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◇59 俺は幸せ者だな

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 この感覚は、よく知ってる。そう、二日酔いだ。

 頭がグワングワンしてる。まぁ、あんなに飲んだんだからそうなるわな。いや、飲んだ、じゃなくて飲まされた、か。

 頭を押さえつつも、上半身を上げた。あ~、マジで痛い。けど外明るいな。雪、止んだのか。

 ピモを呼ぼうと思って呼び鈴を取ろうとしていたところで、呼び鈴の隣に紙があった事に気が付いた。これは、メモだ。

 メモには、『昨晩はずっと動いていませんでした』と書いてあった。昨日は俺と別れた後殿下と従者、世話係は動いてなかったという事だ。あ、ちゃんと鉛筆えんぴつを使ってる。

 今回、鉛筆えんぴつ結構大活躍してくれてるらしい。俺からの伝達をいち早く全員に回せたのは鉛筆えんぴつとメモを使ったからだそうだ。だいぶ優秀ゆうしゅうだな。きっと、その鉛筆えんぴつも来訪者全員に見られていない事だろう。知られちゃうのはまずいのかどうか分からないけど、まだ試作品だしな。


「おはようございます、第二王子殿下・・・・・・

「……あぁ、おはよう」

「お加減はいかがでしょうか。よく眠れましたか?」

「……あぁ、そうだな」


 お、驚いてる。俺が態度変えたからか。ちょっと弱弱しい感じを出して全部受け身だったのを戻したんだからそうなるか。

 昨日は夜中中よなかじゅう白ヒョウにえてもらったから朝どんな顔で出てくるかなとちょっと期待してたんだけど、さすが第二王子。顔には出さないな。まぁそれじゃなきゃあんなところにいられないか。


「昨日は悪かったな。大丈夫か」

「見ての通り問題ありません。ご心配いただき光栄です」


 やっぱり、昨日なんか言ったかな。なんか、見定められているようで怖い。笑ってるけど。いや、疑ってる?

 だが、着席してもなかなか朝食が出てこないことにも不審がってる。


「――そういえば殿下」

「殿下、ではなく兄と呼んでくれと昨日言っただろう。いきなりすぎてちょっと恥ずかしいか?」

「お友達、いるんですってね。ネラスティス伯爵、だったかな。とっても仲が良いって聞きました」


 その話を切り出した時、殿下は眉毛を動かした。顔は笑顔だが。確か、そういうのは表向きではないらしいから、まぁそういう反応になるよな。


「お金渡しちゃうくらい♡」

「何の事だ?」


 これは、俺にヴィルの事を伝えに来てくれた使用人から聞いたことだ。第二王子がここに来訪していたことを向こうに伝えていたので、これはまずいと俺に教えてくれた。こういう事だから彼とは距離を取ってくださいって。

 でもここまで言われてしまえば撃退げきたいするしかない。どーせこの家は凄いらしいから何やらかしてもまぁ大丈夫だろう。ヴィルが何とかしてくれるって信じてます。


「まぁ確かに、彼とはたびたび顔を合わせる機会があるから話す場があった。彼とは気が合うから周りがそう見て思ったのだろうな。だがずっとここにいるからあまり貴族とは会っていないだろう? この話、誰から聞いたんだ?」


 まぁそう思うだろうな。関わった貴族となると、ヴィルの妹さんだけか。ここの魔法装置通行履歴とかそういうのあるかもしれないから、それを調べれば分かると思う。でも、妹さんの家も公爵家で凄いらしいから大丈夫か?


「今度一緒に会ってみようか。彼はフレンドリーだからきっと話しやすいと思うぞ」

「何の話するんです? あ、渡したお金で何をしたのかって話?」

「……社交界で飛び交ううわさというものは必ず尾ひれがつくもの。それが本当か嘘か、見極めるのも大切な事だ。まだお前には難しいと思うが、俺の方から教えてあげるのもいいかもしれないな」


 あ、自分ではっきりとは言わないんだ。これは嘘だ、って。やんわりとしか言わない。


「あ、そうそう。私、思い出したんですよ。私達、今回が初めてではなかったですよね」

「ん?」

「顔を合わせるの」


 あぁ、この顔からしてきっと覚えていないんだろう。だけど、俺は昨日思い出した。


「11年前、俺が8歳の頃でしたね。偶然お会いしました。殿下はこうおっしゃったのを覚えています。――なぜこんな所にこんな奴がいるんだ。しつけが出来てないじゃないか。って」

