恋愛サティスファクション

いちむら

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召しませゴクドー9

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「集計終わったぞー」

ん? 最初にゲームに参加したお爺さんだ。
デパートの紙袋を提げてどうしたの?
お菓子ならもういらないよ。
すでに貰いすぎだもん。

「ほれ。今日は目出度い席だって皆が奮発したからな。そこそこな稼ぎにはなっただろー」

差し出された白地にピンクの花模様の紙袋を反射で受け取っちゃったけど。
中身がお菓子じゃない。日本銀行券!
おそらく百枚毎に輪ゴムで止められてる福沢諭吉さんがいっぱい。
お札が新札じゃない、使い込まれた雰囲気で。
色々と危ない匂いがするんですけど。

僕が受け取っちゃった一袋だけでも、ずっしり重くて最高級外車が買えそうだ。
お爺さんの持ってる残りの紙袋も同じ中身だとしたら。
車が3台も買えちゃう。

『受け取れません!』
「お嬢ちゃんが働いた対価なんだから受け取ってもらわんと。こっちも困るよー」
『こんな大金、渡されても僕だって困ります』

受け取れ、受け取れないと紙袋を押し付けあう。

「困りますねえ。花見会でタダ働きさせたとあっては。私の顔に泥を塗りたいのですか?」

今度は最後に遊び来たおじ様だ。
泥なんて塗る気はないよ。
タダ働きでもないし。
お礼はお菓子で十分なんだって。

「お嬢さんは“郷に入っては郷に従え”という日本語を知っていますか?」

知ってるけど。
これはヤクザ的な決まりなの?
どうしよう。

成瀬さんはお爺さんに声をかけられたタイミングで、すっと離れていっちゃった。
もしかしたら暗黙の了解か何かで席を立つように言われてたのかな。
鈴村さんは何かあったら駆け付けられる距離で、でも座ったまま。

玲司君は? って思ってあたりを見回したら。
取り立てにあってました。
残念すぎる。

「だから、カードでなら払えるって」
「この場で現金でなければ無理です」
「どっかにカードリーダーねぇのかよ」
「ありません」
「段取りワリぃな」
「花見会でクレジットカードを使えると思う方が準備悪いですよ。ゲンナマが基本でしょ。それともツケます?」

うん。玲司君が悪いね。
とっても、ダサいね。

『これが僕のお金だというなら、玲司君の支払いに使ってもらえますか?』
「分かりました。彼の敗けを差し引いて、残りはこれぐらいですかね」

それでも紙袋が1つ残ってしまった。
高級車2台分の敗けっぷりは、この際目を瞑って。
この紙袋をいかに受け取らないかって問題なんだ。

『お気持ちだけいただくとか駄目ですかね?』

僕の質問の答えの代わりに、おじ様が僕の肩をトンっと押した。
座った姿勢のまま、ふらりと後ろに倒れる。
頭を打つ前におじ様の掌が僕の後頭部を包んだから、たんこぶを作らずに済んだけど。

足が! ずっと正座してた足が痺れてる! めちゃくちゃ痛いっ! 

「おやおや? どうしましたか?」

おじ様は分かってて僕のふくらはぎを親指の腹でグリグリしてくる。
あまりの痛さに悲鳴も出ない。

「本当に鳴かないウサギですね。報告書通りということは、こちらもそうなのか。調べてみましょう」

おじ様が振り袖の衿をぐいっと引っ張って広げる。
もしかして、ここで脱がす気!? 調べるって性別チェック!?

逃げなきゃ。男ってバレちゃ駄目なのに。僕はまだ死にたくないっ。
気持ちは焦るのに、痺れた足には力が入らない。
腕は変な風に脱がされた着物のせいで後ろ手に固定されて動かせない。
まるで腕を縛られてるみたい。
そう考えてしまうと恐怖で体がすくんでしまう。

成瀬さんが貸してくれた防犯ブザーが帯の隙間から転がって、けたたましく鳴り響く。
それでも、おじ様は手を止めない。
こんな山奥では誰もブザーを気にしない。

助けて! 玲司君!
って助けてもらおうと願ったけど、玲司君はすでに何人もの男の人に押さえ付けられてる。
それでも暴れる玲司君の腕を押さえていた人が、玲司君の肩に手を置いた。

それは一瞬。バキッっと音がして。続いて玲司君のうなり声。
うそ? 骨が折れた……。
ごめん。玲司君。もう大人しくしてて。
これ以上怪我しないで。
鈴村さんみたいに静かにハンドアップして。
首もとにナイフを当てられてるけど、動かなければ怪我しないよ。きっと。

最後の気力を振り絞って蹴りあげた足に紙袋がぶつかったのか。
見たことない量のお札が桜の花びらみたいに舞い散った。
それでもおじ様は構わず帯に手をかける。
本当に止めてっ。振り袖を脱がさないで。

「すみませーん。俺の恋人がヤクザのおっさんに襲われてるんで助けてくださーい。ついでに違法賭博の現場っぽいんでパトカーいっぱい寄越してー」

緊迫した状況に不釣り合いな緩い声。
スマホ片手にビジネススーツの圭介さん!

