黒の瞳の覚醒者

一条光

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番外編~フィオ・ソリチュード~

惨禍

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「よこせよ。いずれじゃ駄目だ今すぐ必要だ。奪われない為の力を、失わない為の力を! 俺によこせぇええええええええええ! あぁあああああああああああああああああーっ」
 ワタルは苦しそうに悲痛な叫び声を上げる。
 その光景をただ眺める事しか出来ない私……。
「ふむ、たしかにこの現状を打破するにはこれしか選択肢が無いとはいえ……体が耐えられるか? ――いや、彼は変革しているし或いは……」
「私を戻してっ!」
 早く戻らないと、あのままだとワタルが――。
「それは無理だよ――おっと、恐いなぁ、そう睨むものではないよ。君がここに居るのは私の意思とは無関係だとも、それによくご覧、人の枠を超えた君とはいえ弱った状態で意識を失う程の攻撃を受けたんだ。そうすぐに意識を取り戻す事は出来ないよ」
 それでも、戻らないとワタルが殺される。

『壊れましたか。叫べば強くなれるとでも? 期待外れ、がっかりです。興醒めです。この後の行動も手に取るように分かります。貴方のような方は敵わぬと知りつつ無謀な特攻をして果てる。追い詰められて叫びを上げた人間は大抵そのようなものです。まぁいいでしょう、貴重な素材には違いありません。ワタクシがもっと素晴らしい存在に変えて差し上げましょう。幸い珍しい素材が二つもありますし』
 異形の言葉は的を射てる。
 今のワタルは冷静じゃない、敵わないのが分かってても怪物から私を取り戻そうと突っ込む。
 それを分かってる敵は嘲笑い、屠る……助からない。
 嫌だっ!

「戻れッ! 起きろッ! こんな所で大切な人が殺されるのを見てるだけなんて許さないッ!」
 画面の中の自分に叫ぶ、大切な人が死にそうになってるのに意識を失って何も出来なかったなんて話にならない。
『耳障りですねぇ。叫ぶのも疲れそうですし止めさせて差し上げましょう。エリュトロン、その少女の首をへし折りなさい。素材は生きていようと死んでいようと関係ありませんから』
 異形の命令を受けて怪物が私の首に手を伸ばす。
「やめろぉおおおおおおおっ!」
 怪物の動きに反応して駆け出したワタルがその腕を斬り落とそうと振るった剣は当然の如く障壁に阻まれた。

「起きろ起きろ起きろ起きろッ! こんな所で、こんな事してる場合じゃ……」
 怪物がその手を伸ばし私の首を掴んだ。
「ぁ……」
 あとはただ握るだけ、それだけで私の首は折れる。
 そこで、終わり……?
 これで、終わり……?
 こんなものが、私の最後……?
「君は、彼がいずれ人でなくなるとしても生き延びて欲しいかい?」
「どういう、意味……?」
「問答をしている時間は無いよ、人でなくなる彼をそれでも大切と言えるかい?」
「そんなの当たり前! 私はワタルが人間だから好きなんじゃない、ワタルがワタルだから失いたくない!」
「そうか……では賭けてみよう、クルシェーニャあの子も随分と気に入っているようだし、ここまで肩入れしてしまったんだ、最後まで面倒見ようじゃないか」
 女は画面の前で忙しなく何かの操作をした。
 その瞬間――。

「嫌なんだぁぁぁああああああああああああああああああーっ!」
 叫んだワタルから異様な光が立ち上る。
 溢れ出した黒雷は体に絡み付き、黒い光はワタルの周囲の風景を歪ませる。
『――ッ!?』
『ッ!? 何です!? この黒い光の奔流は……もしやあの大樹の時と同じ暴走ですか!? なんと浅はかな! 変質してしまえば素材としての価値が無くなる!?』
「何を……したの?」
「許容上限を超える力を流入させた。あの空間であの化け物を殺すならこれくらいしないと無理なんでね」
 ワタルの顔が苦痛に歪んだ。
 もしかして自分の力でダメージを受けてるの?

