黒の瞳の覚醒者

一条光

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番外編~フィオ・ソリチュード~

無力に喘ぐ

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 当然だけど帰還したら大騒ぎになった。
 特に自衛隊はワタルが居なくなったら日本に帰れなくなるから迅速な措置を始めた。
 国王は弱くても治癒能力がある者は全て招集した。
 ティナとナハトも国に戻って何人も治癒能力者を連れてきた。
 私も完治はしてなかったからワタルの隣で治療を受けた。
 何重にも重ねた治癒の力、そして足りなくなってる血の輸血、それだけしてもボロボロのワタルの状態が改善するまでにはかなりの時間を要した。

 そして、ようやく容態が安定する頃には七日が経っていた。
 やっと面会が許されてリオ達と一緒に病室に入るとベッドに横たわったワタルには色んな管が繋がれていてその異様さにみんな息を飲んだ。
「生きて、いるんですよね……? 目覚めますよね?」
 触れて体温を感じる事は出来てもなんの反応も返さない事で不安そうにリオが呟いた。
「一命は取り留めましたが出血は致死量を超えていました。向こうの世界で医療を学んだ身からしたら何故生きているのか不思議なくらいですのでいつ目覚めるかまではお答えしかねます」
「そんなっ……」
 体から力が抜けてしまったのかクロエは膝から崩れ落ちた。
 他のみんなも似たようなもので言葉を失っている。

「ごめん、なさい……」
 そう呟いたのはアリスが先だった。
「そんな、アリスちゃんのせいじゃ――」
「ああ、お前はワタルを助ける為に戻ってくれたのだろう? そのおかげで一命は取り留めたのだ、感謝をしても責める事はない」
 そう、責められるべきは早々に脱落してしまった私、私のせいでワタルは……。
「旦那様……ほれ、旦那様の大好きな妾の素敵尻尾なのじゃ、今起きたら好きなだけ、いくらだってもふもふしていいのじゃ……じゃから、じゃからっ……」
 ミシャはベッドに腰掛けて尻尾でワタルの頬を撫でるけど、当然ワタルは反応なんかしてくれなくてミシャは次第に俯いて涙を零した。

「だ、大丈夫よ、一命は取り留めたんだからすぐに目覚めるわ! そしたらみんなで無茶をした事を叱ってあげましょう? 今はまだ疲れてるから休んでいるだけ……それだけよ、ワタルは心配させるだけさせてケロッとした顔で目覚めるに決まってるんだから……」
 日本でも負傷したワタルを見た事のあるティナが出来るだけみんなを落ち着かせるように明るく振る舞ってくれるけどその声は震えていて無理をしてるのは全員が分かってる。
「ワタル様、お休みになっている間のお世話はきちんとさせていただきますのでゆっくり療養ください」
 自衛隊の医者に必要な事聞きに行くと言ってシロナは出て行ってしまった。
 でも扉が閉まってすぐに泣き声が聞こえ始めた。
 それにつられるようにしてみんなの顔もどんどん曇っていく。

「主よ、共に戦えずすまなかった……そもそもあの時儂が落とされなどしなければ……」
「それは違うだろう、そもそも逃さない仕掛けがあったんだ。遅かれ早かれ対峙する事になっていただろう、それよりも私がもっと早く雑魚を片付けていれば……森が焼ける事など気にしなければよかったんだっ……」
「それを言えば私なんて何も出来ていないわ……もっと私に技量があれば少しは助けになれたかもしれないのに……」
「やめてください……これは誰のせいでも……ないですよ、ワタルは大切なものの為に無理をしちゃう人ですから…………きっと私たちの誰もその怪物たちに近付けたくなかったんです。だから一人で……でもなんなんでしょう、こんなに大切に想われているのに全然嬉しくないんです」
 堪えきれなくなったリオはベッドに縋って嗚咽を漏らし始めた。

「役立たず……」
 自分の無力さがいたたまれなくてそう呟いて部屋から逃げ出した。
 何も出来なかった自分が悔しくて、みんなに申し訳なくてあの場に居続けるなんて無理だった。

