黒の瞳の覚醒者

一条光

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番外編~フィオ・ソリチュード~

開戦

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「やっぱり、フィオは、強いわね……」
「アリスも……」
 互いに荒い息をして座り込んだ。
 ワタルの血を取り込んだ事で完全に私の水準まで上ってきた。
 油断してたら追い抜かれてしまうかもしれない、それほどに急速な成長……ワタルの血、危険物?

「はぁあ、強くなったと思ったのに本気のフィオにはまだ一撃も入らないなんて……もっと鍛えないと駄目ね」
「……そろそろご飯」
「そうね、これだけ動いたんだししっかり食べないと――今日のご飯は何かしら」
 何が出てもリオ達のご飯なら何でも美味しい――それよりワタルはどうしたのかな……あれから戻って来なかったけど、あの女が協力するなんて話はやっぱり嘘で今も交渉中とか?
「先にお風呂に行かない? フィオ相手の訓練だと結構汗かいちゃったし……」
「ん」
 ご飯には戻ってくるだろうしその時に聞けばいいよね。

「あれ、ワタルは居ないの?」
 汗を流して部屋に戻ると夕食の準備がされていてみんなが私たちを待ってる状態だった。
「ワタルは今日は一人で過ごしたいそうだ」
 私たちが戻ったのを確認していただきますをしたナハトがそんな事を言った。
「どうして?」
「さぁな、だが絶対に部屋には来るなという手紙をもさが持ってきたぞ」
『きゅっぷ』
 手紙を届けたのを褒めて欲しそうに食事中だったもさが二本足で立ち上がった。

「偉い」
『きゅ!』
 あんな話の後に私たちを遠ざけるなんて、何かあったんだ――。
「待て、どこへ行く気だ?」
「様子を見てくる」
「やめておきなさい」
 ナハトに続いてティナまで私を引き止めた。
 二人は気にならないの?
 あんな変調を引き起こす女に会いに行ったかもしれない後に私たちを遠ざける、何も無いと思う方が無理がある――。

「落ち着け、手紙を届けたのはもさだ、この意味は分かるな?」
 もさが届けた……もさはワタルと居た、つまり変調はあり得ない?
「それは……でもっ」
「あの魔神は牢から出てもいないのだしワタルが部屋に居るのをメイドが確認済みよ、どういう事情か分からないけれどわざわざ絶対にと念押ししてるのだし聞いてあげるべきじゃないかしら?」
「ティナは気にならないの?」
「勿論気になるわ、でもほら……ワタルはほとんどの時間私たちの誰かと一緒に居るのだし……たまには一人の時間が必要になる事もあると思うのよ」
「どうして?」
「どうしてって……」
 なんで黙り込むの……? そしてなんでアリスが真っ赤なの?
「フィオさんとりあえずご飯を食べませんか? わたくし今日の肉じゃがはとても頑張ったので是非あたたかい内に食べていただきたいのです」
「ワタルは?」
「それは……」
 そして全員が黙り込んだ。
 私何かおかしな事言ってる?

「ふむ、クロエ腕を上げたな……私はこの味付けは好きだ」
「そ、そうですか? よかったです。成長出来ているならリオさんとシロナに教えてもらった甲斐があります」
「わ、私もこのじゃがいもの料理好きよ」
 ナハトとアリスがわざとらしい話題の変更をしようとしてる……やっぱり確認してこないと心配――。

「フィオどこに行く気よ?」
 部屋を出ようとした私をティナが遮った。
「ワタルを見てくる」
「……絶対に来るなと言ってあるのに部屋来たフィオをワタルはどう思うかしら? きっと約束の守れない娘だと思われるわねぇ?」
 むぅ……卑怯な言い方……。
「本当に大丈夫なの?」
「ええ、一人で静かに寝たいって書いてあったわよ」
 何か隠してそうな気がするけど……ワタルの安全についてみんなが嘘を言うとは思えないし――。

「ご飯食べる」
「そうしなさい」
 少し不貞腐れながら肉じゃがに箸を付ける――クロエの肉じゃがは日本の料理によく使われてるだしの味が濃い目でご飯がよく進んだ。
「クロエ」
「はい?」
「美味しい」
「っ! ありがとうございます」
 みんなは大丈夫って言うけどワタルが居ないご飯はちょっと寂しいな……。

