恋愛サティスファクション

いちむら

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きげんコンチェルト2

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今、気持ちを声に出したら泣いてしまいそう。
泣くのは駄目だ。泣いたら伝えたいことの半分も伝わらない。
唇を噛んで耐えろ、僕。
伝えたいことは手でも伝えられるだろ。

『昨日の写真。消してって頼みましたよね?』
「あぁ。あれなら消したよ。私のスマホからは。その前に写りの良いものを何枚か人に送ったけど」
『それは消したとは言いません』
「送ったかとは聞かれなかったし」

たしかに聞かなかったけど。
目の前で圭介さんと玲司君に共有された時点で少し諦めちゃってたけど。
だからって不特定多数の人に送られて良いわけないだろう!

『僕と圭介さんをどうしたいんですか? 別れさせたいの?』
「どうもしないよ。自然の成り行きに任せるつもりだ」
『なにが自然の成り行きだ! 干渉しまくりのくせに!』

むかつくー。
もう何発か枕で殴っておこう。
腕が疲れてきた。ちくしょう。

「悪かった。私が悪かったから。枕を下ろしてくれないかい」
『枕を下ろしたら写真のデータが消えるんですか? 消えないでしょう? どれだけ拡散してんだよ』
「そんなに沢山の人間の目には触れていないはずだよ。身内にしか送ってないし」
『僕にとっての身内は片手で事足りる人数なんですけど? そこの数から確認が必要とか言わせないから』
「落ち着いて。サクラ。すまない」
『僕は落ち着いてます。昨日のだって事故だし。それをあんなふうに拡散して』
「そう。あれは事故だったね 。袖が破けたのだって、うっかり引っ掛けてしまっただけで」
『破けちゃった……向日葵』

泣くの我慢してるんだから思い出させないで。
少しは配慮して。デリカシーがない人だな。

「つい出来心で。本当に私が悪かったから。もう二度としないから」

鈴村さんの二度としないなんて信じられるか。

『人の恋路の邪魔するやつは馬に蹴られて死んじゃえー』
「君達を邪魔をする気はないのだ。それだけは分かってくれ」

本当に? 本当に邪魔する気はないの?
なら。もっと悪質。
素で嫌がらせしてくるとか。一生治らないやつじゃん。

「ひとつ確認なのだけど。いま君の愛しい恋人殿が撮っているのはいいのかい?」

振り向いてみれば。
玲司君がスマホをこっちに向けてる。
衝動的に枕を投げつけてしまったのも仕方がないことだろう。

玲司君の手から落ちたiPhoneを拾って。録画停止。
これはしばらく没収です。
後ほど落ち着いてデータを消去します。

「鈴村さんも! 玲司君も! 何でもかんでもすぐに撮って。現代病か!」

今度は玲司君を枕で数発殴っておく。
育ての親に悪いところが似てるんだよ。
カメラが好きなところは似なくて良かったのに。

ぼすんぼすんと音を立てて殴ってやる。
ばーか。ばーか。玲司君のばーか。

「うわっ。唯どうしたの?」

圭介さんまで起きてきた。
どうしたのって。一言で説明なんて出来ないよ。

言葉にする前に、耐えきれなくなった涙がぽろりと零れた。
一粒でも落ちてしまったら。
我慢してた分、涙が溢れて止まらない。
ちいさな子供のように声を上げて泣いてしまう。

みんなで寄ってたかって、僕のことを好き勝手にして。
僕はおもちゃじゃない。
ちゃんと一人の人間だって分かってよ。
悲しくても、怖くても、怒るのだって。心が痛くなるんだ。

床に座り込んで自分の体を強く掻き抱く。
そうしないと涙と一緒に体が溶けて消えてしまいそう。

「唯」

圭介さんが手を伸ばしてきたのを払いのける。
誰も僕に触れないで。優しくしないで。

「もうやだあ」

なにもかもが嫌だ。
隠し事だらけの圭介さんも。
自分の欲が優先の玲司君も。
底知れない鈴村さんも。
無力な自分も。

どれだけ泣いたのか。
涙は枯れて。しゃくりを上げるだけになった。
こんなに思い切り泣いたのはいつ以来か。
それはきっと記憶にすらない子供の頃だろう。
それぐらいに泣いた。

涙と一緒にぐちゃぐちゃな感情も流れ落ちたのか。
頭がスッキリしてきた。
泣くのはストレス解消にも効果的。
心のデトックスをした気分。

さて。気持ちが落ち着いてくると。
とっても居た堪れない状況でして。
好き勝手に暴れて泣いて、今がある。

「顔洗ってくる」

とりあえず、この場から離れるか。
いいんだよ。逃げたって。
戦略的撤退。一度離れて場の空気を入れ替える作戦だ。

ぐしゃぐしゃな顔を見られたくなくて。
手で顔を隠しながらバスルームにダッシュ。
ドロドロの化粧と一緒に。グズグズな感情も熱いシャワーで流して。

ぶっちゃけ。
気持ちよかった。
怒るのも。泣くのも。

普段我慢して押さえつけている感情をさらけ出すと。こんなにスッキリするんだ。
みんなは自由に振舞ってるのに僕だけが我慢する必要もない。
でも溜め込みすぎてある日突然爆発するんじゃなくて、日々小出しに出来るようになろう。
今朝みたいなのはあんまり宜しくない。

暴力に訴えるのは最終手段。
癖にならないように気をつけよ。
ちょっと楽しかったとか思っちゃったから。

さあ。気持ちを切り替えて。
朝ごはんを食べながら写真のことをどうするか考えよう。
どこまで写真が流出しているのか。確認も必要だな。
それによって動き方も変わるし。

うじうじするのはもう終わりだ。
爽やかな朝日にふさわしい建設的な気持ちでいこう。

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