「俺のフィオを放せ、化け物が! 鬱陶しいんだよ! お前も! 外法師も! 俺の視界から消え去れぇえええええっ!」
 怒りに任せたただの蹴り――ただし、荒れ狂う黒雷を纏った。
 それが障壁に触れた瞬間激しく波打たせ歪ませた。
「歪んでんじゃねぇか。オリジナルを凌駕する赤い悪魔様の盾が! ならこのまま、砕け散りやがれ!」
 荒れ狂う黒雷の反動にワタルは精一杯の虚勢で笑った。
 額には汗が浮かび苦痛に必死に耐えるように歯を食いしばる。
 今まで自分の力でダメージを負うのは身体能力の強化を無理に使った時だけだった。
 でも今は放出でもダメージを負ってる、一体どれほどの苦痛に耐えて……。

「砕けろ!」
 暴れる黒雷を左手に収束させて障壁に押し付けた瞬間あの堅牢な障壁が砕けた。
 それと同時にワタルの左腕が力無くだらりと垂れ下がった。
 黒雷を使ったただの掌底、それがあれ程の負傷を引き起こすの?
「放せぇえええええっ! ――っ!? 剣、が……まだ剣はある――っ!?」
 障壁を抜けて私の首を掴む怪物の腕を斬りつけたけど、どの剣も怪物に傷を負わせる事なく折れてしまった。

「やっぱり……」
「ああそうとも、能力によって付加された効果はあの空間内では殆ど無いも同然だ。彼はあの荒れ狂う能力と自分の体一つで立ち向かうしかない」
 ミシャが鍛えた一流の剣でも刃が立たない怪物に異界者の身体能力が通じるはずがない。
「先ず、その手を退けろよ」
「がぁあああああああああっ!?」
 ッ!? 黒雷を纏った掌底を怪物に打ち込んだ瞬間怪物の腕を伝って黒雷が私にも流れてきた。
 なんて激痛……立っていられない。
 武闘大会の時のとは比べものにならない、ワタルはこんなものに耐えながら動いているの?
『――ッ!?』
 怪物が私を放した事で安堵してるけど状況はまだ好転してない、脅威は健在で二体とも余裕を消して本気で殺しにくる。

『まったく、どうなっているのですか貴方は? 結界内部に居ながら障壁を破る程の能力、暴走ではないのですか? 少なくともワタクシが前回見た暴走者に似ていました。だというのに……意識的に力を操っておられる。まさかエリュトロンがよろめくなど思いもしませんでしたよ。さて、貴方は一つ取り戻した。ですが今度はどうでしょうか? フッフフフフフフ、もう一つも取り戻せますか?』
 気持ちの悪い笑みを浮かべてアリスを踏み付ける異形をワタルは憤怒の化身のような顔で睨み付ける。

 アリスに手を伸ばす異形を遠ざけようと放ったはずの黒雷が全く違う方向に走って森を破壊していく。
 制御、出来ないの? ……でもそれは当然なのかもしれない、自分の力に蝕まれる状態なんだから。
『クックック、アーッハッハッハ、これはこれは……力が増した代わりに制御はからきしですか。意識はある、力の使用も自分の意思で、しかし敵に当てる事叶わぬとは! なんとも憐れですねぇ。半暴走と言ったところでしょうか? 力の持ち腐れですねぇ。その力、ワタクシが有効に使って差し上げますよ』
 滑稽だと笑い続ける異形の隙を突いてワタルはアリスを取り戻した。
 でもこれは足手まといが増えただけ――。

「私を起こしてッ!」
「だから無理だと言ったじゃないか、それにさっき黒雷を受けた事で更に負傷した。この戦闘中に目覚めるなんてとても――」
 能力が増しても常に負傷してる状態で紋様の効果が無いも同然だからその分身体強化の効果を上げる為に無茶な強化をする。
 一人にしちゃいけない、一人で戦わせたら駄目なのに……。
『それで? どうされるのですか? そのような荷物を二つも抱えたままワタクシ達から逃れる事が出来るとでも?』
「逃げない。お前らはここで殺す」
 そんな無茶は通せない――私たちを抱えたままだと確実に殺される。

