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七章

30、シッカロール【3】

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 わたしは、温かな琥太郎さんを手拭いを持った両手で受け取りました。

 ずしっとした重み。やはり手拭いを敷いた縁側の床にそっと降ろして、丁寧に体を拭いてあげます。

 手拭いが動くたびに琥太郎さんは両手を伸ばして、わたしの着物の袖を掴もうとするの。
 
「気持ちいいわね、よかったわね」

 言葉にはならない「うー」とか「あぶー」という声。でもね、わたしには分かるの。琥太郎さんの機嫌がいいってことを。

 波多野さんが手渡してくれたパフを持ち、あせものある背中、それからお尻の辺り、そうそう膝やひじの内側もシッカロールをつけてあげないとね。

 粉っぽい甘い香りが辺りに漂い、軒先から差し込む光に、舞い上がった粉がまるで霞のよう。

「なぁ、絲さん。琥太郎がえらい白なってるけど」
「大丈夫です。薄めにつけていますから」
「けど、白すぎてなんか怖いんやけど」

 蒼一郎さんは、怖々と琥太郎さんとわたしを交互に眺めます。
 もう、心配性ですね。
 沐浴は自信がないですけれど。シッカロールくらいは大丈夫なんですよ。

 夏の暑い時期なので、短肌着を着せてあげると、琥太郎さんは足を元気に動かしました。

「いい子ね。でもお風呂で疲れたでしょうから、もう休みましょうね」

 しっとりと湿った淡い色の柔らかな髪が、わたしの頬をくすぐります。
 琥太郎さんって、まるで猫みたい。
 温かくて柔らかくて、シッカロールだけじゃなくて日なたの匂いもするの。

「あ、ええなー」と、蒼一郎さんが呟いたけれど。琥太郎さんを抱っこしたいのかしら。
 
「お二人ともお疲れでしょう?」

 席を外していた波多野さんが、麦茶を運んできてくださいました。
 炒った大麦の香ばしい匂い。ガラスの器に入った琥珀色の液体は、とても涼しそうなんです。

「お昼は素麺にしますからね。絲お嬢さんはたくさん召し上がってくださいね」
「お素麺は揖保乃糸ですか?」
「はい? ああ、最近売り出した商品ですね。確か、そんな名前が箱に書いてありましたよ」

 まぁ、それは素敵。
 わたしは、にっこりと笑みが浮かぶのを感じました。

「昔からあるで。あそこの素麺は。品質を守る為に統一商標にしたんや」
「わたし『ひね』が好きです。するりとして美味しいんですもの」
「絲さん。人の話、聞いとうか?」

 蒼一郎さんは呆れながらも、琥太郎さんのお布団を整えてくれました。
 わたしが抱っこしている間に、琥太郎さんはもう眠ってしまったみたい。

 そーっとお布団に降ろすと。背中が敷布団についた途端に、くりっとした目が開いたんです。

 次の瞬間、琥太郎さんは火が付いたように泣きはじめました。

「え、どうして? あせもがまだ痛いの? かゆいの?」

 再び抱き上げると、すぐに静かに泣き止みます。
 でもね、またお布団に降ろすと泣きだして。

 どうしたの、いったい。今度は何が嫌なの? 何に困っているの?
 途方に暮れていると、蒼一郎さんがわたしの頭を撫でたんです。

 琥太郎さんの頭じゃなくて、わたしの頭をですよ。

「気にせんでええで。多分それ、絲さんに甘えとうだけやろ」
「でも」
「こんな小さいのに、頭のええ子なんやな。絲さんやったら、泣いて甘えたら通用するって分かっとんやろ」
「そうなの? 琥太郎さん」

 腕の中の息子に問いかけますが、もちろん返事はありません。ただ指をくわえながら、わたしにもたれかかっています。

 ああ、だめ。ずっと抱っこしていてあげるから。お母さん、頑張りますからね。

「ほどほどにした方がええと思うけどな」

 蒼一郎さんは小さくため息をついて、肩をすくめたんです。
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