「ッ!?」


 そうだ。俺が離宮から抜け出したあの日。使用人に見つかって、戻された時。帰る時に偶然こいつと出くわした。さもごみを見るような目で俺を見ていて、俺の兄弟はこんな奴なのかとがっかりしたのを覚えている。


「何を言ってるんだ。俺がそんな事を言うわけがないだろ。おそらくそれは兄である第一王子ではないのか? 俺と似ていて歳も近いからな。彼の性格上そう言ってもおかしくない」


 なんだよ。どうせ会った事なんてないんだからって思ってるのか? なわけないだろ。第一王子は髪も瞳も俺と一緒だという事は知ってる。これで見間違えるわけがない。まぁ会った事はないから性格は知らないけど。


「どういう考えか知りませんが、俺に付けこむのはやめてください。俺はもうメーテォスの人間です。一応血はつながっていますが、殿下の便利な道具ではありません。言いたいことがあるなら回りくどいことはせず直接旦那様にどうぞ」

「とりあえず落ち着こう、リューク」

「その名前で俺を呼んでいいのは――」


「リューク」



 その声と、扉の開く音でそちらに目を向けた俺達。

 入ってきた人物は、カツカツとくつを鳴らし、俺の横まで歩いてきた。

 そして、俺の肩を抱き……


「何やら楽しそうな話をされていたようですね、殿下」

「戻ったか、メーテォス卿」


 ヴィルが、帰ってきた。


「なかなか戻らないから心配したぞ」

「えぇ、少々トラブルがありまして。ですが無事解決したのでご心配なさらず、殿下」

「心配くらいするさ。俺の義弟・・なんだから」


 やっぱり、この家に入り込もうとしてる感じか。こう言ってくるという事は。


「それはありがたいですが……それよりもすぐ戻ったほうがいい。ネラスティス伯爵が貴方を待っていますよ。――王宮騎士団総括殿に剣を突き付けられながら、ね」


 その瞬間、殿下の顔がこわばった。剣を突き付けられて、だなんてただ事じゃない。しかもその伯爵、あの賄賂わいろ渡したやつだ。じゃあそのお金で何したんだろ。すんごく気になる。それに、トラブル? 剣が出てくるほどヤバいやつなんだろ? 怖いんだが。


「……そうか、報告感謝する」


 そう言って、従者達を連れて食堂を出て行った。帰ってくれるのか? それならありがたいのだが。

 それよりも、


「遅い」

「悪かった、リューク」


 しびれを切らす前に帰ってこいって言ったよな。てか、えらい目にあったんですけど。と思ったが、持ち上げられ俺が座っていた椅子にヴィルが座ってからひざに乗せられた。その後キスをされて。

 まぁ不満顔をしてしまっているが、何とかなったからいっか。結果よければすべてよしってやつか? というより、そっちの方が大変そうだったし。


「何があったんです?」

「それよりそっちだ。何か言われなかったか」

「あの古狸ふるだぬきり飛ばすからヴィルに仲間に入ってもらうよう俺から言わせようとしてきました」

「……」


 あ、眉間にしわ寄った。つんつんしてみたけど、不満気な顔だ。


「白ヒョウ達、頑張ってくれたんですよ。あとでめっちゃいいエサあげに行きましょうね、一緒に」

「何をしたんだ、一体」

夜中中よなかじゅう遠吠えしてもらいました。俺らは、そんなの聞こえます? ってすっとぼけてましたから、不気味がって多分昨日あいつら寝てないですよ。おどかしてやりました」

「……ククッ、可愛いことするじゃないか。白ヒョウを勝手に外に出したことはいただけないが」

「騎士団長達が頑張ってくれましたし、被害も出てませんよ」


 おりにも入ってたし、この屋敷は周りに他の家がないから近所迷惑にもなっていない。それに、仲間を呼んでいるわけでもないから他の白ヒョウは集まってこなかった。全然問題はなかったわけだ。


「それで、ヴィルは? 器物損害きぶつそんがいとかないでしょうね」

「あったが消した」

「えっ」


 あったの? あったの? 何か壊したのか!? え、じゃあ賠償金ばいしょうきんとかある感じ!?


「王妃殿下殺人未遂の容疑者にさせられていた」

「……マジですか」


 え、ヴィルが事件の容疑者!? お泊りじゃないじゃん!! 捕まってたんじゃん!! おいっ!! どういう事だよ!!


「お茶を飲んだ王妃殿下が血を吐いて倒れたんだ。そのお茶に入っていた毒が、ここでしか入手出来ない毒物だったという事だった」

「……何でこんな所にいるんですか」

「言っただろう、伯爵が剣を突き付けられていると」

「だいぶ展開早くないですか。昨日の今日でしょ」

あぶり出した」

「捕まってたんでしょ」

「何、別に俺が動かずとも周りの奴らは自分の役目をきちんとわきまえている。ただそれだけの事だ」


 周りって、誰の事だ……?

 でもさ、昨日言ってたよなあいつ。メーテォス辺境伯の力はすごいって。もしかして、その中立の人達か? その事件解決に協力した人たちって。なんか、可哀そうに思えてくるのは俺だけか? おどしってやつ? てかそのどや顔はやめて、お願いだから。

 なんか、少しではあっても心配してはいた。でも、いらぬ心配だったな。


「……おかえりなさい」

「あぁ、ただいま」


 そう言葉を交わして、キスをした。うん、無事に帰ってきてくれてよかった。

 ヴィルが近くにいると、本当に安心するな。今回の事があったから、余計そう思う。


「それで、リューク。あの古狸ふるだぬきから伝言を預かった」

「陛下からですか」

「あぁ。近いうちに絶対に・・・謁見えっけんに来ること、だそうだ」

「……」


 ……マジ? え、あの古狸ふるだぬきに会いに行かなきゃいけないの? えぇ、いやなんだけど。


「俺じゃダメらしいぞ。本人が来い、だそうだ」

「……」

「行きたくないか?」

「はい、絶対」

「じゃあ、解決策が一つ」


 ……なんか、嫌な予感がするんだが。


「俺の子供を産んでくれ」

「……マジですか」

「あぁ、マジだ。流石に妊婦をわざわざ呼び出すようなことはしないだろ。もしそれでもダメなら、俺が行って暴れて帰ってくる」


 マジかぁ……てか、暴れ……?


「さ、どっちか選べ」


 ……どっちも恐ろしいな。けど……


「ヴィル似の子供がいいです」

「なら、頑張ろうか」


 はーいがんばりまーす。

 まぁ、妊婦になるって所がなんかだいぶ違和感というか、不安というか、危機感? を感じるんだが頑張る以外ないな。とは言っても、一応俺アメロだしな。そういう運命なんだから仕方ない。それにあの古狸ふるだぬきに会うのと妊婦になるのどっちがいいって言われたら迷わず妊婦になる。


「……リューク」

「はい?」

「今度、結婚式を挙げようか」


 ……結婚式? あ、そういえばしなかったな。この世界にはちゃんと結婚式というものがあるんだっけ。婚姻届だけでもう結婚は出来るんだけど、式を挙げるかどうかは自由だったか。そこは地球と一緒だな。


「今、ミヤばぁに服を頼んでいるだろう。あれが出来上がったら服を頼もう。俺のタキシードはリュークが選んでくれ」

「それが狙いですね」

「いや? どうだろうな」


 絶対そうだ。そういう顔してる。


「でも、どこで挙げるんです? 首都?」

「ちゃんとここにも教会はある。ちゃんとしたやつだから心配するな」

「雪が降ったら?」

「春なら天気は安定する。だから問題ない」


 もうそろそろで冬になるから、春まで時間がある。なら、それまでに準備とかしないとってことか。

 結婚式かぁ。俺、パンツドレスだよな。本来だったらタキシードのはずだったのに、まさかのパンツドレスだ。まぁ、しょうがないんだけど。でも、それもいいかな。


 このBLの世界に転生してから今まで、色々な事があった。というか、色々と濃すぎた。

 厄介払いでここに嫁がされた時は、もう後がないと危機を感じていた。けど、もうそんな事はない。むしろ、ずっとここにいたいと思ってる。

 めっちゃパワフルで元気いっぱいなメーテォス領の領民達。俺に優しくしてくれる屋敷の皆。なんか懐いてくれちゃってる白ヒョウ。そして、俺の事を愛してくれる俺の旦那様。皆に囲まれて過ごせて、本当に幸せだ。

 ここは、まだまだ俺の知らないことがたくさん詰まってる。だから、たくさん知りたい。俺の知らないこと、全部。

 もちろん、ヴィルの隣で。


「ヴィル」

「ん?」

「愛してます!」

「……あぁ、俺も愛してる」


 この幸せが、ずっと続きますように。


 END.

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