「ごちそうさまなのじゃ」
「ミシャどこに行くの?」
 食事を終えて早々にミシャは部屋を出ていこうとした。
「旦那様の剣の仕上げなのじゃ、やはり旦那様に剣が無いと不安なのじゃ」
「そう……頑張って」
 よく見るとミシャは少し隈が出来てる、ワタルの為にずっと頑張ってくれてるんだ。
「旦那様の為に頑張るのじゃ!」
 ミシャを見送ってする事のなくなった私はベッドに潜り込んだ。

『きゅ!』
 私に合わせてベッドに飛び乗ったもさがもぞもぞと布団の中に潜って丸くなった。
 眠ってしまえれば楽なのに……会えないとなると余計に気になってなかなか寝付けない。

 何度寝返りを繰り返したのかな……夜もふけて深夜、部屋の扉が開いて真っ赤になったミシャが帰って来た。
「どうかしたの?」
「ふにゃん!? フィオ起きてたのじゃ?」
「ん、剣出来たの?」
「ばっちりなのじゃ」
「体調、悪い?」
 暗い中でも分かるほどミシャの顔は赤い、もしかして無理をして体調を崩してる?
「こ、これは違うのじゃ……えっと――そう、鍛冶場は暑いから熱が抜けておらぬだけなのじゃ」
「そう……?」
 ミシャは私の視線から逃げるようにして自分のベッドに潜り込んだ。
 そしてなんとなくそれを追って私も同じ布団へ入った。

「ふにゃ!? なんなのじゃ?」
「なんとなく?」
「……にゅふふ、フィオと一緒に寝るのは初めてじゃな」
「面白いの?」
「そうじゃな、ちょっと楽しいのじゃ」
 そう言うとミシャは身を寄せてきてすぐ傍にその熱を感じる。
 ワタルともリオとも違う熱、ミシャは体温が高いのか冷たかった布団の中はすぐにあたたかくなった。
「なんだか落ち着くのじゃ」
「ん」
 ミシャと身を寄せ合う内にいつの間にか眠りについた。

「もふもふ……」
 ぴこびこするミシャの耳に頬撫でられて目が覚めた。
「ふぁ……」
 ミシャにしがみつかれ頭の上ではもさがもぞもぞしてる。
 起きないと、と思いつつ布団から手を出して感じた空気の冷たさに手を引っ込める。
 ミシャともさがあたたか過ぎる……みんなはもう起きたのかな?
 首だけ回して部屋を見回してみるとリオとシロナが居ない、もうご飯の準備してるのかな――。

「旦那しゃま……」
 ミシャの寝言で一気に目が覚めた。
 ワタルの様子を見てこよう。
 ミシャを起こさないように抜け出してワタルの部屋へ向かう、一人で寝たいって事だから朝起こしに行くのはいいよね?

「ワタル?」
「フィオか?」
 一応ノックするとすぐに声が返ってきた。
「ん、ご飯食べよう?」
「あ~、悪い、まだ眠いから朝いらない、リオ達に伝えといてくれ」
「……体調悪い?」
「違う違う――ふぁ~、そういうんじゃないから心配すんな……悪いけど伝言頼むな」
「……ん」
 声は特に異常を感じさせるものじゃない……昨日の訓練厳しくし過ぎたのかな……。

 結局ワタルは丸一日眠ったみたいで翌日まで部屋から出てこなかった。

「というわけでアスモデウスの力で魔獣母体に接近して一気に破壊する」
「本当にあんなの信用して大丈夫なの?」
 ワタルの話を聞いたティナは胡散臭いものを見るように顔を顰めた。
「そこはまぁ……大丈夫だろ、透明化も確認済みらしいし、敵の力だとしても使えるものは使って今すぐにでも魔獣母体は破壊したいとこだし」
 たしかに、増えさえしなければいずれ狩り尽くせるから今すぐにでも増殖の手段は絶つべきだけど……。

