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43話
しおりを挟むブーツを脱いでベッドに上がるとアルベルトさんの腹の上に跨り馬乗りになる。
ベンチに座っている2人は馬乗りになった俺にちょっと驚いているみたいで、「えっ!?」て顔に一瞬なったけど、これは仕方ないのだ。これにはちゃんと理由がある…俺だって好き好んで馬乗りになってる訳じゃない…。
まぁ、それは置いといて。
両の掌をアルベルトさんの胸に当てて目を閉じると、頭の中にイメージがぶわっと浮かび上がってきた。
鼓動する心臓に3つの文字のような印のような物が刻まれて、そこから禍々しいどす黒いモヤの様な物が揺らいでいる。
ゲームの時は、キャラクターの背後からこんなモヤモヤがオーラみたいに出ていたエフェクトだったんだけど生身だとこうなるのかと、不謹慎だと思いつつも少しだけその違いに「ほぉ、すげぇな」感心してしまう。
しっかし、よく育ってんなぁ。
これ、どのくらい前から呪いをくらってんだ?
よくこんな状態まで平気だったよなぁ…。
我慢強いって言うか、鈍感過ぎって言うか…。
今までに精神面もそうだけど、身体面にもそれなりに影響は出てた筈だろうになぁ。
きっと無自覚なんだろうけど、アルベルトさん。アンタ、良く頑張ったよ。
多分だけど、これで俺に対する好意も薄れてくるか無くなる筈だ。
アンタはちゃんとした女性で気立てのいい綺麗な嫁さん貰って、可愛い子供をいっぱい作って幸せな家庭築かなきゃだよ。
「清らかにして穢れを拭いし白き流れ。神々の清浄なる息吹。優しき浄化の力にて、我が前に横たわりし者の不浄なる穢れを取り除き、その身体と心を救い清め給え」
うぅ…さぶっ!さっぶいわぁ…。
他の魔法系や回復系スキルには無詠唱で出来るのに、何でこれだけはこの詠唱が必要なんだよっ。
厨二病過ぎて鳥肌が立ってくる。
俺の黒歴史の傷が抉られるぅ。
恥ずかしくて泣けてくるぅ。
もう…穴があったら入りたい…。
だから、呪解したくなかったんだよぉぉぉっ!!
落ち着け、俺。
今ここで羞恥してる場合ではないのだ!
アルベルトさんの胸に視線を落とせば、うねうねと蠢き苦悶している様などす黒いモヤモヤの塊りが体内から這い出始めていた。
腰を落として左手でアルベルトさんの肩を押さえつけ、右手でモヤモヤの塊りを鷲掴みにして一気に引っこ抜く。
アルベルトさんの身体がガクガクと大きく震え、背中が大きく仰け反り、声にならない苦痛の叫びが寝室に響き渡った。
「よしっ!エディ、投げろっ!」
「は、はいっ!」
俺に投げられ瓶を左手でキャッチして、俺の腕に絡みつくモヤモヤを腕ごと瓶の中に突っ込んで聖属性攻撃魔法スキル『フォースオブヘブン』を使う。
バチッ!!と爆ける音と同時にモヤモヤが瓶の中で細かくなって分散し腕から離れた。
瓶と対になっている分厚いガラスの蓋で塞いで、用意していた封印の魔法陣を描いた紙をその上から貼り付つける。
ベッドから降りて、瓶をサイドテーブルに置き、中を見えないように埃カバーの布を被せて隠す。
よっしゃ、これで呪解&封印完了っと…。
「もうこれで大丈夫ですよ」
「そ、そうですか…あ、スルジュ君…その腕は…」
「スル、大丈夫なの!?」
俺の右手から肩にかけて煤けたように黒ずんでいて、シャツの袖は腐食してボロボロになって無いに等しい状態だった。
普通の人間なら肩から腕を切り落とさないといけないぐらいのダメージを受けているけど、俺は勿論大丈夫。
