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20 龍
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本来の龍の姿になったナギは天まで昇るとまた一筋、青い光を落とした。
沼は禍々しい黒い蛇が轟いているように見える。これが邪神なのだろうか。ナギは沼に雷を落とし続けている。そしてナギの様子を見た礼花が叫ぶように言う。
「ナギ‼︎それ以上はやめろ!体力がもたない‼︎」
ナギが疲弊して見えるのは娘も同じだった。龍の胴体には黒いものが巻き付いていてナギの身動きを鈍くしている。そしてかすり傷が多くあちこちから血が出ている。見るに耐えないその光景に娘は目頭が熱くなる。酷く、悲しい感情が湧き上がってきた。けれど涙と雨が混ざり合って泣いているのかわからない程、今は余裕がない。娘が必死に飛ばされないように佇んでいると耳にリーンという鈴の音が聞こえてきた。
すると突如地面から暴風が吹きずさみ周囲の雨がぴたりと止んだ。
暗闇の中見えるのは2人の陰…
「しずみたまえ清めたまえ」
「水くばる国水分神、天水分神」
「水戸神の子恐れるものなし」
まるで子供をあやすように歌う2人の影の正体は国と天だった。
2人は仲良く手を繋ぎながら沼へと歩いて行くと沼へと入る一歩手前で止まった。天がしゃがみ込むと、沼から手を差し伸べて救いを求めてる怨念達の手を握る。そして優しい口調でこう言った。
「長く待たせちゃってごめんね、あるべき場所に帰っていいよ」
するとどこかから子供達のはしゃぎ声や走り回る足音が聞こえてきた。娘はこんなところに子供なんか来ては死んでしまうと思い焦ったがどうやら子供達はもうこの現世にはいないらしい。沼で死んでいった幼な子たちが淡い光となって次々と天に昇っていく。ナギの胴体にまとわりついていたものも消えていき、全ての幼い子供たちがあるべき場所へと消えていく。
天国か地獄か。
それを決めるのは水神の仕事ではない。
そしてまたリーンと鈴の音がするとぴたりと止んでいた雨が一気に滝のように降り始めた。
「すごい雨‼︎なんか一掃されてすごい清々しくなったね‼︎」
「天‼︎すぐ沼から離れてください‼︎まだ終わったわけじゃないんですから‼︎」
さっきまで仲良く手を繋いでいたのに国が天を引っ張る羽目になっている。沼に轟く大きな蛇は一向に収まらないが2人のお陰で沼に囚われていた生贄の子供たちが浄化されて空気が少し軽くなっていた。娘は周囲を見渡す。このままではただ沼にきただけのみんなのお荷物になってしまう。どう考えてもただの人間にできることはない。それが酷く悔しい。ナギは龍となって戦っている。国と天も数々の子供達を救っている。礼花も………
「あれ、礼花はどこ⁈」
隣にいたはずの礼花がどこかへと消えていた。娘はもう一度周囲を見渡したがどこにもいない。国と天が娘のところに戻ってくると国が龍のナギを見つめながら言う。
「礼花様は沼の浄化の準備をしてます。本来ナギ様だけでできるのですが、今回生贄を奪われたことによって邪神が激怒していて手こずってしまったのでしょうね、なので花雨さんは結構な確率で狙われやすいので気をつけてください」
すると突如沼を囲うように青い火の玉が現れた。そして暗闇の中に白く光り輝く龍が現れる。全身の鱗が白く天に昇っていく速度が速い。娘はその光景に見惚れる。きっとあれは礼花だろう。
黒龍と白龍が空を飛んでいる。
その光景を誰もが見たら恐ろしいと感じてしまうかもしれない。けれど娘にはどこか懐かしさがあった。この光景を、龍を、どこかで見たことがあるかもしれないと。
