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三章 湯けむり温泉、ぬるぬるおふろ

脅迫の代償

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 紺色の浴衣の前がはだけて、月の光に真っ白な背中が照らされていた。緩んだ帯でかろうじて留められた浴衣は、ただの布のようにして航のカラダにまとわりついている。
 綾瀬は四つん這いになった航のナカをかきまわしていた。ぢゅぼ、ぢゅぼっ、という汚い水音、押し殺した航の喘ぎ声が聞こえてくる。

「んぅ……ッ! ふーッ、ふぅ……はぁ……はぁ……ッ!」

 悩ましげな声で一生懸命声をこらえている。綾瀬は、その音声だけでどうにかなりそうだった。身体の相性が抜群なのも相まって、気持ちが良い。
 可愛らしい恋人が隣で疲れて寝ている。それなのに、その子の義理の兄で性処理をしている。ぱんっ、ぱんっ、ぱちゅ、と乱暴に、かき回す。遠慮なく、力いっぱいに抱く。それは凛には絶対できないことだった。腰をがっしり掴んで、モノみたいに扱う……自慰に近い、愛なんてひとかけらもない性行為。


「…………あっ、は、はっ、はあっ、はあ……のぞむ」


 名前を呼ばれた。熱っぽい声だった。たまらなくなった。突然の行為だからコンドームは凛の眠る部屋に置いたまま。航とは初めてするのに、初めてがいきなりナマ。かといって外に出すにもティッシュなどの準備もない。
 衝動的に、刹那的に行われた交わり。綾瀬はなすすべなく、航の腰を掴んで奥に精液を叩きつける。

「あっ……あ、でてる、ね……」
「…………」

 綾瀬は何も言わなかった。事務的に排出された精液。お酒の勢い、そして断れない自分の性格から来たあやまち。拭くものがないので、浴衣で性器をぬぐう。航の身支度も整えて、何事もなかったように偽装する。
 それから、そっと凛の眠る部屋に入ってティッシュとビニール袋を持ってきた。ちらりと凛の方を見る。ぐっすり眠っていた。規則正しい寝息。全く起きる気配も、起きた形跡もない。ほっと息をつきながら、ふすまを閉めて航の所に戻る。
 テーブルにうつ伏せたまま、床に四つん這いになっている航は、ただ酔っぱらっているだけのように見える。しかし、浴衣から見える太ももに流れる精液。テーブルに埋められた頬の赤さは性行為のあとをくっきりと残していた。
 綾瀬はとりあえず自分の性器を拭いた後、航の足の精液を拭きとった。体内のものはどうしようもない。拭ける範囲で優しく拭いた。

「……優しいね」
「…………だって、そりゃ…………バレたらいけないからだ……こんなことはこれっきり。絶対もうしないからな……!」


「……ふふ、そんなことできる訳ないじゃん……」


 綾瀬が怒りに満ちた目で睨みながら言うと、テーブルに顔を伏せたまま航が答えた。そして、懐からスマホを出して何かを綾瀬に見せる。それは動画。かつて自分が凛に見せたような……先ほどの航との性行為の全てが映った動画だった。

「は!? なんで、なんでこんなの……」
「分かるよね……僕はずっと、君と……こういうことがしたい」
「え、嫌だよ! 俺は、こんなこと凛ちゃんとしかしたくない!」
「じゃあみんなに送ろうかな……」

 航は身体を起こして微笑んだ。穏やかな笑みだった。その言葉には既視感がある。それは、凛を脅した時に綾瀬が言った事だった。

「な、なんでそれ知って……?」


「僕はね、好きな人のことは何でも知りたいんだ。君が焼き芋を冷蔵していることも、ホーム画面を飼い犬にしていることも、同じ漫画の十八巻だけを三冊買ったことも、知っているよ」


 眼鏡が月光できらりと光る。綾瀬は思い出した。航は凛を盗聴していた。服やスマホ、もちものに盗聴器を仕掛けて。そして、航が綾瀬を好きになったのは凛と航の動画を撮られたくらい。

 ずっと、ずっと綾瀬も航に盗聴されていたのだ。

 ふと、メイドさんの恰好でえっちをした後……航がティッシュを綾瀬と凛で分別していたことを思い出す。凛のだけが目的じゃなかった。綾瀬の分も集めていた。 何気なく渡した使用済みコンドーム。その行方を考えて、綾瀬は吐き気がした。
 

「これからは凛を抱いたら僕ともしようか…………君に拒否権はないよ。よろしくね……臨」


 爽やかな笑み。優しい口調。震える肩、裁きを受けた人のようにうなだれる綾瀬のうなじに、航は強く爪を立てた。


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