百夜の秘書

No.26

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百夜の秘書

二、

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 しかし、今日はいつもと違った。
 朝十時の時点で、蝶は約400ml量のジュースを飲んでしまった。
 しかも、利尿作用の高い柑橘系。さらに、先程摂った昼食にも多く水分は含まれている。

 蝶の膀胱は実際、この午後二時の時点で、通常の午後六時の状態に相当するほど、溜め込んだ液体で膨れ上がっていた。
 天藍は、その排泄器官が収められた貞操帯の黒いベルトを、指でトントンとつつく。
「あっ……!」
 僅かな振動が伝わり、蝶は目を見開いて声を漏らし、ガタンと机に肘をついた。
「へえ、珍しく良い反応。かなり溜まってるんだ?」
「……違います、驚いただけです」
「出張前の今なら、鍵を外して、トイレに行かせてあげられるけど?」
「やめません」
 蝶は冷静さを取り戻し、いつもと変わらない無表情で答える。
 天藍にまたトントンと貞操帯を叩かれても、蝶は腰を微かにひくりと反応させただけで、何も答えなかった。
「本当にいいの? 今から二時間はお手洗いにいけないよ?」
「…………」
「相当、したいんでしょ? おしっこ」
 そう言って、天藍はその蝶の少し膨らんだ下腹を押し込もうと、指を伸ばした。
 蝶はそれを察し、腹に届く前に、天藍のその指を押さえた。
「……したくありませんが」
「……そう。ちなみに、僕の部屋以外で粗相をしたら、ちゃんとそれなりに責任は取ってもらうからね?」
「粗相などいたしません」
「わかった。じゃあ、出張がんばろうね。僕は準備してくるから」
 天藍はそう言って微笑むと、蝶を離し、自室に消えた。

「っ~~~」
 瞬時に、蝶はきゅっと足を内股にさせ、その場に座り込んだ。
 したくないなんて、嘘だった。

 蝶がつけているその貞操帯は、勃起を抑制するものとは違い、ある程度のゆとりはある。
 竿と玉の全体が撥水性の分厚いレザー生地で覆われる設計で、その底の方に、針で開けたような小さな穴が一つだけある。
 つまり、蝶が誤って少量ちびってしまったとしても、この穴から上手く下に零れ落ちるため、衣類が汚れる事はない。
 しかし、この貞操帯をつけたまま、通常するような勢いの良い放尿をしてしまうと、底の小さな穴だけでは液体を外へ放出するのが間に合わず、あっという間に貞操帯の中が尿で満たされ、足の付け根との僅かな隙間から噴水のように尿が飛び散ってしまう。
 だから蝶は、天藍の目を盗んで用を足す、といったことも不可能であった。

 蝶は服をめくり上げ、両手でガチャガチャと股を抑えつける。
 しかし、出口を直接押さえつけて我慢を補助しようにも、竿を揉んで気持ちをごまかそうにも、分厚い貞操帯が邪魔をしそれが叶わない。
「……おしっこ……っ……」
 したい。今すぐにでも、出してしまいたい。
 そう、喉から本音が溢れそうになり、蝶は慌てて頭を振った。
 尿意があるだけで、まだまだ我慢はできる。
 何せこの一か月、毎日十時間も排泄行為を絶ってきたのだから。蝶の膀胱は、通常の人間よりずっと鍛えられている。
 それに、最後にトイレへ行ってから、今はまだ五時間しか経過していない。
「ん、ふっ……は……」
 蝶は天藍が戻ってくるまでの間、腰を揺らしたり、太腿を手で擦ったりして、なんとか今感じている強い尿意を鎮めていた。


「まあまあ天藍、ようこそわらわの屋敷に。……そちらの男は?」
「彼は、新しい秘書の蝶と言うんだ」
「お初にお目にかかります、鳳梨ホウリ様」
 午後二時半。取引先相手である女性・鳳梨に、蝶は丁寧に会釈した。

 結果的に蝶は、尿意を鎮めることに成功した。
 しかし、その下腹に特大の水風船が陰を潜めていることには変わりはない。
 蝶はとにかく、時間やトイレのことを考えないようにしていた。
 ましてや、水分を摂ることなど、問題外。

 ……しかし、蝶の気を揺るがすきっかけは簡単に訪れた。

「こちらが、新作の紅茶よ」
「わあ、綺麗な色だね」
 こぽこぽこぽ……
 鳳梨によって、二人が部屋に案内された後。
 従者により、長椅子に腰掛けた天藍の前に、ティーカップへ綺麗な赤色の液体が注がれた。
 鳳梨は、高級な紅茶の茶葉を作る店を営んでいた。
「……っ……」
 しかしその小気味良い水音で、天藍の隣に立っていた蝶の下腹部が怪しく疼き出す。
 瞬時に頭によぎった「おしっこ」のことはすぐに追い出し、括約筋を締めるため、蝶は背筋をピンと伸ばした。
 しかし、
「よろしければ、蝶さんもいかが?」
「……え」
 その鳳梨の言葉と共に、天藍の分と同じように、従業員にカップを差し出される。
 カップの中には、並々と紅茶が入っている。
 ……そんなもの、今飲んでしまったら。
 …………もう、おしっこ、が……。
 とうとう蝶はソレを想像してしまい、貞操帯の中に隠されたその出口がキュンキュンと疼き出す。思わず内股になった。
 蝶は紅茶から目を逸らし、首を横に振り、
「いえ、私は……」
「どうしてだい? 頂いたら良いじゃないか」
 しかし天藍がそう楽しそうに言って、自分の紅茶を啜る。
「……っ、では……」
 蝶は断る術なく、おずおずと、カップを受け取った。
「……いただきます」
 数々の視線に見守られ、蝶は紅茶を飲み、カップを空にした。

 ……それは蝶にとってまるで、表面張力で溢れることを保っていたコップに、ぽちゃりと大粒の水滴が落とされたような出来事であった。
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