黒の瞳の覚醒者

一条光

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番外編~世界を見よう! 家族旅行編~

黒い洞窟

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「如月様、こちらにいらっしゃいませんか?」
「断固拒否する」
 エルスィは普段任務が無い場合はアディアの第一王都クロディアの男の娘カフェ本店に勤めているのだという。
 そして、男の娘カフェとアマにゃんカフェはライバル関係で客の取り合いも激しいようだ。うちのような団体客は大きな狙い目なのだろう。
 先程から男の娘カフェ併設の宿の良さを力説して勧めてきており割引特典などで嫁を誘惑している。主婦は割引、安売りに弱いっ!
 こいつは俺をどうしたいんだ……変なものに目覚めたくはないのですよ!
 店舗は隣り合っていて吹雪いた時の対策なのか直通の扉があってそこから出てくる向こう側の店員が女の子にしか見えないクオリティの子ばかりというのも俺の警戒レベルを引き上げる理由だ。

 俺は女が好きだ。嫁が好きだロリが好きだ巨乳が好きだ。
 男の娘カフェの店員達の過剰な客引きに若干どぎまぎしてしまった自分に言い聞かせるように何度も唱える。
 しかしまぁ……店内の行き来が自由なのか他店で堂々と客引きをしている。どちらかと言えばセクシー系の多いアマにゃんより可愛い系が多い男の娘カフェに惹かれて連れ去られる男性客も少なくない……ヴァーンシア男性の行く末に暗雲が立ち込めているようだ。
 向こう側に行ってしまった彼らはこの先女性を愛せるのだろうか……? 日本人が持ち込んだもので変なことになっていくヴァーンシア男性の将来を心配しつつクロが作り直してくれたラーメンを啜る。
 豚骨の変わりに猪鹿を使っているスープがまた絶品で……クロを見つけた客が騒ぐのも納得の味だった。

 このラーメンはアマにゃんカフェがある地域にクロが公務で訪れた時のみ振る舞われる超限定メニューでこれを食べる為にクロの公務に付いて回る輩も居るのだとか。レシピ自体はアマにゃんカフェでも扱っているから注文自体は出来るらしいが、クロが作ると美味さが格段に変わるのだとか。
 そんな訳でクロはラーメンクイーンとして国民からはとても好かれているという。

「ワタル様いかがでしたか?」
「ああ、美味かったよ。でもどこかインスタントラーメンみたいな安っぽさみたいなものがあってそこがまた癖になりそうというか――」
『そうなんです!』
「そこがわたくしとシロナが苦労したところです。美味しい物は作れるのです。ですがワタル様と食べたあのインスタントラーメンらしい思い出の味とは違っていて……ですので一年研究しました」
 そんなに!? 公務とか子育て大丈夫だったのか? 
「クロエ様も私もワタル様との思い出を繋ぎ止めたくて必死だったのです」
 戸惑う俺に拗ねるように唇を尖らせたシロが縋ってきた。失ったから、寂しいから、思い出の中に逃げ込む……それは俺もやった。
「ごめんな、辛い思いをさせて。もう離れないから」
「わ、わ、わ、ワタル様――しょんにゃ急に人前で抱き締めるなど……」
 シロは耳年増だが実践となると超恥ずかしがり屋だ。そこがまた可愛いのだが……他の嫁にジト目を向けられて縮こまった。

「さて、雀バーンについてだが――なんです綾さん?」
「いえ……もし将来的に子供が出来ても航君に名前を付けさせるのは危険かな、と……遠慮してくださいね?」
 だって本当に雀みたいなサイズのワイバーンだったんですよ? 子供の名付けという大事なイベントへの参加を拒否られて地味に落ち込む……そう、部屋の隅等に居たい気分だ。
「まさか空間の狭間に居ようとはな……見つからない訳だ。ティナよ、公務が増えそうだな?」
 暗にティナを駆り出そうとするロフィアにティナは難色を示した。
「う~ん……確かにこの能力は未だに私だけだけど……実際に被害が出てないならしばらく待ってほしいわね」
 まだ家族旅行の途中だからと付け加えて。

「実際どうなんだ? 被害は無いままなのか?」
「それを含めて現在情報の確認中です。ここ以外にも姿を確認出来ず声だけという場所もあるかもしれませんから――ですがもし被害が出ていればすぐにでも情報が入ると思うので今のところは大丈夫なのだと思うのですが」
 もし何かあったら旅行ついでに討伐と行くか……何もないのが一番だが、あの雀バーンが現れた時は吹雪くという話、あれは奴が原因なのか、それとも吹雪く日を選んで現れていたのか。
 前者であれば造物主絡みの生物は天候すら変化させるものであるという事になる。そんなものがごろごろ現れたら……ハイオークや魔獣以上の危険に成り得るかもしれない。
 クーニャは落雷くらいに簡単に発生させられる、だから造物主はそういった能力を生物に与える事が可能だと考えられる。クーニャのような特別な存在だけの能力だと思いたいが……。

