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第16話 廊下でひと悶着

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 水魔法対戦授業の一件で下火だった噂が再び盛り上がってしまったようです。

 やれやれ、どうしたものかと悩んでいた時、向かい側から歩いてくるエミール王子が見えました。

「おひさしぶりです」
 私としては挨拶をして早々に離れたかったのですが……。
「フェリシアが君の杖に細工をして罠にかけたという噂が広まっているが……?」
 エミール王子がド直球で聞いてきました。
「つまらない噂ですね。壊れた杖は先生に調べていただいている最中です」
 手短に私は答えました。

 噂が再燃した現状で王子と長々と話をするのはまずいと思ったので、私は早々に離れていきたかったのですが……。
 
「しかし、かなり信ぴょう性のある話なのだろう」
「何を根拠にそうおっしゃるのですか?」
「皆が言っている」
「『皆』とは誰ですか? 具体的に名前を上げていただけますか?」

 私の質問に不意を突かれたような顔をエミール王子はされました。
 王子の真意がわからず、それでは、と、一礼して私は離れようとしました、しかし……。

「フェリシア嬢があくどいことをしたことが証明されれば、王子の生徒会での処分が撤回されるかもしれないだろう」
 バルドリックがいつの間にか私たちの傍に立っていて説明しました。
「つまり……、フェリシア嬢を悪役にして王子殿下の生徒会室への出入り禁止を撤回させるのに協力しろ、と、言う意味ですか?」
 単刀直入に私は聞き返しました。

 それで、フェリシアが私に危害を加えたかも、との証言をエミール王子は欲しがって遠回しにあれこれ言っていたのですね。

「根拠のない噂を広めるような真似をするな、と、生徒会長にいさめられたばかりではありませんか? それなのに……」
 私はバルドリックに言いました。
「根拠のない話ではないだろう!」
 バルドリックは眉間にしわを寄せてすごんできました。
 彼は他の生徒より体格が大きいので威嚇されると、小柄な女子の身ではとてつもない恐怖を感じます。

「あのな、君がフェリシア嬢にひどいことをされたと証言すれば、王子は前のように一緒に活動できるようになるかもしれないんだ。そのくらい察しろよ。まあ、貴族じゃないからそういう以心伝心のような真似はできないのかもしれないけど、今後のためにそういうのも覚えていたほうがいいぜ」

 なんなの?
 自分たちに都合のいい要求をしてその通りにしない相手への偉そうな説教口調⁈

 エミール王子も後ろでウンウンとうなづいてバルドリックの言を肯定しているみたいです。

「そうですか、根拠もなく他人を悪役にするための『以心伝心』ならわからなくてよかったです。そもそもそう証言したところで生徒会長が処分を撤回するとは思えませんけどね」
「やってみなくちゃわからないだろう!」

 何でしょうね、この方バルドリック
 こっちが精いっぱい込めた皮肉は通じなかったようで、それでさらに押してくるとは心底脳筋ヤローですね。
 
 もしかしたら無茶ぶりも今まではその恵まれた体格でごり押しができて、それが習い性になっておられるのかもしれません。勢いで主張をしてくるけど、私もそこでひるんで自分の意思を曲げることはできません。

 しょぼいレベルですがありったけの勇気を振り絞って言いました。

「お断りします! あなた方はご自身の都合だけでフェリシアが悪役だったらいいなという期待をもとにおっしゃっているだけでしょ! そんな自分勝手な提案を私に持ちかけないでください!」

 ドキドキ、精一杯にらみつけても体格的にはライオンに挑むチワワ。

 バルドリックは逆らわれると思ってなかったのか、顔がみるみる赤く厳しくなり、王子の方はこれも今まで自分が頼めば誰もが快く引き受けてくれるのが当たり前だったのか、驚きと失望を隠せないような表情をしていました。

「おい! なんだ、王子に対してその態度は!」

 バルドリックが私の腕をつかみ怒鳴りつけました。

「きゃーっ! 暴力を振るわないでください!」

 これ以上相手の思うとおりにさせていたら、それこそ人気のないところに連れていかれて脅され要求をのまされる危険を感じた私はわざと大声を上げました。

 すると、今まで私たちを遠巻きに見て通り過ぎていただけの学生たちが足を止めてこちらを見始めました。これにバルドリックは少し慌てて、おい、と、私が大声を出したことを小声で咎めようとしました。

 しかし、私はこの二人の態度と言い分は腹に据えかねており、すでに臨界点は超えていました。

「王子殿下と騎士団長のご子息ともあろう方々が、自分の利益のために無実かもしれない女性を貶めるなんて卑怯千万なことをされるとは、心底失望いたしました! そもそも、王子殿下がフェリシア様を生徒会室であれだけ貶められていたのも不信感一杯だったんです。要するに、成績一位のフェリシア様に王宮での仕事を助けてもらって、二位の自分が生徒会の仕事をできるってんじゃ恰好がつかないから、事実無根の悪口を吹聴していたわけですか? そうとしか考えられないでしょう、この男のクズ! いや、人間としてもクズ!」

 あ~あ、言っちゃいましたよ。
 皆の注目を浴びた状況で今までのもやもや思い切りぶちまけちゃいました。

「この、王子に対して不敬だぞ!」

 バルドリックが手をふり上げました、殴られるパターンですかね、これって……。

「そこまでだ!」

 後ろからバルドリックに近づき彼の腕をつかんで誰かが制止をしました。

 フォーゲル先生です。
 バルドリックよりはるかに細身なのに、彼の腕をつかんで制止させるとは。

「いくら性別による区別はないと言っても、体格のいい君が女生徒に暴力を振るおうなんてほめられた振る舞いじゃないね」
 フォーゲル先生はバルドリックの腕をつかんでいる手に力をこめ言いました。
 バルドリックは痛みに顔をしかめ、しばらくそれが続いた後、先生は彼の腕を放しました。
「しかし、この女生徒は王子に不敬な発言を!」
 バルドリックは傷んだ腕をさすりながら言い訳しました。
「『不敬』? 学園では身分による上下はないから『不敬』という概念も通用しないぞ。だが発言内容は精査してもよいだろう。この女生徒は王子に何を言ったのかな?」 

 フェ―ゲル先生の質問に王子とバルドリックは気まずそうに口ごもりました。

「いえ、もういいです」
 エミール王子が言いました。
「いいのかい? もし君の名誉にかかわることをこの女生徒が言ったとしたなら、今皆の見ている前でそれを話して大勢の判断を仰ぎ、彼女が間違っていたならそれを取り消させることもできるが?」
 フォーゲル先生が促しますが、王子は黙ったまま、バルドリックとともに立ち去ろうとしました。
「待ちたまえ、だったらこの女生徒の言い分に対する遺恨はないと誓えるのだな。後々彼女に危害を加えるような真似はしないと君たちは約束できるのだな?」
 先生が釘を刺しました。

 エミールもバルドリックも小さくうなづいて去っていきました。

 ただここまで派手にもめてしまったらこの先の生徒会での活動が思いやられます。
 
 
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