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七章

29、シッカロール【2】

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 ぬるめのお湯は、縁側に射しこむ陽射しを受けてきらきらと煌めいています。
 そのお湯の澄んだゆらめきは、天井にも映ってとても綺麗。
 見上げているだけで、うっとりとするほどなの。

 ぱちゃぱちゃと水音がして、琥太郎さんが気持ちよさそうに手を動かしています。

「おー、そうか。琥太郎は風呂が好きか。父さんと一緒やなぁ」

 蒼一郎さんの声に反応したのか、琥太郎さんは足まで動かします。
 跳ねた水しぶきが縁側に染みを作りました。

「うんうん。気持ちええよなぁ」
「産院で、わたしが沐浴させると身動きもしませんでしたよ」

 そう告げると、蒼一郎さんと目が合いました。なぜかしらその瞳から「可哀想に」という文字が読み取れたような気がしたんです。

「看護婦さんに手伝ってもらったんですけれど。琥太郎さんは神妙にしていましたよ」
「……不安やったんと……あ、いや、琥太郎はええ子やもんな。絲さんに手間かけさせられへんと思たんやろ」

 今、不安って言葉が聞こえましたよ。ええ、確かに。
 でもいいんです。わたしはもうお母さんなんですから、細かなことを気にしてはいけません。

「じゃあ、琥太郎さん。もう上がりましょうね。お母さんが拭いてあげますよ」
「おっと、琥太郎はもっと風呂に入ってるよな。父さんの沐浴は気持ちええもんなぁ」
「あら、手や指がしわしわになってしまいます。それではお猿さんです」

 縁側にはねた水を雑巾で拭いていらした波多野さんが「坊ちゃんが湯冷めしなかったら、どっちでもええと思います」と呆れ顔で仰いました。

 ちょっぴり醜い争いをしてしまいました。反省です。

◇◇◇

 俺は少々困っとった。
 なぜなら、手拭いを両手に持って真剣な面持ちで絲さんが待機しとうからや。

 いや、ええんやで。真剣でも。
 けどなぁ、絲さんのことやろ。シッカなんとか(よう分からんから天花粉でええわ)を、琥太郎にばふばふと大量にはたいたりせぇへんやろか。

 天花粉も俺がした方がええ気がするなぁ。と、ちらっと絲さんに視線を向ける。

「さぁ、早く」「琥太郎さんを寄越すのです」とでも言いたげな、きりりとした眼差し。
 あかん。俺が代わりにするなんて言い出したら、きっとしょげてしまう。

 愛しい絲さんに悲しい顔はさせられへん。けど、琥太郎を粉まみれにもさせられへん。

 そんな時、雑巾で床を拭く波多野と目が合うた。

――お任せください。
――お、なんやなんや。さすが波多野は出来る男やな。
――手を洗ってまいりましたら、天花粉の粉の量はこの私が調節しますから。

 多分、視線だけでこんな会話が交わされた。多分、っていうのは俺の思い込みかもしれへんからな。
 けど、波多野もシッカなんとかは言われへんと思う。これは確実に正解や。

 一度部屋を出て、再び戻って来た波多野は絲さんの隣に正座した。

「絲お嬢さん。シッカロールの用意をいたしますね」
「まぁ。ありがとう波多野さん。じゃあ、中に入っているパフにつけてくださいね」

 なんやて波多野。なんでジブン、そのシッカなんとかって言えるんや。この裏切者! あと、パフって何? 絲さん。

 金太郎さんの腹巻をした子どもの絵の蓋を外し、ふわふわのパフとかいうのんに白い粉をつける。
 やはり大量についた粉を、波多野は丁寧に缶の縁をそっと撫でるようにして落とした。

 うんうん。裏切者やけど、そういう細かさが必要なんや。
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