黒の瞳の覚醒者

一条光

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番外編~フィオ・ソリチュード~

この手を届かせる為に

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 ティナの決死の証明のおかげ? で私たちは城下入りを果たした。
「フィオちゃん! よかった。また会えた……本当に無事でよかった」
「へぇ、生きていたのね」
 リオと紅月の逗留してる宿に行くとすぐにリオに抱き竦められた。
 柔らかい、優しいぬくもり、安心する匂い……それを感じた瞬間胸の痛みが増してくる。

 ワタルが居ない。
 それを伝えないといけない。
 それがこんなにも怖いなんて……足が勝手に震えだして、体の芯がなくなったみたいに真っ直ぐ立っていられなくなってぐらぐらする。
 こんなの初めて……息が苦しい、自分の身体が言うことを聞かないみたい。
「フィオちゃん、ワタルは――」

 言葉よりも早く私の体が答えてしまった。
 恐怖に震えた私を抱くリオには簡単に伝わってしまう。
 約束を破ってしまった。
 大切な人との大切な約束を……。

「フィオちゃん……辛かったね…………」
「リオ……ごめん、なさい――でも、まだワタルは生きてる。世界の狭間に居るからもさとカーバンクルの宝石の力で呼べるかもしれない」
「生きて、るんですか?」
「生きてる。今までワタルの世界に居た」
「日本に!? 一体どうやって? もしかして綾乃達も戻ってるの?」
「それは……分からない。でもてれびのニュースとか警察の情報にはないってワタルが言ってた」
「そう……」
 それだけ言うと紅月は自室に戻って私とリオだけが残された。

 あんなに会いたかった人なのに……今は何を言えばいいのか分からない。

「フィオちゃん、私ティナ様の所へ行ってきます」
「……どうして?」
「カーバンクルの宝石をお借りするの。私だって会いたいって願ってますから、だから行ってきます――」
「その必要はないわよ。私が来ちゃったもの、はいこれ」
 勢いよく扉を開け放って部屋に入ってきたティナがリオの手を取って何かを握らせた。

「本当にちょうどよかったわ。ワタルが持ってきた石は三つ、私とナハトとあなた、私たちがこっちに戻ってから既に時間が経ってる。もう殆ど猶予はないかもしれない。だから必死に願って」
 リオは石を握り締め、私ももさを抱く腕に力が入る。
 前にあの場所を漂った時間を考えるとティナの言う通りあまり時間がない気がする。
 会いたい、帰って来て、ワタルの帰ってくる場所はここ――。

「地図は?」
「ここにある。全く……ワタルを取り戻す為に他の女の協力が必要とは……」
 ティナに遅れて入ってきたナハトは部屋の真ん中に座り込んで地図を広げた。
「それで、可能性としてはどのくらいなんだ?」
「私たちが無事に戻ってこられた事を考えるともさ達カーバンクルの力は作用すると考えていいはずよ。あとはワタルがまだあそこを漂ってるかどうかだけど……前の経験を踏まえると……長めに見積もっても明日の朝までに地図に反応が現れなかったら……」
 もうだいぶ時間が経ってる。
 それを考えると胸が苦しくなる。
 帰ってきてほしい、リオにただいまを言ってほしい。

 私たちは言葉を交わすこともなくただただ願った。
 大切な人の無事を――ワタルの帰還を。
 そして、朝が来た――。

 誰も言葉を発しない、発せない。
 ここにはただ絶望だけが横たわってる。
「ま、まだ分からないじゃないですかっ! ワタルならきっとっ……」
 私たちが前に漂った時間をかなり多めに見ての今日の朝って判断、今回戻ってくる時は前の時よりかなり早かった。
 流れが荒れてたせいかもしれない。
 だとしたらワタルは……もう既にどこか違う世界へ…………。

