゃないんだよ! ここで問題でも起こしたら、こっちは最悪、階級を落とされかねない。おまえとは違うんだ」
「だな。何たって、俺は初級だからこれ以上落ちようもねえしな」
 イェンはぱきぱきと指の関節を鳴らし不敵に笑って足を踏み出す。
 男は顔を青ざめ後ずさる。
「お師匠様、けんかはだめです! 絶対にだめです!」
「安心しろ。一撃で潰してやる」
「お師匠様っ!」
「な、な、何なんだよ! 何で僕が無能で落ちこぼれの奴に気後れしなきゃならないんだ。そもそも、僕は関係ないし……っていうか!」
 男は辺りをきょろきょろと見渡した。
「マルセルの奴いつの間にかいないじゃないか! くそ! つき合ってられるか。毎日暇を持てあましてるおまえと違って、僕は忙しいんだよ!」
「だったら、さっさと行っちまえ」
「言われなくてもそうするよ!」
 男は逃げるようにこの場から立ち去る。
「おまえらもいつまで見てんだ! とっとと散れ!」
 怒鳴りつけるイェンの凄まじい形相に、その場にいた者はそれ以上何も言い返せず、そそくさと散る。
 ようやく、人の群れが引いたところで、イェンはツェツイをかえりみる。
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