139 / 293
第3章 死者の都
底なる玉 1
しおりを挟む
「旦那様!!」彩女は、真世の身体を借り、再び、体勢を崩す神取を支える。
「……案ずるな……彩女……無事、念体は回収した……」
彩女は、ほっと胸を撫で下ろす。
「神子は?」
真世の首を振る彩女。この間に、神子が肉体へと戻ってきた気配は何も感じとれていない。
「そうか……あとは、異界船次第か」
眠りについているとはいえ、神子の魂が長時間離れていては、亜夢の肉体は徐々に衰弱してしまう事であろう。神取は、ベッドに付随する治療光照射装置を起動させる。
「彩女……其方もそろそろ、真世に意識を返せ」
「えっ……」「私の術の事はわからぬ程度に、記憶を擦り合わせながらな」
神取は、既に医師の顔つきを取り戻していた。
「……へぇ……」
真世の顔に少しだけ唇を尖らせ、ジトッとした上目遣いを残すと、彩女は無意識の世界へと己の意識をゆっくりと鎮めていく。
ようやく復調しつつあった波動収束フィールドが描き出す事象空間の像は、まるでその全てを裏返すかのような特異点が作り出す、引力を伴った時空間歪曲場に引き摺り込まれようとしている。
「くそっ!!フィールド、回復したんじゃなかったのかよ!!」
量子アンカーとスタビライザーを駆使して、<アマテラス>をその場に維持するティムが悪態をつく。
「アラン、特異点の解析はまだ!?」「この船の観測能力を超えている!全く掴めない」
波動収束フィールドの能力は、ほぼ回復していた。
先程までの、何者かが作り出した"呪術結界"による干渉は失われている。おそらく、特異点そのものが<アマテラス>の観測限界以上の高位の次元からのアクセスだと、アランは推測する。カミラは胸元に隠したものに手をやらずにはいられない。
「さっきの『呪術結界』と、『レギオン』となって集まっていた未浄化の魂があればこそ、辛うじて形ある存在として捉える事ができていたのだろう……だが、それが失われた今……」
「オレたちには、アレを捉えることすらできない……」アランの推察の結論を直人は端的に示す。
「何の皮肉だよ、それ!」度重なる回避行動に消耗しきっていたティムは、苛立ちを露わに吐き捨てた。
特異点の中央に位置する、まだ炎を噴き出し続ける巨木と、巨木が根を張る巨石が、底の方から時空間歪曲場に徐々に呑み込まれていく。
一方、この変動は、現象界側にも次第に波及し始めていた。
変動現象は、水織川研究所の結界内に留められてはいるが、研究所跡地上空に展開しているドローンは、施設内に潜入した僚機を消し去った、あの時に観測したのと同等か、それを上回らんとする勢いのPSI現象化反応を捉えていた。
「……カミラ!もういい。これ以上はいくらなんでも危険すぎる。今ならまだ、マーカーの座標を辿れば帰還できるはずだ!」
東がモニター越しに、時折、藤川が映るウィンドウに目配せしながら息巻く。藤川が東の判断に異議を唱えることはなかった。
「し……しかし、あれを抑えなければ、現象界は!?」蒼ざめたカミラが、声を張り上げた。
「……結界の耐久限界時間はあと10分ほどだが、完全に効果が失われるまでには、いくらか時間はある!その間に影響予測範囲から可能な限りの避難を……」「つまり……大した手立ては無いってことね」東が言い終えるのを待たずに、ティムは結論を返す。
<イワクラ>、IMCの面々は口を固く結び、俯いている。
「……現象界への影響がどの程度になるか、現時点ではわからない」思索を巡らせていた藤川が口を開く。
「だが、これまでの状況からすると、どうやら現象界側との"接点"がなければ、その『特異点』を作り出している何かが、こちらの次元に現象化することは容易ではないようだ」「そうか。時空間ギャップの制約だな?」アルベルトが割って入って藤川の仮説を補足する。
「うむ」藤川は、口早に説明を続ける。
「繰り返しになるが、『呪術結界』と慰霊祭の集団意識の集中……やはり、これが重なったことが、現象界との接点になったと私は見ている。それが失われたとなると、残る有効な接点はあと一つ」
藤川の見開かれた両眼が、モニターの向こうからインナーノーツらをじっと見据えている。
「まさか!?」「オレ達……?」カミラとティムの声が重なる。
藤川は大きく頷く。
「東君の判断が正しいという事だ!!あとはお前たちが帰還すれば、現象界との接点は希薄になり、其奴が『シフトダウン』する確率は低減する!そうなれば、しばらくは結界でも凌げるはず!」
「ともかく今は逃げろ!!」藤川は声を大にして叫んだ。
「は……はい!アラン!!リレーから時空間経路算出!まずは施設エントランスまで時空間転移!急げ!!」「ああ!!」
