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復活!琥珀の闘神!
岬の散歩
しおりを挟むI県、海山市。
鮮ケ崎。
最終局面省秘密基地。
まだ日中だというのにヒグラシ達が合唱しているのは海から吹き込む涼しい風のせいだろうか?。あくまでも予想に過ぎないのだが、夕方のような気温に反応しているのだろうと思う事にした。
早朝から出ていた濃霧は、気温が上がり地表が温められるにつれ地面に寄り付かなくなるように立ち上ぼって、やがて薄くなった。正直もう霧はこりごりだったが、この辺りの涼しい霧は何故か悪くないと思える。
聞く所によると、沿岸部特有の温めの暑さに、気まぐれな涼風がマーブリングするのがこの地方の夏の気候だとか。
水平線の上には、海上濃霧警報です!とばかりに濃い霧の帯がもうひとつの白い水平線を延々と伸ばしている。そして時々その上に吹き上がる細かいギザギザは鬣に見える。何の鬣って?
それは龍神の鬣。
世間話で聞いた地元の昔話に影響されたせいか、自分にはそう思えた。
水平線の上に寝そべった巨大な白竜の胴体。
そんな夢想が心に踊る。どうやらこんな俺でも海の男のはしくれらしい。
かつてこの地方で活躍した英傑の魂が神域に旅立とうとした時、嵐と共に迎えに来たのが巨大な龍神だったそうだ。
その時、沿岸部に並んだ三市町村からそれぞれ、頭、胴体、尾が見えたという伝説から推測される龍神の全長は、三市町村の区間距離から簡単に割り出した推定で五十キロメートル以上。神を測るなど無礼この上ないとも思ったものの、そこは自分の職業柄ご容赦頂きたいと存ずる。
かつて豊漁を願うこの辺りの人々は、水平線の上で堂々と昼寝する霧の帯を巨大な龍神になぞらえ、奉っていたのかもしれない。
今度、怪獣対策で世話になっている民俗学の先生にでも話してみようと思う······
「アキサー?」
「?!」
「あ!じゃなかった!チーフー!」
鬼磯目が停泊する洞窟のようなドッグ。マーティアは近くで掃除をする重深隊の隊員、環巣 晶叉に声を掛けた。
マーティアの声にふと違和感を感じた晶叉だったが、手元に集中していた彼の責任感はすぐにその違和感を払い除ける。
どこかの隙間からヒグラシの合唱が、ねっとりと温い気温のドッグに潜り込んで来て響く。海岸ギリギリまで落ち込んでいる山の斜面の林で鳴くヒグラシのラブコールは彼女には不評だった。
·もうラブラブラヴラヴラブラヴラヴぅるさいよー!リア獣!ん?リア虫かな?
「マーティア?ふぅむ···ヒグラシのラブコールが分かるのか?スゲーな?調べてみ?」
·はーい!うーん?
マーティアはヒグラシを検索した。本来はAIの過度学習防止の為、重深隊のサーバーを通して検索しているマーティアだったが、命を超え、ある力に触れ、AIを超えつつある存在になった彼女は、すでに自由に世界を検索する術を密かに持っていた。
·ほーーー!
「理解した?」
晶叉は桟橋の床に撒いた水を切ったフロアドライヤーを、用具置き場へ片付けながらマーティアに聞いた。
·はい!理解しました。
「結構!···んーーじゃどうしよっかな?掃除終わったしちょっと時間あるし、散歩でもして来るかな?」
晶叉は背伸びしながら独り言を言った。それに対しマーティアは無言の圧をかける。
·······
「······ふふ···灯台広場に着いたら俺のライブカメラ起こして連絡する。風景でも見ようか?アクセスしてみなさいよ?」
·!やったー!(デートだー!)
