あなたの代わりに恋をする、はず、だった

清谷ロジィ

文字の大きさ
上 下
30 / 38
私の「本当」

しおりを挟む
「なに言ってんの?」

 遥は最初、笑っていた。でもきっと、私があまりにも真剣な顔をしていたから、その笑顔もじきに戸惑いに変わった。

「遥が知ってる沢野知花は私の友達だったの。私たち、同じ名前だったから、チーとカーって呼び合ってた」

 チーと、カー。遥が呟く。

「遥が知ってるのは、チーのほう。でも、チーはもういないの。私のせいで死んじゃったから」
「……死んだ?」

 私はきゅっと唇を噛んだ。もう戻れないんだ。もう、私はチーの代わりにはなれない。
 私が語るあの日のことを、遥は黙って聞いていた。

「――だから、私はチーの代わりに遥との約束を果たすために、星山高校に入ったの」

 そして、チーとして遥に恋をするはずだった。

「なんだよ、それ」

 遥が立ち上がる。月の光を遮って、黒い影が私にかかる。
 暗闇。

「ふざけんなよ」
「遥……」

 思わず伸ばした私の手を、遥が振り払った。心臓がひゅっと冷たくなった。

「なんでだよ。俺は、約束したのに。あいつを守ってやるって――」

 私の額に触れた遥の指先は、いつもと違って荒々しい。

「別人だもんな。あいつと同じ傷なんかあるわけないか」
「……ごめん、なさい」
「謝ってどうなるんだよ。あいつが戻ってくるわけじゃないし、お前が本物になるわけじゃないだろ」

 遥が私に背を向けた。どこにいたって、すぐに見つけられる「特別」な遥の背中。
 その「特別」が明確に私を拒絶している。

「遥、私は――」

 言いかけてやめる。なにを言えばいいのか分からない。
 嘘に漬かり過ぎた私は、自分の中に生まれたばかりの「本当」の扱いかたを知らない。
 遥が歩き出して、背中が遠くなっていく。
 ねえ、チー。
 チーとカー。私たちは二人で一人。一人だと半分。
 それも嘘だったのかな。
 私は、どうやってもチーにはなれないみたい。あなたの代わりには、なれない。

 私と遥がずぶ濡れになって、しかも別々に戻ってきたことで、みんなはひどく戸惑っていた。

「チッカ、なにがあったの?」

 シャワーを浴びてバスルームから出てきた私を待ちかねたように、瑞希が聞いてきた。

「……なにもないよ。散歩してたら海に落ちちゃっただけ」
「そんなわけないでしょ、だとしたら、遥くんがチッカを置いてくるなんてありえない。遥くんはチッカのナイトだもん」
「違うよ」

 遥が守りたかったのは、私じゃなくチーのほう。
 チーを殺してしまった私に許されるのは、ナイトに倒されて罰を受ける悪役だ。

「ごめん、少し疲れちゃった。もう寝るね」

 ベッドに潜り込んで頭から布団をかぶる。ずっと続いていた波の音がやっと途切れた。
 目を閉じると、眠りはすぐにやってきた。
 暗闇に落ちていく。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ガラスの世代

大西啓太
ライト文芸
日常生活の中で思うがままに書いた詩集。ギタリストがギターのリフやギターソロのフレーズやメロディを思いつくように。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~

八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」  ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。  蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。  これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。  一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

【完結】新人機動隊員と弁当屋のお姉さん。あるいは失われた五年間の話

古都まとい
ライト文芸
【第6回ライト文芸大賞 奨励賞受賞作】  食べることは生きること。食べるために生きているといっても過言ではない新人機動隊員、加藤将太巡査は寮の共用キッチンを使えないことから夕食難民となる。  コンビニ弁当やスーパーの惣菜で飢えをしのいでいたある日、空きビルの一階に弁当屋がオープンしているのを発見する。そこは若い女店主が一人で切り盛りする、こぢんまりとした温かな店だった。  将太は弁当屋へ通いつめるうちに女店主へ惹かれはじめ、女店主も将太を常連以上の存在として意識しはじめる。  しかし暑い夏の盛り、警察本部長の妻子が殺害されたことから日常は一変する。彼女にはなにか、秘密があるようで――。 ※この作品はフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。

日給二万円の週末魔法少女 ~夏木聖那と三人の少女~

海獺屋ぼの
ライト文芸
ある日、女子校に通う夏木聖那は『魔法少女募集』という奇妙な求人広告を見つけた。 そして彼女はその求人の日当二万円という金額に目がくらんで週末限定の『魔法少女』をすることを決意する。 そんな普通の女子高生が魔法少女のアルバイトを通して大人へと成長していく物語。

【完結】カワイイ子猫のつくり方

龍野ゆうき
青春
子猫を助けようとして樹から落下。それだけでも災難なのに、あれ?気が付いたら私…猫になってる!?そんな自分(猫)に手を差し伸べてくれたのは天敵のアイツだった。 無愛想毒舌眼鏡男と獣化主人公の間に生まれる恋?ちょっぴりファンタジーなラブコメ。

処理中です...