 ワタル、ワタル、ワタルっ…………私はっ――。
「あいつそんなに悪いの……?」
「紅月……いつ起きるか分からないって」
「そう……リオ達は?」
「病室……」
 今は誰とも会いたくなくてそれだけ言うと駆け出した。
 走って、走って、走って、人の居ない場所を探すうちに聖樹の上の方まで登っていた。

 誰も居ない、それが分かると堪えていたものが勝手に溢れ出した。
「ごめ、ごめんなさい……ワタル、ワタルぅ……私、守るって――言ったのにっ! 何も出来なかった」
 壊れてしまったんじゃないかと思うくらい、目の前が何も見えなくなるくらいに涙が溢れてくる。
 くそっ、くそっ、くそっ……なんの為の力なの? なんの為の技術なの? なんで大切な人ひとり守れないの?
 悔しくて、苦しくて、でもどうしようもなくて、私は日が暮れても動けなかった。

 でもそんな私を状況は待ってなんてくれなくて――程なくしてあの時以上の魔物の大群が押し寄せている事が判明した。
 殲滅、なんて簡単に言えない程の量が進軍しているらしくて王も自衛隊の責任者も対応に追われている。
 ディアボロスみたいな例があるから自衛隊の兵器で遠距離からの対処を計画しているみたいだったけど、自衛隊はあくまでもヴァーンシアには自国民の救出に来ている。
 もしもを考えてそれなりの装備は整えているとはいえ、敵の規模に対して武器弾薬が圧倒的に足りていないって話だった。

 複製能力者による補充だって万能じゃない、高度な技術で作られた日本人の武装を複製するには大変な集中と時間を必要とする。
 加えて能力者だって生き物だから疲労もする、人数に限りもある。
 つまりは殲滅出来る程の武器弾薬の複製は無理じゃないか?
 王たちがそう結論づけても不思議はない。
 だからエルフたちは防衛を提案した。
 能力で作り出した堅牢堅固で長大な壁で敵を押し留める案を。

 考える猶予が十分じゃない中、選択を迫られた王はエルフたちの案に乗った。
 そして、早急に対巨人用の防壁が築かれる事になった。

 壁をどうにか完成させる頃にはあり得ない数の魔物が王都付近にまで迫った。
 壁の上空を抜けようとする白いディアボロスを撃ち落とす為にクーニャはワタルの傍を離れて壁上で生活を始めた。
 紅月やナハトも広範囲を攻撃出来るからって交代で城壁待機を始めた。
 壁が魔物を押し止めている、だから安心しろとお触れが出た直後に王都を石の礫が襲った。
 あの巨人が投擲した大岩をクーニャが砕いた結果だったけどいくらかの死傷者が出て王都の住民は王城と地下、または魔物が現れていない西側地域への避難を余儀なくされた。
 自衛隊の駐屯地にも礫は届いた為ワタルは安全な王城に移された。

 毎日様子を見に行く度にリオやクロエ、シロナがワタルの世話をしている。
 待っているから早く起きてと声を掛けながら…………。
 それを見てると胸が苦しくなって私は逃げ出す。
 そして次第に部屋に行く頻度は減っていった。

「守らないと……」
 もう何日まともに寝てないんだろう……ワタルにまた何かあったら、そう考えると不安に飲み込まれそうで寝てなんていられない。
 ふらふらと壁上に上って配備されてる弓矢を構える。
 ここで一、二匹殺したところで現状にはなんの変化もない、だって地平の先までこの悍ましい光景は続いているから――。
「それでもっ……」
 私に出来る事は他にない――。

「フィオちゃーん、ちょっと手伝って!」
「優夜……?」
 壁上を走る自衛隊の車から身を乗り出して優夜が呼んでいる。
「何?」
「壁の一部が崩れてるらしくて、修理する人たちの護衛をしてほしいんだ」
「……分かった」
 崩れているのは一箇所じゃないみたいで何度も車を止めつつ修理作業が行われる。
 強固に作られた壁が崩れている事から能力の弱体化が疑われてるみたいで細々と続けられてた弾薬の複製にも支障が出てるらしい。

 少し走っては車を止めて細かく防壁の確認をしていく。
 そしてそれを狙うようにして上空から白いディアボロスが突っ込んでくる。
「賢しいわッ!」
 襲ってきたディアボロスを解体していると顕現したクーニャが唸り雷撃で群れを消し炭にしていく。
「主を傷付けた奴と同種とは忌々しい、貴様ら一匹たりとも通さぬ! 疾く失せよッ!」
 退き始めた群れに吼えて火炎があとを追い更に消し炭を増やした。
 私、役に立ってるのかな…………これ程の規模の大群になると特別な力が無いとどうにも出来ない気がする。
 いや、突出した一体にすら敵わなかった私は――。
 やっぱり――。
「フィオ――」
「役立たず」
 なのかな…………。

「アリス……? 何?」
「えっと……私も壁の見回りの護衛してて……なんでもないわ……っ」
「そう……」
 何か言いたそうにしてたけど、飲み込むと自分が乗っていた車に戻っていった。 

 ワタルに会いたい、撫でてほしい。
 ぎゅってしてほしい、名前を呼んでほしい。
 家族みんなで穏やかな時間を過ごしたい。
 なんでこの世界はこんな事になってるの……?
 なんでこの世界は私の望みを許してくれないの……?
 私の望みはそんなに大それたもの……?

「はぁ…………」
「フィオちゃん……? なんで敵を追い払ったのに大剣を車から降ろすの?」
 優夜が不思議そうに私の動作を見つめてる。
 どうでもいい。
 ゆっくりと歩いて壁の際に立つ。
「フィオちゃん……? っ!? まさか――危ないって! こんな数一匹ずつ倒すなんて無理だって!」
 もう考えるの、疲れた――。

 敵を殺す、それが私に出来る事、そのたった一つをへし折られた。
 そしてまた敵が来て命を取り留めたワタルの安全を脅かしにきてる。
 それなのに私のやってる事は何?
 壁上からちまちま一匹ずつ排除……?
 壁の修理の護衛……?
 それをいつまで続けるの?
 敵を殺さないと終わらないでしょッ!
 敵を殺さないとまたワタルが危険な目に遭うんでしょッ!?
 なら、全部殺す!
 私の大切なものを侵すなら世界だって殺すッ!
 殺し尽くすッ!

「フィオちゃんっ!」
 異常に気付いた壁の修理班と優夜が駆け寄って来るよりも早く私は身を投げた。
 アル・マヒクの重さに引かれてあっという間に落下する。
 落下に気付かなかったケダモノの首が一つ落ちた。
 仲間の死に怒っているのか、それとも獲物が落ちてきた事を喜んでいるのか、獣たちが私を囲い吠え立てる。
「うるさい……死ね」
 アル・マヒクの一振りで周囲から血飛沫が上がり私を紅く染め上げる。

 一瞬で多数が事切れた事に魔物たちは動揺して動きを止めた。
 その間にさっきの倍を殺す。
 その次は更に倍を、その次も更に倍を。
 私には覚醒者みたいな特別な力は無い、無いからっ――。
 一匹にかける時間を限りなくなくす。
 来い、もっと来い。
 一振りで、一薙ぎで、殺せる数を限りなく増やす。
 ただそれだけを考えてアル・マヒクを振るい走り抜ける。

 足りない、足りない、足りないッ!
 こんな事じゃワタルを守れないっ……。
 走り、振るい、穿ち、踏み潰し、砕き、抉り、死体を撒き散らす。
 多頭の蛇が鎌首をもたげ、飛び掛かって来た瞬間礫を蹴り放ち頭の一つを潰し動きが悪くなったところを根本から刈り取る。
 殺しても、殺しても、殺しても、敵は減らない。
 むしろ増えている気さえしてくる。
 もっと殺さないと、早く殺さないと、全部殺さないとっ、この敵の爪がワタルに、大切な人たちに届く前に――。

「落ち着かぬか!」
「クーニャ……私は敵を殺す」
 私を捕まえようと伸ばされた手を躱してそのまま走り去る――つもりだったのに周囲の死体に火を放って囲われた。
「なんで邪魔するの?」
「主は絶対にお前が壊れる事を望まぬからだ。敵を滅ぼしたいのは分かる、儂もそのつもりだ。だが今のお前は不安定だ。一度戻り、主の顔でも見てこい」
「そんな事――」
「そんな事をこそするべきなのだ! それにもう他の選択肢はあるまい? あの巨人の投石が始まっては流石のお前でも苦慮するであろう? 一時戻るぞ!」
「ちっ…………」
 投擲された大岩を両断するけどすぐ次が来る。
 あれも……殺さないと――そう思って睨みつつもそこに至るまでの距離を見てクーニャに従う事にした。
「クーニャ……これ全部私が殺したの?」
 上空から見下ろす大地は一面が赤々と染め上げられそれが防壁まで延々と続いていて何か巨大なものが通り過ぎて轢き潰したんじゃないかと思える程魔物の死体が散乱してた。
 拡大した王都が優に収まるくらいの広範囲……。

「そうだ、壁の上の者らは仰天しておったぞ、あり得ぬ偉業だとな。少し休め、お前ずっと考え込んで休んでおらなんだろう? 悔しいのはお前だけじゃない、主を守りたいのはお前だけじゃない、皆が居る、もう少し頼れ」
「頼、る……?」
 私は何も出来てない、出来なかった。
 その上まだ頼るの……?
「下りる――」
「待たぬか馬鹿者!」
「っ!?」
 クーニャの手から飛び降りようとしたところに全身を雷が覆った。

 白い空間、白い輪郭だけの女――いつかどこかで見た事があるような不思議な景色……。
「やぁ、随分と荒れているね」
「誰?」
「ふぅ……私は夢現、のようなものだよ――彼が命を取り留めたのに随分と荒れているね、君の行動にはクルシェーニャも怒っていたよ?」
「あなたには関係ない――」
「そんな事はないさ、私はクルシェーニャの……保護者のようなものだからね、娘が怒っていたら気にするだろう?」
「娘……? あなたは神龍?」
「いいや、私はクルシェーニャと同じ種ではないよ」
「そう……」
 気絶して、こんな変な夢を見て、頭がどうかしちゃったのかな……。

「彼の変革の影響で君の体にも彼の血を通じて変革が起こっている。でもまだ無理をする時ではない、前回は相性が悪かっただけだ、だからもう少し落ち着いて身の回りの人たちと話してはどうかな? 一人ではどうにもならなくても力を借りた分ほど可能性は広がるはずだよ」
 私は……私に出来る事が無いのが嫌だ。
 役立たずのままでいるなんて……。
「ふむ、随分と不服そうだね……彼は君が戦えるから傍に置いているのかい?」
「違う」
「それが分かっているなら――」
「それでもっ…………私はワタルの役に立ちたい、私に出来るのは戦う事しかない――」
「本当にそう思うのかい?」
「?」
「まぁ性急に答えを出す必要はないんじゃないかな、もう少し話してきてごらん――」
 白い世界が遠ざかっていく――。

「ぶっ!?」
 液体に落ちた事で意識が覚醒した。
 温かいお湯のようなものの中で藻掻く――。
「あら、起きたのね」
「ティナ……? 私は……」
「覚えていないの? もう、クーニャやり過ぎよ」
「無茶をしようとしたのを止めたのだぞ」
 風呂……魔物の血に塗れてた体は綺麗に洗われて私は湯船に浮いていた。

「それでも記憶が飛んでるのは問題よ」
「ぐぬ……」
「まぁまぁティナさん、クーニャちゃんが止めてなかったらもっと大変な事になってたはずですし、ね?」
「リオは甘いわねぇ――もういいわ」
「フィオちゃん、こっちに来てください」
 リオが自分の前を指差した。
 ちょっと――いや、かなり怒ってる……当然だよね、私のせいでワタルがあんな事になったんだから。

「魔物の群れに一人で突っ込んで行ったそうですね?」
「……ん」
 リオは静かに目を閉じると何も言わなくなった。
 そして――。
 静かに涙を流し始めた。
「無事で、よかった」
「リ、オ……?」
 リオに力いっぱい抱かれて私は混乱する。
 怒ってるんじゃ、ないの……?

「ワタルに続いてフィオちゃんにまで何かあったらって……私、本当に、怖くて……」
 私を抱く体はお湯の中に居るのに酷く震えていて、リオがどれだけ怖い思いをしたのか直接伝えてくる。
「リオ、あの……」
「もうこんな事はしないでください」
「でも――」
「大切な人が危険な目に遇うのはもう嫌なんです! 失うかもしれない恐怖に、耐えられない……」
 私は……それに抗いたくて、それを打ち払いたくて…………。

「それでも――」
 敵を殺さないと終わらない。
 私の大切なものは脅かされ続ける。
「あなたが悔しくて頑張ろうとするのはよく分かるわ、でもそれはみんな同じなのよ?」
「そんな事――」
「そんな事ないなんて言わせないわ! あなたは傍に居たのに守れなかった悔しさがあるでしょうけど私たちは傍にすら居られなかったのよ! この悔しさが、私たちの無力感があなたに分かる!?」
「それ、は……」
 でも、そうじゃなくて、だって私は、私にはワタルを守る事くらいしか出来ないのに…………。

「フィオ知ってる? みんな毎日ワタルに声を掛けているわ、誰かの言葉が届くかもしれないから、みんな毎日ワタルの手を握っているわ、私たちに気付いて握り返してくれるかもしれないから、ワタルの体は治してあるのよ? ならもうあとは起きるだけなんだから起こす為になんでもしようと思わない? なのにあなたはいつまで一つの失敗に囚われてうじうじしてるのよ! その挙げ句に自暴自棄に一人で特攻? いい加減にしなさい!」
「っ……」
「ワタルが起きた時にあなたが居なかったらどうなるかって考えた? 考えた上での特攻なら相当のお馬鹿としか言えないのだけど?」
 それは……たしかに、ワタルは私を助ける為に無茶をした。
 もし私が死んでいたら……?
 みんなを置いて私を殺した敵を一人で殺しに行く、赤いディアボロスを殺せたワタルだから私を殺せる敵が居ても勝てるかもしれない、それでもきっと無事じゃ済まない。
 私の勝手な行動はワタルに危険な行動をさせる可能性を孕んでいた。

 でも、それでも……私にはこれしか……ない。
 もっと強くならないと守れないなら死地にだって踏み込む、人から外れた化け物にだってなる、ならないと、守れない――。
「フィオ待ちなさいっ、まだ話は終わってないのよ!」
「うるさい……」
「フィオちゃん……?」
「みんなだって分からないくせに……っ」
 みんなの無力感は私には分からない。
 元々出来ない事が出来ない気持ちなんか分からない、私は出来るはずなのに出来なかった。
 その結果ワタルは死にかけた。
 今もまだ死の淵から帰ってこない。
 私は、役立たずの自分を、許せないよ……。

「フィオ……あの、リオ達の話を聞いた方がいいと思うの……」
 うるさい、そもそもあの時アリスが私に合わせてワタルの方に向かってくれてれば――。
 違う、先に連携を崩したのは私だった。
 託したのに、守ってくれなかった――。
 違う、アリスはやれる事はやった、役立たずは私、悪いのは私――。
「大切な人たちなんでしょ? ちゃんと話した方が――」
 うるさいうるさいっ! アリスに何が分かるの!? 役立たずだった私の気持ちなんか分からない、分からないくせに偉そうに言わないで!
「役立たずっ!」
 どうにも出来ない気持ちが言葉になって溢れた。

「こらフィオっ!」
「っ!? うるさいっ!」
「待ちなさいこらっ!」
 ティナに怒鳴られた事で我に返った私は逃げ出した。
 なに、やってるんだろう…………頭も心もぐちゃぐちゃで苦しいよ。

 防壁に向かおうと思ったけど今の自分が不安定なのは流石に自覚してるから少し時間を置く事にした。
 こんなんじゃ敵を殺せない……何も出来ない。
 昼間、敵を殺す事だけを考えてる時は楽だったのに――。
「敵を殺す事だけを考えていれば楽だ、といった顔だな」
「っ!? ナハト……なに?」
 あぁやっぱり、酷い不調……声を掛けられるまで気配にすら気づけなかった。
「ティナとやり合ったそうだな」
「別に……」
「まぁ気持ちは分かる、あいつの言葉は耳に痛い事があるからな、だが今のままでは良くないのは分かっているんだろう?」
 ナハトも怒りに来たのかな……。
「私は敵を殺す事を止めるつもりはない、私は防衛の為に動けないがお前の立場なら同じ事をするだろうからな」
 ナハトは、分かってくれるの……?
 
