生贄の娘と水神様〜厄介事も神とならば〜

沙耶味茜

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16 泣き声

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早朝目が覚めると娘は小袖に着替え居間へ向かった。
昨夜は強い怨念に殺されそうになったけれどあめが助けてくれた。側に居てくれていると思っていたが朝目が覚めると天の姿はどこにもいなかった。朝一番にお礼を言いたかったのに。

「おはようございます……」

居間に入ると1人の水神すいじんが座っていた。
礼花れいかだ。
礼花は娘の存在に気づくと笑顔で答えてくれた。

「おはようございます花雨かうちゃん」

いつもはナギ、くにあめが座っているのに今は礼花1人だけだった。朝食の置かれた箱膳も娘がよく座っているところにぽつんと置かれている。
まだ起きてきていないのかと思い礼花にたずねる。

「皆んなまだ寝ているの…?」
「いや、もう起きて各々やるべき事やってるよ、俺は今日休みなだけ」
「やるべき事……?」

こんなに朝早くから何をやっているのだろう。気になっているのが表情に出ていたのか礼花は娘に言った。

「やるべき事ってのは……ほら、外見てみて」

 娘は開かれた障子の先の縁側まで行くと曇っている空を見つめた。
緩やかな雨が降っている。

「ナギが雨を降らせてる。国と天は人間の様子を見に行ってるよ。ナギは雨を降らせたあとあの沼にいくんじゃないかな」
「何しに行くの?」
「浄化しにいくんだけど、正直言って全然浄化されない、邪神が強すぎて」

人間1人一瞬で殺してしまうぐらい怨念は強かった。そんなものがたくさんいるのだろうか。ナギは大丈夫なのだろうか…。
天と国は様子を見に行っていると聞いた。昨夜言っていた子供たちが無邪気に遊ぶ様子が好きと言っていたのはきっといつも様子を見に行っているからだ。

「ナギはいつも通りずぶ濡れで帰ってくるだろうね」

礼花はどこか遠いところを見て目を細めている。
娘はその視線のさきを追うが娘には分からなかった。

「朝ごはん食べちゃいなよ、屋敷が少しだけ静かだけど自由にしてもらっていいからね」

娘が頷くと礼花は微笑み居間から出ていった。
一瞬だがどこか寂しげに見えたのは屋敷にみんながいないから寂しがっているではと娘は思う。
箱膳の上にはいつも温かい白米に焼き魚、味噌汁が置いてある。
本当に静かだ。
居間で1人で食べるご飯はこんなにも寂しい。
娘は食べ終わると片付けて自室へと向かう。
曇り空を見つめながら縁側を歩いているとどこかから誰かがすすり泣く声が聞こえてきた。
娘は疑問に思いすすり泣く声の方へと足を進める。
下駄を履いて砂利道を歩く。次第に鳴き声は大きくなり古びた井戸の前で娘の足は止まった。
井戸にいたのは悲しそうに泣く女の人。
いや、水神だろう。
藍色の長い長い髪は地面に毛先がつくほど長く青藤あおふじ色の小袖に淡藤あわふじ色の打掛がとても美しい水神だった。
その水神は井戸のふちに座り顔を覆い泣いている。
娘が近づく足音が聞こえたのか水神は顔をあげ娘の方を見る。
青緑の瞳いっぱいに涙が浮かんでいた。
そして美しい声音で娘に話しかける。

「貴方…人間………?」

虚ろな瞳が娘のことをみた。
娘はしばらく緊張して何も言えなかったが、勇気を振り絞り声を出す。

「私は人間よ………あ、貴方はなんで泣いているの?どこか痛いところでも、あるの?」

娘はなぜこの水神が泣いているのか分からなかった。無闇に気にかけるのは良くないかもしれないが、あまりにも悲しそうな泣き声に娘の心が傷む。

「痛いところ………痛いところなんてないわ。怪我なんてしていないもの」
「じゃ、じゃあ…」
「それよりも貴方はなぜここにいるの?もしかして礼花が言っていた生贄の娘?」

娘は頷いた。礼花が事前に話してくれているらしい。

「雨も降っているのに風邪をひくわよ」
「あまりにも悲しそうな泣き声が聞こえて……心配で……」
「そう…………優しいのね」

水神は井戸のふちから降りると娘の前までやってくる。
美しい指先を伸ばすと娘の頬に触れた。

「また会いましょう」

水神は娘から離れると激しい風と共に消えていった。
近くからみた水神の表情は娘のことをみて微笑んでいた。
どこかあたたかく懐かしんでいるような瞳だった。
また会いにこようと思う。
娘は雨の中滑って転ばないように屋敷へと戻っていった。




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