上 下
138 / 293
第3章 死者の都

煉獄 4

しおりを挟む
……林武……其方達は……死してなお、そのようなこと……御所への未練か?……

……笑止!!……

拳を打ち込んでくる坊主頭の僧侶は、生前、格闘技に精通していたのであろう。生身の肉体同士であれば、骨から砕かれたに違いないその一撃も、霊気が分散しかかった霊体では、神取の相手ではない。片手で拳を受け止め、念じると、坊主頭の霊体も形を崩しながら吹き飛んでいく。

……御所になど、未練など無いわ!……

……くっ!?……坊主頭を相手している間に、神取の背後に回った神主風の亡霊は、神取を羽交締めにせんとばかりに組みついていた。正面では、最後の力を振り絞る老法師が、霊力を錬りあげる。

……だが、御所には……

…………他に行く場もない……あの子らが……

神取は、苦悩に歪む老法師の念の中に、ありし日の記憶が見え隠れする。

右も左もわからぬ小さな子供達が、集められ、過酷な訓練に晒されている。それを見守る林武の姿。

脱落し、命を落としていく子供らもいた。慟哭を隠しながら見送る。

やがて成長した子らは、御所の諜報部『烏衆』へと配属され、世界各地へと散ってゆく。

その中でも有能な、次期、林武衆候補となる九名に名を授ける。そのうちの一人は、『臨』と呼ばれていた。今、目の前にいる、彷徨える魂、臨は、かつてはこの子供達の一人だったようだ。

『臨・兵・闘・者・皆・陳・烈・在・前』

煩悩と悪霊を滅し、災いから身を守るという、九字の印に因んだ名。林武の長は、その九名に一人一人の個性を鑑み、また過酷な御所の任務を無事に全うできるようにと、願いを込めて名を選ぶ。子供達は与えられた名を嬉しそうに何度も反芻する。

烏は、番号や定められた符合名で呼ぶのが慣例。独自に名を与えるなど、これまでの御所ではなかったことだ。

……『烏衆』に名を……朝臣殿……貴方は……

……貴方達の想い残しとは……

……ふん、笑うが良いわ!……神取!!……

想いの丈をぶつけるように、老法師は力を放つ。力を失った神主を払い除けるのは、造作もない。そのまま神取は、老法師の放った念を切り捨てるべく、印を切る構えをとる。

……生きるのです……司……

その一瞬、記憶の裡に呼び起こされる声。母の最期に聞いた言葉だっただろうか……

構えたまま、神取は老法師の念を受け止めた。それはただ、生暖かいだけの温もり。既に、彼らの霊力は尽き果てていたのだ。

…………笑え、など……笑うことなど……なぜできようか……

……か……神取?……

…………親とは……人の親とは……そのようなもの、なのであろう………

林武衆の一同の崩れた霊体が、心なしか生気を取り戻したかのように顔を上げ、神取を見上げた。

……なれど!……不意に荒げる神取の言霊が、亡霊達を揺さぶる。

神取は幾分、語気を和らげて続けた。

…………子とて、我が親が、死してのちも永劫の苦しみを背負い続けるなど……望みはせぬ……

冷徹な物言いとは裏腹に、老法師は、神取の気配が微かに揺れ動いたのを感じ、はっと何かに気づいて彼を見やる。

……神取……其方……

……もう参られよ……貴方達のことだ……逝くべき先はおわかりのはず……

林武衆に背を向けたまま、神取は諭す。

……神取、貴様、わかったような!……

臨と呼ばれた若者の亡霊が、せめて一打、報復しようと進み出るのを老法師が止めた。

……止めよ……臨……もう良い……

……義父ちち上!……

振り返り見れば、義父とその同志らにも穏やかな笑みが戻りつつあった。臨は、振りかぶった錫杖を力なく落とす。

……其方の言うとおりよの……神取よ……

……朝臣殿……


「……あれは……沢山の人の魂が……」

前方モニターを監視していたティムが声をあげた。

巨木の焔の中に数多の想念が、形を顕に、炙り出しのようになって浮き上がる度に、焼き尽くされ、白き光となって中空へと消えていく。

「……行き場を無くした魂を呼び、穢れを清め……天へと導く……翡翠の大珠に、その祈りを託していた……」

直人は、捕らえられた大珠の実の中で、感じとっていた感覚を何とか言葉に換えて伝える。

「……でも……まだ苦しんでいる……あの人は……」

「あの人?」カミラが怪訝な顔つきで問う。

「ナギワって……聞こえた……悪霊なんかじゃ……なかったんだ……大木は、あの人の願いの形……『レギオン』の本来の姿…………」

「翡翠……ナギワ……?」モニター越しに聞こえる直人の言葉が、藤川には引っかかる。

「……沢山の人を……巻き添えにして……くっ……しまったことを……あの人は……でも……あの人の……本当の想いは…………!?」何かに気づいた直人は、不意に顔を上げる。