2匹の龍は空にとどまると甲高い声で鳴き雷鳴を轟かす。
眩しさにぎゅっと目を瞑り、耳を押さえているとどこかから声が聞こえた。耳を押さえてるはずなのに脳内に聞こえてくる声。
『目に焼き付けなさい、目の前の光景を』
美しい女性の声だった。
反動的に目を開けると、目の前では青い炎が沼を囲んで燃え上がり、沼で蠢いていた蛇は徐々に姿を消して行く。龍が最後、一筋の雷を落とすと沼から何かが鳴き叫ぶ声を轟かせて蛇は消えていった。
龍は地上へと降りると強い風と共に人型へとなった。礼花が血まみれのナギを支えながらこちらへと歩いてくる。娘はナギの元へ急いで走っていった。
油断は禁物。
『イカセナイ』
誰かがそう囁く声と共に沼から手が伸びてきて娘の足首を掴んだ。手に引っ張られて体制を崩した娘が転びそうになったその時、誰かにふわりと抱き抱えられる。娘が顔を上げるとそこにいたのはナギだった。青い瞳を光らせ、伸びてきた手をぐしゃりと踏みつける。
「失せろ」
そう言うと沼から伸びてきた手は消え失せた。娘はナギの頬に手を伸ばし、切り傷から出ている血を拭う。けれど次の瞬間ナギは体制を崩し娘に覆い被さるように倒れた。
「ぐえっ」
「花雨ちゃん⁉︎ちょっとちょっと!なんで最後までカッコつけようとして倒れるかなぁ‼︎」
「あははは‼︎すっごい面白いんだけど!ナギ様最高‼︎」
「花雨さんが潰れちゃう…!」
礼花が駆け寄りナギのことを引きずり起こすとおんぶする。天はその光景がツボに入ったのか笑い転げているし、国は娘の手を掴んで離してくれない。
雨はいつの間にか上がり、夜の月が雲の隙間から垣間見えた。五人の影は輝く鳥に導かれ、扉へと消えていく。今晩あの沼の周りでは子供達のはしゃぎ声が鳴り止まなかったという。
その中の1人の少女がこう言った。
『ありがとう』
彼岸花が描かれた小袖を着た美しい少女は笑っていた。
沼は禍々しい黒い蛇が轟いているように見える。これが邪神なのだろうか。ナギは沼に雷を落とし続けている。そしてナギの様子を見た礼花が叫ぶように言う。
「ナギ‼︎それ以上はやめろ!体力がもたない‼︎」
ナギが疲弊して見えるのは娘も同じだった。龍の胴体には黒いものが巻き付いていてナギの身動きを鈍くしている。そしてかすり傷が多くあちこちから血が出ている。見るに耐えないその光景に娘は目頭が熱くなる。酷く、悲しい感情が湧き上がってきた。けれど涙と雨が混ざり合って泣いているのかわからない程、今は余裕がない。娘が必死に飛ばされないように佇んでいると耳にリーンという鈴の音が聞こえてきた。
すると突如地面から暴風が吹きずさみ周囲の雨がぴたりと止んだ。
暗闇の中見えるのは2人の陰…
「しずみたまえ清めたまえ」
「水くばる国水分神、天水分神」
「水戸神の子恐れるものなし」
まるで子供をあやすように歌う2人の影の正体は国と天だった。
2人は仲良く手を繋ぎながら沼へと歩いて行くと沼へと入る一歩手前で止まった。天がしゃがみ込むと、沼から手を差し伸べて救いを求めてる怨念達の手を握る。そして優しい口調でこう言った。
「長く待たせちゃってごめんね、あるべき場所に帰っていいよ」
するとどこかから子供達のはしゃぎ声や走り回る足音が聞こえてきた。娘はこんなところに子供なんか来ては死んでしまうと思い焦ったがどうやら子供達はもうこの現世にはいないらしい。沼で死んでいった幼な子たちが淡い光となって次々と天に昇っていく。ナギの胴体にまとわりついていたものも消えていき、全ての幼い子供たちがあるべき場所へと消えていく。
天国か地獄か。