「そうだな、魔神の件もあってこちら側はかなり不安定だ、内側から崩壊しかねない程に……士気を上げる為にも皆に勝てるという事を早めに示しておくべきだろう」
 ナハトの言う事も分かる。
 魔神あれが引っ掻き回した人間関係は人間側の協力や連携を寸断しつつある。
「そんなに酷いの? 入院してた時はそんな風に感じなかったけど」
「自衛隊は別だ、彼らのおかげで現状を維持してはいるが自国を守るのを人任せなどいつまでも続くものじゃない、クロイツの者たち自身で戦わなければ守れるものも守れはしない」
 魔獣母体を破壊するとして懸念があるとすればあの巨人、守る物がなくなった時にどんな動きをするか……あの魔獣が犇めき合ってる中だと自由に動けない可能性もあるけど、暴れるなら暴れるで向こうの被害が拡大するから問題ない……?

「フィオはどう思う?」
 私が黙ってるのが気になったみたいでワタルが聞いてきた。
「やるけど、帰りはどうするの?」
「結城さんに簡易陣を用意してもらってるから魔獣母体を壊したら防壁内に戻れる」
「そう」
 状況が悪化した時にワタルが暴走してしまう方が怖いし今の内に動く方が良いと決めて私たちは魔神の元へ向かう事にした。

「行くのね。あなた達人間が魔物側に勝てるのか見せてもらいましょう。透明化の時間は半刻よ、それ以降は可視状態になるから気を付けてね? さぁ、行きなさい」
「行きなさいって……全員透明だからどこに居るのか分かんないんだが、クーニャどこだ? 近くまでは運んでもらわないと」
「主、儂はここだ」
 姿は見えないけど気配まで消えるわけじゃないのかな? ……匂いは無い、この狭い中なら空気の流れで大体の位置は分かるけど……戦場は魔獣が密集してるし音さえ気を付ければ問題なさそう。
 ワタルはここ。
「どこだよ? 手を握ってきてるのはフィオか?」
「ん」
 アリスは――あれ? アリスを掴んだはずなのにふにふにの感触――。
 
「きゃぁあああああっ!? 誰か私の胸触った! ニシノって奴でしょ! 殺す!」
 今の、胸……?
 絶叫したアリスが暴れ始めて床や壁に斬撃の跡が付いていく。
「ああ西野しかいねぇな」
「確定で西野だろう」
「ちょっ!? 遠藤宮園! お、俺じゃないっす! フィオちゃんの居場所もアリスちゃんの居場所も分かんないっすもん。それに、流石に許可なく触るなんて姑息な事しないっすよ!」
「馬鹿落ち着け、透明で暴れんな!」
「私よりあった…………」
 身長は同じくらいなのに……。

「お前が犯人かい! アリス! 触ったのはフィオだ、女同士だからセーフだ――ん? なんか手の平にふにふにの感触が」
「きゃぁあああああ!? 触った! 今度はワタルが触った! ていうかまだ触ってる、掴んでる!」
「いや、なかなか感触がよくて、確かにフィオよりあるな。それにしても、掴む程はないぞ?」
 今から戦場に行くのにこの騒ぎ、何やってるの……。
「そそ、そういう問題じゃないでしょ!?」
 アリスの声はうわずっててワタルがまだ触ってるのが分かる、いつまで触ってる気なの、アリスから引き離そうとちょっと手を引っ張ってみるけど反応はない……そんなにアリスがいいの?

「そうだワタル! 触りたいならここにたわわなのがあるだろ!」
「そうよ、大きい方が触る方も楽しいでしょう?」
 今そういう問題じゃないでしょ……なんで二人はこういう時馬鹿になるの……。
「いや、二人は俺に対して抵抗がなさ過ぎる。あっさり受け入れるより少しくらい抵抗があった方がいい」
『分かる!』
「うっさいわよ三馬鹿!」
「ボウヤ……今そんな事をしている場合かしら? 時間は限られているのよ?」
「お、おう。出発だ」
 ようやく騒ぎが収まって外へ出た。

 顕現したクーニャに一人ずつ上って落ちないように鞍を掴む……感触はあるけど視覚的には何も存在してないから宙に浮いてるような感じで妙な感覚……。

「全員乗ったか? 飛び立ってもよいか?」
「ああ、全員乗ってる。頼む」
「任せておけ、魔獣母体が近くなったら低空で飛ぶ、その間に飛び降りてくれ」
 クーニャに乗せてもらって空を飛ぶのは慣れたものだと思ってたけど、これは……立ったまま何も無い空中に浮遊しているのはものすごい違和感がある。

