生贄の娘と水神様〜厄介事も神とならば〜

沙耶味茜

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21 恋

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生贄の沼の事件から3日が経った。
あの後娘達はずぶ濡れのまま屋敷へと帰ってきた。あまりの寒さに体調を崩してしまい娘は丸一日寝込んでしまった。礼花れいかりゅうになった反動が大きかったのか足腰を痛そうにしている。くにあめはというといつも通り元気そうであったが、1番深傷を負っていたナギはというと……

「全然目を覚ましませんね」
「もう3日も経ったのに」
「しょうがないよ、俺たちよりも体力消費してるんだから。目覚めたらきっと立てないぐらい体が重いだろうね、俺みたいに」

礼花れいか節々ふしぶしが痛いのが響いているのだろうか、足が震えている。
見ての通りナギはあれから3日経った今でも目を覚ましていない。死んだように眠りについている。けれど胸に耳を当てるとちゃんと心臓の音は聞こえてくるし、呼吸をする音だってする。頬や腕に擦り傷が見えるのがなんとも痛々しい。

「多分ずっとこんな調子だと思うからしばらくはこのままにしておこうか。大丈夫、死にはしてないから」

そう言うと礼花はナギの部屋から出ていった。国と天も娘に目配せしてから部屋を出ていく。娘がいつもこの部屋でナギが目覚めるのを待っているのをみんな知っているため特に何も言ってこない。部屋で1人、何もすることなく空間を見つめていることが多かった。
ナギを間近から見てわかったことがいくつかある。
いつも後ろで一つに結んでいる黒髪も解くととても綺麗に手入れされていて指の間をさらさらと通っていく髪質だったし、手もしっかりとした男のひとの手だった。何より少しだけ幼い顔をしていて、いつもの威厳が吹っ飛んでいってしまったみたいで少しだけ面白い。病人をあまり面白がってはバチが当たりそうで良くない、ましてや水神すいじん様相手だともっと良くない。
やめておこう………。
娘は畳の上に寝っ転がった。少しだけ開いた障子の隙間から風が舞い込んでくる。目を閉じて、風を感じていた。
ふと思い出すのは故郷にいる両親の姿。
いや、もうあの村にはいないかもしれない。生贄の娘を逃した罪で村を追い出されたかもしれない。罪悪感が娘の内側に宿っていくのを感じる。生きているだろうか。もしかしたらもうこの世にはいないかもしれない。
娘の名前も未だに思い出せていない。
記憶の片隅にいる龍の景色をどこで見たのかすら分からない。

「私って失くしてばっかなのね」

そう呟く。部屋に寂しく響いていった。
しばらく目を閉じている衣ずれの音が聞こえてきた。浅い眠りの中夢でも見ているのかと思っていたらどうやらそうではないらしい。誰かが髪の毛をいじっている。その正体は目を開かなくてもわかる。だってこの部屋にいるのは娘とナギしかいない。
娘はゆっくり目を開くとナギの方を見て青い瞳と目が合うとほほ笑む。ナギの手は娘の頬を撫でると急に脱力し床へと落ちた。

「………体がとても怠い」

ナギはそう口ずさむと目を閉じた。娘はというと先程撫でられた頬がとても熱く感じていた。ナギが目覚めたと言うのに嬉しさと愛しさが湧いてしまい、もう少し2人で話していたかった。けれどそんな邪念を振り払うと娘は立ち上がり礼花達を呼びに行こうとする。
しかし、ナギに腕を掴まれ強い力でひっぱられた。体制を崩した娘はナギの腕によって抱え込まれる。
え、何。何これ。何この状況。
鼓動が早鐘をうちはじめる。密着感といい腕の力といい全身に熱が上る。

「だ、だ、怠いんじゃないの⁉︎⁉︎」
「怠い」

嘘だ。絶対嘘。
愛し合う思い人同士でもないのにこの行動は反則だ。近くにいるとその人を目で追ってしまったり、胸のあたりがなんとも言えない痛さに悩まされたり、娘はもうとっくのとうに気付いている。自分がナギに抱いているこの感情に。
身動きの取れないこの状況でどうすればいいのか戸惑っているとナギがさらに抱き締めてくる。
ダメだ。まる3日間も眠ってしまっているとこうも理性を失うものなのか。

「眠っている間、お前の声が聞こえてきた」
「………え?」
「この肉体が動かないだけで意識はある。随分と寂しそうに俺の名前を呼ぶじゃないか」

確かに、眠っているナギに独り言をたくさん呟いていた。まさか、全部聞かれていたかもしれない。でも一つ思い当たる節がある。2日目の昼頃礼花がナギに向かって「目が覚めたら働け」と言っていた。病人相手にあたりが酷いと思っていたが礼花なりに心配しているのかと思って感心していた。娘がナギに語りかけているのは礼花だって知っていたはずだ。知っていて、このことを黙っていた可能性が高い。

「ぜ……全部聞いてた……?」
「………………」

無言は肯定とみなす。
娘は眠っているナギに対して何を言っていたか必死に思い出す。確か「早く目覚めてほしい」だの「顔が可愛い」だの言っていたのは思い出せた。顔が可愛いと言っている時点で問題ありだがそれよりももっと聞かれては色々とまずいものがあったはず…………

『愛しい』

娘はその言葉を思い出して一気に顔に熱が上がった。目が泳いでいる。今すぐこの懐から抜け出して沼に飛び込んでしまいたい。恐る恐るナギの表情を伺うとそんな娘の様子を見てナギの口角が若干上がっている。

「気付いたか」
「…………なんのことでしょう」
「俺には全部聞こえてる」

絶望的なこの状況に娘は何も言えなかった。されるがままナギの腕の中でじっとしている。このままでは理性を失いそうだった。からかっているのだろうか、それにしては悪趣味だ。

「どうやら俺は人間に恋をしたらしい」
「……………えっ?」

そう呟く声に娘が驚いていると腕の力が緩まった。娘はここぞとばかりに起き上がり距離を取るとナギのことを見る。ナギは怠そうな体を起こすと娘に言う。

「礼花を呼んできてくれ」
「は、はい………」

娘は急いで部屋から出ると縁側を走って行く。顔が火照り未だに心臓の音は鳴り止まない。前の当主様だって人間の女の子と結ばれた、なら娘だっていいはずだ。高鳴る心臓を押さえながら縁側を走る。
結ばれたい。
幸せになりたい。

「熱い……………」

娘は水神に恋をした。

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