状態異常無効というチート的なパッシブスキルを予めオフからオンに切り替ておいたからだ。
じゃないと、呪いの核を素手で掴むとか愚の骨頂としか言いようのない荒業とか到底無理。
普通に暮らしている分にはオフにしている。要は人目の問題。
例えば、もし人前で料理中に熱した油が腕とかにかかっても全く火傷していない無傷とか、他の人から見りゃ化け物だ。
「大丈夫ですよ、ほら。でも、念の為に穢れを清めるまでは私には近づかない方がいいです」
煤けた右腕をぐるぐる回して、右手をにぎにぎして笑って見せる。
ベンチの2人は安堵の溜息を吐いて、緊張が解けたのか何処となくぐったりしている。
「お2人はお戻りになって少し休んで下さい。あんな物を見ればそれなりの精神的ダメージもあると思いますし…旦那様も直ぐには動かさない方がいいので、此方で暫く身体を休めて頂きます」
「そうですね…ここはスルジュ君の言う通りにさせて頂きますか…エッダ、一先ず戻りましょう」
「はい、フリオさん」
「スルジュ君…本当にありがとうございます」
「いえいえ、出来るまでの事をしたまでです。此方での事、色々と落ち着くまでは他言は控えて下さい」
「それが無難かと思います。エッダもお願いします」
「はい、わかりました」
察しのいいフリオさんは、どうやら俺の言った意味をちゃんと理解してくれたようだ。
エディを連れて小屋を出て戻って行った。
呪解が終われば全て終わりって訳じゃない。
次に俺が為すべきことは、原因とその対処。
俺には関係ないことだから、本当はそこまでする必要はないのかもしれない。
だけど、俺はここでののんびりとした暮らしが気に入っている。それを邪魔してくるのは気に入らない。
煤けた右腕を綺麗に洗って、アイテムボックスから聖水の小瓶を取り出して右腕にかけると、ジュワジュワと炭酸の泡が小さく弾けるような音がした。
これで俺に着いた呪いの穢れが周りの人に悪影響は出ないかな。
そろそろアルベルトさんを起こして、回復薬と聖水を飲ませておくか。
ベッドの縁に腰をかけ、ペチペチとアルベルトさんの頬を叩いて覚醒を促すと、直ぐに薄っすらと目が開き、その黒い目に俺の顔が映る。
ぼんやりと俺の顔を見ているが、反応が薄い。
まだ意識が少し混濁しているみたいだ。
なので、アルベルトさんの顔の前でパンッ!と両手を打ち鳴らすと、目の焦点が合い、ハッとした表情を浮かべた。
「お身体とご気分は如何ですか?」
「ん…全身が少し怠い感じはするが…気分は悪くない…な。寧ろスッキリしたような…」
「それは上々、何よりです。あぁ、まだ起き上がらないで下さい。そのまま暫くは寝ていて下さい」
身体を起こそうするのを止めると、やはり身体が辛かったらしく素直に身体をベッドに沈める。
「スルジュ…状況がよく分からないのだが…俺は一体どうしたんだ?」
「簡単に申しますと…私が旦那様を昏倒させて、旦那様にかけられていた呪いを解除しました。それだけです」
「今、サラッと何でもないように聞こえたが…俺の聞き間違いか?」
「いいえ、旦那様は見事に呪いを受けておいででした」
「迷宮の仕掛けで、呪いを受けたことはあるが…呪解の珠を使ったのか…なるほど」
「まさか。アイテムで何とかなるような呪いではありませんでしたよ」
例のガラス瓶を手にして、アルベルトさんに向けて見せ、布を取る。
分散していたモヤモヤがまた塊りとなって再生し、行き場がない瓶の中で蠢きながらぐるぐると回っていた。
おお、すげっ!きもっ!
もう再生してるわ。流石は融合体だなぁ。
相当根深い怨念ばっかをベースにしてんのかな?