『アハッ! 足手纏い二つを守りながらワタクシ達に勝つ、と? アッハッハッハッハッハッハッハ、やはり先程の光で壊れてしまわれたようですね! ですがいいでしょう、エリュトロンの障壁を破るだけの力があるのは事実、ワタクシはそれをそちらの少女二人と共に頂きましょう。さぁ! エリュトロン、そろそろ障壁の生成も出来るでしょう? ワタクシの為に働きなさい!』
「力……起こせないなら私にも力をちょうだい!」
「それは無理だよ、彼の血を取り込んだ事で君も変革を始めているけれどとの繋がりは彼と比べれば希薄だ」
「なんでもいい……何かないの? ワタルを助けないと……」
『――ッ!』
「ぐぅ!? がはっ」
 ワタルは怪物が発生させた衝撃波に飛ばされて地面に突き刺さったままのアル・マヒクに打ち据えられて呻きを上げた。

「うぅ…………」
「! アリス、アリス起きろ!」
 っ! アリスが意識を取り戻した。
 私は何をやってるの……ワタルが必死に戦ってるのにこんなよく分からない場所から眺めてるだけ……?
「ワタ、ル……? 私は……っ! あの怪物は!? っ!? フィオ……何よこれ、ボロボロじゃない――ワタル後ろ!」
「こんのぉ、寄るなっ!」
 異形の命令を遂行しようと迫った怪物を抜き放ったアル・マヒクで薙ぎ払った。
 加重の紋様の効果が無くてもアル・マヒクは異界者が扱い切れるものじゃない――それを振るえる程の強化を使ってる。
 体がもたない……。
 悔しくて涙が溢れる、なんて惨めで無力なの……あれだけ守りたいと――守ると誓った人を一人にして……。

「アリス、フィオを頼む! 逃げ回ってるだけでいい。もし隙があればティナ達に合流して傷を治してもらってくれ」
「ちょ、一人でその怪物の相手が出来るわけないでしょ! フィオだってこんな事になってるのよ!」
「いいから行け! ぐぅ……一撃一撃が重過ぎる」
「結界の効果は聞いたでしょ、一人じゃ無理! 待ってて今鎌を取ってくる――」
「さっさと行け! 周り気にして力抑えてたら勝てねぇ」
 また、一人で無茶をして、ボロボロになるまで戦って……ッ!
「起きろッ! 起きろッ! 起きろッ!」
「おいおい、やめないか、ここで自分を痛めつけたってなんの意味もありはしない――」
 そんな事はない、黒雷の激痛がここに居る私にも届いた。
 ならここに居る私に起こる事はあそこに居る私にも何らかの効果を及ぼすはず。

「っ!? すぐ戻るから!」
 っ!? アリスが私を背負って駆け出した。
 待って……ワタルを一人にしないで――早く起きろッ!
 どうせここの私は現実じゃない、現実に意識を戻すのが優先!
 そう思って私は左腕を折った。
「っ! ……」
「まさかそこまでするとは……分かった。少しズルをしよう、ここでの記憶は本来全て消えるけど一つだけ残そう、あの子に君の籠手を渡しなさい。減退してるとはいえ特性はまだ残っている、制御の利かない黒雷を彼女に制御させるんだ。いいね? 籠手だよ」
 籠手……激痛に飲まれて意識が混濁していく――。

 揺れを感じて目を開いた。
「アリ、ス……?」
「フィオ!? よかった、今あのエルフの所に運ぶから――」
「私は、いい……捨てて、戻って……」
「そんな事出来るわけないでしょ!」
 現状が分からない――ただそれでも一つだけ意識にあるもの、アリスに籠手を渡して戻さないといけない。
 そうしないと――。

「お願いっ、ワタルは一人で残ってるんでしょ? 雑魚相手なら足だけでもどうにか出来る。これを使ってワタルを助けてっ」
 今も雷鳴が響き続けてる。
 戦ってる、たった一人で――。
「籠手……?」
「雷を触れる」
「なるほどね、でも――」
「フィオ! 酷い怪我、セラフィアお願い」
 躊躇いつつもアリスが走り続けてるとティナ達が合流した。
「おい主はどうした!?」
「アリスっ! 行って、お願いっ!」
「分かったわ、これ借りるから」
 籠手を受け取るとアリスは来た道を引き返して行った。

