黒の瞳の覚醒者

一条光

文字の大きさ
上 下
425 / 464
番外編~フィオ・ソリチュード~

みんなの気持ち

しおりを挟む
 ベッドの方でワタルが大きなため息をついてる。
 原因は当然の如く、今もテレビで流れているクーニャの顕現、それとテレビの関係者からの連絡。
 リオがワタルの連絡先を教えたみたいでひっきりなしに連絡が来るって驚いてた。
「リオ、早まったんじゃないかしら?」
「少しそんな気もしてます……でも、もしテレビに出られたらこの世界でのワタルの印象を私たちが変えてあげられるじゃないですか」
 そこに至るまでのダメージが大きそうだけど……今もあーあー言ってるし……。

「そうですね、わたくしもワタル様が優しい方だと皆さんに知ってもらいたいです」
「ふふん、つまりはテレビでワタルを自慢すればいいんだろう? 望むところだ」
「妾も、旦那様の良いとこいっぱい教えるのじゃ」
「さっきからなんの話をしてるの?」
「そうね……ワタルはこの世界で立場が微妙なのよ、だから少しでも私たちでその印象を変えようという事なのよ」
「ふ~ん」
 ティナの曖昧な説明じゃよく分からなかったみたいでアリスは首を傾げてる。

「おっ、食事が届いたな、リオはワタルを呼んでこい、いつまでもあーあー言ってても仕方ないとな」
「ふふ、そうですね」
「良い匂いね」
「これはどのように作ってるんでしょうか……部屋に届けてもらう形だと作った方にお話を聞けないのが残念です」
 そういえば昨日のリオもシロナも飲食店に入る度に何か聞いてたけど、作り方聞いてたんだ。

「う~ん、美味しくない訳じゃないけどリオ達の作る飯の方が口に合うな」
「ん」
 朝食を食べ始めたワタルがそんな事を呟いて私はすぐに同意した。
 色んな物が食べられるのは面白いけどリオ達が作った物の方が――なんというか、気持ちも満たされるから好き。
「そうじゃな、妾もクロエの作る味噌汁とか大好きなのじゃ」
「私は家族と食事が出来るのが一番だけど、リオの肉じゃがとシロの炊き込みご飯が特にいいなぁ」
 前の食事を思い出したのかアリスが恍惚としてる。
「私はたまにはこういうのもいいと思うのだが、勿論リオ達の作る料理も好きだが」
「そうね~、こっちの世界の料理は珍しくて美味しいけれどそれに引けを取らないリオ達の料理って凄いのね」
 みんなも同じだったみたいですぐに同意した。
 やっぱりリオ達のが美味しいよね、食べ慣れちゃったから他ので満足しづらいのは困るけど。

「褒めてくださっても今は作ってあげられませんよ? 私たちは色んな所で色んなお料理を食べられるのは楽しいですよ。昨日回ったようなお店だと作った方と直接お話し出来ますから作り方なども聞けて参考になりますしクロエ様とリオさんと一緒に新しいお料理を考える楽しみにも繋がります」
「昨日は楽しかったですものね、特にらーめん屋さんは素敵でした。インスタントとは違う深い味わいがあってわたくし感動しました。是非他のお店にも行ってみたいです」
「クロエさんは本当にラーメンが好きなんですね。昨日回ったお店で食べた物はレシピも教えてもらえましたし今度挑戦してみましょうか」
 クロエ達はらーめんが好き過ぎる……作れるようになったら毎日出てきそう……私も嫌いじゃないけど毎日はちょっと……。 

「よく教えてもらえたな」
「はい、なんだか硬い紙に名前を書いたら親切に教えてくださいました」
「それで、主は先ほど何を悩んでいたのだ? 随分と難しい顔をしておったが、本当に儂の事だったのか? であれば詫びをしたいのだが」
「あ? あぁ……あれは…………」
 クーニャに問われてワタルの顔に影が差した。
 怖がってる、あの事を考えてたんだ。
 色んな人に関わればその分リオ達に情報が回るって考えるだろうし当然かもしれない。

「ワタル大丈夫か? 凄く暗い顔をしているぞ。そんなに朝食が合わなかったのか? 私のパンと交換するか?」
 酷い顔……あまりの事にナハトが状態を確認しようとワタルの傍に行って顔に手を添えた。
 みんなの前であんなあからさまに顔に出すなんて……リオの言ってた事も理解出来るけどやっぱりテレビの関係者に関わるのはワタルにとって悪い事なんじゃないの?