「さて、暗い顔ばかりしていてはお嬢様方が退屈でしょう? 是非うちの店に来て下さい。ショーもありますよ」
 だから冥府魔道に誘うんじゃない! そんな特殊な観光をするつもりはないのだ。
「ふん、何がショーだ。妾直属の者たちの方が何倍も男共を魅了しているぞ」
 女王! 相手は男ですよ、張り合った時点で負けな気がする。しかしそんな事はお構い無しなのかロフィアは特に人気のあるというアマにゃんを動員して引き留めに掛かった。
 既婚者にそんな凄い引き留め方しないで……嫁の視線が痛いです。
 男の娘カフェに行く気は無いし旅疲れもあるからそろそろ宿に行きたいんだが……しかし、そうは問屋が卸さない。

 エルスィの呼び掛けで男の娘カフェ側から大量の女装した少年が……その多さとクオリティには唖然とするしかない。全員が全員ではないがエルスィと同郷の者も居るのだとか――つまりアドラの混血者がわざわざこの職を選んだということか……ヴァーンシアがすげぇ世界になってきた…………。
「なぁ、そんな事より奥の重そうな扉はなんなんだ?」
 どうにか話題を逸らそうと視線を巡らせたところで店内の内装と比べて異質な扉が目についた。
「ほっほぅ? 気付いてしまったか。あっちは大人専用の店舗だ」
 大人専用という響きに不安を感じる俺とは別に娘たちは大ブーイングだ。大人だけ楽しい事しているなんてズルい、と。
 確かに楽しい事はしてるんだろうけども……。
「というかそれ店舗別けないと駄目な事案だろ!」
「面倒だ。それに向こうは常に客が居るとも限らぬ。しかし適齢期の者も多いのでな、男を攫って来ない為の措置だ。合意の上でないといかんとクロエが煩いのでな」
 合意の上でも家族連れが来る店の隣にそういう店を置いて欲しくないんですが!

「ちなみに貴様の宿は向こうだ」
「ってふざけんなー! あっちはアダルティアマにゃんカフェだろうが、俺はまだ死にたく――」
「クロエの休み延長を承諾する条件として妾の願いを聞くというものがある。一つはここへ呼び寄せる事に使ったがあと二つある……ふふ、意味が分かるか?」
 分かりたくない、非常に分かりたくない! さぁ宿に行ってミシャをもふもふしながら寝よう。

「どこへ行く? クロエの休暇が終わっても良いのか? それに貴様に会いたい者たちも居る」
 娘たちの背を押して本来の宿に逃げようとする俺の肩をがっちり掴んで放さない女王様。
 目がマジだ……嫁たちはといえば、クロは自分のせいだとおろおろし始めティナは他のアマにゃんに女王を連れて帰れと命令している。
 リオはいつもの事ですねと落ち着いた様子で茶を啜っているが目だけはそわそわして落ち着きがない。そしてその目が語っている、分かっていますね? と。
「旦那様これ以上嫁を増やすと旦那様が色々大変になると思うのじゃ」
 うん知ってる、増やす気ないです。
 だから助けてぇ! なんかアマにゃん包囲網が出来てて逃げられないんですが!?

「ロフィアお姉ちゃんもパパ好きなの?」
「好きかだと? ……そうだな、妾は強い男が好きだ。次の世代に繋ぐためにも強い子孫が必要だからな」
 我が娘たちと俺を交互に見てにやりと笑った。俺の子が強くなるとは限らない、なんて言葉は一切聞き入れないだろう。
 うちの娘たちはもれなく強い、リエルとシエルがアマゾネスの戦闘の指導をしている際に遊びに来た娘たちが参加した事があるという……結果は早々に圧勝を納めてしまいアマゾネス達のモチベーションが大きく下がったという事件が三年前の事だという。
 以来適齢期の彼女らは次世代に繋ぐため強い男を求めて他国に出向いては名のある戦士や騎士、騎士団長等を襲撃――もとい手籠めにするべく世界を放浪したとか。
 結果苦情がアディアに殺到して対策として適齢期のアマゾネス向けに男性と仲良くなる場を設けようという事でアダルト版アマにゃんカフェが生まれたらしい。
「強いだけで良いなら天明とか居るだろ」
 すまん天明、しかしもうこの針の筵状態耐えられん。


「あぁ、あれは駄目だ」
「駄目って……お眼鏡に叶わない?」
「いや、やつは申し分ない戦士だ。イェネですら素直に誉めていたからな……しかしな、ああも真っ直ぐ『俺には愛する人が居るから、あなたの希望には沿えません』と清々しい程の笑顔を向けられてはな。流石の妾もあれは横取り出来ぬ」
 その時の事を思い出したのかロフィアが声を抑えて笑っている。恐らくやきもち焼きまくりのドラウト女王でも思い出したのだろう。
「俺にも、愛する人たちが居るから――」
「貴様の場合は多過ぎてそこに潜り込めそうな気がする」
 なんでだよー!? 同じ台詞で良い顔もしたでしょーが!

「ロフィアお姉ちゃんもパパのお嫁さんになりたいの?」
 無邪気なクロナは瞳を輝かせて嬉しそうに訪ねている。たぶん家族が増えるかもしれない事が嬉しいのだろう。そこには俺の周りに複数の女性が居る事への疑問なんかは一切感じていないように見える。
「妾は子が欲しいだけだがな。どうしてもと懇願するならばなってやらんでもない」
「辞退します。新しい相手を探してください」
「つまらぬ冗談を言うな。妾とて七年探し続けたわっ、しかしどうにも貴様と大剣の騎士の印象が強すぎてそこそこの男では霞んで納得いかない。貴様が代わりを用意できぬなら貴様が相手をせよ。ある意味貴様が妾の心を捕らえて放さぬのだからな」
 果たしてそれは俺が悪いのか? 能力的、身体的、どちらでも構わないから女王のお見合いに相応しい男は居ないかとティナに訪ねてみたところ毒島と導の名前が出てきた。
 確かに強いが……導は性格がなぁ。リエルとシエルも複雑そうな表情を浮かべて導はやめておけと言っている。
 ならば毒島は……混血者の自由など尽力してるようだし悪くないのでは?
 ところが、ティナの見立てでは皇帝と仲良くなっているから取り上げるのは可愛そうだという。

「結局貴様に行き当たるな」
 何故だと膝を突くしかない。明確な好意でもあるのならば少しは揺らぐかもしれないが、ロフィアが求めているのは子孫だけの体目当て、となれば断固拒否する。
 好意があっても揺らいだら駄目だろとフィオとアリスに弱パンチをもらいました。
 娘たちはといえば大家族が楽しくて仕方ないのか増える事を期待している節さえあるのがなんとも…………。

「もう戦乱が終わって七年だろ、強い子孫よりも賢い子孫の方が良いんじゃないのか?」
「馬鹿者め、つい先程有事があったばかりであろう。他の者はそれでも良いのかもしれぬ、新しい生き方を選んでも良い時代だ。だが妾の後継者であり皆を導く役目を背負う我が子が弱いのは話にならぬと思わないか? 先の事など誰にも分からぬ、分からぬからこそ備えるのだ」
「よし分かった。もうリオ達に任せた。どっちか説得した方の勝ちという事で、気の済むまで話し合ってくれ。俺はリル達と吹雪が止んだらやるウィンタースポーツの相談でもしてるわ」
 折れそうにないロフィアの眼差しも、嫉妬でパンチを繰り出してくる嫁達の攻撃も耐えられん。俺の意思としてお断りは入れたがお断らせてくれない女王とアマにゃん全員を説得するのは難しそうだ。
 となれば納得出来る妥協点でも探ってもらうしかないのだ。

「パパはロフィアお姉ちゃん嫌いなの?」
 話が望んだ方向に行かなかったクロナは悲しそうだ。
「好き嫌いの問題じゃないな……お嫁さんこれ以上増えたら変だろう?」
『今更パパがそれ言うの?』
 ここ一番の冷めた二十四の瞳が俺を映した。うわぁ……そんな冷めた目が出来るなんてパパびっくりだよ。
「父しゃまは特別だからお嫁さんいっぱい居ても良いとリオママが言っていたのじゃ」
 うん、それは今の家族の形を肯定しただけで増えるのは肯定してないよね、たぶん。
「そんな事より吹雪が止んだら明日はスキーとかどうだ? 地図見た限りだと近くにスキー場作ってあるみたいなんだけど――」
「誤魔化した」
 フィアその目止めて……キラキラした瞳が曇るのは心苦しい。というかロフィア追加したら確実にフィオの機嫌は悪くなると思うぞ。

