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三章
38、久しぶりの女學院
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夏休みの間の登校日ということで、校庭は賑やかでした。
別荘で過ごしていた人。上海航路でしょうか、旅行帰りらしき生徒も見えます。皆、華やいだ雰囲気で、楽しい夏の日々を語り合っています。
「なんか、校門を入ると空気の色が違うな」
「そうですか? 色なんてついているかしら」
「うーん。せやなぁ」
蒼一郎さんは、ご自分のあごに手をかけて考え込んでいらっしゃいます。
「薄桃色とか、淡い水色とか。そんな感じやな」
「坂から降りてくる生徒はよく見かけますが。これだけ女學生が集まっていると、壮観ですね」
感慨深げに波多野さんが頷きます。
ですが、しみじみと感じ入っている極道さん達とは裏腹に、生徒は一斉に彼らに道を開けます。
その中央を堂々と歩く蒼一郎さん。そして、いたたまれないわたし。
どうして学校の中にまで入ってくるの?
何度尋ねても「まぁ、ええやんか」としか教えてくださいません。
わたしが教室に入ると、蒼一郎さん達は廊下で待機することにしたようです。
「ねぇ、絲さん。すごいわね。ヤクザの護衛?」
「違うのよ」
友人の町さんが、興味津々と云った風にわたしの机にやって来ます。
手に抱えているのは夏休みの課題の筆記帳ですね。しかも写す気満々なのか、鉛筆も持っています。
でもね、わたしも宿題はちゃんと出来ていませんよ。
「大丈夫? 水責めとか阿片漬けにされてない?」
「さすがにそれは……」
「いいのよ、あいつは教室内には入って来られないから。全部吐き出して、ね?」
吐きだせませんよ。あれもこれも。
なのに町さんは瞳をキラキラと輝かせて、宿題もそっちのけです。
町さんにつられたのか、他の級友も集まってきました。
「ねぇ、あの方どなた?」
「絲さんの許嫁? しばらく休んでいたのは、どうして?」
「怖くないの? 睨まれたら、天に召されてしまいそうよ」
こ、困りました。許嫁で間違いではないんですけど。そんなこと公表できませんよ。
◇◇◇
「えらい賑やかやな」
俺は廊下で腕を組んで、絲さんの居る教室から聞こえてくる黄色い声に眉をしかめた。
どれだけの生徒が絲さんを取り囲んどんや。ガラスの嵌められた引き戸の向こうに見える絲さんを確認して、小さくため息をつく。
「意外と、うちの方が静かかもしれませんね」
「せやな」
波多野の言う通りや。ここは令嬢が通うとこやから、皆おとなしくて静謐な環境やと想像しとった。
なんか全然違うけど。
けど、そうやな。絲さんの傍に居るあの娘。確か以前、俺に食って掛かって来たな。
今日は登校日で、生存確認……いや、ちょっと違うか。元気な姿を教師に見せる為の日ぃらしいから、すぐに下校になった。
ああ、よかった。登校日とやらが、絲さんの寝込んどう時やのうて。
學院から教育的指導が入ったら困るもんな。
終わりのお祈りをして、教室からぞろぞろと生徒らが出てくる。
絲さんは? と見ると、町とかいう友人に手を振って、最後まで教室に残っとった。
「絲さん? 帰るで」
教室の入り口から呼びかけると、風呂敷包みを抱えた絲さんが顔を上げた。
ぱぁっと輝くようなその表情に、思わず両腕を広げてしまう。
二人ともここが家ではないことを忘れとった。
絲さんは着物の袂を翻して、俺の胸に飛び込んできた。
ああ、可愛いなぁ。やっぱり絲さんには、ふさふさの尻尾がついていて、それが千切れんばかりに振られている幻を見てしまう。
うんうん、存分に俺に甘えなさい。
「お帰り、絲さん」
「ただいま、です」
互いに見つめ合って、照れ笑いをする。
「あのー、頭。そういうんは家に帰ってからしてください」
別荘で過ごしていた人。上海航路でしょうか、旅行帰りらしき生徒も見えます。皆、華やいだ雰囲気で、楽しい夏の日々を語り合っています。
「なんか、校門を入ると空気の色が違うな」
「そうですか? 色なんてついているかしら」
「うーん。せやなぁ」
蒼一郎さんは、ご自分のあごに手をかけて考え込んでいらっしゃいます。
「薄桃色とか、淡い水色とか。そんな感じやな」
「坂から降りてくる生徒はよく見かけますが。これだけ女學生が集まっていると、壮観ですね」
感慨深げに波多野さんが頷きます。
ですが、しみじみと感じ入っている極道さん達とは裏腹に、生徒は一斉に彼らに道を開けます。
その中央を堂々と歩く蒼一郎さん。そして、いたたまれないわたし。
どうして学校の中にまで入ってくるの?
何度尋ねても「まぁ、ええやんか」としか教えてくださいません。
わたしが教室に入ると、蒼一郎さん達は廊下で待機することにしたようです。
「ねぇ、絲さん。すごいわね。ヤクザの護衛?」
「違うのよ」
友人の町さんが、興味津々と云った風にわたしの机にやって来ます。
手に抱えているのは夏休みの課題の筆記帳ですね。しかも写す気満々なのか、鉛筆も持っています。
でもね、わたしも宿題はちゃんと出来ていませんよ。
「大丈夫? 水責めとか阿片漬けにされてない?」
「さすがにそれは……」
「いいのよ、あいつは教室内には入って来られないから。全部吐き出して、ね?」
吐きだせませんよ。あれもこれも。
なのに町さんは瞳をキラキラと輝かせて、宿題もそっちのけです。
町さんにつられたのか、他の級友も集まってきました。
「ねぇ、あの方どなた?」
「絲さんの許嫁? しばらく休んでいたのは、どうして?」
「怖くないの? 睨まれたら、天に召されてしまいそうよ」
こ、困りました。許嫁で間違いではないんですけど。そんなこと公表できませんよ。
◇◇◇
「えらい賑やかやな」
俺は廊下で腕を組んで、絲さんの居る教室から聞こえてくる黄色い声に眉をしかめた。
どれだけの生徒が絲さんを取り囲んどんや。ガラスの嵌められた引き戸の向こうに見える絲さんを確認して、小さくため息をつく。
「意外と、うちの方が静かかもしれませんね」
「せやな」
波多野の言う通りや。ここは令嬢が通うとこやから、皆おとなしくて静謐な環境やと想像しとった。
なんか全然違うけど。
けど、そうやな。絲さんの傍に居るあの娘。確か以前、俺に食って掛かって来たな。
今日は登校日で、生存確認……いや、ちょっと違うか。元気な姿を教師に見せる為の日ぃらしいから、すぐに下校になった。
ああ、よかった。登校日とやらが、絲さんの寝込んどう時やのうて。
學院から教育的指導が入ったら困るもんな。
終わりのお祈りをして、教室からぞろぞろと生徒らが出てくる。
絲さんは? と見ると、町とかいう友人に手を振って、最後まで教室に残っとった。
「絲さん? 帰るで」
教室の入り口から呼びかけると、風呂敷包みを抱えた絲さんが顔を上げた。
ぱぁっと輝くようなその表情に、思わず両腕を広げてしまう。
二人ともここが家ではないことを忘れとった。
絲さんは着物の袂を翻して、俺の胸に飛び込んできた。
ああ、可愛いなぁ。やっぱり絲さんには、ふさふさの尻尾がついていて、それが千切れんばかりに振られている幻を見てしまう。
うんうん、存分に俺に甘えなさい。
「お帰り、絲さん」
「ただいま、です」
互いに見つめ合って、照れ笑いをする。
「あのー、頭。そういうんは家に帰ってからしてください」
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