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13.副会長からの報告

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side 氷室

ついに、入学式当日。

教師になってもう数年。
担任も持つ様になって、もはや入学式なんぞで緊張することはない。
だが、今日水無瀬と話す用事があるので緊張する。
顔を思い出すだけでもなんだか落ち着かなくて、これじゃまるで初恋をした中学生だ。

今いる、そして、今日水無瀬と話し合う予定の、教師寮の俺の部屋。

どこかの教室を申請して借りることもできたが、この学園では使用中でも鍵を開けておかなければいけない。同性愛者だらけのこの学園で生徒の身の安全を守るためだとか。
もし人が入ってきてしまったら、水無瀬が落ち着かないだろうと寮で話し合うことを前提として、部屋に準備をしている。

念のため、手当のための包帯や消毒液、その他諸々を棚の取り出しやすいところに入れ替えて、今はとにかく入学式までオロオロしている状態だ。

水無瀬の傷は、本当は病院に連れて行かなければいけないほどの深さ。
下手したら、神経を傷つけていて、うまく手が動かなくなってしまうかもしれない。
傷が相当深かったから、傷はもう消えないかもしれない。
傷の残った水無瀬の肌も綺麗だろうが、できれば消えた方が本人の心のためにもいいだろう。
そのためには、どうしても病院には連れていかなければならない。
目に見える傷というのは、思いの外本人の心に傷をつけてしまうだろうから。

しかも、水無瀬はおそらく左手の小指や足首など、ところどころ骨がおかしくなっているところがありそうだ。骨折した後、治療をされなかったのか。
おそらく高校に来る前、家で何かあったのだろうと考えているが、水無瀬家の情報が隠されていてまだ掴めていない。
家のものに調査させているから、先に報告が上がってくるか、水無瀬の壁を壊して聞き出すか。
どちらにしろ、時間の問題だ。

本人は自分が庇って少し変な動きをしていることに気づいていない。
庇う動きはとても小さいもので、きっと俺以外は気づいていないだろう。
だが、本人は絶対に病院には行きたがらない。
水無瀬はおそらく、極度に人に触れられることに、恐怖を感じている。

知り合いの俺だけが触る方がまだ安心できるだろう。
……俺も、弱った水無瀬を誰かに見せたくないし、な。

取り敢えず、水無瀬にあってから、家の者に水無瀬一族調べさせている。
あれだけの傷をつけているんだ。過去に何も無いなんてことはありえない。

水無瀬葵という名前は、水無瀬が名家と言われているのに高校に入ってくるまで聞いたことがなかった。
きっと何かされていたなら、家関係のはずだ。
どれだけ水無瀬家は水無瀬葵という存在を隠したいのだろうか。

本人からも、聞いた方がいいだろう。
他人が聞いた話では大したことはなくても、本人にとってはひどい傷になっているかもしれない。
こちらが敵ではないことを伝えて、まず心を開いてもらわなければ……。

—コンコンッ

唐突にノックが響いた。
まだ朝の8時半。
こんな早い時間に教師寮を訪ねてくるのは、入学式についての確認に来る生徒会役員もしくは教師くらいだ。
幸い、もう着替えていたので玄関を開けに行く。
断じて、水無瀬と話すのに緊張して早く起きすぎたわけではない。

「あぁ、月守か。入っていいぞ」

きていたのは副会長の月守。
いつもは忙しい本人ではなくて朝霧兄弟を使いに出してくるので、珍しい。

「入学式に関することではないんですが、会計の水無瀬葵のことで報告があって……」

話を聞いてみるとなんと、今日話すはずの水無瀬について。
今、水瀬の情報はいくらあっても困らない。

話を聞いてみると、顔色が悪いとのこと。おそらく貧血。

昨日あれだけの傷があったんだ。
きっと、また手を切ってしまったのだろう。
考えたくはないが、俺がストレスをかけてしまって、余計にひどくなった可能性だってある。

月守いわく、本人は無理をして休んでくれないので、あまりに危なくなったら俺が声をかけて止めて欲しい。そういうことだった。
生徒会役員の誰からみても危なっかしくて、みていられない瞬間があるらしい。