「何だ!?」同時にアランが声をあげた。

その声に皆が顔をあげると、モニターの中で、急に風向きが変わったかのように、炎は上昇を止め、大木を中心に渦を巻き始めた。インナーノーツ一同は、目を見開く。

直人は、再び胸の裡のざわめきを感じていた。

……まだ……終わりではない……なおと……

『アムネリア』という名で認識している存在の声が聞こえた気がした。

……あの人じゃない……あの人の想いに喰らい付いていた……別の何か……


異変は、神取や林武衆の霊が留まる時空間(<アマテラス>のいる時空間から幾分ズレがある)にも波及してくる。

……うっ……くっ……

…………ぬうう…………

……何だ、この重苦しい霊威は!?……

神取と林武衆らは、霊力を集中し、自らを持って行かれぬよう踏ん張るが、霊力を使い果たした彼らは、次第に引き摺られていく。

……うわああ!!……

……臨!!……

臨の霊体をなんとか引き留める林武衆ら。

……やはり来おったな……ヤツは現世を諦めはせぬ……

……ヤツ!?……

…………古より地脈に潜む……何かがおる……我らは…… 其奴に……

……神取、あれは其方でも手に余る!……

確かに維持限界が刻一刻と迫る神取の念体も、ただ立ち尽くし、自身の形を保つので精一杯だ。肉体へ帰還しようにも、下手に動けば忽ち念体を持って行かれそうだ。

……我らが……残された力で盾となろう……その間に戻るがよい……

……朝臣殿!……何故!?……

……言ったはず。同僚の……よしみじゃて……

老法師は、ニヤリとした表情を霊体の顔に作って見せると、神取に背を向け、僅かばかりの結界を展開する。

……ぬうう……

……長!!……

……お供仕る!!……

坊主と神官が加勢に加わる。

……くっ……神取!……臨と呼ばれた霊体は、神取に背を向けたまま言霊を投げつけてくる。

……お前に頼める義理でないのは百も承知!……

……なれど…………義弟妹きょうだいらを……頼む!……

そのまま振り返ることなく、臨は彼らの術の一部に加わった。四人の霊体が一つに重なり、光り輝く障壁となって、引力の前に立ちはだかる。

神取は、自らの念体にのしかかる力が軽くなるのを感じると、直ぐに意識を亜夢の病室に残る肉体へと指向し始める。

……我らが林武の誇り、生き様!全てこの一念に!!……

……しかとその眼に刻め、神取!!……

…………かたじけない……林武衆……

……さらばだ!!……

神取は、ただ元の肉体へと意識を集中することで精一杯だった。薄れゆく異界の光景の中で、林武衆の光の輝きが膨れ上がり、砕けちる。


「……!?……義父ちち上……」

兵は、何かが胸の奥深くに触れた気がして、顔を上げた。

「ん、如何した……兵?」訝しげな眼で、風辰翁が伺ってくる。

「い……いえ……」

兵はモニターへと視線を戻す。モニターの異界船の活動の様子からは、とうとう林武衆の形跡は、あの言霊と護符の他、何も見つけることはできなかった。

だが、兵は悟っていた。

……逝かれたのだ……

万感の想いが込み上げてくるのをひたすらに胸の底に留める。

異界船の活動はまだ続いている。何かの引力源のようなものに捕まって身動きが取れないようだ。

すると、モニターの映像が不意に乱れ始めた。
兵の配下のオペレーターらが、すぐに調整にかかるも映像が安定しない。

「何事か?」不愉快そうにオペレーターへ問いかける風辰翁。

「……義眼装用者の脳波が乱れています。そろそろカメラの使用限界時間に達します!」

「構わん!そのまま続けさせろ」風辰は、オペレーターへ不満をぶつける。

「し……しかし……」

「義眼カメラと付随する秘匿転送システムは、使用者の視神経と脳にかなりの負荷をかけます。これ以上の使用は危険かと……」兵は、狼狽するオペレーターに代わり説明する。

睨みつける風辰翁に臆することなく、兵は淡々と続けた。

「ここでムサーイドに倒れられでもしたら、IN-PSID側に義眼カメラが露顕する恐れがあります。ここは一度、引かせた方が無難です」

「…………ふむ……尤もだな。良かろう」

