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カーニバル・クラッシュ
八月-1
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虫と蛙の声。湿った夜風の匂い。何者かの気配を感じ、声は不意に鳴き止んだ。
雑木林の木の枝を、飛び移るように移動する人間離れした人間の女が居たからだ。
この辺りは、敷地内に屋敷林があったり、裏山持ちの家が多い。様々な家屋の明かりを頼りに、林の中から様子を伺う。
野球中継を見てる家。幼い兄弟がケンカしてる家。流行音楽の聞こえる家…。
10年前の戦を忘れたかの様な、平和ボケした同胞ども。
とある畑に設置された、防風ネットの支柱の上で女はあるものに気づいた。またあの車か。
今年の春くらいから、よく見かける車だった。
観察すると中から女の声が聞こえたり、エンジンもかかってないのに車体がよく揺れている。盛りのついたオスとメスが居るのだろう。
女は唇を舐めた。アレにするか。
「あらオシャレして。お出かけ?」
玄関先で靴を履く望に、光花子は声をかけた。
「ちょっと下界にね」
今日は下界:ふもとの街にある大型ショッピングモールへ行く。
特に用事は無く、行きつけのCD屋と服屋に行くだけだが、近隣都市のお洒落な人も大勢居る。周囲の雰囲気に気圧されぬよう『武装』し、望は外出するのだ。
自転車でふもとに通じる県道へ合流しようとすると、誰かがクラクションを鳴らした。原付に乗った輝暁だ。
「よう。望」
輝暁が望の手前で止まったので、望も自転車を降りた。
「テルさん、出かけるんすか?」
「いや、パンピの友達んとこの帰り。どっか行くん?」
曇天の若者は糸遊や陽炎でない一般人を『一般ピープル』略して『パンピ』と呼ぶ。
「買い物っす。ガーデンで」
同じく、ふもとの大型ショッピングモール『CRM・GARDEN(コットンローズマロウ・ガーデン。日本語訳でフヨウ庭園。笑。フヨウとは、近くにある有名な標高3000m越えの芙蓉山)』を、略して『ガーデン』と呼ぶ。
便利で楽しいお庭である。
輝暁はセットされた望の頭を見つつ言った。
「買い物? お前もデートじゃなくて?」
「いやぁ、相手居ねえし。誰かデートの人居たんすか?」
「誰って、…アイツだよ。チャリの真姫とすれ違った」
「あー…」
真姫と赤城の噂は、輝暁も知ってるのだろう。望はふと気づいた。
「ん? 今日、日曜だし赤城さん休みじゃ? なのに1人で出かけてんだ?」
赤城は農協で職員として働いている。望の言葉に、輝暁はニヤニヤした。
「お前知ってるか?」
「え?」
輝暁は辺りを見渡すと、望に耳打ちした。
「あの2人、車でエッチしてる」
望がその言葉に目を丸くすると、輝暁は気を良くしたのか笑った。
「中の様子見た奴は居ないけど、不自然に揺れててそれっぽい事してる紺のハコ車いるんだよ。週末夜に空き地に停まっててさ。
赤城さんの車、紺のハコ車っしょ?」
「確かに。こないだの集会、その車だった。うっわ、マジすか? 引くわ…」
「だろ? 俺も聞いた時嘘だと思ったんだけどね。よりによって地元の野外って…。真姫ってそういう奴なん?」
「さあ? 赤城さんもよくそんなとこで…。ふもとにはラブホもあるのに」
「スリルあって盛り上がるのかね?」
「あー、マジ引いた…」
望が暑さとは違う汗を拭うと、輝暁は言った。
「そういやお前、アイツとペアで任務だよな」
「うわ! 何で今この話してきたんですか! すげぇ気まずいんすけど」
「ひゃはは! わりいわりい。仲良く任務やれよ。あ、仲良くし過ぎてもダメか」
輝暁は原付に跨ると、手を振り走り去った。望は溜息をついて自転車を漕ぎ始めた。
何はともあれ便利なお庭。
CDショップで試聴し、フリーペーパーをチェックしてる時だ。
白のロゴTに黒いダメージデニムの男がこっちを見てる。視線の主は…、
「赤城さん⁈」
「やっぱ望かぁ」
赤城は下手すりゃ20代半ばに見える様な(若作りじゃなく良く似合ってる)姿だった。
普段は作業着姿しか見てないので新鮮だ。赤城はにこやかに笑いつつ話かけてきた。
「見間違いかと思った。デートか?」
「いえいえ、そんな」
「ダイさん、知り合い?」
赤城の連れが棚の向こうから来ると、望は驚いた。
20代半ばの痩せたその男は肩ぐらいの茶髪で、黒いシャツの首元にはシルバーのネックレスが2本。
豹柄パイピングの細いパンツに蛇皮プリントの尖った靴、という派手な出で立ちをしていたのだ。
地元では見掛けないタイプ。パンピか?
