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◇58 ちょっとしたいたずら

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 いつもの食堂。だけど、今日はいつもと違う人と食事をしている。本来であれば、そこはヴィルの席。だが、俺より身分の高いお客様であるため、この国の第二王子である彼はこのテーブルのお誕生日席という事になる。


「やはり、首都とは違った料理ばかりだな。食材も違うのか。新鮮だ」

「お口に、合うといいのですが……」

「あぁ、とても美味しいよ。ここのシェフは腕がいい」


 今日の料理は、いつもと違って豪華なものばかり。しかも、いつも以上の量の料理が並んでいる。まぁ、殿下に合わせるのであればこうなる。普通の貴族の食事は、食べきれないくらいの沢山の料理が並べられ、残すことが当たり前なのだ。

 しかし、ここではちゃんと食べられる量の食事が出てくる。食材を粗末そまつにするなんてことはあり得ない。こんな所に住んでいるのだから食べ物のありがたみは他の貴族達よりもだいぶよく分ってるという事だ。

 本当にもったいないことするよな。これを作った人たちがいったい何人いると思ってるんだか。

 でもさ、何で俺の教えた料理が一つもないんだ? 妹さんにはお出ししたのに、殿下には出さないのか。なんかしきたりとか? 俺そういうの知らないから、あとで料理長に聞いてみよう。


「ナイフとフォーク、とても上手じゃないか。練習したのか」

「え? あ、はい」

「そうか、頑張ったな」


 すんげぇ子ども扱いだな。こうしておけばいいって思ってるのか? バカにしやがって。

 そんな時、聞こえてきた。

 とある、鳴き声が。

 そう、鳴き声だ。


 ウォ~~~~~ン!!


 そんな感じの鳴き声が。


「……今のは?」

「え?」

「え? 今、聞こえただろう」

「な、何の事です?」

「えっ」


 そう、確かに聞こえた。だが、あえて知らないふりをしたのだ。

 聞こえてきたのは、白ヒョウの遠吠えだ。

 殿下は、少し近くにいる従者と世話係に視線を向けたが、聞こえましたとでも言っているような目で殿下にうなずいて見せた。まぁそうだろうな。でも、周りのこっちの使用人達は、ざわざわとしつつも何が起きたのかとしらを切っている。

 実は、これは俺の指示だ。外はさっきより強く雪は降ってないから、騎士団長と副団長たちにお願いして今いる白ヒョウ二匹を外に出し、遠吠えをさせているのだ。あ、そうそう。もう一匹ヴィルが捕まえてきたんだよ。今度は小さめのメス。本に書いてあったような標準サイズでよかった。

 でも、もうそろそろで二匹どっちも帰すそうだ。そしてまた他の白ヒョウを捕まえてくると言っていた。いろんなデータを取りたいらしい。

 この遠吠えをさせたのは、まぁいたずらとでも思ってもらっていい。これ、等間隔で夜中中よなかじゅうやってもらうつもりだ。だから、従者と世話係は何かあった時のために殿下から離れない事だろう。夜動かれて屋敷の中を散策でもされたらたまったもんじゃない。

 まぁ、夜中うるさくて寝れない人が出てくるだろうが、今日だけだから我慢してくれ。俺も寝れなさそうだし。それにず~っと付いていなくてはいけない騎士団達にもちょっと申し訳ない。白ヒョウを外に出しちゃってるんだから仕方ないけど。

 でも、外に出したとしても一応簡単なおりの中に入ってるから危険度は低い。だから大丈夫。

 これでさっさと帰ってほしいところだが……どうかな?

 それより、白ヒョウたちは申し訳ないな。すまんな、ず~っと遠吠えさせて。てか、遠吠えさせられるところもすごいな、騎士団長。どんだけ仲良くなっちゃってるんだよ。これだと例え放しても帰ってきそうだぞ。

 まぁとりあえず、これでビビってくれると嬉しいんだが。雪の中だから外には出ないだろうし、窓からは覗いても見えないところでやってもらってるから確認出来ないと思う。さて、どうなるかな。


「……どうしました?」

「あ……あぁいや、何でもないよ。初めて食べる料理だから、無意識でいつもより味わって食べてしまうな」

「それはよかったです」


 結構こいつ、ビビりか?

 まぁ効いてくれてるのなら万々歳ばんばんざいだけどさ。

 けど、さ……


「弟と酒を楽しめるのはいいものだな。普段は飲むのか?」

「あ、いえ、そんなには……」

「そうかそうか。じゃあ今日は楽しもうじゃないか」


 ……まさか酒を飲まされるとは思わなかった。

 普段、俺は酒はあまり飲まない。一応19歳だからこの世界では飲めるのだが……俺としては何となく未成年気分になってしまって、いけないことをしているんじゃないかって気持ちになってしまう。だから、ヴィルとはたま~にしか飲まない。といっても、飲むとしても一杯くらいだが。


「メーテォスきょうは普段どんな感じなんだ?」

「え?」

「俺から見ると、鍛錬たんれんばかりしているようなイメージなんだが……お前が見てる彼の姿はどんな感じだ?」

「……仕事ばかり、してます」

「ほぉ、そうか。まぁ確かに彼の管理している領地は広いから仕事は山積みかもしれないな。仕事が忙しいという事は、食事は一緒に取らないのか?」

「……」


 これ、どう答えればいいんだ? 一緒に食べてますって言っちゃっていいのか?