「わかった。まだ教員会議があるから準備には行けないが、入学式では一緒にステージ裏にいよう。準備中は月守がよくみておいてくれ。今日は元々、気になることがあって水無瀬と後で話す予定だったから、ちょうどいい」

1番今の生徒会で細かいところに気がつくのは月守だ。
他のメンバーも気を配ることはうまいが、月守に叶うものはいない。
早く戻ってもらって、俺がいない間、月守に水無瀬を見てもらうのが一番いいだろう。

水無瀬の出番は生徒会自己紹介だけ。
本人は意地でも入学式には出たがるだろうから、もう終わってすぐにステージ裏で保護してしまおう。
水無瀬は、自分の失敗を許さない。

今がおそらく1番不安定だ。
俺がストレスをかけてしまったのかもしれないのと、元々の人が大勢いる中での入学式という慣れない行事に参加するのと。
元々不安定なのが、いつにも増して不安定になってしまう。

そう考えて、素早く話を終わらせて、月守を帰そうとした。

「氷室先生は教師でしょう? ここまで水無瀬に踏み込んでいいんですか?」

突然、月守にそんなことを聞かれた。
生徒会は、仲間を大切にする。
俺もそうだった。
更に、不安定で臆病な水無瀬を、皆が弟の様に大切にしているのを知っている。
もし、俺が踏み込んで、水無瀬が傷ついてしまったら、そう考えているのだろう。

しかし、今の俺を舐めないで欲しい。
もうとっくに確認済みだ。
理事長には話を通したので、多少教師の職務範囲を超えても問題ないだろう。
学園はセキュリティは謎にすごいのに、教師と生徒の感情については割と大雑把だ。

「大丈夫だ。確認は取ってある。俺があの子を逃すわけないだろう?」

生徒会メンバーは心から水無瀬を大切にしている。
きっと、こいつらが水無瀬を裏切ることなんかないだろう。

生徒会なら、囲う前から言っておいていいだろう。

「白状すると、俺は水無瀬に惚れている。一目惚れだ。」

本人は覚えていないだろうが、水無瀬が入った年の入学式。
人混みに充てられた水無瀬を助けた。
初めはおとなしく世話をされていたのに、そのうちに慌てて逃げてしまった。
たったそれだけだったのに、俺は一目惚れしてしまったんだ。

教室に行ってみると、顔と名前が一致していなかっただけで、俺のクラスの生徒で。
毎日まで会っているうちに、水無瀬の全てに恋をした。

あの華奢な身体。
琥珀をはめ込んだ瞳。
常に周りに一線を引いた控えめな態度。
必死に誤魔化して、足掻いている姿。
あの素を見せない警戒心。

そして、あのボロボロになった心。

きっと、あの子は飢えている。
自分は人に愛される資格はないと周りと距離を取っても、自分だけに惜しみなく与えられる際限無い愛を欲しがっている。

俺は、愛が重いんだ。
傷ついて、警戒していたって関係ない。
ドロドロに囲って、逃げ出さない様にしてやる。
やっと近づくきっかけができた。

もう逃がさない。

「ああ、怖い怖い。あなたに捕まったら終わりですね。まぁ、葵が幸せになるならいいですが。葵が心を開いたら、私達にも会わせてくださいよ。仲良くなりたいんです」

それだけ言って月守は入学式準備に戻っていった。

入学式の開始は10時きっかり。
俺はその前に会議がある。
それまで水無瀬が無事だといいが……。

「俺もそろそろ会議に行きますか」

俺は部屋を出て、校舎の職員室に向かった。
































  













——こんなに悠長に構えているんじゃなかった。

——早く、あの子を無理矢理にでも止めていれば、あんなに悪くなることはなかったんじゃないか。

後悔先に立たずなんて、実感したくなかった。

この後、あんなに後悔するなんて、俺は思っていなかったんだ。






















——————————

やっと攻めの心の内を書けたと思ったら、何やら不穏な空気になってしまった……。

ここから補足。

氷室先生は、他の人が気づかないこまかな葵の変化を感じ取っています。
(まだ心は通じ合っていませんが)愛のなせる技です。

葵は自傷をしてから意識が飛んでいて細かい時間を描写していないため、時系列がややこしいですが、葵が意識を飛ばしている間にだいぶ時間がたっているので、入学式準備の集合自体はさほど早くなかった、という設定です。
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