「ティナ、儂らも――」
「駄目っ……」
「何故だ!? 主が危険なのだろう!?」
「ワタルが戦ってるのはクーニャを落としたやつじゃない……クーニャが合流して目立てばそれまで加勢するかもしれない、その上異形の巨人まで居る」
 クーニャを落としたあと何もしてこないのは分からないけど、クーニャが顕現したら出てくるかもしれない。
 怪物と異形、更にクーニャを落とす化け物と巨人まで加わったらもうどうにもならない。

「酷い傷……これ治すのに時間が……」
「塞ぐだけでいい」
「なに言ってるの、こんな大怪我早く治さないと――」
「ワタルが、無茶してる……絶対怪我する……力は残しておいて、出血さえ止まれば――っ!?」
 体が上手く動かない……まるで黒雷を受けた時みたい……気絶してる間に何があったの?
「とにかく、ティナ達は待機……出られるようになったらすぐに撤退…………」
「フィオ? フィオ! しっかりしなさい!」
 分かって、る……加勢に、行かないと…………。

「おかえり、やはり黒雷によるダメージはかなりのものだったようだね」
「っ!? 誰? ここは一体……」
 真っ白な空間に輪郭しか分からない真っ白な女、魔物に隔離された……?
「ふむ、さっきまで会話していたのに虚しくなるね、とりあえず落ち着きたまえ、私は君に対する害意は無い、現実の君は気絶して意識だけがここにある――夢現とでも思いなさい」
「なんで私はここに居るの?」
「それは私にも分からない、ただ今君が気にするべきはあちらではないかい?」
 女が指差した方には沢山のテレビみたいなのがあってそこには倒れた私を治療してるティナ達と走るアリス、そして一人で怪物と異形に対峙しているワタルが映ってた。

『これはこれは、何をしているのかは分かりませんが大した身体能力です。ですが貴方の能力は雷のはず、それがここまで動いているという事は相当の負担が掛かっているのでしょう? ならば、その動きは長くはもたない。そうでしょう? いくら強くなったとて人間の身体では限界がある。ワタクシがもっと素晴らしいものに変えて差し上げますよぉ? あの少女たちを加えて、更に異世界の存在を混ぜ合わせれば――』
「黙ってろ!」
 ワタルがアル・マヒクを振るって戦ってる、自分の剣はどうしたの……?
 慣れない得物での戦闘は必然的に隙を生んだ。

『フッフッフ、慣れない得物は使うべきではありませんよ? 一先ずワタクシの中に蓄えておきましょうか』
「っ!? がぁあああああああああああああああああああっ」
「ッ!? 嫌ぁぁぁあああああっ!?」
 隙に付け込まれて異形に左腕を掴まれたワタルは鞘から折れた黒剣を抜き放って肘から先を斬り落としてしまった。
「あ、あ、あぁ、あああ……」
 私はこんな場所で何をしてるの……?
 私が一緒に居れば腕を斬り落とすなんて事は回避出来たんじゃないの?
「私を戻して……」
「無理だ、今治療を受けているが彼女たちは君の判断に従い君を完治はさせない、よって大きなダメージを負った君はすぐに目覚める事は出来ないんだよ。あの子に託しただろう? 見守るしかない」
 女が顔を向けた画面には必死に駆けるアリスの姿が映し出されている。
 その手に付けているのは私の籠手……託しただけ? ワタルの為に出来た事はたったそれだけ?

 ワタルは追撃を防ぐ為に黒雷の障壁を展開して異形を遠ざけた。
 でも傷の痛みで制御が上手くいかないのか異形と距離を取ったところで不自然に弾けて消えた。
『おやおや、これはこれは、まさか身を守る為にご自分の腕を斬り落とすとは……ですがこれでその大剣は振るえませんよ? 両手でどうにか振っていたのでしょう? 能力が強化されても不利になる一方ですねぇ。諦めれば楽になれますよ?』
 強化……? 全身に黒雷が纏わりついているのはそのせい?
「黙ってろ、俺には帰りたい場所がある。守りたい人達が居る。諦めるなんてあり得ない」
 ッ……それは私も同じ、ワタルを守りたい、ワタルと一緒にリオ達の待つ場所に帰りたい。
 なのに…………。
「自分を責めるものではないよ、君は最善を尽くしている」
 そんなはずがない、もし最善を選択していたならあんなところに無様に転がっているはずがない。
 私は負けた。
 記憶がぼやけて倒れる前の事がはっきりしないけど、油断をしたか敵を見誤ったか。
 冒してはいけないミスを冒した。
 その結果ワタルは片手を失った。
 私を撫でてくれる優しい手、私の手を握ってくれる私の大好きな手……私のせいでっ!