「敵にいいようにされた悔しさもあるだろう、何も出来なかった自分への苛立ちもあるだろう、だがその底にあるものはなんだ?」
「底……?」
「お前は傷付いた己のプライドの為に戦うのか?」
「違うっ!」
 そうじゃない――そうじゃない……?
 本当に……?
「ならばなんの為に?」
「私は、ワタルを――みんなとの生活を……守り、たくて……」
「ならばそれを蔑ろにしている今の自分の態度が間違っているのは分かるな?」
「それは……」
「意地を張らずにワタルに会ってこい、言葉は返してくれないがどれだけ情けない泣き言も聞いてくれる。その後でまだ一人で戦おうと思うなら止めはしない、だがきちんとそれは皆に伝えてから行け、もちろんワタルにもな」
 意地……? 私は意地なんて、張ってない。
 
「……お前の中では家族に助けを求める事はそんなに悪い事なのか?」
「え……?」
「お前が皆を思うように皆がお前を思っている、そういう者達の手を取るのがそんなに難しい事なのか? 大切だと言いながらその手を振り払うお前を見ているともどかしい――風邪、ひくなよ」
 それだけ言ってナハトは去っていった。
 私がみんなの手を振り払ってる……?
 私はただ、自分に出来る事を……。
 
「ワタル……」
 見ているのが辛くて避けていたワタルの部屋に踏み込んで目を伏せる。
 死なせない為だとは聞いてるけど、やっぱり管が繋がれてる状態は何か異常に見えて正視出来ない。
 でも……これが私の無力が招いた結果。
「ワタル、私間違ってる……?」
 ベッドに近付いてそっと手を握る。
 温かい――でも、握り返してはくれない、困った笑顔も見せてくれない――。
「っ!? わた、る……? 起き、たの……?」
 一瞬手を握ってくれた気がして顔を寄せるけど規則的な呼吸が聞こえるだけで返事は返ってこなかった。

「そう、だよね……」
『きゅ!? きゅぅー、きゅぅー』
 ワタルの頭の上で丸まってたもさが私の涙に驚いて肩に上って零れた雫を舐め取ってくれる。
「もさ……ワタル起きるよね?」
『きゅ? きゅ~……』
 ワタルが帰ってからずっと傍に付いていてくれてるけど、それでも回復の兆しは見えない。
 もさの力でも難しいくらいの重傷……治癒能力で癒やしても、文明の進んだ日本の医術でも目覚めない。
 もしもこのまま――。

『きゅ、きゅきゅ、きゅ~』
「苦しい、怖い……こんなの嫌、どうしたらいいの?」
『きゅ、きゅっぷ、きゅきゅ』
「手を……?」
『きゅう!』
 もさは何度も私とワタルの手を交互に叩いて視線を送ってくる。
 手を握れって言ってるのかな……そういえばティナも言ってた。
 握ったら気付くかもって――。

「っ! もさ、ワタルが握ってくれた!」
『きゅう~! きゅう~!』
 目覚めてはいない、それでも今までなんの反応もなかった事を考えると凄い進歩のように思えてまた涙が溢れた。
「もさ、私間違ってた……?」
『きゅっぷいっ!』
 もさに引っ叩かれた……結構痛い……叩かれた所がじんじんする。
『きゅう、きゅきゅ、きゅっぷいきゅっぷい!』
 何度も私の肩とワタルの上を行ったり来たりして必死に何かを伝えようとしてくれてる。

「傍に居ろって事?」
『きゅい、きゅぷぷい』
「傍に居るだけ……?」
『きゅっぷいっ!』
 また殴られた……もさって結構筋力が……。
「傍に居る事が大事?」
『きゅきゅう~』
「そっか……」
『きゅう!』
 私が理解したと思ったみたいでまたワタルの頭の上に戻ると丸くなった。
 傍に居る事が大事……リオ達はちゃんとしてたのに私だけが逃げてたんだ。
 みんな辛くても向き合ってたのに……。

「ワタル、ごめんなさい……」
 明日からはちゃんと頑張るから、だから――。
「今日だけ、許して」
 ワタルの手を握って縋っていると自然と眠気がやってきた。
 ワタルごめん、ちょっとだけ寝る。
 そしたら今度はちゃんと頑張れるから。
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