31 / 38
私の「本当」
3
しおりを挟む
次の日の午前中、別荘をあとにするとき、沙耶さんがお弁当を持ってきてくれた。
「また遊びに来てね。瑛輔なんか抜きでいいからさ」
「おいこら」
「冗談だって。来るの、待ってるから」
瑛輔くんの黒いポロシャツの裾を、沙耶さんがそっと引っ張った。
車が走り出すと、手を振る沙耶さんの姿がどんどん小さくなっていく。ハンドルを握る瑛輔くんが、前を見たままプッと短くクラクションを鳴らした。
車内は来たときと同じ並びで、後部座席の真ん中に座った私の隣には遥がいる。けれど、遥は窓の外を見つめたままで、私に触れないように全身を緊張させているのが分かった。
その緊張が伝わっているのか、来るときはずっとはしゃいでいた瑞希も桐原先輩も、いまは、ぽつり、ぽつり、と言葉を発する以外、うつむいて黙りこくっている。
窓の向こうには太陽の光を反射してきらきらと輝く海、空にそびえ立つ白く大きな入道雲。嘘みたいに美しい夏の景色。
すごく天気が悪かったあの日とは全然違う。なのに、同じように灰色に見えた。これからどうしようもなく夜に――暗闇に落ちていくだけの景色でしかない。
そのまま一時間ほど走って、瑛輔くんがハンドルを切って駐車場に車を入れた。
「そろそろ飯にするか。せっかく沙耶が作ってくれたんだし」
砂浜にビニールシートを敷いて、私たちは輪になって座った。遥は私の斜め前。
「わっ! すごい! おいしそー」
重箱の蓋を取ると、瑞希が歓声を上げた。三段のお重にはそれぞれ、色とりどりのおにぎり、唐揚げ、玉子焼き、キュウリの漬物なんかが入っていた。
「前よりうまくなってんじゃん」
梅とわかめのおにぎりを一口食べて、瑛輔くんが少し笑った。
「さ、みんなで食べよー。ピクニックって感じでなんか楽しいね」
瑞希がわざとらしく声を弾ませる。だけど、重たい空気は消えてくれない。
「すみません。俺、食欲ないんで先に車に戻ってます」
遥が立ち上がった。夏の太陽を背にしたその姿は、黒い影のようだった。向けられた背中にかける言葉を、私は持っていない。
「遥くん」
そう呼びかけたのは桐原先輩だった。
「君と千佳ちゃんに、夕べなにがあったの?」
「……別に、なにも」
「信じられないなぁ。誰がどう見たって変だよ。今日の君はまるで別人だ」
「別人なのは――」
遥はちらりと私のほうに目線を動かした。けれど、その目は私の姿を捉えることなく、掠めただけで通り過ぎた。
「どうでもいいでしょう。部長には関係ないです」
「そう。じゃあこれも関係ないかな」
桐原先輩が私の左手を取った。そして、薬指にキスが落とされた。
「プリンセス。あなたが何者でも構わない。どうか僕のものになっておくれ」
「――っ!」
突然のことに、思わず息をのんだ。唇の感触のくすぐったさが、体の中に線を描く。
「え、やば」
「ちょっと、これは……どういうこと?」
瑞希と瑛輔くんも目を丸くした。
「僕は千佳ちゃんが好きだよ。遥くんが相手じゃ分が悪いと思って諦めようとしてたけど、いいよね?」
遥はなにか言おうとして口を開いたけれど、すぐにきゅっと結ばれた。その目が私を捉える。こんなときなのに、瞳に映し出されて喜んでしまう私は本当にどうしようもない。
「部長がしたいようにすればいいでしょう。俺には関係ないですから」
波の音が遥の言葉をかき消してくれればいいのに。
桐原先輩に手を握られながら、私はそんなことを思っていた。
「また遊びに来てね。瑛輔なんか抜きでいいからさ」
「おいこら」
「冗談だって。来るの、待ってるから」
瑛輔くんの黒いポロシャツの裾を、沙耶さんがそっと引っ張った。
車が走り出すと、手を振る沙耶さんの姿がどんどん小さくなっていく。ハンドルを握る瑛輔くんが、前を見たままプッと短くクラクションを鳴らした。
車内は来たときと同じ並びで、後部座席の真ん中に座った私の隣には遥がいる。けれど、遥は窓の外を見つめたままで、私に触れないように全身を緊張させているのが分かった。
その緊張が伝わっているのか、来るときはずっとはしゃいでいた瑞希も桐原先輩も、いまは、ぽつり、ぽつり、と言葉を発する以外、うつむいて黙りこくっている。