『そうですか。ですがワタクシに気を取られていると守りたいものを守れませんよ?』
 異形が指差した方向はアリスと私たちが居る方向――。
 それに気付いたワタルは血を流しながら樹上を跳んで怪物に掌底を落としてそのまま障壁を破壊した。
 あの障壁を掌底で!? ……あれが強化された黒雷の力? 掌底を打った直後苦しそうに顔を歪めた。
 もしかして自分にも反動があるの?
『――ッ!』
「ふざけんなっ! 俺を殺さず二人を追えると思うな化け物が」
 障壁を破られた事で怒りを露わにした怪物が凶爪で乱打を繰り返す。
 片腕でワタルはよく受け流してると思う、訓練の時に見せる以上の反応で、受け流す時には確実に黒雷を流して、それでも怪物は怯まずワタルを追い詰めていく。
 
『ワタクシの相手はしてくださらないのですかぁ?』
 怪物の攻撃を受け流した勢いのままに背後の異形へ回し蹴りを放って触れられる事を回避しながら黒雷を放った。
 でもそれは全く違う方向に向かって――。
『どこを狙っているのですか? ッ!? グガァアアアアアアアアアアアアアッ!?』
 的外れの方向へ向かった黒雷を駆け付けたアリスが殴り付けて標的を異形へと修正した。
 アリスはワタルの危機に駆け付けた。
 なのに私は…………。
「役立たず……」
「違う君は――」
「違わないっ! 私は……私が守らないといけないのに、人任せにしてこんな場所で……」
 役立たず、役立たず、役立たずッ!
 私には戦う事しかないのに……。

「ワタル、なんで腕が!? 顔色も真っ青……血を流し過ぎよ。早く止血しないと」
「そんな暇こいつらがくれるわけないだろ。こいつらをさっさと片付けるしかないんだよ」
「あ゛ーもう! 腕無くなってるとか絶対フィオに怒られるー! あんた達さっさと死になさい!」
 激昂したアリスは黒雷の痺れで動けなくなっている異形に大鎌を振り下ろそうとしている。
 それを察知した怪物が異形を庇って空へ逃した。
「ワタル!」
「ああ」
 アリスの声に合わせて放たれた黒雷をアリスが異形目掛けて殴り飛ばして被弾させた。
 今度こそ動けなくなった異形は羽ばたけずに落下してくる――それを大鎌が斬り裂いた。

 あぁ……アリスが居れば私は要らないんだ……大事な時に傍に居られない役立たずは要らない……。
「随分と暗い顔だね」
「大切な人が腕を失ってまで戦ってるのに何も出来ない……他にどんな顔をしろって言うの?」
「さっきも言ったが君は最善を尽くしている、強化された黒雷を浴びて本来あんなにすぐに意識を取り戻すのは不可能だ。それでも君は目覚め、託した。だから彼はまだ立っている」
 託しただけ、そんなものが私の最善なの……? そんな事しか出来ない私に価値はあるの……?

「くぅ……硬い。ワタル! こいつにも――ワタル!? 大丈夫なの!?」
 血を流し過ぎてる、もう立って動く事すら難しくなってる。
 それなのに私は見てるだけ……最低っ。
「きゃあ!?」
「ぐはっ!?」
 怪物はアリスの武器を砕いてそのまま衝撃波でワタルとアリスを木々に打ち付けて遊び始めてる。
 アリスも負傷してた、それでも駆け付けて、隣に立って戦ってる。
 あそこに居るべきは私のはずなのに……。

「アリス、動ける、か?」
「どう、にか…………」
「力を貸してくれ。はぁ、はぁ……左手で俺を投げろ。身体は動かんが全力で放電して障壁を破ってそのまま撃ち抜く。至近距離なら外すこともないしな。その隙にアル・マヒクを回収して奴を確実に貫け」
「そんな事したらワタルは無事じゃ済まないわよ。電撃なら私が弾いて当てれば――」
「そのガントレットは元々反射の為の物じゃない。ワンクッション挟めばどうしても威力が落ちる、障壁はともかくエリュトロンには俺が直接当てないと大したダメージにならない。やるしかないんだ」
「彼はよく分かっているね――それとも勘かな? 付加された効果が減退していなければ問題なく完全な状態で弾けたかもしれないが今は彼の力でしかあれは倒せない――応援くらいしたらどうだい?」
「応、援……?」
「君は君の強い意思によって目覚めた。なら君の想いが彼らの力になったとしても不思議はないだろう?」
 ワタルの力に……頑張れ、負けないで、一緒に、帰ろう?
 想えば想うほどに涙が溢れてくる、こんな事しか出来ない……。 

「……やるしかないか。フィオに怒られるし私も嫌だから死なないで、よっ!」
 覚悟を決めたアリスが立ち上がってふらつきながらもワタルを回収して怪物目掛けて投げ飛ばした。
 障壁に接触した瞬間大放電して容易く突破するとワタルを払おうとした腕に追加の雷撃が撃ち込まれて遂に怪物に膝をつかせた。
「やぁあああああっ!」
 アリスが怪物の背後から突進するけど速度は全力には程遠い、あれだと勢いが足りない――。

「アリス、そのまま押し込め!」
 貫かれる直前に振り返り白刃取りした剣先は怪物に触れ小さな傷を作ってる。
 でもそれだけ、そこから先には進まない。
「やってる! でも全然動かない。っ!? かはっ」
 アル・マヒクを弾き飛ばして自由になった手から発した衝撃波がアリスの頭を撃ち抜いて身動きが出来ないところを凶爪が引き裂いた。
 アリスは動かなくなって血溜まりが広がっていく。

「っ! こっち向け化け物が!」
 激昂したワタルが吼えてアル・マヒクを拾いアリスが残した傷に片手で突き込んだ。
 なに、今の……普段の訓練の最速よりも早かった。
 アリスが傷付けられたから……?
 大剣を突き立てた場所を抉り黒雷が流し込まれる。
『――ッ!』
 たまらず藻掻いた怪物の凶爪がワタルの腹を裂いた。
「っ!?」
「どちらも死力だ」
 ワタル……死なないでっ!
 血を吐き、体中から血を流しながらも剣を振るう事はやめない……もう限界なんだ。
 もし止まってしまったらそこで、その瞬間事切れる、それが分かっているから止まらない、敵を殺すまで全力以上の強化を止められない。
「これで、今度こそ終わりだ!」
 穿ち、抉り、深く突き刺した瞬間黒雷が弾け、穿った傷口から上を真っ二つに斬り裂いた。
 倒した……あの怪物を、一人で……凄い――けど……。

「勝ったね、この悪条件の中見事だ。これであの空間を支配していた力は消える、君も直に目を覚ますだろう――あ~……一つ言っておこう、あの空間内では人間の弱体化、そしてその能力の弱体化が発生していた」
「だから何……?」
「君は彼の血を取り込み人の枠を超えて強くなった。その部分はある意味能力とも取れる、だから君には二重に弱体化が掛かっていた。あのアリスという子よりも不利な状態で彼女に合わせられる程に動いていた、だから――」
「それはワタルも同じ――」
「同じではないんだよ、強い力に対しては比例して弱体化も強く働く、あの空間内で君は顕現していないクルシェーニャよりも弱い存在だった」
「……? ワタルの能力は強化されたんでしょう? ならその分弱体化が強く作用したんじゃないの?」
「そこはズルをした、彼に力を流入させた際にある程度弱体化に抵抗出来るようにしたんだ。だから君は十分最善を尽くしたんだよ、あまり気に病む事はない」
 そんなの無理な話、なんの慰めにもならない……ワタルは片腕を失った。
 何が何でも隣に立って戦わないといけなかったのに……。