「いつも、一緒です」

「そうか、それはよかったじゃないか。普段はどんな話をするんだ?」

「……」


 これ、なんか事情聴取じじょうちょうしゅでもされてる気分だな。しかも、酒めっちゃ注がれちゃってるし。こいつが注いであげてくれと目で合図するから飲むと入れられちゃうし。でも、飲まないと、色々と言われて飲まなきゃいけない雰囲気ふんいきにされちゃうし。

 こういう手、いつも使ってるのか? まぁ、そういう場ありそうだしな。


「あまり、しゃべらない、です」

「そうか。だがまだメーテォスきょうとお前は会って数ヶ月だから仕方ないな。そんなにがっかりしなくても大丈夫だ」


 いや、してないですって。てか、なんか俺が殿下に相談している雰囲気ふんいきになってないか?


「まぁ、彼は少々愛想のないところがあるからな。多少態度が悪いところもあるがちゃんと話せば分かってくれることだろう」

「……」

「いつも一緒に食事をしているのであれば、話しかけるタイミングは多少なりともあるだろう。夫婦なのだから、もう少し距離を縮めた方が生活もしやすい事だろうし……」

「……」


 あー、やっべぇ、頭グルグルしてきた。これ、だいぶヤバいんじゃないか……? 俺酒酔った事は前世でもまぁまぁあったけどそんなにはなかった。あまり酔わないタイプだったし。でもいきなりこんなに飲まされるとさ、やばいんだって。しかもこの体まだ19歳でそんなに飲んでこなかったし。


「あぁ、なら俺も間に入ってやろうか。お前より俺の方が先にメーテォスきょうと顔を合わせているからな。どうだ?」

「……」

「何回か酒を一緒に飲んだこともあるんだ。だから俺がいた方がいいか」

「……うっぜぇぇぇぇぇぇ……」

「……」

「……ヴィルのこと知ったような口聞きやがってぇ……俺の方がよぉぉぉぉく知ってるっつうの……何だよ、ヴィルに相手にしてもらえなかったからって俺のところに来たのか? うっわぁ可哀想なこった!」

「殿下! 奥様が酔ってしまわれたようです! 本日はここでお開きとさせていただけないでしょうか!」

「……そうだな、顔が赤くなっている。気づいてやれず済まなかったな」


 奥様、奥様、とピモが俺の肩を軽く叩いてきた。けど俺、今結構ヤバいんだよ。頭グルグルするし。


「俺が連れて行こうか」

「ご厚意感謝いたします。ですが我々の仕事ですのでお構いなく」

「……あぁ」


 そうしてやっと、やっと食堂を出ることが出来たのだ。

 殿下がお泊りって決まったタイミングで以前俺が使ってた部屋も準備させていたのでピモにそこに連れてってもらった。だって、仲あまりよくないのに一緒の寝室使ってたらおかしくないか? だからすぐに準備させたわけだ。

 部屋のソファーにドカッと座って背もたれに背を預けた。はぁぁぁぁぁ、と気力を抜いて、ようやく安心できたような気分になった。


「大丈夫ですか、奥様」

「……あの野郎……飲ませやがってぇ……」

「大丈夫じゃなさそうですね。お水をご用意いたしますね」

「夜、アイツの部屋に怪奇現象でも起こさせろ」

「かしこまりました」


 ……ん? かしこまりました? 今そう言った?


「いいですか、奥様。今日はもう部屋から出てはいけませんよ。もうお休みになってください」

「ん?」

「いいですね」

「あ、うん」


 なんか、すげぇ必死だな、ピモ。


「なぁ、ピモ。俺殿下の前で何言った?」

「大したことはおっしゃっていませんでしたよ」

「マジ?」

「はい。ですからご心配なさらず」


 まぁ、ピモがそう言うのなら別にいいけど。



 その時、ピモは誓った。

 もう絶対に旦那様以外の方の前で奥様にお酒は飲ませてはいけない、と。



 そういえば、あの野郎食事に俺を混ぜろって言いやがってたな。マジでここに入り浸るつもりか? マジでふざけんな。虫唾が走るわ。しかもなんか自分の方がヴィルの事を分かってるかのような話し方してさぁ。無性に殴りたくなったわ、マジで。頭にきたわ。

 そう思っていたら、外から白ヒョウの遠吠えが聞こえてきた。


「……はぁ」


 ……さっさと帰ってこい、バカ。






◇◇◇

 次回最終回です!
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