百夜の秘書

No.26

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蝶の秘密

四、

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 寧はハッとし、天藍を見上げて言った。

「だ、旦那様! 蝶の様子がおかしいんです!!」
 すると天藍は、水たまりに座り込む蝶の姿を見て、全てを理解した様子で、屈んで蝶に顔を合わせた。
「おや蝶、お手洗いまで我慢できなかったのかな?」
「……も、申し訳、ありません……!!」
 蝶は顔をさらに真っ赤にして、目を泳がせて俯く。
 寧は、眉を潜めた。
 天藍は、蝶が失禁してしまったことについて、何か知っている?
 天藍は今度は寧に微笑み、
「寧、心配いらないよ。これは蝶の失敗だからね。……蝶。僕があげたもの、彼に見せてあげなさい」
 天藍がそう言うと、蝶は動揺したように天藍を見上げたが、しかし観念し、寧から顔を逸らしたまま、その濡れた服をめくり上げた。
 その蝶の白い脚が露になる。そしてその股には、何か黒いものが嵌められていた。その隙間から、依然たらたらと蝶の尿が流れ出している。
 初めは変わった下着だと思ったが、しかし鍵穴があるのを見て、寧はハッと、それが貞操帯と呼ばれる物だと気付いた。
「え……?!」
 もしかして、蝶はコレのせいで、今まで用を足せなかった?
 天藍は、蝶ににっこりと微笑んだ。
「釘を刺して言ったはずだけどね。僕の部屋以外で粗相をしたら、それ相応の償いは取ってもらうと」
「……も、申し訳、ありません……!」
 蝶は消え入りそうな声で、身を震わせながら頭を下げる。
 ……つまり、天藍が蝶にこの貞操帯を着けさせた張本人?
 寧はそれを理解し、そして天藍にドン引きした。
 蝶がいくら可愛い顔をしているからって、彼に貞操帯をつけて排泄を管理するなんて……変態じゃねーかよ!!

「さて……処罰はどうしようかな」
「蝶を叱らないでください!! 部屋に入ろうとしたところを、オレが無理やり止めたんです!!」
「ち、違います、寧は関係ありません。粗相をしてしまったのは私の管理がなっていなかったせいで……」
 寧が慌てて蝶の前に立つと、蝶は激しく首を横に振る。
 庇い合う二人に、天藍は微笑み、
「そうだね、寧には関係ないよ。むしろお陰で蝶の恥ずかしい姿を見ることができて、感謝しているくらいだね」
「…………っ……」
 天藍の言葉に、蝶は屈辱で肩を震わせる。
 唖然とする寧に、天藍は顔を近づけた。
「寧。このことは、誰にも言わないこと。もし誰かに言ったら……どうなるか、わかっているね?」
 その深い笑みと鋭い眼光に、寧はこくこくと頷くことしかできなかった。


 その一週間後、二十三時。
 寧と蝶は、偶然誰もいない廊下で出会った。
「なあ、結局処罰はどうなったんだ?」
 開口一番、寧が心配そうに聞くと、蝶は目を逸らした。
「寧には関係ありません」
「………………」
 『関係ない』の一点張りに、寧はついに本音を零した。
「ごめんな、口煩くして。オレ、お前のこと、勝手に友達みたく思ってたからさ……」
「……だから、寧には知られたくありませんでした」
 蝶は寧を見つめ、静かに言った。
「この旅館に来た当初、寧が何もできない私に見返りを求めず世話を焼いてくれたこと、忘れていません」
 蝶も、誰にでも等しく優しい態度を取る寧に、信頼と恩を感じていた。
 だから蝶はあのとき、それを飲んでしまえば自分が尿意に苦しむとわかっていても、寧のくれたお茶を貰わずにはいられなかった。
 蝶は俯き、腰を抑えた。
「なのに私は今、お金のためとはいえ、人には言えないような頼みを引き受けています。そんなこと、寧にだけは言いたくなかったんです……引かれたくなくて……」
「そ……」
 蝶の言葉に寧は目頭が熱くなり、ガバッと彼を抱きしめた。
「ふざけんな、そんなんでお前のこと軽蔑したりしねーし!! オレは蝶が誠実で良い奴だって、一番知ってんだよ!!」
「寧……」
「ううっ、親に借金押し付けられたり、旦那に嫌がらせされたり、なんでお前ばっかり辛い目に合わなきゃいけないんだよお……絶対おかしいってえ……」
 自分のためにオイオイ泣き出す寧に、蝶は嬉しいと思いつつ、一つ困ることがあった。
「あ、あの、強く抱きしめないでください……」
「え?」
 そして、蝶が頬を赤くし、落ち着きなく足をすり合わせていることに気付いて、寧は慌てて蝶から離れた。
 そして、まさかと思って寧は聞く。
「蝶、もしかして今もアレ、旦那につけさせられてるのか? 勤務時間中だけじゃなかったんじゃ……」
「いえ、その、それとは別件で……」
「別件?」
 眉を潜める寧に、蝶は目を泳がせ、「失礼します」とその場を逃げるように去った。