「おっと、奴め斬り捨てられた腕に細工をしているな、このまま接合したら彼が蝕まれてしまう――君はもう目覚めてしまうか、ならこの記憶も残そう、いいかい、先ず治療は傷を塞ぐ事から始めるんだ。その間に彼の腕に仕掛けられたものは排除しておくから」
 何を言って――っ!? 立ちくらみがして意識を保てない。
 世界が暗転していく……。

「フィオ! よかった、大丈夫? ついさっき断末魔のような叫びが響いたあとワタルの雷鳴も聞こえなくなったのだけど……」
「合流……」
「分かったわ――」
「ティナーっ! 聞こえているかーっ! すぐに合流しろーっ! 緊急事態だーッ!」
「ッ! クーニャ、セラフィア掴まってっ!」
 ナハトの声が響いた事ですぐにティナが私を片手で抱えて空間を切り裂いた。

 空間の裂け目を抜けた先には惨憺たる光景が広がっていた。
「そんなっ……ワタル腕が……」
「呆けている場合かッ! セラフィア二人の治療を頼む!」
「う、うん――でもこんな大怪我私一人じゃ治せない、先ず止血して早く帰らないと」
「アリスの方は傷を焼いて塞いだ。帰ったら綺麗に治してやってくれ、先ずワタルの腕だ――」
「待って……」
「何を待てと言うんだ!? ワタルの腕が斬り落とされているのだぞ!?」
 そうだ、早く治さないといけない、でも……何故か嫌な感じがする。

「ワタルは……異形に触れられたのかもしれない……だから、今繋げたらいけない気がする」
「っ!? 自分で切り落としたというのか……?」
「可能性だけど……」
「でもこれ傷を塞ぐ為にも今接合しないと駄目なんじゃないの? 辺りの出血の量が酷過ぎる、このままだと確実に死ぬわよ! それに時間が経てば経つほど接合だって出来なくなる」
 いつもワタルを邪険にする紅月が顔を険しくして睨んでくる。
「それは……」
 変な感じがする……ワタルがこんなにボロボロなのに……もう一頻り取り乱した後みたいな心境……。

「お前は冷静なのだな――」
 冷静……? 私は、冷静なのかな――。
「っ!? すまぬ、抑えていただけなのだな……」
 私の顔を見たクーニャが顔を伏せて謝ってきた。
 私……泣いてるんだ……胸の奥はぐちゃぐちゃなのに頭の中は妙に鮮明で、頭と心が不一致な自分は今酷く不安定なんだとぼんやりと思う。
 異形がワタルの腕に何か仕掛けている可能性……なんでそんな事を思ったんだろう?
「ならとりあえず腹の傷だ! 血を止めないとどうにもならない!」
 傷口を押さえて血だらけになっているナハトが叫んだ事でセラフィアが動き出した。

「酷い傷……」
「頼む、どうにか命は取り留めてくれ!」
(腹の傷を塞いだあとに腕を接合するといい、問題は解決した)
「誰!?」
 っ!? 頭の中に突然響いた声に驚いて周囲の気配を探るけど特に妙なものは感じない。
 ティナから離れて落ちているワタルの腕に近付いて足を止めた。
 嫌なものは感じない、胸騒ぎも治まってる……なら本当に腕を繋げても大丈夫なの?

「腕もお願い」
「っ!? 大丈夫なのか?」
「……触っても何も起こらないし変な感じもない、たぶん、大丈夫」
 警戒を口にしておいて苦しい言い訳かもしれないけど、さっきの声に悪意は感じなかった。
 それにこのままワタルが腕を失ってしまうのは嫌だ。
「今の私だと繋ぐだけしか……ティナ様陣の準備をしておいてください」
「分かったわ」
 セラフィアが腕を繋ぎ合わせて傷口を塞いでいく。

「一応、繋ぎましたけど、中はまだズタズタなので早く戻って別の治療能力者に託さないと」
「陣使えるわよ! ワタルとアリスを運んで!」
「まったく……今回は肝を冷やしたぞ、目覚めたらしっかりと叱らないとな」
「ん……」
 叱られるべきはワタルじゃない、最後まで一緒に戦えなかった私の方……目が覚めたら謝らないと……。
 脅威の一部を排除したものの晴れない気持ちのまま私たちは家路についた。
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