「田中、アイリーン、誘導ビーコンをスタンバイしておいてくれ。必ず帰還させるんだ!」「はい!」「了解!」通信モニター越しに東らが<アマテラス>帰還準備に取り掛かる様子が伺える。
「ティム、転移まで船を維持!」「了解!……てっ……結局オレ達……何しにきたんだ」
変異場の作り出す引力から、何度も流されそうになる舵に、ティムはフラストレーションごと握り潰すが如く力をこめる。
『レギオン』にただ翻弄された挙句、突然、ミッション時空間一帯に拡がった、発火現象のような異変が『呪術結界』を破ったおかげで、『レギオン』は現象化しきれず、何とか帰還の途についている。
大した働きもないままの撤収……『骨折り損のくたびれもうけ』とはまさにこの事。力を込め直す度にティムの左腕が、ピクピクと痙攣し、足を踏ん張るたびに腰が疼く。
「チッ、調子、狂いっぱなしじゃねーかよ!」
<アマテラス>の船体表面を時空間パラメーター調整を始めた、PSIバリアの偏向が、虹色に彩づき始める。
…………逃れ……られぬ……逃れ……ては……ならぬ……逃げ……たい…………逃が……さぬ…………
……逃げ……たい……逃げ……
「!!」直人が、何かに締め付けられるような呻き声を腹の底に感じ、顔を上げた瞬間、<アマテラス>の船体はぐぐっと前方へ引き寄せられ始めた。
「どうした、アラン!?急いで!!」「もう少しだ!!」
「早く頼む!!」引きが強くなっているのを、ティムは操縦桿にのしかかる抵抗で感じ取っていた。
「……案ずるな……彩女……無事、念体は回収した……」
彩女は、ほっと胸を撫で下ろす。
「神子は?」
真世の首を振る彩女。この間に、神子が肉体へと戻ってきた気配は何も感じとれていない。
「そうか……あとは、異界船次第か」
眠りについているとはいえ、神子の魂が長時間離れていては、亜夢の肉体は徐々に衰弱してしまう事であろう。神取は、ベッドに付随する治療光照射装置を起動させる。
「彩女……其方もそろそろ、真世に意識を返せ」
「えっ……」「私の術の事はわからぬ程度に、記憶を擦り合わせながらな」
神取は、既に医師の顔つきを取り戻していた。
「……へぇ……」
真世の顔に少しだけ唇を尖らせ、ジトッとした上目遣いを残すと、彩女は無意識の世界へと己の意識をゆっくりと鎮めていく。
ようやく復調しつつあった波動収束フィールドが描き出す事象空間の像は、まるでその全てを裏返すかのような特異点が作り出す、引力を伴った時空間歪曲場に引き摺り込まれようとしている。
「くそっ!!フィールド、回復したんじゃなかったのかよ!!」
量子アンカーとスタビライザーを駆使して、<アマテラス>をその場に維持するティムが悪態をつく。
「アラン、特異点の解析はまだ!?」「この船の観測能力を超えている!全く掴めない」
波動収束フィールドの能力は、ほぼ回復していた。
先程までの、何者かが作り出した"呪術結界"による干渉は失われている。おそらく、特異点そのものが<アマテラス>の観測限界以上の高位の次元からのアクセスだと、アランは推測する。カミラは胸元に隠したものに手をやらずにはいられない。
「さっきの『呪術結界』と、『レギオン』となって集まっていた未浄化の魂があればこそ、辛うじて形ある存在として捉える事ができていたのだろう……だが、それが失われた今……」
「オレたちには、アレを捉えることすらできない……」アランの推察の結論を直人は端的に示す。
「何の皮肉だよ、それ!」度重なる回避行動に消耗しきっていたティムは、苛立ちを露わに吐き捨てた。
特異点の中央に位置する、まだ炎を噴き出し続ける巨木と、巨木が根を張る巨石が、底の方から時空間歪曲場に徐々に呑み込まれていく。
一方、この変動は、現象界側にも次第に波及し始めていた。
変動現象は、水織川研究所の結界内に留められてはいるが、研究所跡地上空に展開しているドローンは、施設内に潜入した僚機を消し去った、あの時に観測したのと同等か、それを上回らんとする勢いのPSI現象化反応を捉えていた。
「……カミラ!もういい。これ以上はいくらなんでも危険すぎる。今ならまだ、マーカーの座標を辿れば帰還できるはずだ!」
東がモニター越しに、時折、藤川が映るウィンドウに目配せしながら息巻く。藤川が東の判断に異議を唱えることはなかった。
「し……しかし、あれを抑えなければ、現象界は!?」蒼ざめたカミラが、声を張り上げた。
「……結界の耐久限界時間はあと10分ほどだが、完全に効果が失われるまでには、いくらか時間はある!その間に影響予測範囲から可能な限りの避難を……」「つまり……大した手立ては無いってことね」東が言い終えるのを待たずに、ティムは結論を返す。