それを決めるのは水神の仕事ではない。
そしてまたリーンと鈴の音がするとぴたりと止んでいた雨が一気に滝のように降り始めた。
「すごい雨‼︎なんか一掃されてすごい清々しくなったね‼︎」
「天‼︎すぐ沼から離れてください‼︎まだ終わったわけじゃないんですから‼︎」
さっきまで仲良く手を繋いでいたのに国が天を引っ張る羽目になっている。沼に轟く大きな蛇は一向に収まらないが2人のお陰で沼に囚われていた生贄の子供たちが浄化されて空気が少し軽くなっていた。娘は周囲を見渡す。このままではただ沼にきただけのみんなのお荷物になってしまう。どう考えてもただの人間にできることはない。それが酷く悔しい。ナギは龍となって戦っている。国と天も数々の子供達を救っている。礼花も………
「あれ、礼花はどこ⁈」
隣にいたはずの礼花がどこかへと消えていた。娘はもう一度周囲を見渡したがどこにもいない。国と天が娘のところに戻ってくると国が龍のナギを見つめながら言う。
「礼花様は沼の浄化の準備をしてます。本来ナギ様だけでできるのですが、今回生贄を奪われたことによって邪神が激怒していて手こずってしまったのでしょうね、なので花雨さんは結構な確率で狙われやすいので気をつけてください」
すると突如沼を囲うように青い火の玉が現れた。そして暗闇の中に白く光り輝く龍が現れる。全身の鱗が白く天に昇っていく速度が速い。娘はその光景に見惚れる。きっとあれは礼花だろう。
黒龍と白龍が空を飛んでいる。
その光景を誰もが見たら恐ろしいと感じてしまうかもしれない。けれど娘にはどこか懐かしさがあった。この光景を、龍を、どこかで見たことがあるかもしれないと。
2匹の龍は空にとどまると甲高い声で鳴き雷鳴を轟かす。
眩しさにぎゅっと目を瞑り、耳を押さえているとどこかから声が聞こえた。耳を押さえてるはずなのに脳内に聞こえてくる声。
『目に焼き付けなさい、目の前の光景を』
美しい女性の声だった。
反動的に目を開けると、目の前では青い炎が沼を囲んで燃え上がり、沼で蠢いていた蛇は徐々に姿を消して行く。龍が最後、一筋の雷を落とすと沼から何かが鳴き叫ぶ声を轟かせて蛇は消えていった。
龍は地上へと降りると強い風と共に人型へとなった。礼花が血まみれのナギを支えながらこちらへと歩いてくる。娘はナギの元へ急いで走っていった。
油断は禁物。
『イカセナイ』
誰かがそう囁く声と共に沼から手が伸びてきて娘の足首を掴んだ。手に引っ張られて体制を崩した娘が転びそうになったその時、誰かにふわりと抱き抱えられる。娘が顔を上げるとそこにいたのはナギだった。青い瞳を光らせ、伸びてきた手をぐしゃりと踏みつける。
「失せろ」
そう言うと沼から伸びてきた手は消え失せた。娘はナギの頬に手を伸ばし、切り傷から出ている血を拭う。けれど次の瞬間ナギは体制を崩し娘に覆い被さるように倒れた。
「ぐえっ」
「花雨ちゃん⁉︎ちょっとちょっと!なんで最後までカッコつけようとして倒れるかなぁ‼︎」
「あははは‼︎すっごい面白いんだけど!ナギ様最高‼︎」
「花雨さんが潰れちゃう…!」
礼花が駆け寄りナギのことを引きずり起こすとおんぶする。天はその光景がツボに入ったのか笑い転げているし、国は娘の手を掴んで離してくれない。
雨はいつの間にか上がり、夜の月が雲の隙間から垣間見えた。五人の影は輝く鳥に導かれ、扉へと消えていく。今晩あの沼の周りでは子供達のはしゃぎ声が鳴り止まなかったという。
その中の1人の少女がこう言った。
『ありがとう』
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