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第1章 森の魔物と幻の怪鳥(4話)

【2】

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「もしも~し魔物さ~ん! 居るか居ないか返事しろ~!」

 樹木の香りが少年を包む。何処かで鳥が鳴いたような気がした。見上げると、重なりあった枝葉の隙間から僅かに空が覗く。踏んづけた小さな枯れ枝が、パキリと割れた。

 この森に魔物が本当に居るかどうかは分からない。だがここまで来て何もせず帰るのもいかがなものか。とりあえず辺りを探索してみる事にした。

 突然居なくなった老婆の事も気になる。あるいは、その老婆が魔物だと言う可能性も無くはない。冷たい風が通り抜け、銀河は身震いした。

 森の中で、銀河がまず見付けたのは立て札だった。その端には毛虫がぶら下がっている。立て札には、ご丁寧に魔物の出現場所が書かれていた。
 
 『北に五歩
  西に五歩
  南に五歩
  東に五歩』

「……って、ココじゃねえか!」

 実際に歩いてみてからの、ひとりノリつっこみ。立て札をむんずと掴み、地面から引き抜く。大きく振りかぶったかと思うと、そのまま遠くに投げ捨てた。目を吊り上げて物に当たる銀河。

 するとその直後、背後でカサカサと音がした。草むらから何かが、ニュっと現れる。

「コー……コケピヨ」


「何か出て来たーー!!」

 銀河は最初驚きはしたものの、直ぐにシラケ顔になるとソレに視線を落とした。

「……」

 カタカタと音をたてて近づいて来る。サイズ的には小動物だが、明らかに形がおかしい。謎の物体は、突っ立っている人間の足にぶつかると動きを止めた。

 上半身は鳥の様な人形。下半身は箱に四つ車輪を付けた車型。ふざけた外見のこの物体、どうやらカラクリおもちゃのようだ。おもちゃには紙が貼られており、文字が書いてある。

「まもの……」

 一瞬で銀河は全てを理解した。天に向けて吠える。

「あんっのカラクリオタク!」

 銀河が言う『カラクリオタク』とは、殿のことである。この変なカラクリ人形は殿の作に違いない。すると今回の魔物騒動は、殿の盛大なイタズラと言うことなのか。

『魔物』に例えたこのカラクリ人形を『捕獲』すれば、依頼は完了するのだろう。戦闘にならずに済んで、良かったと言えば良かったのかもしれない。銀河は溜め息をつきながら、おもちゃを小脇に抱えた。

「ぎぃやあぁぁぁぁ!」

 突然、誰かの叫び声が森に木霊した。今しがた銀河が立て札を投げ捨てた方角から、その声は聞こえて来た。

「まさか……?」

 本当に魔物が現れたのではないか。「本物が居ない」と言う確証も無い。もしかすると、先ほどおぶって来た老婆が襲われたのかもしれない。銀河は声がした方角へ跳んだ。

 *

 木の枝からまた別の木の枝へ。軽々とジャンプしながら移動して行くと、少し開けた場所に出た。そこには、へたり込んでいる人影。腰を抜かしているのようだ。

「大丈夫か? 婆ちゃん!」

 銀河は人影の前に着地すると、それが全く人違いだったことに気付く。

「だ、誰が婆ちゃんッスか!」

 そこに居たのは、まだ若い娘である。銀河より少し年下と言ったところか。赤いショートパンツ姿に、頭には同じく赤い帽子。そして、鎖帷子くさりかたびらを身につけている。良く見ると、少女の手には星形の手裏剣。

「何だ。お前、忍者か……はっ! やっぱり婆ちゃん、くのいちだったのか!」
「だから婆ちゃんって誰ッスか!」

 周りの木々には弓道の丸い的のような物が、いくつも貼られている。三つの的が並べて貼られている大木も在り、まるで三つ目の巨人の様にも見える。そして的から外れた大量の手裏剣。少女一人で秘密の特訓をしていたようだ。