「ナハト、そういうのじゃないわ。どちらかと言えばいつもの発作のようなもの」
 っ!? 今バラすの?
「おいティナ!」
「ワタル、話そうと思ったんでしょ? でも怖くてできないー。そんなワタルに朗報~、あの事はクーニャとアリス以外がみんな知ってるわ」
「っ!? どういう事だっ? なんでみんなが、本当に?」
 ティナが全てをバラしてしまいワタルは全てが終わってしまったかのような絶望の表情を張り付かせ呼吸は荒く、体は僅かに震えている。
 状況が分からないアリスとクーニャ以外はその変化に驚きを隠せないみたいで口を噤んでいる。

「みんなで初めてこの世界に来たクリスマスの時に話したの、こっちに来てからワタルは時折表情を強張らせる事があったからみんな異常に気付いて心配してたから、みんな婚約者という立場で同じはずなのに私とフィオだけが知ってるのは不公平だと思って、勝手だと思ったけど話したの」
 全てを知られていると知ったワタルはこの場から逃げ出そうと席を立った――。
「私は悔しいぞ。ティナとフィオだけだったら逃げないのだろう? 苦しい思いをしているなら何故言ってくれない? 私はワタルを夫にすると決めている。だから何があろうと心変わりなどしない、傍にいる。だからっ! 辛い事があったら一人でなく私の傍で泣け、全て受け入れてやる」
 ワタルを引き止めたナハトはそのまま言葉を続けて抱き締めた。

「ナ、ハト……聞いたなら知ってるはずだ。俺は、惨虐な方法で人を大勢斬った。仕方がなかったとかじゃない、俺が俺の意思で斬り刻んだんだ。そんな事する奴みんなだって嫌だろ? だから俺は――」
 ワタルは何も見えてない、みんなが今どういう顔をしてるのか、どれだけワタルを心配してるのか。
「ワタルは私の事好きか?」
 ナハトはワタルが逃げられないようにしっかりと抱き寄せ顔は自分の方へと固定させて瞳を覗き込む。
「……好きだ。初めて会った頃は色々いきなりでどうかと思ったけど、ちゃんと話したらティナと違って俺の意思を汲んで過剰なスキンシップは控えてくれるようになったし、剣の修理だってナハトが言い出してくれたって……俺の力になろうとしてくれるのとか凄く嬉しくて――」
 震える声で絞り出すみたいにワタルは言葉を紡いでいく。

「だが私はワタルより大勢の人間を斬っているぞ? それも殺さずではない、向かってくるもの全てを殺してきた。そんな私でも好きか?」
「それは仲間を守る為だろう? 無意味にやってた訳じゃないんだ、アドラの仕打ちも知ってるしそんな事で嫌ったりしない」
 無意味な殺しじゃない……なら私のは……ナハトの言葉で少しだけ胸の中で何かが渦巻く。
 別にワタルに嫌われてるわけじゃない、私が殺しをしてたのは知られてる、それでもワタルは私を大切だと言ってくれた。
 それを疑う気はない。
 じゃあ――何が引っかかったんだろう……。

「ふふふ、だろう? それは私とて同じ事だ。大切なものを傷付けられて怒るのは当然の事だ。やり過ぎはあったのかもしれないが、そうやって怒れるワタルを私は大好きだ。だからあんな顔もうするな、大切な人に怯えられるというのは酷く悲しい」
 ナハトはきつく抱いていたのを緩めてそっと抱き直してワタルの頬に手を添えて顔を寄せてく――。
「ひょわぁぁぁあああああっ!? な、なじぇ耳なんだ!? 今のはどうやってもキスするところだろう!?」
 同調したように顔を寄せたワタルはナハトの耳に噛み付いた。
 そしたらこっちが驚くくらいナハトが飛び上がってワタルから離れた。
 え、なんで耳にでそんなに……?
 みんなもぽかんとしてるけど――ティナだけ真っ赤になってる?

