黒の瞳の覚醒者

一条光

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番外編~世界を見よう! 家族旅行編~

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 自然のものとは到底思えない洞窟を俺たちは慎重に進む。リオは戦えない、リルは多少の事があっても反応出来るだろうがそれでも実戦経験があるわけでもないし娘を戦わせる気もない。絶対に怪我なんかさせてたまるか。
 リオの手を握りリルを後ろに庇い警戒を怠らない。殿はレヴィが担当してくれている、転移は出来なくても分解は出来るらしいからよほどの事が無い限りは大丈夫なはずだ。
「パパが電気使えて良かったね」
「そうだなぁ、あとは燃える物でもあれば良かったんだけどな……寒いだろリル、抱っこしてやろうか?」
「……ううん。今はダメだよ」
 聡い子だ。震えながらも今の状況を冷静に見て俺の動きをこれ以上制限してはいけないと思ったみたいだ。代わりにレヴィと手を繋いで少しでも熱を共有している。しかし少し悔しいな、リルくらいなら抱っこしてても雷迅でどうにでも出来るんだが……頼りなく思われたかな。

「またここもあの遺跡と同じものなんでしょうか?」
 どうだろうか? あそこは際限の無い空間だったがここはそう広くない洞窟の一本道だ。触れた感覚は間違いなく遺跡と同じだと思うんだが、ここはまだ入り口って事なんだろうか?
「ワタル、警戒を……どんどん下っていってます」
「え? 下ってるか?」
「はい、緩い傾斜で分かりづらいですが常に下っています。恐らくわたくしたちが落ちた所より更に下に来ていると思います」
「何か巨大なものに飲み込まれているみたいですね」
「リオそれきつい」
「えっ? あっ、ごめんなさい」
 怪物の事を思い出したのかリルの顔はどんどん不安で曇っていく。自分のせいで戦えない母をこんな場所に連れてきてしまったのを苦しんでいるのかもしれない。

「リル大丈夫だ。ちゃんとみんな帰れる帰してやる。それにこれは事故だ、リルのせいじゃないぞ?」
「……うん、パパ強いんだもんね!」
「ああ」
 凍死の問題が無ければあの場で待っていればナハトの地図を見てクーニャが来てくれる可能性もあった。それと同時にここの遺跡? を目覚めさせる可能性もあるが……遺跡はクーニャのような特殊な存在だけに反応するなら今は害は無いと信じたいが、レヴィの転移座標消失は間違いなく何らかの影響を受けている。
 怪しいのはどう考えてもここの遺跡だろう。ならばいっそ破壊してしまえば転移で帰れるんじゃないかというのが頭にある。触らぬ神に祟りなしだが……神が原因なら叩き潰す他無いんだろうな。

「遺跡さんが上に行く道教えてくれないかな?」
 子供は純心だ。あんなことがあってもあれとこれは違うから、だからこちらはもしかしたら良いものかもしれないと考えたようだ
 俺もそうあってくれればと思うが――。

「あっ!?」
 不意の小さな悲鳴、振り向くとリルとレヴィが足元に開いた闇へと飲まれていくところだった。飛び付き手を伸ばしリルの手を掴む。間一髪その小さな手を取った。
 俺の身体はリオが足を掴んで支えてくれているがリルに掴まっているレヴィの体重も加えると支えきれるものじゃない。
「パパ、ダメだよ……ママまで落ちちゃう」
「リル馬鹿なこと考えないで! 私もワタルもあなたを守る為なら何だって――」
 リオが娘を励まそうとしている最中に闇が広がり俺たちは深淵へと落下していった。

「う……みんな無事か?」
「私は、大丈夫です。ワタルが抱きしめてくれてましたから」
「ならリルも無事だな」
 咄嗟とはいえ俺は二人をすぐに引き寄せて腕の中に入れた。俺自身に怪我が無いしみんなも無事だろう――。
「リル? …………リル……リル! リルどこだ!?」
「ワタルリルの手を掴んでましたよね? どうして、どうしてリルが居ないんですか!?」
 マズい、マズいマズいマズい! 落ちた先はあの遺跡の内部に酷似している。今のところ凍結された怪物は見当たらないしアナウンスもないが変なものが動き出している可能性すらある。