「ひぃ~、何も無いのに飛んでる。こんなのでLAMぶっ放すのかぁ」
「宮園情けない声出すな、この程度何でもないだろうが」
「そう言う遠藤だって声が裏返ってるぞ」
「主、一つ目が近い。誰が行く?」
「よっし、一番手は俺が貰うな。降下担当が全員下りて攻撃の準備が整ったらクーニャの咆哮を合図に作戦開始で」
「ワタル、気を付けて」
「ああ、あとで会おう」
 地面が近くなった所で隣にあった気配が飛び降りた。
 下では着地の時に踏まれたらしい魔獣が吠えているけど原因が分からず仲間割れをしてる……透明化はちゃんと機能してる。

「次だ、準備はいいか?」
「私が行く」
「フィオ、あとでね」
「ん」
 アリスに返事をして私は飛び降りた。
 久々に立つ魔獣の群れの中魔獣母体の方へ駆け抜ける。
 魔獣母体を囲うように配置された大岩を駆け上がって目標を確認する。
 内側には生まれたばかりの魔獣が溢れていて地面に空いた穴へと潜って大岩の外へ出て行ってるみたいだった。
 それにしても――。

「気持ち悪い」
 嫌悪で自然と顔が歪んだ。
 濁った液体で満たされた母体の中には魔獣の体を形成中の物体がいくつも浮かんでいて脈打ってる。
 巨人は私たちに気付いていない、あとはクーニャの合図に合わせてこれを破壊すれば――。

 響き渡るクーニャの咆哮、そして立て続けに起こる爆発、近距離なのに姿が見えない事に魔獣の動きは慌ただしくなり大岩の外側へ密集して肉の壁を作り始めてるけどもう遅い。

 大岩から飛び降りる勢いを付けてアル・マヒクを振り下ろした。
 超重量の一撃に薄膜は簡単に弾けて溢れた汚液は地面の穴に流れ込んだ。
 外では困惑した魔獣が吠え立ててる。
 内側に残った生まれたての動きの鈍いものを叩き潰すと簡易陣を広げて大防壁へ戻った。

 まだ誰も戻ってないか――。
「フィオはやっぱり早いわね」
 私に続いてアリスも帰還してそのあとにナハトとティナも続いた。
 あとはワタル――。
「っ!」
 魔獣母体を破壊された事を知った巨人が狂乱して配置した大岩付近へ無数の腕を使って放射状に投石を開始していた。
 あっちはワタルが向かった大岩!

「待てフィオ!」
「放して!」
 ワタルの持ってる簡易陣に繋がる陣へ入ろうとした私をナハトが慌てて引き止めた。
「冷静になれ馬鹿者! あの陣が無事ならワタルは既に戻っている、戻らないなら陣がワタルの手元に無いと考えるべきだ! あの投石の只中へ無防備な状態で転移すればお前であっても死ぬぞッ!」
「っ……ごめん」
 ナハトの言う通り簡易陣がワタルの手元に無いと考える方が自然かも……なら大岩の内側であの攻撃をやり過ごしてる可能性は高い。

「クーニャが戻ったらもう一度飛んでもらおう――」
『オ前カ? ミテラ壊シタノ、オ前カァアアアアア!』
 巨人が咆哮した瞬間黒い光が閃いた。

「あぁもうどうしてワタルはこうなの! いいフィオ? 私が連れ戻してくるから大人しくしてなさいよ」
 そう言うとティナは跳び去っていった。
 ああ本当にどうしてワタルは……あとでって約束したのに。
「アリス、ナハト準備して」
「え? ティナが連れ戻してくるんじゃないの?」
「この状況でワタルが退くわけがない、だからティナも簡易陣を持って行ったし」
「仕方あるまいな、ディアボロスの時のようにはいかない、ワタルと共にあれを狩るぞッ!」
『うん!』
 もう二度とあんな事……厄介なものは今日全て狩り尽くすッ!
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