「はっ!ムサーイドに諜報活動の停止信号を!」

兵は直ちにオペレーターに命じる。風辰翁は、立ち下げられようとしているモニターに、黙したまま眼を見開き注視している。

映し出されるモニターの中で、<アマテラス>と <イワクラ>、IMCが、古木を包み込むように突如形成された、"時空歪曲場"への対処を模索していた。

「……地脈が、ざわめく……か……やはり、残された時は少ない」

風辰翁が溢した言葉に、オペレーターへの指揮にあたっていた兵は耳を奪われる。

「……異界船……この難局乗り切ったなら……いずれまた逢おうぞ」

間もなく、インナーミッションを映し出していたモニターは、音もなく暗転した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

未来に住む一般人が、リアルな異世界に転移したらどうなるか。

kaizi
SF
主人公の設定は、30年後の日本に住む一般人です。 異世界描写はひたすらリアル(現実の中世ヨーロッパ)に寄せたので、リアル描写がメインになります。 魔法、魔物、テンプレ異世界描写に飽きている方、SFが好きな方はお読みいただければ幸いです。 なお、完結している作品を毎日投稿していきますので、未完結で終わることはありません。

入れ替われるイメクラ

廣瀬純一
SF
男女の体が入れ替わるイメクラの話

高校生とUFO

廣瀬純一
SF
UFOと遭遇した高校生の男女の体が入れ替わる話

Condense Nation

SF
西暦XXXX年、突如としてこの国は天から舞い降りた勢力によって制圧され、 正体不明の蓋世に自衛隊の抵抗も及ばずに封鎖されてしまう。 海外逃亡すら叶わぬ中で資源、優秀な人材を巡り、内戦へ勃発。 軍事行動を中心とした攻防戦が繰り広げられていった。 生存のためならルールも手段も決していとわず。 凌ぎを削って各地方の者達は独自の術をもって命を繋いでゆくが、 決して平坦な道もなくそれぞれの明日を願いゆく。 五感の界隈すら全て内側の央へ。 サイバーとスチームの間を目指して 登場する人物・団体・名称等は架空であり、 実在のものとは関係ありません。

終末の運命に抗う者達

ブレイブ
SF
人類のほとんどは突然現れた地球外生命体アースによって、消滅し、地球の人口は数百人になってしまった、だが、希望はあり、地球外生命体に抗う為に、最終兵器。ドゥームズギアを扱う少年少女が居た

サクラ・アンダーソンの不思議な体験

廣瀬純一
SF
女性のサクラ・アンダーソンが男性のコウイチ・アンダーソンに変わるまでの不思議な話

【VRMMO】イースターエッグ・オンライン【RPG】

一樹
SF
ちょっと色々あって、オンラインゲームを始めることとなった主人公。 しかし、オンラインゲームのことなんてほとんど知らない主人公は、スレ立てをしてオススメのオンラインゲームを、スレ民に聞くのだった。 ゲーム初心者の活字中毒高校生が、オンラインゲームをする話です。 以前投稿した短編 【緩募】ゲーム初心者にもオススメのオンラインゲーム教えて の連載版です。 連載するにあたり、短編は削除しました。

天日ノ艦隊 〜こちら大和型戦艦、異世界にて出陣ス!〜 

八風ゆず
ファンタジー
時は1950年。 第一次世界大戦にあった「もう一つの可能性」が実現した世界線。1950年4月7日、合同演習をする為航行中、大和型戦艦三隻が同時に左舷に転覆した。 大和型三隻は沈没した……、と思われた。 だが、目覚めた先には我々が居た世界とは違った。 大海原が広がり、見たことのない数多の国が支配者する世界だった。 祖国へ帰るため、大海原が広がる異世界を旅する大和型三隻と別世界の艦船達との異世界戦記。 ※異世界転移が何番煎じか分からないですが、書きたいのでかいています! 面白いと思ったらブックマーク、感想、評価お願いします!!※ ※戦艦など知らない人も楽しめるため、解説などを出し努力しております。是非是非「知識がなく、楽しんで読めるかな……」っと思ってる方も読んでみてください!※

処理中です...