 いくら強かろうが目の前に居なくちゃ何も出来ない……何も出来ないままにリルが――。
「リルー! リルどこだー!」
『ま、ま…………』
「え……? リル?」
『ま、ま……まん、まぁ!』
 リオをママと呼ぶのはここにはリルしか居ないはず、しかし声のした先にはゲル状でよく分からない器官を形作っている化け物だ。
 これが、これがリルだとでも言うのか? 一緒に落下してこの短時間でこんな姿に……? 動悸が激しくなり冷静さは欠如していく。矛先の無い怒りに身を焼かれる。
 ゲルから黒い毛髪らしきものが確認できてしまったのも混乱を加速させていく。
『まんまぁ』
「リル、なの? ……どうしてこんなことに!? ワタル! 娘を、私たちの娘を助けてください!」
 もはや人であった事すら疑わしい存在を前にリオは懇願する。世界を守ったなら出来るはずだ、と。これは、救えるのか? もう人としては生きられまい……そんな生を歩ませるのか……?
「リル、原因はなんだ? 分かる限りを――」

「ママー! パパー! 良かった。レヴィママ二人とも無事だよ!」
 後方より響いたのは確かにリルの声、今までのような不気味なビブラートは入っていない。そしてその姿形は俺たちのよく知るリルのものだ。なら――。
「なんじゃこりゃー!?」
 リオにすり寄るゲルを避けるために彼女を抱き抱えてリルの所まで跳んだ。 
「パパすごーい!」
「無事か? 怪我はないか? 変なことはされてないか? レヴィも異常はないのか?」
「ワタル落ち着いてください。リルにもわたくしにも異常はありません。寧ろ失っていた体温も戻り快調です」
「でもあんなもん居るし……まさか精神だけ移されたとか無いよな? あっちにリルの精神が入っているとか?」
「そんな馬鹿な事を防ぐためにわたくしをリルに付けたのでは?」
 落ち着かせる為だろうか、レヴィは俺を抱き寄せて自身の命の音を聞かせる。生きている、異常はない……はず――レヴィだけが無事なんてあり得ない。レヴィが無事ならリルも無事なはずだ。
「パパ、私も抱っこしてあげるよ」
 レヴィから離れたところをリルが俺の頭を抱え込む。小さな身体に確かなぬくもりと命を刻む音、それらは確かにリルの無事を伝えている。

「ならあれはなんだ? めちゃくちゃ悪趣味だぞ――」
「あちらは造物主が作った原初の生物の一つです。箱庭の環境変化で生存が難しくなった個体が当施設に住み着いています。ちなみに『まんまぁ』というのは友好を示す鳴き声でありそちらの女性を呼んだものではありません」
 ゲルより更に奥から現れた小柄な――というか完全にロリ――が凛とした透き通るような声でそう説明した。
 虹彩が人間とは違う……どちらかといえばクーニャ寄り、何より頭部にある複雑に捻れた角が人でない事を証明している。この黒い少女は一体……?
「……どうしました? 体温が生命の維持に支障を来す状態だったので招きましたが、まだ寒いですか?」
「いや、さらっと出てきたな、と……」
「そうですね、本来は接触せずに回復させてから地上に戻すつもりでした。しかしあなたがあまりに混乱しているようでしたのでこうして説明に参りました」
 少女のくりくりとした瞳の不思議な虹彩が俺を映す。そこに感情はなく淡々と事務的に行動していますというのが窺えるが……どこか忙しない…………この違和感はなんだろう?

わたくしたちを招いたと言いましたね? あの落とし穴はあなたが開けたのですか?」
「ただ入り口を開けただけですが……はい、私が開けました。この施設の目的は箱庭の環境維持及びそこに住む生命の存続です。無闇に命尽きるのは望みません」
「……その割りには七年前の魔物との争乱には何もしてくれませんでしたよね?」
 リオが少女にズバリな質問をした!? でもたしかに……ヴァーンシアの生命の存続が目的なら魔物への対処があってもよかったと思うが……管理人や造物主を自負するならば尚更だ。
「魔物とは獰猛な外来種の事でしょうか? 外来種といえど箱庭に息衝く生命、無闇に排除する事は出来ません。何より生存競争には介入してはいけない決まりです」
 なるほど、彼女はクオリアの遺跡のシステムとは違ってヴァーンシアの外の存在だろうとヴァーンシアに居る命ならどこまでも肯定するのか……それで俺やリルも助けてくれたようだ。

「でも造物主としてはヴァーンシアの外の存在は排除したいんじゃないのか? クオリアの遺跡の方はそんな感じだったぞ」
「クオリア……? あぁ、アーヴの生命創造施設ですね。あれはあの施設の責任者の意向です。あそこの方はプライドが高く自分の生み出したものに何か手を加えられたり混ざったりするのを嫌う方でしたから……おまけにシステムも最初期のものを使っているので柔軟性がありません。ここの責任者及び私の所有者は生命は等しく平等で大切だという思想ですので私はそれに従っています」
「ん? 待てまて、造物主は複数居るのか?」
「はい、箱庭ミウルは合作になります」
 合作って……まぁ作った側からしたら作品って感覚なのかもしれないが、なんかモヤるな。
 それに、世界を創造した存在が複数居るってのもなんだか……いやうちの世界にも神様はいっぱい居るけども、でもそれは人間が信じてるだけのものであって…………でも待てよ。世界を創造出来る存在が居るならうちの世界の神様もあながち嘘じゃなくなるのか?

