【完結】僕たちのアオハルは血のにおい ~クラウディ・ヘヴン〜 

羽瀬川璃紗

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カーニバル・クラッシュ

七月-3

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 長い黒髪が、濡れた裸身に張り付く。毛先は湯の中で怪しく揺らめき、思わず口から溜息が漏れた。

 10年前の怖い戦争から彼と生き延びて、暮らしていく事は容易では無かった。でも死にたいとは思わなかった。

 生きとし生ける者には寿命がある。だから一緒に居たい。窓から見える月は、こんな私をどう見ているだろうか。





「…でもさあ、変な係だよな」

「皇介も思った? 俺も。まるきし尾行じゃん?」

 望の言葉に龍哉は口を開く。

「そういう係もあるんじゃないスか? だいたい『七子』自体が秘密だし、俺達がボディーガードとやらを知らなくても、おかしくないんじゃ?」

 本日は皇介宅で宿題。魔法使いは現役中学生。皇介が口を尖らす。

「子供だろうけど、小学生なら少しは戦えるじゃん。ボディーガード要らなくね? それとも七子巡り中は攻撃禁止か?」


 赤城は『何か起きたら中央会』と言ったが、先日の雑魚程度なら、遭遇したら『すぐ討伐』が常識だ。
 指示を仰いでる間に逃げられ、被害が拡大するといけない。一定の強さ以上の陽炎などなら、常駐部隊が感知して動くシステムが、一応此処にはある。
  

  龍哉が独り言のように言う。

「七子巡り、元々は『糸遊の中にいる陽炎との内通者を狩る』事だったらしいですよ」

 皇介と望は思わず口を開けて龍哉を見た。龍哉は笑って続けた。

「幕末のね、陽炎が分離した頃の話ですよ。本当に狩ったかは定かじゃ無いっスけど、陽炎への離脱防止で脅威を与える事がモトになってるって、ウチのじいちゃんが」

 龍哉の祖父は住職で、なかなかの物知りだった。皇介は頭を掻いた。

「怖えな、それは…」

 望は首を傾げて言った。

「それが発祥だから『見ると祟りがある』か。…でもさ、たまに曇天で遺体見つかるじゃん。あれって祟り? え、待って…?」

 龍哉はニヤリと笑った。

「流石ノゾさん。昔…、第二次世界大戦後辺りは滅多にココで遺体は出なかった。けれどここ5,6年、毎年1~2体の糸遊の焼死体が出る。七子巡り以降の秋か冬に」


 去年は9月に糸遊の高齢者が(痴呆で徘徊癖のある老女だった)、一昨年前は11月に糸遊の若者(20歳の男で家出と思われてた。両者とも検死で陽炎か刺客に襲われたのではと推測)、その前も何件か…。


  皇介が口を開く。

「今現在はさ、奇襲辺りから陽炎が活発なってるじゃん。戦後より今が物騒だからじゃねえの?」

 望はある事に気づく。

「いや待って。問題なのはそこじゃなくて…」

「そう。焼死体に限って、見つかるのは秋冬なんですよ。陽炎の目撃談は年中あるのに」

 龍哉の言葉にもまだ意味が良く解ってない皇介に、望が口を添える。

「たまたまでも、何で『七子巡り』以降なんだ? 攻撃も『術』も色んな種類あるのに、何で皆焼け死んでる? 死んだ奴って七子巡りとどんな関係だったんだ?」

 龍哉が真面目な顔で言う。

「注意すべきは七子かもしれない。赤城さんは『ボディーガード』って言ったけど、本当は七子を監視するための尾行…なのかも」

 その言葉に、皇介はペンを落としそうになった。

「…まさか。だって何で仲間を?」

「仮説ですよ。見つかる焼死体が七子と関係あるなら、巡回中はみな家にこもるから目撃者は無い。『尾行』するのが任務で、何かあったら中央会へなのも合点が行きますね」

 龍哉のシニカルな言い草に、望は苦笑した。彼はサラッと怖い事を言う。暗黒面が覗くとでもいうか。

  皇介は鼻の頭の汗を拭った。

「…はは。お前らの推理には参ったぜ」


 同胞を殺す7人の子供。ホラー映画みたいだ。誰が何故同胞を殺すかは判らないが、自分の知らない事がよく知ってるこの地で起こっている。

 望はそれが気掛かりだった。


 暫くして玄関が開く音がして、客と皇介の母が談笑するのが聞こえた。誰かが部屋の戸を叩いた。皇介が返事をする。

「何?」

「道子先生が来たよ」

 戸を開けると、コロコロした皇介の母の後ろにひょろりとした女が居た。望は声を上げた。

「道子先生‼」

「久しぶりね、皆すっかり大きくなって」


 青田道子あおたみちこは同じ集落に住み、幼い望らが集会所通いをしてた頃から保母をしていて、オルガン演奏と歌が上手い。
   病で身体が不自由になった夫の介護をしつつ、現在も保母をしている。教え子じゃない近所の人も道子先生と呼び、慕っている。


  龍哉も笑顔で言った。

「久しぶりです。元気でした?」

「元気よ。ごめんね、勉強の邪魔して」

 道子はニコニコして言った。皇介も笑った。

「邪魔だなんてそんな事無いっス! 今日はどうしたんですか?」

「貰い物のお裾分けに。2人じゃ食べきれなくて」

「マジすか? ありがとうございます!」


 うんざりするような暑さに気を取られていると、文月はいつの間にか終わった。

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