 私とティナだけがそこに考え至る、そうして二人より絶望の色が濃くなる。
 私たちの態度から二人も次第にそれを悟っていく。
「駄目だと、言うのか? ワタルはもうヴァーンシアを訪れることはないと……?」
「私たちが前回漂った時間を考えてもこれだけ時間が経って未だに反応が無いなら……残念だけど他の世界へ言ってしまったと考える方が正しいでしょうね。もう祈ったところで無駄よ」
「ッ! ふざけるなっ! お前にとってはただの人間だろうと私にとっては初めて認めて愛すると決めた男だ! それを救おうとするのが無駄だと!?」
 ティナの言葉に私も苛立ったけどそれよりもナハトの怒りはそれよりも大きくてティナの胸ぐらを掴んで引き倒した。
 抵抗しないティナの様子に違和感を持った瞬間苛立ちよりも疑問が大きくなって私は動きを止めた。

「無駄を無駄と言って何が悪いの? 役にも立たない事に時間を費やす事に意味なんてないわよ」
「そんなっ! ワタルは今もひとりぼっちで世界の狭間に居るかもしれないんですよ!?」
「だからその可能性がもう無いと言っているのよ。ヴァーンシアに呼べているならもう反応が出てるはずだわ、反応が無くてこれだけ時間が経ったなら他所へ言ったと考えるのが妥当よ――無駄なのよ」
「口を閉じろティナっ、長い付き合いだ。私をこれ以上怒らせたらどうなるか分かるだろう?」
「あなたこそ付き合いが長いのに分からないの? 私は切り替えが早いのよ」
 きつく握り締められた拳が振り下ろされた。

「気は済んだ? なら働いて、さっさとこの騒動を終わらせてワタルを迎えに行く方法を探すのよ。祈るだけの時間は終わりよ」
「迎え、に……?」
「なにを呆けてるのよ。当たり前の事でしょ、たかだか別の世界に行っただけじゃない、私だって異世界に行ってたのよ? 出来ないことじゃないんだからやればいいのよ」
「ティナ様っ」
 沈んでたリオの表情に希望の光が差した。
「一つダメでも次を試す。諦めないってそういうことでしょう?」
 頬を擦りながら笑うティナには諦めなんか微塵もなかった。
 そう……私も諦めない。
 リオとの約束を破りたくない、どこに居たって見つけ出す。

 この国は今二つの脅威に晒されている。
 一つは魔物、そしてもう一つは動く死体――魔物よりもこっちが厄介で魔物を倒したとしても死体を大幅に損壊させなかったら動き回って周囲を襲う。
 戦死者が出て同族の死体を相手に躊躇えば次は自分が同族を殺す。
 エルフ達は壁を築いて西側への侵攻を抑えてはいるけどいくつか壁を破壊する危険な存在もあるらしい。

 今まで居なかったティナはともかくナハトはこの国にとって大きな戦力、脅威があるまま抜ける事は出来ない。
 仮にワタルみたいにティナと協力して世界を移動出来る能力者を見つけてもワタルの所に辿り着けないと意味がない、会いたいって強く思ってる人数が多い方がいいのは理解できる。
 だからナハトを連れていくには脅威の排除が必要――。

 この大陸で日本人の遭難者は三人――あの二人が生きていればだけど。
 生存が確認出来てる紅月はここに居る。
 他の異界者を探す目的を遂行する為には海を渡る必要がある。
 陸地に出るって予測されてたから船は無い。
 戻る前にティナが提案したのはエルフの能力での船の建造、そして日本の動力と風の能力を推力にすること。
 その移動手段確保の為に自衛隊の代表がエルフの王に魔物殲滅の協力を申し入れた。
 多くのエルフはを警戒して反対してたけど……ティナが王を説得して押しきった。
 なりふり構わず王や臣下を説き伏せていくティナはかっこよかった。

 確認されてる魔物の大半は個々ならエルフと獣人達だけで対処出来てる。
 でも数が多くて一個体に集中出来ずに半端な殺し方をすれば死体が動き出す。
 そして壁を破壊する大型の魔物、ワタルが倒した魔物に似た特性があるってティナが言っていた。
 対処を急ぐのは死体と大型の魔物、この二つ――。

「死体を動かす原因の排除協力つってもなぁ……エルフ達が分かんねぇのに魔法なんかと無縁の世界に居た俺たちに何が分かるんだって感じだぜ。お嬢はなんか知らねぇの?」
「全部解体すればいい」
 空で光る奇妙な図形、死体が動く範囲には必ずあれがあるらしい。でもあれに対しての攻撃は意味がなかったって聞いてる。
 消せないなら死体を片付ける方が早い。

「確かになぁ、昔やってたゲームとかだとそういう仕掛けあったなぁ……でもエルフの連中仲間の死体は回収したいって聞かなかったらしいからなぁ――おっ、マジでこっちの人って尻尾とか付いてんだな。本物か?」
「ふにゃあああああぁぁぁっ!?」
 ティナからの呼び出しを受けて宮殿に向かう途中に城下を見学してた惧瀞達に偶然会ってこの騒ぎ……遠藤が女の獣人の尻尾を掴んだ。

「遠藤君なにやってるんですか! 女性の体の一部なんですよっ」
「わ、わりぃ。つい本物なのかなと」
「にゃ、にゃ……ふぇ……触られたぁ……もうお嫁にいけない……」
「んな大袈裟な、たかが尻尾触ったくらいで――」
「たかが!?」
「遠藤君!」
「っ!? わ、わりぃ、悪かった。俺に出来ることなら何でもするから勘弁してくれ」
「謝る気があるのか? 言葉使いに誠意がないな」
「うっせぇ黙ってろ結城てめこのやろ。謝る気満載だっての、大体てめぇだって姫さんや綾ちゃん相手にやらかしてんだろ!」
 騒がしい……人が集まり始めた。
 足止めされたくなくて惧瀞達からそっと離れて宮殿に急いだ。

「戦い?」
「そうね、戦闘では自衛隊の協力が得られないから負担がかかってしまうと思うけれど」
「どうして? 協力を申し入れたのは自衛隊」
「ついさっきの事だけど覚醒者になる人が出たのよ。能力の暴発も起こしてるの、彼らは強力な武器を扱っているし下手をすれば大事故よ。それを見越してしばらく彼らは待機ということになったのよ」
 覚醒者……あれだけの規模が一度にヴァーンシアに来たなら何人か現れても不思議はないけど……せっかくティナが説得したのに。

「どのくらい居るの?」
「今は八人、その半分が能力を暴発させたわ。今回被害は大したことなかったのだけど戦闘中だったら違っていたと思うわ。この先覚醒者が増えていく事を考えるとしばらく待機した方がいいと父様が判断したの」
 エルフも獣人も人間を警戒してるから余計ないざこざを起こさない為には本来はその方がいいのかもしれないけど。

「ワタルが倒したものの亜種みたいな魔物の話はしたわよね? フィオにはそれを担当してもらいたいの、半端な者だと手に追えないらしいのよ」
「今まではどうしてたの?」
「ワタルが戦ったのと違って知性は無いみたいだから能力で上手く誘導してたそうよ、他には少数であればナハトが処理をしてたそうだけど大抵は群れで動くから……相当な頑丈さだし倒しても簡単に解体出来ないし、相当苦慮してたみたい」
 解体……殺すだけなら確実に出来る。
 問題は解体、ナイフはそれなりの物を使ってるけど……切れ味を上げてあるワタルの剣を弾いて自衛隊の攻撃にも耐えるような皮膚を持ってる種だと斬れない。

「ティナ、装備が欲しい」
「でしょうね、私も頼むからには準備は惜しまないつもりよ。何が欲しいの?」
「それは――」

 私が望んだのはナイフ二本、大剣を一振、そして腕と足を守るもの――。
 大抵の敵はナイフで殺せる。
 それでも全体の破壊には至らない。
 だから要る。
 私の全力に耐えられる頑丈な装備が。

「なるほど、これっていずれワタルとの連携も見越してのこの形なのね……これなら弾丸も要るわね。連携技なんてナハトが嫉妬しそうね」
「……ティナは?」
「私? 私はフィオの事好きだもの。ワタルは共有しましょって言ったでしょう? それに一緒にワタルと寝てた仲じゃない、フィオは私の事嫌いかしら?」
 柔らかい眼差し、あたたかいのは分かる。でもどこか見透かされているような気がして少しだけ悔しい。
「ティナと居るのは楽しい」
 私の好きは本物って認めてくれた人、色々教えてくれて面白い人……姉、とか居たらこんな感じ?
「私もよ。だからワタルを見つけ出してこれからも楽しく過ごしましょ?」
 頷くとティナはそっと微笑んで装備の手配に取り掛かった。
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