 明くる日、吹雪が止んだ事もあって雪遊びのレジャーに行くことになったのだが――。
 アマゾネスご一行も同行している。面子はロフィア、アル、イェネ、エピ。
 リニスや他の顔見知りはロフィアが行楽を楽しむために仕事を押し付けられたようで後日会いに来いとせがまれた。

「妥協点は見つかったのか?」
「ええ、四対四の雪遊び勝負となりました。勝った方はワタルを口説いていいことになります」
 リオは自信満々に昨日の話し合いの結果を語った。四対四の勝負、うちからは当然四姉妹が投入されるようだ。確かに身体能力の勝負ではフィオ達を超える事は難しかろう。
 しかしあの時の雪辱を果たそうと意気込むロフィアの瞳は燃えている。イェネもロフィアを追い詰めたフィオと戦える事に興奮している様子で鼻息が荒い。
 エピはといえばあまり興味が無いのかうちの娘たちと雪だるまを作ったりしてくれている。なかなか面倒見の良いところがあるようで皆懐いている様子だ。
 最後にアルは姉とは対称的にガチガチに緊張している。目の前でぶちキレたフィオを見てるからなぁ、実力差は刷り込まれたままなのだろう。それでも参加するのはロフィア同様に強い男を求めてのようだ。

 第一回戦、雪合戦――。
 スキー場の一部が大変な事になっているのを尻目に俺は娘たちとソリ遊びを満喫する。
「パパ、パパ競争しようよ!」
「おっ? リルに勝てるかな?」
 綾さんにスノボーを習ったリルはやる気満々で勝負を挑んできた。そして意外な事にフィオ達以外の嫁達も参加して全員で一斉に滑り降りた。
 先頭をフィアとエリスが行きその後ろを俺が追う、そんな状況を変えようとリルが追い上げた拍子に立ち入り禁止のロープが張ってある方向に入ってしまった。慌てたリオがそれを追い、それを見て更に慌てた俺が二人を追った。
 元のコースより傾斜の激しい坂を滑り落ちていく――そこには最悪の結末が待ち受けていた。
「クレバス!?」
「リルダメ止まって!」
「止まれないー!」
 リオはリルに飛び付いて止まろうとしたのだろう。しかし滑り降りる勢いが強すぎて勢いをそのままにクレバスに飛び込んでしまった。
 そのまま見ている事など出来るはずもなく二人を抱き締めて雪壁を蹴り落下に抗おうとしたが踏ん張りが効くはずもなく重力に引かれていく――。

「ワタル!」
「レヴィ! 助かった」
 帰りが遅い事を心配したレヴィが落下途中の俺たちの目の前に現れ手を伸ばした。底が見えない闇に落ちていく恐怖に泣いていたリルも涙が止まった。
 が、しかし――。
「どうしたレヴィ?」
 彼女の能力は自分が選択して記録した相手を座標にして移動するもの。うちの家族は全員メモリーに入れたと言っていたから戻る事は簡単なはずなのにレヴィの表情は引き攣っていた。
「ど、どうしましょう……? 座標が、見つけられない」
 安心していた俺たちに告げられた衝撃の事実……さっき俺のところまで飛んで来ただろ!? とか言ってる場合でもない。とにかくこの落下の勢いを殺さないと――。
 レーヴァテインを可能な限り深く突き立てて落ちていく、勢いは若干死んだがそれでもこのままだと激突は避けられない。せめて三人だけは守らないとと抱き寄せて落ちていった。

「パパ、ママ、レヴィママ起きて!」
「……っ! リル無事か!?」
「うん、大丈夫だよ。雪がいっぱい溜まってたの」
 どうやら大量に溜まっていた柔らかい雪と突き立て続けたレーヴァテインのおかげで怪我はなかったようだ。
 しかし助かったとは言い難い。長く雪に埋もれたせいか服は濡れて体が冷えている。
「リオ、レヴィ! 大丈夫か?」
「うっ……助かったんですか?」
「どうかな、この状況で脱出出来るかどうかだな。レヴィ能力はどうだ?」
「すみません。やはり座標が分からないんです」
 助けに来たというのに一緒に落ちてしまったレヴィは本当に申し訳なさそうに縮こまっている。
「全部か?」
「はい、他のハイエルフの座標も分からなくなってます」
 突然そうなるって事は…………そういう事になるよなぁ。辺りを見回して不自然に窪んでいるところの雪を少し掘り進めると黒い洞窟がぽっかりと口を開けていた。材質は金属……とも違う、これはあの遺跡に似た感触だ。
「ワタル…………」
 触れるべきではない。しかし進むべき道が他になく、このままだとみんな凍えてしまう。進む他にない、自分の能力が使える事を確認して俺たちは進むことに決めた。
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