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3【双子Diary】父と兄

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 おまえたちもらい手ないね。じゃあおじさんがもらいます。

 10歳になった双子は、秀春ひではるに連れられて立派な門構えの堂園どうぞの家の前に立っていた。その大きな家の威圧感に、普段はやんちゃし放題の海斗もさすがに今日は大人しく、秀春の背中に隠れるようにして小さくなっている。やんちゃな兄のおかげですっかりしっかり者の弟に育ってしまった眞空も、秀春の大きな手をぎゅっと握りしめて離さない。

『ほら、ここがおじさんの家だよ。……あはは、そんなに怖がらなくても大丈夫。誰も取って食ったりしないから』

 秀春はひどくやさしい瞳で双子を見つめると、二人同時に頭をポンポンと撫でてやった。

 両親の葬儀のあと、双子は堂園秀春が園長を務める【ひばり園】という児童養護施設にあっさりと預けられた。預けられた当初は、やっぱり自分たちはあのたくさんの大人たちに見放されたんだと絶望した海斗と眞空だったが、秀春をはじめとするたくさんの別の大人たちの愛情に支えられ、特にひねくれることもなく元気で素直な双子に育った。

 兼ねてからみなしごたちの里親探しに熱心だった秀春は、もちろん双子も里子に出そうといろいろ奔走したのだが、絶対に離れ離れになりたくないという双子の強い希望と里親の条件がなかなか合わず、結局双子はひばり園で二年の時を過ごした。

 おまえたちもらい手ないね。じゃあおじさんがもらいます。

 そして、双子がひばり園に来て三年目の冬。秀春の気まぐれに近いこのひと言で、海斗と眞空は秀春の養子にもらわれることになったのだった。

 秀春が玄関のチャイムを鳴らすと、アンティーク調の飾りが施されている重厚な扉がゆっくりと開いた。中から、派手な茶髪の柄の悪そうな少年が億劫そうに現れる。切れ長の奥二重の目と、シャープなあごを持つ目つきの悪いその少年は、扉の前で緊張のあまり棒立ちになっている双子を視界に認めると一瞬ぎょっとしたように固まり、そして呆れるように秀春を見た。

『ほんとにもらってきたのかよ……あんたってまじで物好き』

 茶髪の少年は大きくため息をつくと、双子をぎろっと睨むように見下ろす。少年の恐ろしい視線に耐え切れなくなった眞空は海斗の手を取りうつむき、海斗も眞空の手を強く握り返して泣きそうになるのをぐっとこらえた。

『大変そうなことに自ら首を突っ込むのが大好きなんだよ、おじさんは。亜楼あろう、おまえの世話もなんだかんだで手が掛かるけど、おじさん大好きなんだよね』

 秀春がからかうように笑うと、亜楼と呼ばれた少年はチッと舌打ちをした。

『この子は亜楼って言ってね、今日からおまえたちのお兄ちゃんになる人だよ。おまえたちより6歳分お兄ちゃんだ。亜楼もひばり園にいたんだけど、二年くらい前に無理やりもらってきて俺の息子にしちゃったんだよ。亜楼はちょっと嫌がってたけどねぇ? 今は、まぁ、仲良くやってるよね』

 秀春は言いながら、にやりと含みのある笑みで亜楼を見た。ヘンな笑みで見られた亜楼は、余計なこと言うんじゃねぇとでも言いたげに不機嫌そうにムスッとしている。

『……にしても、まじで似てやがる。名前は?』

 亜楼はぎろっと睨むような視線のまま双子を見比べる。少し横道に逸れているっぽい人にまじまじと顔を見比べられた双子はおそるおそる、海斗、眞空、と名を告げた。

『海のかいとに、空のまそらだよ。双子って感じでいい名前だよねぇ』

 と、秀春が補足する。

『ふーん、海と空ねぇ……。なんか、一応俺が兄貴? らしいけど、俺そんなモンやったことねぇからどうすればいいかわかんねぇし……そもそも一気に二人の面倒なんて見れるわけねぇし、とにかく俺は巻き込まれただけで関係ねぇからさ、おまえら勝手にやれよ』

 双子の顔を直視せずにそう言った亜楼は、突然できてしまった弟たちとどう接したらいいのかわからず、つい突き放すようなきつい言い方になってしまった。ただでさえ人と接することに不器用なせいでやんちゃな道を歩んでいる亜楼だ、いきなり仲良くしろと言われる方が無理な話なのである。

 すると、今まで獣に出くわした小動物のように怖がるだけだった双子が、突如双眸そうぼうに哀しみの色を映してそれぞれに亜楼を見つめた。またこの人も、自分たちを見放すのか。亜楼のそっけない態度に、双子の絶望がまざまざとよみがえる。

『な、なんだよ……んな顔すんなよ二人して』

 捨てられた子犬に似た四つの目で熱心に見つめられると、亜楼は少し動揺して二歩後ろに退いてしまった。

『亜楼、おまえも知らないわけじゃないだろう? 残された者の痛みや、不安の重みのこと』

 ふと真面目な口調で秀春に諭され、亜楼は孤独に押しつぶされそうになっていた哀しい時代を思い出した。12のときに片親だった母親を病気で亡くしている亜楼は、今目の前で必死に幸せを乞う双子と、同じ痛みを知っている。

『なくした家族はもう戻らない、それは事実。けど血のつながりだけが家族のすべてじゃない、それも事実。なくしてしまったのならまた作ればいいじゃないか。寄り添って支え合える、大切なものを、ね』

 しばらく秀春の言葉を噛みしめるようにして立ち尽くしていた亜楼が、ふっと観念したように口元を緩ませた。

『ったく、わーったよ、やればいいんだろ、やれば。やってやるよ兄貴。しょうがねぇから秀春さんの物好きに付き合ってやる』

 言い方は乱暴だが、その誓いが投げやりなものではないと秀春にはちゃんとわかっている。秀春は目元を緩ませて、不器用なりに大切にしてきた自慢の息子を見た。

『おい双子、とにかく上がれよ』

 促されたもののやはり茶髪の少年が恐ろしい双子は、家に上がる勇気がなかなか出ない。二人でもじもじして、小声でどうするどっちが先に行くなどと相談を始めてしまう。

『亜楼はちょっとしたヤンキーごっこにハマってて今はこんなだけど、根はとーってもやさしい子なんだ。大丈夫だから家に上がりなさい』

『げっ、気持ちわりぃこと言うなって。……ほら、早く来いよ』

 にやりとまた含みのある笑みで秀春に見られた亜楼は、そのいやらしい視線をさっとかわすと双子に向かって両手を差し伸べた。ちゃんと二人分の、両の手。

 海斗と眞空がおそるおそるその手を取ると、亜楼は勢いよく二人を引っ張り上げた。双子の足が、しっかりと堂園家の床を踏む。

『まずは名札からだな……早く顔見分けられるようになんねぇと……』

 亜楼のひとりごとが小さく聞こえたのを聞かなかったことにして、秀春は満足そうに微笑んだ。

 差し伸べられたのは、不器用な新米兄貴の手。海斗と眞空はその両の手のあたたかいことにひどく安堵して、ぱぁっと顔をきらめかせた。ぶっきらぼうだけどあたたかくて、甘えることを許してくれた兄の手。

 幸いの端に触れたように嬉々としている双子と、照れくさそうにそわそわしている長兄と、三人の息子を見守る独り者の父親と。

 新しい家族は、こうしてはじまりを告げた。 
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