鬼磯目の船体が僅かに躍動し、それに伴って起こった小波がドプンと桟橋にぶつかり海水が跳ねた。
晶叉は扉を開けて古い船着き場に出た。扉が自動で閉まる音に反応して振り返ると、岩に偽装された扉はもうどれなのか分からない。波に洗われ、粗骨材が剥き出しになったコンクリートの船着き場は切り立った崖に挟まれた入り江の片隅にあって、しっかりと陸地側まで続いている。灯台へと続く遊歩道は、津波が押し上げたものか、もしくは洪水が上流から押し流したものか分からない巨大な石がゴロゴロと転がっていたが、歩けない程では無かった。
今日は土曜日。晶叉はハイキング客はいるか?とも思ったが特に人影は見当たらない。
ここから一番近い一般車向け駐車場からこの先の灯台広場までの細く過酷な遊歩道は全長約三キロメートル。この道は常にチャレンジャーを選んでいた。
秘密基地から目と鼻の先にある灯台広場まで歩いて五分。目的地に到着した晶叉を青い空と青い海、岩場と岬の土壌の境目に群生したハマナスの葉の緑。そして青い水平線に蓋をするように垂れ込めた霧の水平線が出迎えた。
早速マーティアとの約束を果たす為、個人用スマホをポケットから取り出した晶叉は、差出人不明の奇妙なメッセージが届いている事に気付いた。
ビジターノート7/2(金)分
最初のページのコメントの
頭文字全て。
晶叉は誰も居ない灯台広場の東屋に置いてあるビジターノートを手に取って、指示されたページを開く。筆跡、筆圧、上手下手。コメントはバラバラだったが、指示通りに頭文字を纏めて並べ、検索する。ページが一件ヒットし、クリックすると同時に勝手にボイスチャットへ移行した。
〔···やぁ!アキサ〕
「兄さん?」
スマホに表示されたカジキのシルエットのアイコンから聞こえて来た声は、鬼磯目の開発主任である晶叉の兄、環巣 束瀬だった。
〔どうだ?アルバイト(仮称)は、順調か?〕
「兄さんこそ!どこで何を?俺達や交交さんに鬼磯目を任せっきりにしてこんな時に何を!」
〔急用、俺は裏切ってなんかいないさ。い つ も の、恨まれ事でな?ゴモくんは俺よりも結構使えるだろ?〕
「ふぅ!皮肉?全く···!」
〔藍罠くんはアレ、使ってくれたようかな?〕
「琥珀?ああ、使ったそうだよ?」
〔結構!〕
「珍しいね?こんな所通って、それに久々、まともに兄さんと話したよ?で、今度は誰に睨まれてるの?」
〔政府に保護されてる。今回はヤバいな〕
「ええ?」
〔ところでアキサ〕
「何ですか?」
〔ゲルナイド···ってなんだろな?頭の片隅に置いといてくれ?〕
「ゲル···ナイド?」
〔マーティアの寝言に登場する何かだ〕
「!」
〔じゃまた!本当に俺が要る時はリモートで参加する!〕
「あっ!ちょっと!」
通信は切れ、晶叉のスマホ画面がリセットする。
「あ!う~ん、全く!」
晶叉はマーティアとの約束を守る為、鬼磯目宛てに連絡を入れた。
〔はい!お疲れ様です!〕
不機嫌そうなマーティアの声。晶叉はかつての恋人とのトラブルを思い返し、ビクッと体が跳ねる。
(聴かれて無いよな?今の···)
だがすぐにマーティアは、いつもの可憐な口調に戻る。
〔もう着いたんですか?早いですね?アキサ!、よろしければ海を見せて下さい〕
「あ、ああ!いいよ!分かった!」
晶叉はスマホのカメラを海の方向に向けた。
一方、C県、鍋子市。
その岬にある小さな祠の内部。
異空間にでもなっているのか?と言う程に、祠の内部は二十畳程の拝殿が広がっていた。
「さ、ゆっくり」
神主の格好をした金髪の少年が、二人の猫仮面巫女に指示を出す。
拝殿に敷かれた敷き布団に全身ずぶ濡れで、顔にキズ跡のある美少年が横たえられた。猫仮面巫女の一人が語る。
「サガミの谷で倒れていたそうなんです。気を失ったまま水中でも生きていて得体がしれないと漁神サマ方をたらい回しになって···」
「むぅ?人の形をしているが人間では無いな?だがとりあえず直るまでここで···ん?この学生服はどこかで?···」
金髪の少年。この神社の主であるヌシサマは、海底で発見された少年、ゲルナイド中枢活動体の面倒を見る事にした。
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