「いや、みんなに見られながらとか絶対にしないし」
「ティナとはしてるじゃないかっ!」
 うん、ティナとはしてる、というよりはされてるんだろうけど。
「俺からしてるんじゃなくティナの不意打ちなんだからしょうがないだろう」
「この高まっていた気持ちをどうしてくれる!? 一回はしないと落ち着かない!」
 無理矢理組み敷こうとするナハトと組み合って部屋の中をバタバタと……さっきまでの怯えは消えたみたい……みんなとの関係が壊れなくてよかった。

「ワタル、あの、私たちもナハトさんと同じ気持ちですよ。ワタルがどういう人かは知っていますし、そのワタルがそれだけの行動をするほどに許せなかったんだと思いますから、その事で私たちがワタルを嫌うような事はありません」
「リオさんの言う通りです。わたくし達はワタル様をお慕いしています、どうかその事を忘れないでください」
「そうなのじゃ、それに妾は旦那様に散々もふもふされておる。今更他の男になど嫁げないのじゃ」
 ケット・シーのルールなんか無くても今のミシャは他の人の所になんか行かないと思うけど。
「そうですよ、ここの皆さんに手を出しているのだからきちんと責任を取ってくださいね?」
 ナハト以外からも受け入れる言葉をもらって心底安心したのか憑き物が落ちたようにワタルは柔らかく笑った。

「ちょっと!」
「待てい貴様ら! なーぜ儂とアリスだけ蚊帳の外なのだ! 一体何の話をしているのか説明せぬか!」
 ずっと放置されたまま話が進んでいく事に痺れを切らした二人に迫られてワタルは改めてこの世界でした事を自分で話した。
 改めて聞くと……凄い嬉しいんだけど、普通の人が聞いたら酷い話なのかもしれないけど私にとっては――他人を傷付ける事を厭うワタルが私の事で正気を失うほどに怒ってくれた。
 こんなに嬉しい事はない。

「な~んだ、そんな事なんだ。私やフィオなんてもっと斬ってるわよ? そんな私たちに居場所をくれたくせにそんな事を気にしてたなんて、ワタルって変なの」
「主には色々思うところがあるのだろう。大勢を助ける為にと儂の元を訪ねてきた主がそれだけの事をしたのだ、余程腹に据えかねたのだろう。まぁ儂はその程度では嫌悪せぬ、主と居ると退屈せぬしな。こうして他世界を見る事などあのままあの神殿に居たら決してなかっただろうしな、これからも期待しておるぞ」
 アリスが気にするはずがないのは分かってた。
 普通の人の感覚で考えるならむしろ私やアリスの方が自分のしてきた事に悩むべきなんだろうけど……私たちにとって殺しあれは生きる為に必要な事だった。

 目の前に居る相手を殺さないと生きられない、そんな場所でいちいち殺した数を数えたり相手への気遣いなんて持ってたら死ぬだけ、そんなものに構う余裕はなかった。
 それをした普通のやつは真っ先に死んでいく。
 だからワタルがやった事も、、それだけでいいと思うんだけど……ワタル達の考え方はめんどくさい。
 アリスもクーニャも聞きたい事が聞けて満足したみたいで今は思い思いにジュースを飲んだり柔らかいソファーの感触を楽しんだりしている。

「みんな物好きだなぁ、嫌われるかもってびびってた俺の不安をどうしてくれる」
「みんなワタルの事が好きなんだから仕方ないわ、話せてスッキリしたでしょ? 私のおかげね」
「……まぁ、そうとも言えなくもないが――」
「ならご褒美ね。ん……ちゅ、ん」
『あーっ!?』
 背中からワタルに抱きついたティナが唇を奪った事でみんなが声を上げた。
「またティナとー、私は我慢したというのに! こうなれば私ともだ。ティナより短かったら許さん」
「へ? ちょ、ま――ほわ!?」
 ティナからワタルを剥ぎ取ってベッドへ放り投げたナハトが飛び掛かってワタルを押さえ込んで……舌とか……あんな事になってるんだ……。
 ナハトのキスはワタルのすまほが鳴るまで続いて全員が食い入るように見学してた。

「天明? どうした? なんかお前疲れてないか? マスコミに追い回され過ぎたか?」
「ナハト様はワタル様が初めてのはずなのにどこであれほどの技を?」
「ふふん、未来の夫の為にその辺りは書物で学んでいた」
「さ、流石です、ナハト様は何事においても鍛練を怠らないのですね」
 ナハトとシロナが盛り上がってる。
 私はナハトがしたみたいなのよりちゅってする方が……あとは印付けたり――思い出したら顔が熱くなってきた……。

「クロエやシロナは結構甘えているけれどリオやミシャは控えめよね? ちゃんとしてるの?」
「ふにゃ!? わ、妾は別に……」
「ふ~ん? 尻尾をもふもふされたついでにお尻もされてたりして?」
「そそそそそんな事してないのじゃ! 旦那様はもっと――」
「もっと凄い事してるの!?」
「ちちちちち違うのじゃ!」
「怪しいわね、ミシャっていつも尻尾や耳でワタルを誘惑してるものね」
 たしかに、ワタルの態度はミシャにだけなんか違う、ミシャが可愛いのは分かるけど、私も触ってみたいけど、なんかズルい。

「リオは甘えるどころか甘えさせてるわよね、キスとかも見ないし」
「人前でする事じゃありませんから」
「きっと隠れて凄い事してるのよ」
「むっつりというやつだな」
「ち・が・い・ま・すぅ!」
「あぁ、悪い。電話中! 静かに。それで、頼みってのは?」
「リオが大声出すから怒られたじゃない」
「ティナさんが変な事言うからじゃないですか」
「変な事なんて言ってないわ、愛を確かめ合うのは大事な事じゃない? リオのそういうのは見ないからちゃんと出来てるのかしら~って心配してるのよ」
「余計なお世話です」
 リオは、結構してる。
 みんながまだ寝てる時とか、ワタルを起こしに来て起こす前にとか、みんなが寝静まった後に部屋を出るから何かと思ってあとをつけたら眠ってるワタルにおやすみのちゅーしてたり。

「それと俺に何の関係が? 俺じゃなくても紅月を誘えばいいんじゃ?」
 何か面倒な内容の電話なのかワタルは顔を顰めて視線を彷徨わせてる。
「こういうのは得意じゃないんだが……あー、もう! はいはい、わーった。分かりました! 出りゃいいんだろ」
 立ち上がり急に捲し立てたと思ったら今度はベッドに倒れてどんどん沈んでいく。
「あぁくそ、いやだぁ~」
「ワタル? 大丈夫ですか?」
「あんまりだいじょぶくない……」
「何があったんですか?」
「……」
 ワタルは最初はだんまりを決め込んでたけどみんなの視線に耐えられなくなって渋々話し始めた。

「そんなにテレビに出るのが嫌なの? みんなに知られるという負担は消えたはずでしょう?」
 タカアキからの電話はこの世界に協力を広く求める為にテレビに出て訴えようって内容だったみたい。
「そうなんだけどさぁ……クーニャとかを見世物にするみたいで嫌なんだよ」
「くく、その程度どうという事もない、主の役に立つなら儂は構わぬ」
「私たちもよ」
「ああ、私も構わないぞ」
「妾はちょっと恥ずかしいが、旦那様の為になるなら頑張るのじゃ」
 元々みんなその気だったから結構乗り気。
 見世物にしたくないっていうのは嘘じゃないと思うけど、ワタル自身もテレビに出るのが相当嫌みたい。
 私も前みたいのが寄ってくるのは嫌だけど、リオの言ってた通りワタルへの印象を変えられるなら我慢出来る。

「ワタル、今回日本に来たのは協力を得る為でしょう? その為に出来る事があるなら私たちにもさせてください、ね?」
「…………リオ達まで出てくれとは言われてなかったけど――分かった、分かったよ、じゃあみんな、もし天明から要請来たら頼むな」
「はいじゃあそういう事でテレビに出る時の服を買いに行きましょ!」
「えぇ~……昨日買ったじゃん」
「あれはワタルに見せる服、公に出るならそれらしい服も要るでしょう? ほらほら行くわよ、みんなに受け入れられて怖いもの無しなんだから!」
 渋るワタルをティナが強引に連れ出して私たちはまた日本の街に繰り出した。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

悪役令嬢の私は死にました

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:2,004pt お気に入り:3,995

この庭では誰もが仮面をつけている

BL / 完結 24h.ポイント:127pt お気に入り:74

煌めくルビーに魅せられて

BL / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:9

処理中です...