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私の「本当」
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「なに言ってんの?」
遥は最初、笑っていた。でもきっと、私があまりにも真剣な顔をしていたから、その笑顔もじきに戸惑いに変わった。
「遥が知ってる沢野知花は私の友達だったの。私たち、同じ名前だったから、チーとカーって呼び合ってた」
チーと、カー。遥が呟く。
「遥が知ってるのは、チーのほう。でも、チーはもういないの。私のせいで死んじゃったから」
「……死んだ?」
私はきゅっと唇を噛んだ。もう戻れないんだ。もう、私はチーの代わりにはなれない。
私が語るあの日のことを、遥は黙って聞いていた。
「――だから、私はチーの代わりに遥との約束を果たすために、星山高校に入ったの」
そして、チーとして遥に恋をするはずだった。
「なんだよ、それ」
遥が立ち上がる。月の光を遮って、黒い影が私にかかる。
暗闇。
「ふざけんなよ」
「遥……」
思わず伸ばした私の手を、遥が振り払った。心臓がひゅっと冷たくなった。
「なんでだよ。俺は、約束したのに。あいつを守ってやるって――」
私の額に触れた遥の指先は、いつもと違って荒々しい。
「別人だもんな。あいつと同じ傷なんかあるわけないか」
「……ごめん、なさい」
「謝ってどうなるんだよ。あいつが戻ってくるわけじゃないし、お前が本物になるわけじゃないだろ」
遥が私に背を向けた。どこにいたって、すぐに見つけられる「特別」な遥の背中。
その「特別」が明確に私を拒絶している。
「遥、私は――」
言いかけてやめる。なにを言えばいいのか分からない。
嘘に漬かり過ぎた私は、自分の中に生まれたばかりの「本当」の扱いかたを知らない。
遥が歩き出して、背中が遠くなっていく。
ねえ、チー。
チーとカー。私たちは二人で一人。一人だと半分。
それも嘘だったのかな。
私は、どうやってもチーにはなれないみたい。あなたの代わりには、なれない。
私と遥がずぶ濡れになって、しかも別々に戻ってきたことで、みんなはひどく戸惑っていた。
「チッカ、なにがあったの?」
シャワーを浴びてバスルームから出てきた私を待ちかねたように、瑞希が聞いてきた。
「……なにもないよ。散歩してたら海に落ちちゃっただけ」
「そんなわけないでしょ、だとしたら、遥くんがチッカを置いてくるなんてありえない。遥くんはチッカのナイトだもん」
「違うよ」
遥が守りたかったのは、私じゃなくチーのほう。
チーを殺してしまった私に許されるのは、ナイトに倒されて罰を受ける悪役だ。
「ごめん、少し疲れちゃった。もう寝るね」
ベッドに潜り込んで頭から布団をかぶる。ずっと続いていた波の音がやっと途切れた。
目を閉じると、眠りはすぐにやってきた。
暗闇に落ちていく。
遥は最初、笑っていた。でもきっと、私があまりにも真剣な顔をしていたから、その笑顔もじきに戸惑いに変わった。
「遥が知ってる沢野知花は私の友達だったの。私たち、同じ名前だったから、チーとカーって呼び合ってた」
チーと、カー。遥が呟く。
「遥が知ってるのは、チーのほう。でも、チーはもういないの。私のせいで死んじゃったから」
「……死んだ?」
私はきゅっと唇を噛んだ。もう戻れないんだ。もう、私はチーの代わりにはなれない。
私が語るあの日のことを、遥は黙って聞いていた。
「――だから、私はチーの代わりに遥との約束を果たすために、星山高校に入ったの」
そして、チーとして遥に恋をするはずだった。
「なんだよ、それ」
遥が立ち上がる。月の光を遮って、黒い影が私にかかる。
暗闇。
「ふざけんなよ」
「遥……」
思わず伸ばした私の手を、遥が振り払った。心臓がひゅっと冷たくなった。
「なんでだよ。俺は、約束したのに。あいつを守ってやるって――」
私の額に触れた遥の指先は、いつもと違って荒々しい。
「別人だもんな。あいつと同じ傷なんかあるわけないか」
「……ごめん、なさい」
「謝ってどうなるんだよ。あいつが戻ってくるわけじゃないし、お前が本物になるわけじゃないだろ」
遥が私に背を向けた。どこにいたって、すぐに見つけられる「特別」な遥の背中。
その「特別」が明確に私を拒絶している。
「遥、私は――」
言いかけてやめる。なにを言えばいいのか分からない。
嘘に漬かり過ぎた私は、自分の中に生まれたばかりの「本当」の扱いかたを知らない。
遥が歩き出して、背中が遠くなっていく。
ねえ、チー。
チーとカー。私たちは二人で一人。一人だと半分。
それも嘘だったのかな。
私は、どうやってもチーにはなれないみたい。あなたの代わりには、なれない。
私と遥がずぶ濡れになって、しかも別々に戻ってきたことで、みんなはひどく戸惑っていた。
「チッカ、なにがあったの?」
シャワーを浴びてバスルームから出てきた私を待ちかねたように、瑞希が聞いてきた。
「……なにもないよ。散歩してたら海に落ちちゃっただけ」
「そんなわけないでしょ、だとしたら、遥くんがチッカを置いてくるなんてありえない。遥くんはチッカのナイトだもん」
「違うよ」
遥が守りたかったのは、私じゃなくチーのほう。
チーを殺してしまった私に許されるのは、ナイトに倒されて罰を受ける悪役だ。
「ごめん、少し疲れちゃった。もう寝るね」
ベッドに潜り込んで頭から布団をかぶる。ずっと続いていた波の音がやっと途切れた。
目を閉じると、眠りはすぐにやってきた。
暗闇に落ちていく。
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