百夜の秘書

No.26

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落ちるまであと

二、

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 蝶がぱちりと目を覚ますと、見覚えのある天蓋が視界に飛び込む。
 上体を起こして辺りを見渡すと、そこはやはり天藍の寝室の寝台の上だった。
 照明は薄暗く、枕元の時計は午前二時を示している。

「おや、やっと起きたかい?」
 寝台の壁際の椅子で、天藍がそう言って手元の本を閉じた。
「昨日のこと、覚えてる?」
 そう聞かれ、まだ寝起きでぼんやりとした蝶の頭に、昨晩の晩酌での記憶が蘇ってきた。
 確か、散々愚痴をぶつけた後、天藍の誘いを断った上、その腕の中で眠りに落ちてしまった。
 蝶は気まずい思いをしながら、天藍に頭を下げた。
「すみません、流石に度が過ぎた気がします」
「気にしなくていいよ。覚えてるならいいんだ」
 しかし天藍はそう、あっさりと許す。
 蝶はその寛大さにほっとして、頭を上げた。
 天藍は間を開けず聞いた。
「体調はどう? 気分は悪くない?」
「いえ、特に……」
 しかし蝶はそう聞かれ、ふと自身の下腹が酷く重いことに気付いた。
 思い返せば、昨晩はお酒をコップ六杯は飲んでいた。
 しかしそれから一度もトイレへ行かずに眠りにおちて、今に至る。
 …………漏れる!
 そして頭に浮かんだのは、そんな急を要する三文字。
 蝶の膀胱には、その許容量の限界まで水分が貯まっていた。
 蝶はそれで完全に意識が覚醒し、慌てて寝台から降りた。
「どこへ行くの?」
「す、すみません、バスルームをお借りしても良いですか?!」
 蝶は足をすり合わせ、強い尿意に焦りながら尋ねる。
 天藍は首を傾げた。
「何で?」
「昨晩、お酒を沢山飲んでしまったので……」
「それなら、ここにしていいよ」
 そう言って、天藍はどこからか洗面器を取り出し、蝶に差し出した。
 蝶は首を横に振った。
「いえ、その、吐き気ではなく、お小水なので……」
「だから、ここにしていいよ」
 天藍は依然として洗面器を示し、蝶に微笑む。
「……え?」

 蝶はそこで初めて、自分の左足首が、寝台の足と拘束器具で繋がれていることに気がついた。

 蝶はすぐに察した。
 天藍は、昨晩の蝶のことを許していない。

 自分を見つめるその青い瞳に、どっと嫌な汗が流れた。
 蝶は瞬時に、深々と頭を下げた。
「本当にごめんなさい、調子に乗りました。お手洗いに行かせてください……!」
「だから、したいならここにしていいよ」
 必死に頼み込むも、天藍は変わらずそう言って、蝶の足元に洗面機を置く。
 しかし必死で首を左右に振る蝶に、天藍は尋ねた。
「したいんじゃないの?」
「こ、こんなところでできるわけないじゃないですか!!」
「ええ、我儘だなあ」
 天藍はそう言って、蝶から離れて椅子に座り直す。
「だ、旦那様、」
 蝶は慌てて追いかけようとしたが、しかし足枷でそれ以上は進めない。
 蝶が行けるのは寝台の周囲だけで、彼には届かず、ましてやバスルームへ駆け込むことなど不可能であった。

「っ、んん……!!」
 そのとき、蝶にまた強い尿意が襲い、耐えきれず寝台に戻って座り込んだ。
 前屈みになり、ひっきりなしに足を揺らし始める蝶の様子に、天藍はにっこりと微笑み、
「じゃあ、この砂時計の砂が全て落ちたら、錠を外してバスルームに行かせてあげるよ」
 そう言って、サイドテーブルに置いてあった砂時計をひっくり返した。
 青い砂が、さらさらと下へこぼれ落ちていく。
 蝶は焦りを隠しきれず、天藍に尋ねた。
「その砂時計、落ちるまで何分かかるんですか?」
「さあ、何分かなあ?」
 天藍は嬉しそうに首を傾げた。

「………………」
 ……もじもじ、もじもじ
 蝶は黙って砂時計を見つめているが、その腰は落ち着かず、意味もなく寝台に何度も座り直している。
 蝶が早く落ちろと念じても、砂時計の上の砂は一向に減らない。
「っ、うっ……」
 とうとう、蝶は強い尿意に耐えきれず、膝を曲げて前を抑え込んだ。
 天藍はそれを見て、笑みを濃くする。
「蝶、我慢できないならここでしていいんだよ?」
「………………」
 蝶は天藍の言葉を無視して、必死にぎゅうぎゅうと股を押さえ込み、尿意を我慢する。
 部屋の中の桶に用を足すなど、まるで幼児か家畜だ。そんなこと、蝶にとってあまりにも屈辱的で、絶対にしたくはなかった。
 しかし砂時計は今、五分の一がやっと落ちたところ。
 蝶はとても、砂が全て落ちるまで我慢ができる気がしなかった。
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