悠久の Madrugada〈マドゥルガダ〉 -蒼い闇- 《本編完結》「後日譚」連載開始しました

桜楽-sakura-

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粛正 3 ー慰撫 《サクリファイス》2ー

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 ーー兄の頬が張られる音がひびいたその時、弟は悲鳴を飲み込んだ。

 時が凍ったような静寂の中、日陰シェイド小刀ナイフを取り出し、背をおおう黒髪をひとまとめにすると、後ろ手にした小刀ナイフを横に薙ぎ払い襟足えりあしから切り落とした。
 そして、兄の前にひざまづくと、切り落とした髪と小刀ナイフを前に置き、首をさらすように、深くこうべれた。

 心臓が早鐘はやがねのように打つーー弟は、ただ沈黙を守って待つほかすべはなく、日陰シェイドいだ湖面のように、ただ静かに兄の沙汰さたを待った。

 長いのか、それとも短かいのか……凍った時を兄がくだいた。

 ひざまづ日陰シェイドの腕を取って立ち上がらせる。

「……ーーっ!!」

 兄にささげられ、さらされた首筋に、兄は、キツく血がにじむまでみついた。

 日陰シェイドは、無言のまま痛みをこらえ、兄は血がにじあとをぺろりとめた後、日陰シェイドを離した。

 兄がもう一度、弟を振り返った時には、落ち着いた、いだひとみをしていた。
 兄は、しとねに歩み寄り、弟を緩く抱きしめて耳元でささやいた。

あやまらない」

 弟は静かに微笑んで、兄にこたえた。
「必要ありません。リシェは……兄さまの姓奴隷。兄さまをお慰めするためだけに、ここにります。だから兄さまは悪くありません。ーーでも兄さま、日陰シェイも……、日陰シェイも悪くありません」

「分かっている。ーー心配をかけた」
「いいえ」
 二人はそっと、触れるだけの口づけを交わした。

日陰シェイ深夜よるに戻る」
同衾どうきんはさせられません」
「分かっている。共寝ともねするだけだ」
 そう言い置き、兄は寝室の奥から王宮へ戻って行った。

「リシェ様……お手当てを」
 兄の気配が消えた後、弟の手当てをするために、日陰シェイしとねに歩み寄った。

日陰シェイっ…………!」
 弟は、腰が痛むのも肛門アヌスが痛むのも構わず、膝立ちになって日陰シェイドすがり付いた。

「本当に……本当に無茶をして。ーーもし兄さまが……ううん、戻っていたって無事に済む保証は何もなかった! 例え……、例え自由を約束されているシャドウだとしても!!」
 張り詰めていたものが解かれ、やっと気を緩めることができた弟は、こらえてきた涙がながれるまま、日陰シェイドの腰をかきいだいた。

「……いつもだったら、リシェになんか絶対に気配をつかませないシャドウの気配が、リシェにさえ分かった! 無茶……して…………」

 弟がさめざめと泣きながら訴えたそれに、日陰シェイド以外の声が応じた。

「ーー全くです」
 日陰シェイドの後ろから現れた壮年の男は、日陰シェイドとよく似た風貌をしていた。

「動揺して、気配をあらわしてしまうなど、恥じ入るばかりです。リシェ様」
「……シャドウ?」
「はい。リシェ様」

 二人の前に現れたシャドウは、弟から日陰シェイドを引き離して自分の中の前に立たせた。

 ーーバシッ!!

 容赦のない平手打ちでシャドウは、日陰シェイドの頬を張り、日陰シェイドもそれをけなかった。

「あちらへ」

「待って、シャドウ! 日陰シェイは、兄さまのために命を掛けました……。どうか、これ以上は」

「ご心配なく。髪を整えるだけです」
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