赤城は笑顔で、その男に望を紹介した。
「マモル、この子だよ賢介さんの息子」
「え? マジで」
何故そこで父の名も出るんだ。望は目をパチクリさせた。
「紹介遅くなったな。こいつはマモル。俺と同じバンドでギターやってる」
「どーも。こう見えてギターだよ」
(へぇ、赤城さんバンドやってんだ)
マモルは、いかにもな感じがする。
「初めまして、羽黒望です」
「いやー、賢介さんに息子居るって聞いてはいたけど、こんなに大きいとは思わなかった~。いくつ?」
「中3です」
日曜のせいか目当ての飲食店は満席なので、3人はフードコートの片隅に座った。
望の返答にマモルが反応する。
「中3? じゃあ真姫とタメ?」
(真姫ってあの…?)
赤城が答えた。
「そうそう。真姫と同い年」
何故、マモルは望の父親や真姫を知ってるのか。望が知らないだけで、マモルは曇天出身者だろうか?
望に赤城が説明する。
「俺らさ、あともう1人と真姫の4人でバンド組んでんだ」
「バンド? 真姫もスか?」
「ん? 真姫から聞いてねえの?」
「アイツ、あまり自分から喋らないタチなんで…。ところで、何故俺の親父を知ってるんですか?」
望の言葉にマモルが答える。
「そうだよな、生まれる前の話だし知らねえよな。此処の近くの通りに『ガトリングコブラ』って言うライブハウスあるの、知ってる?」
「コンビニの斜め向かいですか?」
「そう。親父さんはそのライブハウスの設立に携わった」
「そうなんすか⁈」
望が目を丸くすると、マモルは続けた。
「支配人さんと同級生でね。俺は直接会った事は勿論無いけど、支配人さんが色々教えてくれて。この界隈のバンドマンはみんな知ってるよ」
「そうそう。望のじっちゃんが許してくれなくて、バンドじゃなく家業を選んだけど『音楽を志す人の為に』って作る手伝いしてくれて」
2人の言葉に、望は只々驚くばかりだった。
マモルは期待に満ちた目で聞いてきた。
「望くんは何か楽器やってたり?」
「いえ、聞く専門で…」
「そっか、賢介さんベースだったと聞いたから、てっきり…。でもさ、仮に望くんがベースで真姫がボーカルやったら『2代目ドラゴンフライ』だな!」
「真姫に怒られんぞ。…あいつも『あの明日香の妹』って目で見られるの、嫌がってるし」
テンションを上げるマモルを抑えるように、赤城が冷静にあしらう。
(真姫の姉も、生前バンドを…?)
望に赤城が笑いかける。
「出入り口に親父さん写った写真あるぞ。完成した時の記念写真、今度見に行こうぜ」
「はい!」
雑木林の木の枝を、飛び移るように移動する人間離れした人間の女が居たからだ。
この辺りは、敷地内に屋敷林があったり、裏山持ちの家が多い。様々な家屋の明かりを頼りに、林の中から様子を伺う。
野球中継を見てる家。幼い兄弟がケンカしてる家。流行音楽の聞こえる家…。
10年前の戦を忘れたかの様な、平和ボケした同胞ども。
とある畑に設置された、防風ネットの支柱の上で女はあるものに気づいた。またあの車か。
今年の春くらいから、よく見かける車だった。
観察すると中から女の声が聞こえたり、エンジンもかかってないのに車体がよく揺れている。盛りのついたオスとメスが居るのだろう。
女は唇を舐めた。アレにするか。
「あらオシャレして。お出かけ?」
玄関先で靴を履く望に、光花子は声をかけた。
「ちょっと下界にね」
今日は下界:ふもとの街にある大型ショッピングモールへ行く。
特に用事は無く、行きつけのCD屋と服屋に行くだけだが、近隣都市のお洒落な人も大勢居る。周囲の雰囲気に気圧されぬよう『武装』し、望は外出するのだ。
自転車でふもとに通じる県道へ合流しようとすると、誰かがクラクションを鳴らした。原付に乗った輝暁だ。
「よう。望」
輝暁が望の手前で止まったので、望も自転車を降りた。
「テルさん、出かけるんすか?」
「いや、パンピの友達んとこの帰り。どっか行くん?」
曇天の若者は糸遊や陽炎でない一般人を『一般ピープル』略して『パンピ』と呼ぶ。
「買い物っす。ガーデンで」
同じく、ふもとの大型ショッピングモール『CRM・GARDEN(コットンローズマロウ・ガーデン。日本語訳でフヨウ庭園。笑。フヨウとは、近くにある有名な標高3000m越えの芙蓉山)』を、略して『ガーデン』と呼ぶ。
便利で楽しいお庭である。
輝暁はセットされた望の頭を見つつ言った。
「買い物? お前もデートじゃなくて?」
「いやぁ、相手居ねえし。誰かデートの人居たんすか?」
「誰って、…アイツだよ。チャリの真姫とすれ違った」
「あー…」
真姫と赤城の噂は、輝暁も知ってるのだろう。望はふと気づいた。
「ん? 今日、日曜だし赤城さん休みじゃ? なのに1人で出かけてんだ?」
