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七章

5、きらきらと【2】

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 あまりにも素敵な宝石の余韻に浸っていると、蒼一郎さんは外商部の方に、何事かを頼んでいらっしゃいました。

 洩れ聞こえてくる声は「ほな、今度うちに来てくれるか」と仰っています。
 蒼一郎さんのお買い物でしょうか。
 今日はわたしの為に時間を使ってしまわれたのですね。申し訳ないことです。

「ええんやで。別に気にせんでも。突然、思いついただけやから」

 蒼一郎さんは察しがいいので、わたしが言葉を発する前にそう仰いました。

 百貨店を出ると、すでに日は暮れていました。
 師走特有の、忙しないのに華やいだ雰囲気の街。

 寒いからと襟巻を蒼一郎さんが巻いてくださったのですが。わたしは、頭がくらくらしていました。
 今日のは、おそらく生涯で一番高いお買い物ではないかしら。
 そう思っていたんですけど。

「絲さんの箪笥に入っとう帯とか、珊瑚の帯留めも相当なもんやで。遠野の実家から持ってきとうもんやけど。知らんかった?」と指摘されてしまいました。

 帰りはのんびりと、三條邸まで歩くことになりました。

「ところで何で蒼玉にしたん? よう似合とうけど」
「蒼だからですよ」
「ん?」
「蒼一郎さんの蒼だからです」

 わたしの言葉に、蒼一郎さんは「そうか」と短く呟いただけでした。
 でも、きゅっと手を握っていらしたの。

 海岸通りは松林の前に俥が並んでいて、客引きをしていました。
 冬は陽が落ちるのが早く、もう辺りは暮れかけていました。
 昼と夜の狭間の、ほんのいっときの夕暮れ。

 道沿いのガス燈が灯り、それが列をなして見えます。
 香港上海銀行を左手に見て、わたし達は凪の中を歩いています。
 まるで異国の道を進んでいるかのよう。

「そうだわ。わたし、今日の指輪をあの箱に入れることにします」
「あの箱?」

 きょとんとした表情で、蒼一郎さんが立ち止まります。

「マーブル柄の手函てばこですよ。夏に百貨店で買ってくださったでしょ」
「ん? あれか」

 蒼一郎さんは顎に手を当てて、小首を傾げました。

「絲さん。まだあの箱の中、空っぽなん?」
「え、ええ」

 素敵で大事な箱ですから。何も入れることができなかったんです。
 やはり特別な物を入れたいですもの。

「あかんで、大事にしすぎやで。物は使ってこそやろ」

 そうなんですけど。

「指輪もちゃんと使わなあかんねんで」
「え、ええ」
「信用できへんなぁ。特別な時につけます、とか言うて、結局しまい込みそうやし」

 そう言って、蒼一郎さんは微笑んだの。

 ガス燈の優しい光に照らされて、二人ならば寒いけれどどこまでも歩いて行けそうな気がしました。
 
 後日、分かった事なんですけれど。
 蒼一郎さんは外商の方に頼んでいたのは、毛糸だったようです。
 正確には手触りのいい細い毛糸と編み棒と、それから編み物の手順を記したお書物。

 優しい春の空を思わせる、けむるような水色の毛糸を、蒼一郎さんは時間を見てはせっせと編んでいらっしゃいました。

 何を作っていらっしゃるのかしら。
 襟巻にしては細長くないわ。でもセーターのような形でもないし。

 規則正しく動く蒼一郎さんの指。編み込まれていく美しい糸。

 夜な夜なオイルランプの灯りに照らされて、編み物をなさっている蒼一郎さんを見つめながら、わたしは眠りに落ちるのが、この冬の日課になりました。
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