<イワクラ>、IMCの面々は口を固く結び、俯いている。
「……現象界への影響がどの程度になるか、現時点ではわからない」思索を巡らせていた藤川が口を開く。
「だが、これまでの状況からすると、どうやら現象界側との"接点"がなければ、その『特異点』を作り出している何かが、こちらの次元に現象化することは容易ではないようだ」「そうか。時空間ギャップの制約だな?」アルベルトが割って入って藤川の仮説を補足する。
「うむ」藤川は、口早に説明を続ける。
「繰り返しになるが、『呪術結界』と慰霊祭の集団意識の集中……やはり、これが重なったことが、現象界との接点になったと私は見ている。それが失われたとなると、残る有効な接点はあと一つ」
藤川の見開かれた両眼が、モニターの向こうからインナーノーツらをじっと見据えている。
「まさか!?」「オレ達……?」カミラとティムの声が重なる。
藤川は大きく頷く。
「東君の判断が正しいという事だ!!あとはお前たちが帰還すれば、現象界との接点は希薄になり、其奴が『シフトダウン』する確率は低減する!そうなれば、しばらくは結界でも凌げるはず!」
「ともかく今は逃げろ!!」藤川は声を大にして叫んだ。
「は……はい!アラン!!リレーから時空間経路算出!まずは施設エントランスまで時空間転移!急げ!!」「ああ!!」
「田中、アイリーン、誘導ビーコンをスタンバイしておいてくれ。必ず帰還させるんだ!」「はい!」「了解!」通信モニター越しに東らが<アマテラス>帰還準備に取り掛かる様子が伺える。
「ティム、転移まで船を維持!」「了解!……てっ……結局オレ達……何しにきたんだ」
変異場の作り出す引力から、何度も流されそうになる舵に、ティムはフラストレーションごと握り潰すが如く力をこめる。
『レギオン』にただ翻弄された挙句、突然、ミッション時空間一帯に拡がった、発火現象のような異変が『呪術結界』を破ったおかげで、『レギオン』は現象化しきれず、何とか帰還の途についている。
大した働きもないままの撤収……『骨折り損のくたびれもうけ』とはまさにこの事。力を込め直す度にティムの左腕が、ピクピクと痙攣し、足を踏ん張るたびに腰が疼く。
「チッ、調子、狂いっぱなしじゃねーかよ!」
<アマテラス>の船体表面を時空間パラメーター調整を始めた、PSIバリアの偏向が、虹色に彩づき始める。
…………逃れ……られぬ……逃れ……ては……ならぬ……逃げ……たい…………逃が……さぬ…………
……逃げ……たい……逃げ……
「!!」直人が、何かに締め付けられるような呻き声を腹の底に感じ、顔を上げた瞬間、<アマテラス>の船体はぐぐっと前方へ引き寄せられ始めた。
「どうした、アラン!?急いで!!」「もう少しだ!!」
「早く頼む!!」引きが強くなっているのを、ティムは操縦桿にのしかかる抵抗で感じ取っていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
サイレント・サブマリン ―虚構の海―
来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。
科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。
電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。
小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。
「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」
しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。
謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か——
そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。
記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える——
これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。
【全17話完結】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる