黒の瞳の覚醒者

一条光

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番外編~フィオ・ソリチュード~

異質な私

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 完璧で最上の物をって言うティナは素材の工面の為に王へ直談判に出た。
「人間に与える為に国で蓄えた資材を使えと言うのか?」
「そうよ。フィオの実力はエルフや獣人を凌駕しているわ、能力を使ったとしても確実に私やナハトよりも上よ」
「しかしだな――」
「父様……実は私結婚したい人が居るの」
「なにそれは誠か!? 力も地位もある者との縁談が持ち上がっては相手をあしらって泣かせるばかりいたお前がついに……相手は誰だ? 式はいつにするのだ?」
「そんなの当然ワタルよ。閨だってもう何度も共にしてるわ」
「なん、だと……? 相手は人間、だと?」
 整ったエルフの顔が歪んで目元がひくつくのが止まらないみたいで青筋まで浮かび始めた。
 玉座の肘掛けを握り締める拳が震えてる。

「ティナ…………もう孫は出来たのか!? 予定日はいつだ!?」
 怒ってるんだと思ったのに……人間を警戒しているエルフの王には見えないくらいに小躍りしてる。
 種族よりも初孫が大事って言ってる……。
「もうっ、気が早いわ父様ったら。それはもう少し先の話、ともかく騒動を片付けてワタルを探し出さなくちゃ――その為にもフィオの協力が必要なのよ。それにフィオとはワタルを共有する仲でいずれはこの娘も家族になるわ」
「相手は人間で更に重婚か……」
「他とは違う形かもしれないけれど、これは私が決めて私が選んだことよ」
「なるほど……お前が納得しての事ならばよかろう」
 納得、するんだ……話が進むならいいけど……人間を警戒してたエルフの王がこれでいいの……?

「人間なのにこちらのお姉様が家族になるのですか?」
 綺麗な瞳だと思った。
 私を見上げる赤い瞳には曇り一つなくて嫌悪とかの感情も見えない、そこには疑問だけがある。
「そうよティア、この娘は人間だけれどエルフに悪い感情を抱いてはいないわ。それにね、私と同じ相手を想っていて一緒に幸せになりましょうねって約束した相手でもあるのよ」
 ティナの説明を聞いてもその表情に変化はない。
 純粋な疑問だけがそこにあってどうして? 結婚は一人じゃないの? って繰り返してる。

「そうねぇ……普通は一人ね、でもそんなの周りが勝手に決めたことよ。私たちが納得していればどんな形でもあり得るのよ」
「そうなのですか。なら私にはお兄様と沢山のお姉様が出来るのですか?」
 少女の瞳が期待に輝いた気がした。
 なんだか子供のああいう目で見られるのは落ち着かない。

 ティナが言うにはこの子は生まれて間もない妹で生き物の時間を操れる能力で母親から時間を吸い取って体は成長したけど精神は幼いままだから色んな事に興味を持って素直に信じ込んでしまうみたい。

「フィオお姉様はとてもお強いのですよね? 人間がどのようにして優れた種であるエルフや獣人を超えたのでしょうか? 私も同じように出来ますか?」
「それはいっぱい――」
 視線から逃げようと反射的に答えようとして口をつぐんだ。
 いっぱい殺したから、とは言っちゃいけない気がした。
 この瞳が濁るのは見たくない。

「ティア、フィオはとても小さい頃から努力を積み重ねて来たのよ」
「ナハト姉様やティナ姉様よりもですか?」
「そうなるわね」
「すごいです! エルフよりも短い寿命でこんなに若くしてエルフを超えるなんて!」
 ティナのおかげで助かったけどあの子の瞳の輝きが増して居心地が悪い……なんかむずむずする。
 私子供苦手かもしれない。

「本当にこれをお嬢さんが使うのかね? 君の身長の倍はあるが……」
 ティナが依頼してくれた鍛冶屋の獣人が自分の鍛えた大剣を前に眉をひそめてる。
 特注のガントレットを付けて具合を確かめるとそのまま片手で大剣を持ち上げた。
「ほ、本当に人間の子供がこれを持ち上げるとは……しかも片手で……」
 重量は十分、今の力なら巨大な相手でも叩き潰せる。
 あとは強度だけど――。
「お嬢さん何をしてるんだね?」
 剣を置いてグリーブの調子を確かめるとそのまま大きく跳んだ。そして回転を加えて踵を落とす。

