百夜の秘書

No.26

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百夜の秘書

一、

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 ある東の国に、『百夜ビャクヤ』という大きな旅館があった。
 二十階建ての豪華絢爛な中華建築。一階から三階には入浴施設があり、それ以上の階には宿泊施設や宴会場が揃っている。

 最上階には、この旅館の社長である、天藍テンランの書斎と自室があった。



「今日のご予定は、午前は新施設の視察、午後は外部に出張ですね」

 朝九時。秘書のチョウが、書類に目を落とし言った。
 蝶は、色白で華奢で、艶やかな髪をした、齢二十の中性的な美青年である。
 しかしその儚げな風貌とは裏腹に、芯が強く頭脳明晰で、天藍の右腕として名高い。
 また、人前でその無表情と美しい立ち振る舞いを滅多に崩さないことでも有名で、多くの女性従業員たちの心を射止めていた。
 彼は、上層部の制服である、幅の広い袖と、足首まで届く長い裾のある服を着ていた。

「蝶、ありがとう。では、早速出るとしよう」

 そして、蝶の唯一の上司である天藍も、蝶に負けず眉目秀麗であった。今日も豪華な中華服に身を包んでいる。
 天藍はすらりと背が高い。いつも優しく柔らかな表情をしている。
 年は二十六と、社長にしては随分若いが、経営者として優れた男であった。
 また未婚であり、蝶と同様、彼に心を奪われる女性も後を絶たない。



 二人はエレベーターを使い、新施設のある一階へと向かった。
「旦那様、蝶様。おはようございます」
 その階を担当する女将が、二人に深々と頭を下げた。
 蝶が、女将に聞く。
「『柑橘湯』の評判はいかがでしょう?」
「ええ、特に女性客にとても評判がよろしくて」
 『柑橘湯』とは、最近この旅館に新設された、蜜柑と柚子を浮かべた温泉のことであった。
「そうですわ」
 女将はふと何か思いついたようにそう呟くと、従業員の一人に何か指示を出した。
「合わせて、柑橘類のジュースも試作してみましたの。後々、購買部で販売しようと思いまして。よろしければお味見なさってくださりませんか?」
 そうして指示を受けた従業員が、試飲用の小さなコップが並んだお盆を持ってきた。
 その中には、柚子や蜜柑や檸檬など、柑橘類を使ったジュースが六種類、それぞれ二つずつ並んでいた。
「いい考えだね。それに味も良いよ」
 楽しそうにジュースを口にする天藍の隣で、蝶は少し躊躇いを見せたが、差し出されたコップを受け取った。
 そうして蝶も、六つ全てのコップの液体を飲み干した。

 視察が終わり、午後になって二人は一度書斎に戻る。
 従業員により二人のもとへ、飲茶とスープという簡単な昼食が運ばれてきた。
 そして、昼食を済ませた後。
「そういえば蝶。朝からあんなにジュースを飲んでたけど、大丈夫なの?」
 二人きりの書斎で、天藍はそう愉快な笑みを浮かべ言った。
「………………」
 しかし、蝶は答えず、黙々と手元の書類を仕分けている。
「蝶、ジュースとか好きなんだ。可愛らしい」
「……仕事だから頂いたに過ぎません」
 蝶は、そう素っ気なく答えた。
「そう? ……でさ、さっきから足が全然落ち着いてないけど」
 その天藍の指摘に、蝶はひやりとした。
 天藍の言う通りだ。蝶はその丈の長い服の下で、膝をすり合わせたり足をクロスしたりする行為を、度々繰り返していた。
 ……この程度、ばれていないと思っていたのに。
「僕の目は誤魔化せないよ?」
 そう言って天藍は、後ろから蝶の服の前の部分をめくり、彼の足を、そして股の部分を露にさせる。
「もしかして、もうしたくなっちゃった?」
 蝶の股には、下着の代わりに貞操帯のベルトが装着されていた。
 蝶は、天藍に排泄行為を管理されていた。


 蝶は、この『百夜』で働き始めた最初は、下っ端として雑用を卒なくこなしていた。
 そんな優秀で美麗な蝶のことはすぐに天藍の目にも留まり、秘書として雇われないかと提案される。
 通常、そのような昇格は喜ぶ事態だ。しかし蝶は、もっと高額な給与であるなら雇われてもいいと天藍に言った。
 蝶は、今は亡き親に多額の借金を押し付けられていたのだ。

 すると天藍は、ある条件付きで、蝶を通常より何倍も高額な給与とともに秘書として雇うと言った。
 それは、『勤務時間が終わるまで排泄を行わないこと』。
 蝶が朝九時以降、勤務時間内に用を足したら、その時点でその日の給料の上乗せは止まる、という条件であった。
 意味不明な条件であるが、天藍の性的嗜好を満たすためである。

 しかし逆を言えば、蝶は勤務時間が終わる午後七時まで排泄行為をしなければ、毎日相当な額が貰える。
 実際、彼は秘書に昇格してこの一ヶ月、朝九時から午後七時まで、排泄を一度も行わないことに成功し続けていた。
 もちろん、彼も正常な肉体を持つ人間であるため、午後六時を過ぎた頃には、尿意のことばかり考えてしまうのだが。
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