赤城は農協で職員として働いている。望の言葉に、輝暁はニヤニヤした。
「お前知ってるか?」
「え?」
輝暁は辺りを見渡すと、望に耳打ちした。
「あの2人、車でエッチしてる」
望がその言葉に目を丸くすると、輝暁は気を良くしたのか笑った。
「中の様子見た奴は居ないけど、不自然に揺れててそれっぽい事してる紺のハコ車いるんだよ。週末夜に空き地に停まっててさ。
赤城さんの車、紺のハコ車っしょ?」
「確かに。こないだの集会、その車だった。うっわ、マジすか? 引くわ…」
「だろ? 俺も聞いた時嘘だと思ったんだけどね。よりによって地元の野外って…。真姫ってそういう奴なん?」
「さあ? 赤城さんもよくそんなとこで…。ふもとにはラブホもあるのに」
「スリルあって盛り上がるのかね?」
「あー、マジ引いた…」
望が暑さとは違う汗を拭うと、輝暁は言った。
「そういやお前、アイツとペアで任務だよな」
「うわ! 何で今この話してきたんですか! すげぇ気まずいんすけど」
「ひゃはは! わりいわりい。仲良く任務やれよ。あ、仲良くし過ぎてもダメか」
輝暁は原付に跨ると、手を振り走り去った。望は溜息をついて自転車を漕ぎ始めた。
何はともあれ便利なお庭。
CDショップで試聴し、フリーペーパーをチェックしてる時だ。
白のロゴTに黒いダメージデニムの男がこっちを見てる。視線の主は…、
「赤城さん⁈」
「やっぱ望かぁ」
赤城は下手すりゃ20代半ばに見える様な(若作りじゃなく良く似合ってる)姿だった。
普段は作業着姿しか見てないので新鮮だ。赤城はにこやかに笑いつつ話かけてきた。
「見間違いかと思った。デートか?」
「いえいえ、そんな」
「ダイさん、知り合い?」
赤城の連れが棚の向こうから来ると、望は驚いた。
20代半ばの痩せたその男は肩ぐらいの茶髪で、黒いシャツの首元にはシルバーのネックレスが2本。
豹柄パイピングの細いパンツに蛇皮プリントの尖った靴、という派手な出で立ちをしていたのだ。
地元では見掛けないタイプ。パンピか?
赤城は笑顔で、その男に望を紹介した。
「マモル、この子だよ賢介さんの息子」
「え? マジで」
何故そこで父の名も出るんだ。望は目をパチクリさせた。
「紹介遅くなったな。こいつはマモル。俺と同じバンドでギターやってる」
「どーも。こう見えてギターだよ」
(へぇ、赤城さんバンドやってんだ)
マモルは、いかにもな感じがする。
「初めまして、羽黒望です」
「いやー、賢介さんに息子居るって聞いてはいたけど、こんなに大きいとは思わなかった~。いくつ?」
「中3です」
日曜のせいか目当ての飲食店は満席なので、3人はフードコートの片隅に座った。
望の返答にマモルが反応する。
「中3? じゃあ真姫とタメ?」
(真姫ってあの…?)
赤城が答えた。
「そうそう。真姫と同い年」
何故、マモルは望の父親や真姫を知ってるのか。望が知らないだけで、マモルは曇天出身者だろうか?
望に赤城が説明する。
「俺らさ、あともう1人と真姫の4人でバンド組んでんだ」
「バンド? 真姫もスか?」
「ん? 真姫から聞いてねえの?」
「アイツ、あまり自分から喋らないタチなんで…。ところで、何故俺の親父を知ってるんですか?」
望の言葉にマモルが答える。
「そうだよな、生まれる前の話だし知らねえよな。此処の近くの通りに『ガトリングコブラ』って言うライブハウスあるの、知ってる?」
「コンビニの斜め向かいですか?」
「そう。親父さんはそのライブハウスの設立に携わった」
「そうなんすか⁈」
望が目を丸くすると、マモルは続けた。
「支配人さんと同級生でね。俺は直接会った事は勿論無いけど、支配人さんが色々教えてくれて。この界隈のバンドマンはみんな知ってるよ」
「そうそう。望のじっちゃんが許してくれなくて、バンドじゃなく家業を選んだけど『音楽を志す人の為に』って作る手伝いしてくれて」
2人の言葉に、望は只々驚くばかりだった。
マモルは期待に満ちた目で聞いてきた。
「望くんは何か楽器やってたり?」
「いえ、聞く専門で…」
「そっか、賢介さんベースだったと聞いたから、てっきり…。でもさ、仮に望くんがベースで真姫がボーカルやったら『2代目ドラゴンフライ』だな!」
「真姫に怒られんぞ。…あいつも『あの明日香の妹』って目で見られるの、嫌がってるし」
テンションを上げるマモルを抑えるように、赤城が冷静にあしらう。
(真姫の姉も、生前バンドを…?)
望に赤城が笑いかける。
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「はい!」
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