恋愛サティスファクション

いちむら

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そうだ名古屋に行こう4

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走る新幹線の中。逃げ場なんてあるはずもなく。
せめて鈴村さんのお隣で大人しくしてようって思ったのに。

さっきまで僕が座ってたシートに夏目さんがちょこんと座ってる。
何してくれてんの。そこ僕の席!
席に戻れって言うなら席を返してよ。

「さっくん。こっち座ろ」

戸惑っていたら壁やんがあいてる席を教えてくれた。
鈴村さんがいるところから3列後ろ。
僕はそこに座れば良いの? って鈴村さんの方を見るけど。
鈴村さんは窓の外を見ていて、やっぱりこっちを見てくれない。

もしや。楽しみにしてた旅行を邪魔しちゃって怒っているのでは。
だからヤクザがいっぱいの新幹線で僕のことを無視してるの?
これが鈴村さんのいう“メッ”なの?
こんな罰の与え方はないですよ。
反省してるんで許してください。

「窓側いいよ。もうすぐ富士山見えるし」

壁やんの優しさが身に染みる。
USJに行く道中で僕が新幹線から見える富士山にはしゃいだのを覚えててくれたんだね。
でも今は富士山を見る心の余裕はないかな。ごめん。
ヤクザさん達からの視線が痛いから窓側に座るけど。

壁やんと並んで座っていたら。

「姉ちゃん、アイス2つ、そっちの若いのに渡しといて」

通路の向こう側に座ってるフルーツタルトさんがアイスクリームを奢ってくれました。
車内販売のお姉さんがニコニコ営業スマイルで新幹線のスゴクカタイアイスを取り出した。
いま、僕はとっても胃が痛くて冷たいアイスはちょっとした凶器ですね。

でも壁やんはありがとうございますって受け取ってるし。
フルーツタルトさんは持参のスプーンで自分もアイスを食べ始めてるし。
何そのスプーン。スゴクカタイアイスもすいすい食べられる魔法のスプーン?
すごいな。スプーンまで用意してフルーツタルトさんは新幹線のアイスガチ勢か。
食べないっていう選択肢はなさそうです。
耐えろ。僕の胃。

僕と壁やんには魔法のスプーンがないので。
バニラアイスをちびりちびりと食べていく。
ところで。なぜ僕はヤクザにアイスをご馳走になっているんだ?
僕って今どういう立場?

花見会のときは圭介さんと玲司君の恋人として紹介してもらってるけど。
あの時は女の子のふりしてたんだよね。
じゃあ今の僕は?

自分の輪郭があやふやだ。
誰か定義付けて欲しくて。
つい聞いちゃったんだ。

「僕、なんでここにいるんだろう」
「えっ? 鈴さんの新しいお気に入りなんじゃないの?」

なに当たり前のことを聞いてるのって壁やんが驚く。
僕より壁やんのがずっと物事を理解してるっぽい。
ここは教わるしかないね。
教えて。尾壁先生。

「鈴さんは気に入った人がいるとふらっと拾ってくる癖があるんだよ。それで手元にしばらく置いて連れ歩く。飽きても適当に仕事とか人脈を斡旋してくれるから、お気に入りになりたい人はたくさんいるんだ」

鈴村さんはそんな遊びをしていたのか。
まるで捨て猫を拾うように人を拾うのはどうなんだろう。
最後までお世話するなら良い?
そして今度は僕がそのお気に入りだと思われている。
それって旅行が済んだら仕事を紹介してもらえるってこと? それは嬉しい。
でも、その仕事がヤクザな仕事だったら。
そもそもヤクザがどんな組織でどんな仕事してるのか知らないけど。
そういうことも聞いていいのかな?

「ヤクザってグループ企業みたいなものだよ。僕がいるのは鞘間組傘下の団体、宮野会。さっくん、鞘間組は分かる?」
「なんか凄いとこらしいのは分かる。それと本部長補佐?って人には会ったことあるよ」

ヤクザって結局なんなのって聞いたら。壁やんが説明してくれました。
スーツの胸元から出した手帳に図を書いて教えてくれる。親切な先生だ。
壁やんが書いた図の一番上に鞘間組の組長さんがいて、その下にネズミ講みたいに組織が繋がってる。
壁やんがいる宮野会はそのネズミ講の結構上の方にありました。
ちなみに壁やんはヤクザになってたよ。その事実をスルーされてて地味に困惑。
そこの説明も頼みたいのだけど。

「会ったことあるの?」

僕が圭介さんのお兄さんに会ったことあるって言ったら。今度は壁やんが困惑中。

「会ったけど、会っただけだよ」

違法賭博なんて僕はしていませんよー。
一緒に桜を見ただけだよー。

「普通は会えない人だよ」

圭介さんの家族だから特別に会えただけじゃないかな。

「その本部長補佐の田中樹さんは小峠会の会長もされてて」
「そういえば。そんなことも言ってたような。もらった名刺には名前と携帯番号しか書いてなかったけど」
「名刺もらってるの?」
「もらったけどすぐに没収されたから連絡先は知らないよ」

だから壁やんを紹介するとかは出来ないかな。
壁やん、手が止まってるよ。
僕と樹さんの関係は気にしないで。次いこ、次。

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