窓の向こうには太陽の光を反射してきらきらと輝く海、空にそびえ立つ白く大きな入道雲。嘘みたいに美しい夏の景色。
すごく天気が悪かったあの日とは全然違う。なのに、同じように灰色に見えた。これからどうしようもなく夜に――暗闇に落ちていくだけの景色でしかない。
そのまま一時間ほど走って、瑛輔くんがハンドルを切って駐車場に車を入れた。
「そろそろ飯にするか。せっかく沙耶が作ってくれたんだし」
砂浜にビニールシートを敷いて、私たちは輪になって座った。遥は私の斜め前。
「わっ! すごい! おいしそー」
重箱の蓋を取ると、瑞希が歓声を上げた。三段のお重にはそれぞれ、色とりどりのおにぎり、唐揚げ、玉子焼き、キュウリの漬物なんかが入っていた。
「前よりうまくなってんじゃん」
梅とわかめのおにぎりを一口食べて、瑛輔くんが少し笑った。
「さ、みんなで食べよー。ピクニックって感じでなんか楽しいね」
瑞希がわざとらしく声を弾ませる。だけど、重たい空気は消えてくれない。
「すみません。俺、食欲ないんで先に車に戻ってます」
遥が立ち上がった。夏の太陽を背にしたその姿は、黒い影のようだった。向けられた背中にかける言葉を、私は持っていない。
「遥くん」
そう呼びかけたのは桐原先輩だった。
「君と千佳ちゃんに、夕べなにがあったの?」
「……別に、なにも」
「信じられないなぁ。誰がどう見たって変だよ。今日の君はまるで別人だ」
「別人なのは――」
遥はちらりと私のほうに目線を動かした。けれど、その目は私の姿を捉えることなく、掠めただけで通り過ぎた。
「どうでもいいでしょう。部長には関係ないです」
「そう。じゃあこれも関係ないかな」
桐原先輩が私の左手を取った。そして、薬指にキスが落とされた。
「プリンセス。あなたが何者でも構わない。どうか僕のものになっておくれ」
「――っ!」
突然のことに、思わず息をのんだ。唇の感触のくすぐったさが、体の中に線を描く。
「え、やば」
「ちょっと、これは……どういうこと?」
瑞希と瑛輔くんも目を丸くした。
「僕は千佳ちゃんが好きだよ。遥くんが相手じゃ分が悪いと思って諦めようとしてたけど、いいよね?」
遥はなにか言おうとして口を開いたけれど、すぐにきゅっと結ばれた。その目が私を捉える。こんなときなのに、瞳に映し出されて喜んでしまう私は本当にどうしようもない。
「部長がしたいようにすればいいでしょう。俺には関係ないですから」
波の音が遥の言葉をかき消してくれればいいのに。
桐原先輩に手を握られながら、私はそんなことを思っていた。
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
さようなら、お別れしましょう
椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。
妻に新しいも古いもありますか?
愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?
私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。
――つまり、別居。
夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。
――あなたにお礼を言いますわ。
【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる!
※他サイトにも掲載しております。
※表紙はお借りしたものです。
はっきり言ってカケラも興味はございません
みおな
恋愛
私の婚約者様は、王女殿下の騎士をしている。
病弱でお美しい王女殿下に常に付き従い、婚約者としての交流も、マトモにしたことがない。
まぁ、好きになさればよろしいわ。
私には関係ないことですから。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる