百夜の秘書

No.26

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それは何の熱か

二、

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 夕方、三階の大浴場。五階まで吹き抜けになっているその場所は、人工的な滝が流れ、幾つもの湯船が並んでいる。
 今日は清掃日のため客の姿はなく、蝶を含めた従業員がそこに輪になって立っていた。
 話し合いの最中、別の一人の従業員が入り口から入り、その輪に歩み寄った。
「打ち合わせの途中ですみません。旦那様、お医者様の診察を受けられたみたいです。最近流行りの風邪だそうですよ」
「そうでしたか。伝言ありがとうございます」
 伝言を持ってきた従業員に、蝶は礼を言う。
 その話を聞いて、その場にいた他の従業員も口々に話し始めた。
「そういえば私の後輩も二人、風邪で休んでますわ。今流行っている風邪は、急に高熱が出るんだとか」
「私たちも気をつけなくてはね」
「旦那様がお休みなさるなんて、初めてのような気がしますわ。心配です……」
「蝶様はお身体にお変わりはありませんか? 旦那様の一番近くにいらっしゃいますし……風邪がうつったりはしていないですか?」
「……私なら、大丈夫です。ご心配ありがとうございます」
 しかしそう答える蝶には、どことなく落ち着きがない。
 先ほどから、無意味に足をあげたり、クロスさせたりを、従業員が気にならない程度で繰り返している。
「……その、早く打ち合わせを終わらせましょう。皆様、次の仕事もありますし」
 蝶はそう言って、話し合いを再開した。

 しかし蝶が話し合いを早く進めたい理由は、次の仕事のためなんかではない。
(こんなところにずっといたら……我慢できなくなってしまう……!)
 先ほどから、辺りに響きわたる水の落ちる音。
 その音が、人知れず多量の液体を溜め込んだ蝶の膀胱に、深く響いていた。

 現在の時刻は、午後五時。
 蝶は、朝から七時間、一度もその下腹に溜まった不要な水分を外に出していない。
 並の人間なら今頃前を抑えて悶えるであろう量が、蝶の膀胱には溜まっていた。
 いつもの蝶なら、このくらいは持ち前の精神力で堪えることができていた。
 しかし今日は、この浴室に響き渡る水音がどうしてもその水分を排出する音を彷彿とさせ、無視できる尿意が無視できなくなっていた。

 なんとか平常心を保ち、午後六時前。
 打ち合わせを終えた蝶は、三階から逃げるように、社長室へと直結するエレベーターに飛び乗った。
「ッ……ふぅ……っ」
 扉が閉まり、そこが密室で誰もいない箱になった瞬間、蝶はなりふり構わずその場で前屈みになった。
(っ~~、おしっこしたい……!)
 率直に、そんな言葉が思い浮かぶ。
 一滴も漏らさないよう、力を込め続けている括約筋がじんじんする。
 前を物理的に抑えようにも、貞操帯が邪魔をしてうまく抑えられず、蝶はその場でモジモジと足を擦り合わせるしかなかった。
 退勤時間まであと一時間。
 なんとか強い尿意を抑え、蝶は社長室へと向かった。


 天藍が隣の自室で寝ている今、この社長室には誰もいない。
 静かな部屋で一人、蝶は頼まれていた書類の分別を進める。
「……、ん…っ!!」
 別の書類を取ろうと立ち上がったとき、強い尿意の波が来て、蝶は反射的に前屈みになった。
 絶対に漏らすまいと、活躍筋に強く力を入れる。
 しかし蝶の意思に反して、その膀胱は中身を早く出そうと強く収縮する。
 しゅうっと、熱い液体が尿道を通り少しだけ出口から溢れ出した。
(~~っ、どうしよう、今日は本当に我慢できない……!)
 蝶は、強すぎる尿意に冷静を欠き、腰を抑えて悶えた。
 いつもならこの時間は、隣に天藍がいる。蝶がこんな様子であれば、今頃ちょっかいを出して蝶に我慢を諦めさせているところだった。
 しかし、今日はこのあと我慢をし続けるか、蝶の判断に任せられている。
 彼の膀胱はすでに、限界まで尿を溜めて膨らんで、これ以上液体を溜められるスペースはない。
(ここまで我慢したのだから、退勤時間まで我慢したい……でも、おしっこ、したい……っ)
 しゅうっ…
 また我慢のできなかった数滴が出口から溢れる。
 そのわずか数秒の排尿でも、開放感と快感が脳に伝達し、このまま全部出してしまいたいという感情が昂る。
「はあ…ふう…っ」
 しかし、ここで漏らすなんて、それに自分から根を上げるなんて、彼のプライドが許さなかった。
 その場で足踏みを繰り返し、生理的欲求に抗いなんとかおちびりを止める。
 濡れた太ももをハンカチで拭き、何事もなかったような状態にした。
(あと三十分、三十分経てば、ちゃんとトイレに行ける……っ)
 そうして蝶が腰を揺らしたり、身を捩ってたりしていると、強い波は少し収まる。
 震えの止まらない膝を抑えながら、蝶は書類の整理を進めた。
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