「お、お嬢さんー!?」
 大剣とグリーブどちらにも硬度強化の紋様を頼んで異常なまでの硬さにしてもらうように頼んだけど、両方とも具合は良さそう。
 刃は折れなかったし歪みどころか傷一つ無い。グリーブの方も傷みはないみたいだし衝撃も吸収されてた。
 ちゃんと私の力に耐えられる物に仕上がってる。
「ありがとう……具合良い」
「そ、それは良かった……大仕事だっただけはあるよ。しかしなんでまたそんな形を希望したんだい?」
「ワタルはきっとどんな敵でも無茶をするから、だからワタルの能力で一緒にどんな敵でも貫けるように」
「能力使用の条件みたいなものか。そいつは男かい? 幸せなやつだな」
 そうだと嬉しい。だから絶対もう一度見つけ出す。
 みんなで同じ場所で笑うために。

 細かく要望を出したおかげかエルフや獣人の技術のおかげか、新しい装備は体によく馴染む。
 ナイフの柄は握りやすく長年愛用してたような安心感さえある。
 紋様の効果も申し分ない。
 黒い刃のタナトスで斬れば敵は明らかに弱体化した。
 紋様を描く能力の中でも優秀で他と違って量産が難しいエルフの仕事だってティナが言ってた。

 金色の刃のアゾットの自己治癒力向上も悪くない、今の私の体なら多少の傷や疲労は意味がないと思う。

 明朝魔物の討伐に出かける。
 自衛隊の戦力を評価する一部は待機解除までは今まで通り凌ぐ方が良いって言ってる。けど、私もナハトたちも一刻も早く次の行動に移りたい。
 だから――。

「リオ、行ってくるね」
「フィオちゃん……無事に帰ってきてください」
 ふわりとリオの匂いに包まれる。
 ずっとここに居たいくらい心地良い――だから、行かないといけない。
 この心地良い場所にワタルと一緒に居たいから――。
「リオ……約束、守るから、ワタルを連れて帰れるようにする」
「はい、待ってますね」
 リオのキスを額に受けて私は歩き出した。

「本当に任せて良いのだな? 奴らの頑丈さは相当なものだぞ?」
「ん、完全に壊す」
 魔物を押し留める壁の周囲を巨大な魔物が徘徊している。
 押し潰したような顔は中央に肉が寄って全体にいくつも皺が走ってる。
 のそのそと動き回って目についた死体を捉えては顔の半分もある口を開いて死肉を漁ってる。
 ワタルが無茶して倒した奴に少しだけ似てる。

「奴らグレンデルの亜種は匂いに過敏に反応する。死臭に紛れて生者の匂いがすれば確実に集まってくる、あまり時間はかけられないぞ」
「いい――すぐに終わらせる」
 壁を抜けてすぐさまタナトスを敵の目に向けて放つ。
 ケダモノの悲鳴が森に響き渡って死体と魔物が蠢き始める気配がする。
 敵が集まる前に距離詰めると私に気付いたグレンデルが片目で狙いを定めて巨腕を振り下ろした。
 潰したと認識したんだと思う、牙を剥き出しにした大きな口が一際歪んだ。

 そうして、頭上に居る私に気付かないままに両断された。
 エルフも、獣人も、魔物でさえも息を呑んで私を見ている。
 私は死体からゆっくりとした動作でタナトスを抜き取り――。
 次の瞬間新しい標的へ投げた。

 それが合図になり戦闘が一気に激しくなる。
 炎が踊り、風が逆巻いて刃が飛び雷が轟き、氷柱が立ち並んだ。
 援護を担当しているエルフ達は地を抉って私の標的を孤立させて他を近付けないように補助をしてる。

 ワタルが戦ったのと同様に刃が通らないって聞いてたけど……タナトスを打ち込んだ後だからか容易く刃が通る。
 腕を削いで膝から下を切り取って、崩れたところを大剣で本体を叩き潰す。
 肉を潰すようにして断ち斬り骨を砕いて巨大な怪物すら両断して大地を割る。
 大きい相手にはやっぱりこのアル・マヒクは良い、私の力に耐えられて重量の分破壊力も増す。

 このグレンデル達に知性は無い。
 それでも本能が感じ取る私との差――。
 一歩踏み出すと一歩後退る。
 その怯えの一瞬すら見逃さず足へと打ち込む――なるほど硬い。
 完全な切断は出来ずに刃が沈んだ程度、斬れなくても衝撃で転び立ち上がろうともがく怪物の目にタナトスを突き立てる。
 そのまま刃を引いて顔を抉り痙攣する本体をアル・マヒクで細断する。
 ワタルを探す障害になるものはなんであろうと全部壊す。

 敵を認識してない捕食中と比べるとなかなか機敏に動いているように見えないこともないけど、エルフと獣人はこれに手こずるの?
 複数なら私を捕食出来ると思ったのかまだ戦意を喪失していないのが私を囲むようにして集まり出した。
 折れた樹木と巨腕を振るって私を叩き潰そうとしてるけど大剣を持ったまま舞う私の動きすら追えてない。
 だんだんと複数でも駄目だと理解して他と同じように怯えが見え始めた。
 一度崩れてしまえばもう簡単には元に戻せない。
 あとは逃げ腰になったのを狩るだけ。

「まさか周囲に居たものを全て狩り尽くすとは……」
 私を見るエルフの男の目には怯えが浮かんでる――と同じように――人間よりも強い種族から見ても私は異質……。
「お前……以前より強くなったな。人間とはそれほど急激に成長出来るものなのか?」
 この場で私をに見ているのはナハトだけ。
「これは……ワタルの血を貰ったらなった」
 私を生かしてくれた私だけにある大切な繋がり――大切なもの、絶対に取り戻す。

 グレンデルの亜種の数は予想以上に多くて日を跨ぐと減らした分が補充されてるような気さえしてくる。
 グレンデルを狩り始めてもう一月半が経とうとしてる――いつまでも繰り返す現状に苛立ちと焦りが募って気持ちの乱れを感じ始めた頃、段階的に自衛隊の待機解除が決まった。

「フィオちゃん少し休んだ方が――」
 連日休まずに討伐に出て久しぶり戻ってリオに少しだけ報告をしてすぐに戻ろうとしたら引き留められた。
「疲れてない」
 そう、疲れてなんかいない。
 むしろ動け動けって全身が疼いてる気さえする。
「体の話じゃありません。気持ちの話です。焦る気持ちはよく分かります。でも……フィオちゃんがこんな顔をしてたらワタルはきっと悲しみますよ」
「顔……?」
「そう、すごく辛そうです。今にも折れてしまいそう」
「そんな事ない――」
「あります」
「ない」
「あります。ちょっとこっちに来て下さい」
 真剣なリオの瞳には逆らえなくてしぶしぶリオの隣に座る――リオの匂いを感じた瞬間少し気が緩んだ。

「大丈夫」
「え……?」
「大丈夫ですよ。フィオちゃんが鍛えたんですからワタルは無事です。きっと自分でも帰る方法を探してると思います」
「ワタルは無茶する」
「そうですね、でもワタルは色んな人に助けて貰う運もありますから……無事でいますよ」
 私を抱いて背中を擦るリオの手は、少し震えてた。
 私の為に必死に笑顔を取り繕って寄り添ってくれる。
 リオは優しい――優しい大切な人、そんなリオにこんな顔をさせたくない――同じだ……私もリオに同じ事を思った。
「少し、休む」
「はい、ゆっくり休んでください」
 リオに頭を預けると私を見つけたもさが間に潜り込んできた。
 ふわふわであたたかくてリオの匂いで落ち着く――。
 リオの腕の中で気を緩めると次第に眠気が押し寄せてきた。

「おや、また連れてきたのかい? 困った子だね。そう簡単に何度も訪れていい場所ではないのだけどね」
 白い空間に白い女が居る。
 ここは何……? 私、リオと一緒に居たはずなのにどうしてこんな場所に居るの?

『きゅう! きゅきゅきゅぅっ』
「やれやれ……特定の箱庭の住人を贔屓するのは問題があるんだけれどね。しかも例の彼は箱庭の外に居るんだろう? 私でも呼び寄せる事はできないよ」
『むぎゅう!』
「こら噛むんじゃない」
 女が言ったはワタルの事? この女は誰…………私、前に見たことがある?

「分かった分かった。どこに居るかくらいは確認してあげるからホント止めなさい。まったく……こんなに狂暴な調整はされてなかったはずだというのに……」
 光を操作する女が横目で私を確認すると少しだけ笑った気がした。
 輪郭しか分からないはずなのにどうして優しい笑顔って感じるんだろう。

「ワタルを探せるの?」
「ん~? まぁそうだね。彼は変革が始まっていたし多少は見付けやすいはず――君、身体はどうだい?」
「身体……? ワタルの血を貰ってから強くなった」
「だろうね、君はもう箱庭で設定されている人間という枠からは外れて異質なものになっているからね。データを見た限り異常はないけど何か不調はあるかい?」
 異質、それでも私は生きていられるならこれでいい。
 ワタルやリオを守ってあげられるなら異質の方がいいって思えるから。

「無い。強くなれる方が嬉しい」
「そうかい、大切なものがあるからそう思えるんだね――おや、なんだ、箱庭に居るじゃないか」
「箱庭?」
「大丈夫、君は彼に会えるよ。目覚めるとこの事は覚えていないだろうけどね」
 どういう意味? そう聞く前に視界が白で滲んでいく。
 待って、まだ聞きたいことが――。

 あたたかい眠りから覚めるとリオと食事をしてからナハトの所に向かう。
 何か夢を見ていた気がするけど……ワタルとの思い出でも見たのかな?
 ん、心が少し軽くなった気がする。
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