「此方が旦那様にかけられていた呪いです」
「…これが呪いなのか?何とも禍々しい…しかし、呪いとは目には見えない物では…」
「普通なら見えませんが、何せ高レベルの呪いの核…即ち本体ですので。この呪いは特殊で3つの融合体ですしね」
「ならば、どうやって…呪解を…」
「その辺りは、フリオさんに聞いて下さい。私が説明したところで、にわかには信じられるものではないでしょう。旦那様は暫くこちらのベッドでお休みになられて下さい」
再び布を被せると、アイテムボックスを開いて放り込む。
アルベルトさんの身体に毛布をかけて、ベンチに座りマグカップに回復薬と聖水を一緒に入れてスプーンで混ぜ混ぜしていると、おずおずとアルベルトさんが話かけてきた。
「その袖…どうしたんだ?」
「別に旦那様が気になさることではありません」
「あの…スルジュ…」
「何でしょうか?」
「酷いことを言って…あんなことまでして、俺が本当に悪かった。すまない。それと…ありがとう」
「そうですね。本当に腹立しく思いましたが、謝罪は受け入れます。礼は必要ないです」
「あと…」
「まだ何かおありですか?作業の邪魔をなさらないで下さい」
スプーンでぐるぐる混ぜ混ぜしているマグカップから少しだけ異臭が漂う。
回復薬と聖水を混ぜると、何故だか鼻を突く様な異臭する。回復薬の乳酸菌飲料の様な味がこれまた何故だか聖水が混ざると強烈な生酢味になる。
だけど、効果は3割増しとめちゃくちゃ高い。
昔、ポカして呪いを食らった血盟員に呪解した後、体力回復と穢れ払いを兼ねたお仕置きとして、よく飲ませていた物だ。
「俺は…その…スルジュ、君が好きなんだが…」
ハイ、告白キターーッ!!
「気のせいです。旦那様が受けていた呪いの影響です。ご自分のお気持ちが本当にそうなのか、冷静になってよく考えてみて下さい」
そうそう、冷静になってみりゃ勘違いでしたって気づくってもんだぞ。
「少し起き上がれますか?」
手を貸して上体を起こし背中に枕をクッション代わり当てがう。
マグカップを手渡すと、ツンと鼻を突く異臭にアルベルトさんが眉根を寄せて此方を見る。
「これは?まさか…これを俺に飲めと?」
「お飲み下さい。文句や苦情は一切お聞きしません」
ものすご~く嫌そうな顔をしつつも、鼻を摘んでグッと一気に飲み干し、空のマグカップを俺につっ返した。
咽せて吐きそうになるのを口を両手で押さえ、目を白黒させつつ必死に我慢している様を澄まし顔で眺める。
まぁ、このぐらいで許してやるか。
呪いの影響で本心じゃなかったと思うし、ここは俺が大人の対応を見せてやろう。
俺の心は海より広くはないが、雨上がりの水溜りよりは広いのだ。
「よく我慢されました。臭いと味はアレですが直ぐに身体の調子は元に戻ります」
アイテムボックスから、蜂系モンスターの最上位種のクリスタルホーネットのレアドロップである蜜の結晶を1粒取り出す。
蜂蜜キャンディーみたいなもんだ。
「お口直しにどうぞ、甘いですよ」
蜜の結晶を差し出すと受け取らず、じっとそれを見入っている。
どうやらまた不味いのかもしれないと勘ぐっているみたいだ。まぁ、あれだけキツイの飲まされたら疑いたくもなるのは当たり前か。
ちょー美味いのになぁ…。
オロフなんかどんなに泣き喚いていても1粒口に放り込んだら、ぴたりと泣きやんだぐらいだぞ。
「お疑いですか?それは残念です。折角のレアな極上物なのに。では、私が頂きます」
「ま、待っくれっ、頂くっ」
自分の口に入れようとした途端に待ったがかかった。
んじゃどうぞと差し出すと少しの光でも反射でキラキラ光る蜜の結晶を指で摘んで、ゴクンと咽喉を鳴らしいる。
なんだ普通に食べたかったのかよ。
「疑っている訳じゃない。ただ…綺麗過ぎて食べるのが勿体なくて…それに…」
「それに?」
「嫌、何でもない…」
蜜の結晶を口に含むと、濃厚な甘さなのに甘ったるさが後を引かないすっきりとした蜂蜜の味に驚くと同時に頬が少しだけ緩んで笑みを浮かべていた。
うむうむ、美味いであろうともさっ!
あまりの美味さに蜜の結晶目当てで、クリスタルホーネット狩りが流行ったこともあったしなぁ。
でも、大半がクリスタルホーネットの返り討ちにあってたけど…。
それから暫くアルベルトさんは何も言わず黙り込んでしまった。じっと小屋の天井を眺めて物思いに耽けっている感じだ。
そんなアルベルトさんを見てない振りをして、いつまでも片袖が無いシャツを着たままでは格好がよろしくないと思い着替えをしようと寝室を出た。
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