わたしの師匠になってください! ―お師匠さまは落ちこぼれ魔道士?―

島崎 紗都子

文字の大きさ
上 下
23 / 59
第2章 念願の魔道士になりました!

新しい生活 1

しおりを挟む
 ツェツイの生活は大きく一転した。
 新しい環境。
 新しい社会。
 ひとたび〝灯〟に所属すれば、年齢など関係なく、実力がものをいう厳しい階級社会だ。
 その力は国のために。
 そして、実力に見合った給金を貰う。
 みな、魔術向上のため研究に勤しみ、腕に自信のあるものは昇格試験を受け、さらなる高みを目指す。
 もともとの素質と本人の努力もあって、ツェツイは確実に腕を上げ〝灯〟に入ってまだ三ヶ月でありながら、誰もが驚くほどの早さで階級も上がっていった。
 だが、そうなると周りから妬まれ、嫌がらせを受けることもあった。
 〝灯〟の廊下を歩いていたツェツイは、前方にマルセルとルッツの姿を見つけた。
 二人は腕を組み、じっとこちらを見すえている。
 〝灯〟に入ってから、この二人は何かと絡んできては嫌がらせをしてくるのだ。
 ツェツイはうつむきかけて思い直し、しっかりと前を向く。
 下なんかむくな、顔を上げろ、それがお師匠様の教えだから。
 〝灯〟に入ったばかりのツェツイだが、今ではこの二人と同じ階級。
 立場は対等。
 彼らに対して引け目を感じることはないのだ。
 恐れることなんか何もない。
 堂々としていればいい。
 何事もないことを祈りながら二人の脇を通りかかったとき。
「おまえ」
 通り過ぎざまマルセルに呼び止められる。
 歩みを止めその場に立ち止まるが、彼らを振り返ることなくツェツイは再び歩き出す。
 それがよほど相手の癇に障ったらしい。
 足早で近寄ってきたマルセルに右肩をつかまれ、無理矢理振り向かされる。
「おまえ、最近調子にのってないか? 生意気だぞ」
 つかまれた右肩を強く押され、ツェツイは足をよろめかせた。
「無能魔道士の父親が〝灯〟の長だってことを知ってて、それであいつに近づいたんだろ? そして、まんまと〝灯〟にもぐり込んだ」
 マルセルの横でルッツがそうそう、とうなずいている。
 ツェツイは唇を噛んだ。
 マルセルはまんまと〝灯〟にもぐり込んだと言うが、〝灯〟に入るにはきちんとした試験に合格しなければ入れない。
 そのことをマルセルだって知っているはずなのに。
 けれど、こんな嫌味を言われるのはマルセルに限ったことではなかった。
 多くの〝灯〟にいる魔道士たちが、マルセルと同じことを言う。
 それは影でこそこそだったり、あるいはツェツイの目の前であからさまであったり。
 〝灯〟の長がお師匠様のお父さんだということは後から知ったこと。だが、それを言ったところで彼らは納得はしてくれないだろう。
「それにあいつ、遊び人なんだって? あいつと遊びたがってる女は何人もいて、それこそ順番待ちだとかって噂じゃないか」
「そうそう。予約待ちでいっぱいらしいですよ」
 マルセルとルッツは肩を揺らし、品のない笑いを浮かべた。
「まあ、あいつの取り柄といえば、あのきれいな顔くらいだからな。もっとも、あいつのどこがいいんだか僕にはまったく理解できないけどね」
 やはりルッツがそうそう、とうなずいている。
 マルセルの嫌味に、ツェツイは眉を寄せ振り返る。
 何を言われても気にはしない、聞き流してしまおうと思っていたが……。
「お師匠様のことを悪く言うのは許さない!」
「へん! 何がお師匠様だ。そもそも、魔術が使えないのに何であいつは〝灯〟にいる? それは、自分の父親が〝灯〟の長だから特別扱いを受けてんだろ? あいつに魔道士の資格なんて本当はないんだよ。そのことは〝灯〟にいる誰もが思ってる。あいつは親の威光でのうのうと魔道士のふりをしてんだ!」
「神経の図太いやつです」
「だけど、あいつの親が〝灯〟の長だから、誰も何も言わない。いや、言いたくても言えないんだ!」
「違う!」
「違うもんか!」
「違う! あなたに何がわかるのよ!」
「じゃあ、おまえはわかるっていうのかよ」
「わかるわ! だってお師匠様は……!」
「お師匠様は……? 何だよ。言ってみろよ」
 ツェツイは口をつぐみ、マルセルを上目遣いで睨み上げる。
「ほら、やっぱり何も言えないんじゃないか」
 マルセルの手がツェツイの胸をとんと押す。
 それがきっかけであった。
 負けじと、ツェツイもマルセルにつかみかかる。
 その勢いで二人はもつれ合い廊下に転がる。
 マルセルの上に馬乗りになり、ツェツイはマルセルの頭を叩き、マルセルはツェツイの顔を押しのけ、さらに髪をわしづかみにして引っ張った。
「ち、ちょっと……ここで、喧嘩はまずいです」
 突然喧嘩を始めた二人に、ルッツはおろおろとうろたえる。
 やがて騒ぎを聞きつけた者たちが何が起こっているのだと集まり、あっという間に二人の周りに人集りができた。
 けれど、誰ひとり、マルセルとツェツイを止めようとする者はなく、つかみ合いをする二人を傍観し、中には冷笑さえ浮かべている者さえいた。
 そして、集まってきた女性陣の一部は見下すような目でツェツイを見る。
「ねえあの子、ついこの間入ったばかりの新人よね?」
「異例の早さで昇格した子よ」
 ふーん、と女たちはツェツイに冷たい視線を向ける。
 自分たちよりも年下の、それも〝灯〟に入ったばかりの子どもが、瞬く間に上の階級へ上がっていくのだからおもしろくないのだ。
 だが、理由はそれだけではなかった。
「イェンさんにつきまとっているとか」
「イェンさんは優しいから同情しているだけよ」
「あの子、親がいないっていうじゃない。それにつけこんでいるのよ」
「子どものくせに計算高い子ね」
 ツェツイがイェンと親しくしていることが女たちにとってはおもしろくないらしい。
 彼女たちは自分たちよりも遥かに年下のツェツイに嫉妬しているのだ。
 それがツェツイを疎ましく思う原因のひとつであった。
「だけど、いいざま」
 聞こえよがしの悪口と嘲笑が耳に飛び込み、ツェツイは固まった。
 その隙に、マルセルに胸を押され突き飛ばされる。
「とにかく、生意気なんだよ!」
 突き飛ばされた勢いでツェツイは近くの壁に背中を打ち、その反動で跳ね返り前のめりになって崩れ込む。
 力任せに押された胸と、打った背中が痛んで苦しげに息を吐く。が、それでもツェツイを助けようとする者はいなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

盲目魔女さんに拾われた双子姉妹は恩返しをするそうです。

桐山一茶
児童書・童話
雨が降り注ぐ夜の山に、捨てられてしまった双子の姉妹が居ました。 山の中には恐ろしい魔物が出るので、幼い少女の力では山の中で生きていく事なんか出来ません。 そんな中、双子姉妹の目の前に全身黒ずくめの女の人が現れました。 するとその人は優しい声で言いました。 「私は目が見えません。だから手を繋ぎましょう」 その言葉をきっかけに、3人は仲良く暮らし始めたそうなのですが――。 (この作品はほぼ毎日更新です)

占い探偵 ユーコちゃん!

サツキユキオ
児童書・童話
ヒナゲシ学園中等部にはとある噂がある。生徒会室横の第2資料室に探偵がいるというのだ。その噂を頼りにやって来た中等部2年B組のリョウ、彼女が部屋で見たものとは──。

左左左右右左左  ~いらないモノ、売ります~

菱沼あゆ
児童書・童話
 菜乃たちの通う中学校にはあるウワサがあった。 『しとしとと雨が降る十三日の金曜日。  旧校舎の地下にヒミツの購買部があらわれる』  大富豪で負けた菜乃は、ひとりで旧校舎の地下に下りるはめになるが――。

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

あいつは悪魔王子!~悪魔王子召喚!?追いかけ鬼をやっつけろ!~ 

とらんぽりんまる
児童書・童話
【第15回絵本・児童書大賞、奨励賞受賞】ありがとうございました! 主人公の光は、小学校五年生の女の子。 光は魔術や不思議な事が大好きで友達と魔術クラブを作って活動していたが、ある日メンバーの三人がクラブをやめると言い出した。 その日はちょうど、召喚魔法をするのに一番の日だったのに! 一人で裏山に登り、光は召喚魔法を発動! でも、なんにも出て来ない……その時、子ども達の間で噂になってる『追いかけ鬼』に襲われた! それを助けてくれたのは、まさかの悪魔王子!? 人間界へ遊びに来たという悪魔王子は、人間のフリをして光の家から小学校へ!? 追いかけ鬼に命を狙われた光はどうなる!? ※稚拙ながら挿絵あり〼

村から追い出された変わり者の僕は、なぜかみんなの人気者になりました~異種族わちゃわちゃ冒険ものがたり~

めーぷる
児童書・童話
グラム村で変わり者扱いされていた少年フィロは村長の家で小間使いとして、生まれてから10年間馬小屋で暮らしてきた。フィロには生き物たちの言葉が分かるという不思議な力があった。そのせいで同年代の子どもたちにも仲良くしてもらえず、友達は森で助けた赤い鳥のポイと馬小屋の馬と村で飼われている鶏くらいだ。 いつもと変わらない日々を送っていたフィロだったが、ある日村に黒くて大きなドラゴンがやってくる。ドラゴンは怒り村人たちでは歯が立たない。石を投げつけて何とか追い返そうとするが、必死に何かを訴えている. 気になったフィロが村長に申し出てドラゴンの話を聞くと、ドラゴンの巣を荒らした者が村にいることが分かる。ドラゴンは知らぬふりをする村人たちの態度に怒り、炎を噴いて暴れまわる。フィロの必死の説得に漸く耳を傾けて大人しくなるドラゴンだったが、フィロとドラゴンを見た村人たちは、フィロこそドラゴンを招き入れた張本人であり実は魔物の生まれ変わりだったのだと決めつけてフィロを村を追い出してしまう。 途方に暮れるフィロを見たドラゴンは、フィロに謝ってくるのだがその姿がみるみる美しい黒髪の女性へと変化して……。 「ドラゴンがお姉さんになった?」 「フィロ、これから私と一緒に旅をしよう」 変わり者の少年フィロと異種族の仲間たちが繰り広げる、自分探しと人助けの冒険ものがたり。 ・毎日7時投稿予定です。間に合わない場合は別の時間や次の日になる場合もあります。

【完結】だからウサギは恋をした

東 里胡
児童書・童話
【第2回きずな児童書大賞応募作品】鈴城学園中等部生徒会書記となった一年生の卯依(うい)は、元気印のツインテールが特徴の通称「うさぎちゃん」 入学式の日、生徒会長・相原 愁(あいはら しゅう)に恋をしてから毎日のように「好きです」とアタックしている彼女は「会長大好きうさぎちゃん」として全校生徒に認識されていた。 困惑し塩対応をする会長だったが、うさぎの悲しい過去を知る。 自分の過去と向き合うことになったうさぎを会長が後押ししてくれるが、こんがらがった恋模様が二人を遠ざけて――。 ※これは純度100パーセントなラブコメであり、決してふざけてはおりません!(多分)

忠犬ハジッコ

SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。 「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。 ※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、  今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。  お楽しみいただければうれしいです。

処理中です...