 その直後、二十三時丁度。蝶は天藍の寝室を訪れていた。
「蝶、よくここまでよく耐えたね」
「…………っ」
 微笑む天藍の前で、蝶は息を浅くし、真っ赤な顔で服をたくし上げる。
 その股には、いつも蝶が勤務時間につけているものと同じ貞操帯が嵌められていた。
 しかし、それを天藍が蝶につけさせた目的は、今回は排泄管理のためではなかった。
 それは、貞操帯本来の使い道……射精の防止。

 蝶が受けた処罰。
 それは、一週間の自慰行為の禁止だった。

「辛そうだね。それはまあ、毎日してたことをできなくなるのは辛いよね」
「……毎日もしていません」
「こらこら、嘘をつかない」
「………………」
 蝶は黙り込む。
 蝶は仕事に対してストイックではあったが、決して禁欲的ではなかった。
 むしろ、いくらしてもお金がかからず、簡単に快楽を得られる自慰行為は、彼のライフサイクルの一つになっていた。
 それが、一週間も禁じられたのだ。蝶は、悶々とした気持ちを抑えられなかった。

 天藍の手によって、貞操帯が外される。蝶の竿はすでに上を向いて、ジクジクと疼き刺激を待っていた。
 蝶が耐えきれず、自分の性器に触れようと伸ばしたその手を、天藍はすかさず押さえた。
 自慰がしたくても、できない。触りたいのに、触れない。
 蝶のストレスが、ついに爆発した。
「何故ですか! 一週間の約束だったはずです!」
「そう、一週間。まだ日付は変わってないよ」
 日付が変わるまで、あと一時間。
 絶望感に襲われる蝶を見て、天藍は笑う。
「だから、僕が触ってあげようか?」
 その提案に、蝶はハッと気付いた。
 処罰は、『自慰行為の禁止』。
 『自慰』でなければ、射精は許されるのか。
 蝶は、耐えきれず天藍に縋った。
「さ、触ってください、お願いです……!!」
「うん、いいよ」
 天藍に呼ばれ、寝台の上に寝かされる。
 その竿の裏をつうっと指で撫でられ、それだけで蝶はだらだらと先走りを零す。
 ……しかしそれ以上、天藍は何もしない。
 生殺しに、蝶はついに理性を失い、天藍の首の後ろに手を回した。
「も、もっと、旦那様、やだ、そんなんじゃ……!」
「なんだい? 触ってあげるとは言ったけど、抜いてあげるなんて言ってないよ」
 蝶の勃ったそれを、天藍はそう言って、指でぱちんと弾いた。
「アッ……!!」
「君が、僕以外の人の前で漏らしたのがいけないんだよ。……あと一時間、たっぷり身体に覚えさせてあげるからね」

 蝶は、天藍に散々焦らされ続けた。
 しかし日付が変わった途端、愛撫による深い快感を実に一週間分与えられ、喘ぎ声をあげ過ぎたせいで声を枯らし、翌日会った寧にあの後何があったのかと酷く心配されることとなった。

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