「って110番ひゃくとーばんされたくなかったら、俺の唯から手退けろよ」

圭介さんのことは誰も止めないんだ。
たくさんの人の間を堂々と歩いてる。
おじ様の下敷きになってて立ち上がれない僕の頭の近くまで圭介さんがやって来て。
ようやくおじ様も僕のこと離してくれた。

『圭介さん!』

圭介さんに抱き付いたら、ギューッて抱き返してくれた。
右手を『圭介さん』の形にして、背中をバシバシ叩いちゃうのは仕方がないよね。
だって怖かったし、痛かったし、会いたかったんだもん。

「はいはい。唯の圭介さんだよー。遅くなってごめんねー」
『ううん。ちゃんと助けてくれたもん。圭介さんは僕のヒーローだよ。ヒーローは遅れて参上するのが様式美なんだから』
「唯が頑張ってくれたから間に合ったんだよー」
『僕は何にも出来なかった。だから玲司君が大変な事に』

そう。玲司君を早く病院に連れていってあげて。
そう伝えたくて玲司君の押さえ付けられていた方を見る。

「ほら、タオルを噛んでいなさい」

シャツを脱がされた上半身裸の玲司君の口に鈴村さんがタオルを噛ませてた。
玲司君の眉間が痛みで歪んでるせいで、怪しいプレイに見えてきちゃう。
いやいや。ここで公開プレイをする意味はないからね。
落ち着け、僕。

鈴村さんは玲司君の肩のあたりを指先で何度も撫でて確認すると、両手でガッチリ掴んだ。
ガコっとすごい音がしたかと思うと、玲司君が噛んでたタオルを投げ捨てる。

「いってぇー! 少しは加減しろよヘタクソ」
「脱臼した肩関節を戻してやったのだ。文句よりも感謝をしたまえ。テーピングをしてあげるから大人しくしているのだよ」

脱臼? 骨折じゃなくて?
それでも病院に行った方が良いんじゃないの?

「鈴さんが治してくれたなら、もう大丈夫。唯はまず着替えよっか。その格好じゃ、あれだしねー」

そうだった。振り袖は襟元も裾もグシャグシャだ。
せっかくの髪飾りも押し倒されたときに落ちて踏まれて壊れちゃった。
潰れたお花を拾う。
これって直るのかな。さすがに無理かな。
今頃になって涙が溢れてきた。

「よしよし。怖かったね。もう、大丈夫だから」

圭介さんが優しく僕の頭を撫でてくれる。

「玲司もアイシングした方が良いだろ? 一緒に来なー」
「へいへい」

肩をテーピングでぐるぐる巻きにされた玲司君がそばに来てくれた。
すごく痛そう。

『玲司君大丈夫? すっごい音がしてたよ』
「オレのことは気にすんな。それより、せっかく綺麗にしてもらったのに圭に見てもらえなかったの残念だな」
『また楓さんに着せてもらえるか頼んでみる。壊れちゃった髪飾りも直せるかな』

花の髪飾りを玲司君に見てもらう。
こういうのは玲司君のが詳しそうだし。

「藤の花が千切れたのか。ベースになってる菊が無事だし直るだろ」
『良かった』

玲司君はそのまま花飾りを預かってくれるって。
直してくれるお店にも詳しいのかな。

「ずいぶん仲良くなったみたいだけど。唯は俺に伝えたいことがあるんでしょ?着替えながら聞かせてもらうからー」

ああっ! 色んなことがありすぎて忘れてた!

『あのね、僕は玲司君が好きなんだ。圭介さんも好きだし、玲司君も好き』

しまった。勢いで伝えちゃったけど、ここで話す内容じゃなかった。

「そっか。分かったー」

軽い。反応が軽いよ、圭介さん。二股宣言だよ。
玲司君も予想通りの反応って笑うけど。
笑い事じゃないし。

圭介さんはご機嫌で僕を抱き上げてくれる。
なんかもう疲れちゃった。
抱っこで運んでもらおう。
着替えて落ち着いたら、ちゃんと話そうね。
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