「なぁ――」
「パパダメだよ。お姉ちゃん助けてくれてありがとう! 私リル、お姉ちゃんの名前教えて!」
 あぁそうか、俺たちは彼女に救われたんだ。何があろうと礼を言って名乗るのが先だった。それを娘に言われるとは情けない。
「名前……名前ですか…………私は試験体ズィーヴァの中の特異体、スペリオルです」
 クーニャと同じ……なら彼女も神龍という事になるのか……黒いドラゴン…………それも良いな。
「それ名前じゃなくて種族名とか分類みたいなものだろ」
「私たちに個体名を与えられる事は稀です。どうしても必要であればあなた方が名付けてください」
 ふっふっふ、名付けていいと言うなら名付けようじゃないか。

「ちょ、ちょっと待ってください。みんなで考えましょう? ワタルに任せたら危険です」
 酷い! やる気満々だった俺は普通に傷付いた。落ち込んだ俺はレヴィに抱かれて頭を撫でられる。
 恋愛感情は別にしてもこういうお姉さんっぽい行為が好きなのかレヴィはどこか満足げだ。
「じゃあいいよ、全員で一つずつ提案しよう。その中から黒龍が選ぶって事で」
 しばらく考える時間が設けられ皆一様に真剣に悩んでいる。それを彼女が不思議そうに――そしてやや困惑気味に見つめている。

「よし、俺は決めた」
「リルもリルも!」
「私も大丈夫です」
わたくしはあまり自信がないので辞退します」
「んじゃま一斉に――」
「ディーヴァ」
「フィムちゃん」
「ステラちゃん」
 一斉に名付けられた彼女は目をぱちくりさせて俺たちを見回す。その瞳が問うている、結局どれなのだと。
「ワタルにしては存外まともなのが来ましたね」
「レヴィ~、リオがいじめる~」
「はいはい、よしよし」
「何甘えてるんですか! というか埋もれたいだけですよね? 離れてください」
 レヴィにしがみつく俺をリオが必死に引き剥がそうとする茶番劇、彼女はそれを大人しく待っている。というよりはどうしていいのか分からないといったところだろうか、造物主とはコミュニケーションらしい事はなかったんだろうか?
「それでお姉ちゃんはどれが良かったの?」
「私が選ぶのですか? ……困りますね」
「困らなくてもいいですよ、気に入らなければ気に入らないでいいんですから」
「いえ、与えられるというのが初めての経験なのでどうしたらいいのか…………」
 施設に居て造物主の存在を知り傍に居たのに何も与えられていなかった? そんな事があり得るのか? だとしたらあまりに冷たい。

「ん~、じゃあフィムとステラどっちが好きだ?」
「……ステラ、でしょうか」
「リルのダメだった……?」
 選ばれなかったリルの表情が陰った事で彼女は狼狽えてしまう。初めて感情らしいものを見せてくれたが困り過ぎたのか俺に縋ってきた。
「じゃあ次な、フィムとディーヴァはどっち?」
「ディーヴァ?」
 リルは完全に打ちのめされている。まぁ好みだから仕方ないな。彼女の方も自分の選択の結果なので非常に申し訳なさそうだ。
「ならお前はステラ・ディーヴァ・スペリオルって事で」
 クーニャがクルシェーニャ・スクーニャ・スペリオルだったからこういう形でいいだろう、たぶん。

「ステラ……私の名前…………」
「ステラ、改めて助けてくれてありがとう。俺は航、こっちがリオでそっちがレヴィリア」
「はい、こちらこそ名前を……ありがとうございます」
 変化の少なかった表情が柔らかく綻んだ。
 しかしまぁ……神龍ってのはロリドラゴンな種族なんだろうか? クーニャと違って痴女ではないようだが。
 彼女に話を聞けばヴァーンシアの事やクーニャの事を知れるだろうか、そんな期待を胸に俺はステラとの会話を再開した。
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