 ところで、この忍者娘は何故腰を抜かしているのか。本物の魔物が現れたのかと慌てて来てみたが、特に異変は見付からない。彼女自身が魔物で人を騙す演技でもしているのかと、一瞬疑ったが考え過ぎだろう。

 理由を尋ねてみると、少女は引きつった顔で指を差した。指差す先に目をやると、そこには先ほど銀河が投げ捨てた立て札。上手い具合に地面に突き立っている。

 指差す先に目をやると、そこには先ほど銀河が投げ捨てた立て札。上手い具合に地面に突き立っている。

「いやコレ、ただの立て札だろ? まぁ、俺が投げたせいで驚かせたなら悪かったな」

 謝る銀河に対し、ブンブンと首を振り何かを主張する少女。

「だから悪かったって!」
「け、け……毛虫!」

 立て札に近寄り良く良く見ると、その端に毛虫がぶら下がっていた。理解した銀河は、少女を小馬鹿にしたような表情で言う。

「毛虫なんかで腰抜かしたのか? お前も忍者なら、こんな毛虫一匹にビビんなよ」

「助げでぐれだって良いじゃないッスか!」

 相当苦手なのだろう、涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃだ。体も小刻みに震えている。

 ブラブラしている毛虫の動きに合わせ、銀河の瞳も左右に揺れる。まるで振り子のおもちゃを夢中で眺める子供……いや、子猫の様。抱えていたカラクリおもちゃを放り投げて、手を振りかざした。

「それにあかねまだ『見習い忍者』ッス……って聞いてないッスね!」

 バッチーン!

 銀河は思わず、揺れる毛虫を素手で叩き飛ばした。楽しそうに見えたのは気のせいだろうか。

「さっ、さすが英雄さまッス! やっぱり助けてくれたッスね! ずびっ」

 見習い忍者の茜は、鼻水顔のまま恩人に抱きつこうとした。銀河は我に返ると、さっと避ける。

「けけけーけ!」

(?!)

「何言ってるッスか? 茜知ってるッスよ、その耳。猫耳の銀河さまッスよね」

「けけけ?」

 銀河は戸惑う。ちゃんと喋っているはずなのに、どういう訳か口から出る言葉は「け」ばかり。突然「け」しか言えなくなってしまったのだ。喉元を手で押さえ、口をパクパク。大きく深呼吸して言い直そうとしても無駄だった。

「けけけけけけ!」
(何だよこれ!)

「何ふざけてるッスか?」

 困惑する二人。その時、地面からまた別の声が聞こえて来た。奇妙な笑い声だ。

「ケーッケッケ」

 だが、二人には声の主が見付からない。辺りをキョロキョロと見回す。

「こ……ここだケケ! 下! もっと下! も、もうちょい左だケケ!」

 目を凝らしてやっと見付けたのは小さな生き物。さっき銀河が叩き飛ばした毛虫だった。上体を反らしクネクネ揺れながら、存在をアピールしている。

「どうだ驚いたかケケ! オレはただの毛虫じゃないケケ。魔物の『ケケケムシ』だケケ! 面白い立て札が有ったから、便乗してやったケケ」

 魔物を名乗る毛虫は「してやったり」とほくそ笑む。

「オレの毛には毒が有るケケ。『け』しか言えなくなる毒だケケ!」

 ストンッ!

 小さな魔物の直ぐ脇に刀が刺さった。銀河が無言で抜いた刀を、地面に突き立てたのだ。「元に戻せ」と圧をかける銀河。串刺しになりかけたケケケムシは青ざめる。

「じ、時間が経てば毒の効果は切れて普通に話せるようになるケケ」

 銀河は一先ずこの魔物を捕獲しようと思ったが、困ったことに気付く。魔物を捕獲した後はどうしたものか。当然、虫籠などは持っていない。

(紐で何かに縛り付けておくか)

「ケーッケケケケ」

 思案する銀河の足元で、縮こまっていた魔物が再び笑い出した。その小さな身体から、黒いモヤの様なものが立ち上る。地響きに似た不気味な音が、二人の人間に襲いかかった。

 ズモモモモモモ。


つづく
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